第44話

文字数 3,767文字

 思考停止状態だから、どう反応して、いいか、わからんかった…

 どう、答えて、いいか、わからんかった…

 私は、銅像のように、立ち尽くした…

 立ち尽くしたのだ…

 そんな、私を救ってくれたのは、意外な人物だった…

 その人物は、なんと、お義父さんだった…

 私の夫の葉尊の父の葉敬だった…

 葉敬は、笑いながら、

 「…なんだ? そうだったんだ?…」

 と、言った…

 私は、呆気に取られて、お義父さんを見たが、それは、リンも同じだった…

 私と同じく、リンも呆気に取られた表情で、お義父さんを見た…

 お義父さんが、なにを言い出すか、知りたかったからだ…

 「…葉尊が…私の息子が、そんなにモテるとは、思わなかった…それなら、いっそ、私が、葉尊になりたかった…葉尊と代わりたかった…」

 と、笑った…

 そして、それを、見た、周囲の取り巻きのひとたち、すべてのひとが、苦笑した…

 まさか、声を立てて、笑うわけには、いかないから、苦笑いを浮かべた…

 この葉敬の発言で、一気に、この場の空気が、和んだ…

 リンの発言で、一体、どうして、いいか、わからん、緊張した空気が、一気に和んだ…

 葉敬は、さらに、

 「…しかし、残念だ…私が、葉尊だったら、キミと、結婚できたかも、しれないんだろ?…」

 と、続けた…

 リンは、一瞬、戸惑った表情を浮かべたが、すぐに、

 「…ええ…」

 と、答えた…

 「…だったら、大損だな…こんな美人と結婚できたかも、しれないのに、チャンスを逃すなんて…」

 葉敬が、笑いながら、言う…

 しかしながら、それは、誰の目にも、リンにお世辞を言っているのは、明らかだった…

 リンの機嫌を損ねないように、リンにお世辞を言っているのは、明らかだった…

 そして、それに、当然のことながら、当のリン本人も気付いた…

 「…いえ、今からでも、遅くありません…なんなら、葉尊さんでなく、会長でも…」

 と、笑みを浮かべながら、リンは、葉敬に言った…

 葉敬に、迫った…

 が、

 ここでも、葉敬が、一枚上手だった…

 「…これは、光栄ですな…」

 と、一段と、声を高めて、楽しそうに、笑った…

 リンの誘惑を軽くあしらった…

 リンは、一瞬、物凄い形相で、葉敬を睨んだが、それは、一瞬…

 一瞬だけ…

 すぐに、笑顔を見せて、

 「…こちらこそ、光栄です…」

 と、笑った…

 笑ったのだ…

 が、

 言い終わった後に、悔しそうな表情で、葉敬を見た…

 いや、睨んだ…

 わずか、一瞬だが、物凄い形相で、葉敬を睨んだ…

 あらかじめ、ネットで、このリンという女を、調べたが、そんな表情は、どこにも、載ってなかった…

 ネットには、チアリーダーの姿で、いつも、ニコニコと笑っていた姿しか、載ってなかった…

 いかにも、楽しそうに、笑っている姿しか、載ってなかった…

 が、

 現実は、見ての通り…

 ネットで見た姿とは、全然、違った(爆笑)…

 ネットで、見た姿とは、まるで、違ったのだ…

 実物を見て、思わず、

 「ウソォー」

 と、叫びたくなるほど、違った(笑)…

 が、

 誰でも、同じかも、しれん…

 芸能人なんて、誰でも、同じかも、しれん…

 要するに、芸能人としては、別の人格を、演じているのだ…

 本来の自分とは、別の人格を、演じている=売っているのだ…

 自分とは、別の人格で、売り出しているのだ…

 おとなしい感じの女が、皆、おとなしいことは、ない…

 皆、おとなしいことは、ありえない…

 見かけは、おとなしく見えても、おとなしくない女は、大勢いる…

 優しそうな外見にも、かかわらず、中身は、全然、違う女も多い…

 いわゆる、ヤンキーだったりする女も、多い(笑)…

 要するに、外見と中身は、違うということだ…

 これは、男も同じ…

 同じだ…

 これが、一番よくわかる事例は、いわゆるヤクザ…

 高名なヤクザでも、今は、一見して、おとなしく見える人間も、多い…

 昔は、ヤクザ映画さながらに、一目見て、ヤクザとわかる人間が、多かった…

 考えてみれば、ヤクザを演じていたものも、多かったのだろう…

 それが、昨今では、ヤクザを演じる必要が、なくなった…

 そういうことだろう…

 なにしろ、一目見て、ヤクザと誰もが、わかる外見では、警察に通報されかねない(爆笑)…

 いわゆる、時代が、変わったわけだ…

 だから、おおげさに言えば、素のまま…

 おとなしい外見のものは、おとなしい外見のまま…

 無理やりコワモテのヤクザを演じる必要は、ない…

 だから、素のまま…

 しかしながら、それは、外見のみ…

 中身は、ヤクザで、なにも変わらない(笑)…

 ただ、外見を演じる必要が、なくなったわけだ…

 それと、違って、芸能人は、芸能人であることを、演じる必要がある…

