第21話

文字数 3,715文字

 …これは、困った…

 …実に、困った…

 私は、オスマンと電話で話しながら、冷や汗が、出てきた…

 要するに、リンと会うときに、マリアも同席してもいいかと、聞くだけだが、それが、聞けんかった…

 なにやら、話が、大きくなりそうだったからだ…

 「…どうなんですか? 矢田さん?…」

 と、オスマンが、電話の向こう側から、この矢田に圧をかけてきた…

 元々、気の弱い、この矢田は、どうして、いいか、わからんかった…

 わからんかったのだ…

 だから、正直に、

 「…実はな…オスマン…」

 と、話した…

 「…実は、なんですか? …矢田さん…」

 「…実は、困ったことが、あってな…」

 「…困ったこと? どんなことですか?…」

 「…リンが、今度、来日するだろ?…」

 「…ハイ…」

 「…そのときに、マリアを連れて行こうと、思ってな…」

 「…マリアさんを?…」

 「…そうさ…」

 「…どうして、マリアさんを?…」

 「…いや、リンに会うのに、私とアムンゼンだけでは、マズいと思ってな…」

 「…どうして、マズいんですか?…」

 「…ほら、私が、近所の子供を連れてきたといっても、おかしいだろ? …そもそも、私に子供はいないし…」

 「…」

 「…だから、マリアを連れて行こうと思ってな…マリアは、歳が離れているが、葉尊の妹さ…私の夫の妹さ…だから、マリアを連れて行って、アムンゼンを、マリアの友達として、リンに紹介しようと、思ったのさ…」

 「…そうですか?…」

 「…でも、ここで、大変なことを、思い出したのさ…」

 「…どんなことですか?…」

 「…アムンゼンが、マリアに惚れてることさ…」

 「…あっ!…」

 それを、聞いて、思わず、オスマンが、声を上げた…

 「…だから、マリアの前で、アムンゼンが、リンと、イチャイチャするのは、マズいと思ってな…」

 私が、説明すると、オスマンが、黙った…

 アラブの至宝の甥が、黙った…

 「…だから、どうしていいか、わからなくてな…それで、アムンゼンに、マリアを連れて行っていいか、聞こうとしたのさ…」

 私が、言うと、オスマンが、

 「…」

 と、黙りこくった…

 私は、心配になった…

 「…おい、聞いているか、オスマン?…」

 「…ハイ…聞いています…」

 「…難しい問題だろ?…」

 「…ハイ…」

 「…だから、私は、悩んだのさ…オスマン…オマエなら、どうする?…」

 「…どうすると、言われても…」

 電話の向こう側で、オスマンが、戸惑うのが、わかった…

 現に、オスマンは、黙った…

 「…」

 と、なにも、言わんかった…

 が、

 それが、当たり前だった…

 この矢田とて、どうして、いいか、わからんのだ…

 オスマンに、答えが出せるはずが、なかった…

 この矢田トモコと、オスマンも同じ人間…

 たしかに、この矢田トモコは、35歳で、童顔で、巨乳の、六頭身の女かも、しれんが、180㎝を超える、イケメンのオスマンと同じ人間だからだ…

 外見は、少しばかり違うが、あくまで、同じ人間だからだ…

 だから、同じだった…

 答えがすぐに、出せんかった…

 そういうことだ…

 が、

 オスマンの沈黙があまりにも、長い…

 だから、私は、

 「…聞いているか? …オスマン…」

 と、聞いた…

 聞かざるを得なかった…

 「…ハイ…聞いています…矢田さん…」

 「…で、オスマン…オマエなら、どうする?…」

 「…やはり、これは、直接オジサンに聞くしか…」

 オスマンが、しどろもどろな口調で、答える…

 「…そうか…やはり、オマエもそう思うか?…」

 私は、言った…

 そして、言いながら、

 …やはり、オスマン…オマエも、この矢田と同じく、逃げたな…

 と、思った…

 心の底から、思った(笑)…

 なにしろ、あのアムンゼンは、マリアに惚れてる…

 そのマリアの前で、リンにデレデレするのは、正妻の前で、他の女にデレデレするのと、同じ…

 しかも、その正妻=マリアは、異常に気が強い…

 たかが、3歳児とは、思えないほど、気が強い…

 だから、アムンゼンが、どういう決断を下すか?