 おとなしい外見の女なら、まずは、それを売りにする…

 おとなしい性格で売る…

 実際は、バリバリのヤンキーをしていたにも、かかわらず、それを、無視して、おとなしい性格で売る…

 要するに、見た目を最大限重視するわけだ…

 そして、それは、このリンも、同じ…

 同じだ…

 このリンは、おとなしい…

 外見は、おとなしく見えるから、性格もおとなしく売り出した…

 それだけだろう…

 老若男女に限らず、誰もが、普通は、おとなしい人間が、好かれる…

 一目見て、派手な人間は、あまり好まれない…

 一目見て、男女を問わず、イケイケの人間は、好まれない…

 そういうものだ…

 だから、このリンも、おとなしく売り出した…

 しかしながら、それは、外見だけ…

 いわゆる見た目だけだ…

 中身は、変わらない…

 おそらく、バリバリのヤンキーとまでは、いわないまでも、物凄く気が強い…

 いわゆる、勝気…

 本来、勝気な人間が、チアガールとして、成功して、台湾で、爆発的な人気を得た…

 それゆえ、本来、勝気な性格が、余計に勝気になる…

 成功したのだから、当たり前だ…

 そして、それが、この姿に現れている…

 このド派手な姿に現れている(爆笑)…

 余談になるが、成功して、調子に乗らないほうが、難しい…

 成功すれば、誰でも、多かれ少なかれ、調子に乗るものだ…

 わかりやすい事例でいえば、東大に合格すれば、誰もが、有頂天になり、調子に乗る…

 自分は、頭がいいと、調子に乗る…

 自分には、前途洋々の未来が開けていると、調子に乗る…

 当たり前だ…

 誰もが、調子に乗って、おかしくはない…

 調子に乗らないほうが、おかしい…

 が、

 あまりにも、調子に乗るものが、いれば、それも、おかしい…

 何事も限度があるからだ…

 だから、おかしい…

 しかしながら、それを、目の前のリンに当てはめれば、それも、おかしくはない…

 なにしろ、リンは、今、台湾中で、知らぬものが、いないほどの有名人…

 チアガール=芸能人として、成功した…

 あるいは、成功し過ぎたからだ…

 だから、調子に乗るのは、当たり前…

 当たり前だった…

 私は、今、リンを目の当たりにして、そんなことを、考えた…

 考えたのだ…

 すると、いつのまにか、リンは、立ち上がっていた…

 マリアと同じ目線で、最初は、話していたのに、立ち上がっていた…

 それを見て、葉敬が、

 「…さあ、行きましょう…」

 と、言った…

 当たり前だった…

 いつまでも、空港にいても、仕方がない…

 すると、真っ先に、リンが、

 「…ハイ…」

 と、返事した…

 大きな声で、返事をした…

 私は、

 …調子が、いい女だ!…

 と、思った…

 きっと、お義父さんに、気に入られるように、大きな声で、返事をしたに違いないからだ…

 私が、思っていると、私と同じように、思っている女が、一人いた…

 マリアだった…

 3歳の幼児のマリアだった…

 3歳の幼児だから、

 「…このお姉さん…調子がいい…」

 と、すぐに、言った…

 すぐに、口にした…

 周囲を、気にする必要が、ないからだ…

 子供だから、そんな発言をすれば、リンが、どんな反応をするかまで、考えないからだ…

 当然のことながら、リンは、マリアの発言が、聞こえた…

 近くに、いるからだ…

 私は、リンが、どんな反応をするのか?

 興味があった…

 そして、それは、おそらく、この場にいる全員が、同じだった…

 皆、一様に、リンの反応に、興味があったから、リンを見た…

 皆の視線が、リンに集中した…

 そして、それに、リンもまた、気付いた…

 間違いなく、気付いた…

 が、

 リンは、したたかだった…

 わずかに、一瞬、動揺したような素振りは、あったが、それも、一瞬だった…

 すぐに、

 「…そうよ、お嬢ちゃん…女は、皆、調子が、いいのよ…」

 と、笑いながら、言った…

 わずか、一瞬で、笑いに変えたのだ…

 次いで、

 「…お嬢ちゃんも、大人になれば、わかるわ…」

 と、笑って、付け加えた…

 私は、それを、見て、震撼した…

 文字通りブルッた…

 こんな女、見たことがなかったからだ…

 ここまで、図々しく、調子のいい女は、これまで、会ったことも、見たことも、なかったからだ…

 これは、強敵…

 この矢田トモコにとって、強敵になるかも、しれん…

 とっさに、そう思った…

 そう、思ったのだ…

 そして、それに、気付くと、この矢田トモコのカラダが、震えた…

 恐怖のためだ…

 この矢田の身長159㎝のカラダが、小刻みに震え出したのだ…

               
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