 実は、アムンゼンに聞く前から、わかっている…

 この矢田も、おそらくオスマンも、わかっていた(笑)…


 そして、その日の午後になって、アムンゼンから、連絡が来た…

 この矢田の元に、連絡が来た…

 ケータイの電話が鳴ったのだ…

 「…もしもし、矢田トモコさ…」

 私は、電話を取るなり、名乗った…

 すると、だ…

 電話の向こう側から、

 「…矢田さん…なにを、威張っているんですか?…」

 と、いうアムンゼンの声が、聞こえてきた…

 私は、

 「…威張ってなんか、ないさ…」

 と、返した…

 当たり前だった…

 「…今さっき、保育園から、帰ってきて、オスマンから、聞きました…」

 「…そうか…」

 「…矢田さん、ボクになにか、恨みでも、あるんですか?…」

 「…なんだと? 恨みだと? どうして、この矢田が、オマエに、恨みを持つんだ?…」

 「…マリアのことですよ…」

 「…マリアのこと?…」

 「…マリアの前で、ボクが、リンにデレデレできるわけ、ないでしょ?…」

 「…」

 「…それが、わかっていて、リンとの面談に、マリアを連れて行くなんて…」

 アムンゼンが、憤慨する…

 「…これが、もし、サウジアラビアなら、矢田さんは、死刑ですよ…」

 「…なんだと?…」

 「…よくて、終身刑…一生、刑務所の中です…悪ければ、死刑です…」

 「…誰が決めるんだ?…」

 「…ボクが決めます…」

 「…なんだと?…オマエが決める?…」

 「…そうです…」

 アムンゼンが、断言した…

 アラブの至宝が、断言した…

 …いかん!…

 …もしかしたら、虎の尾を踏んだかも、しれん…

 …もしかしたら、この矢田は、うっかり、このアムンゼンを怒らせたかも、しれん…

 とっさに、気付いた…

 気付いたのだ…

 だから、

 「…すまんかったさ…」

 と、詫びた…

 「…オマエの気持ちも、考えず、悪かったさ…」

 と、詫びた…

 が、

 しかしながら、アムンゼンの機嫌は、直らんかった…

 直らんかったのだ…

 「…ダメです…」

 と、アムンゼンが、非情にも、告げた…

 「…もう、遅いです…」

 「…遅い? なぜ、遅い?…」

 「…マリアですよ…」

 「…マリアがどうかしたのか?…」

 「…どうかしたどころじゃ、ないですよ…今日の午前中、保育園で、なにが、あったか、知っていますか?…」

 「…知らんさ…」

 「…矢田さんが、マリアの母親のバニラさんに、リンと会うと、告げたでしょ?…」

 「…それは…」

 「…それは、じゃ、ないですよ…それを、バニラさんから聞いて、マリアが、保育園ではしゃいで、みんなの前で、自慢して…」

 「…なんだと?…」

 「…おまけに、ボクも、マリアといっしょに、リンに会いに行くと暴露されて、滅茶苦茶ですよ…」

 アムンゼンが、嘆いた…

 この矢田も考えたことのない展開になっている…

 そう、思った…

 「…一体、どうして、くれるんですか? この不始末…」

 「…不始末?…」

 「…そうですよ…矢田さんが、マリアを巻き込むから、わけのわからないことになっちゃったじゃないですか?…」

 「…それは、すまんかったさ…」

 「…すまんかったですむ問題じゃないですよ…」

 アラブの至宝が、電話の向こう側で、憤慨する…

 「…一体、どうして、くれるんですか?…」

 「…どうしてくれると、言っても…」

 …どうすることも、できんさ…

 私は、心の中で、呟いた…

 が、

 それを、口にして、いいものか、どうか…

 悩んだ…

 「…一体、この不始末をどうして、くれるんですか?…」

 アラブの至宝が、電話の向こう側から、しつこく、この矢田を責める…

 この矢田を、非難する…

 私は、頭に来た…

 たかだか、3歳児に、知られたからと、言って、この矢田を非難するのが、許せんかった…

 許せんかったのだ…

 だから、私は、言ってやった…

 「…アムンゼン…たかだか、3歳のマリアを恐れて、どうする? オマエ、それでも、アラブの至宝か?…」

 と、言ってやった…

 が、

 それが、いかんかった…

 いかんかったのだ…

 「…それとこれとは、別です…」

 と、アムンゼンが、電話の向こう側から、激怒した…

 「…ボクのパブリックとプライベートは、別です…」

 と、電話の向こう側から、怒鳴った…

 私は、それを、聞いて、つい、

 「…だったら、リンと会わなければ、いいさ…」

 と、怒鳴り返した…

 「…オマエは、サウジアラビアの公務に励めば、いいさ…」

 と、言ってやった…

 腹の虫が、収まらなかったのだ…

 元々、リンと会いたいと言ったのは、このアムンゼンだ…

 だから、私が、気を利かせて、いきなり、アムンゼンを連れて行くのも、おかしいと、思い、マリアを連れて行こうと思ったのだ…

 なにしろ、マリアは、歳が離れているとはいえ、私の夫の葉尊の妹…

 私にとっては、義理の妹になる…

 それゆえ、マリアの友達として、アムンゼンをリンに紹介しようと、思ったのだ…

 それを、私の気遣いに感謝もせず、この矢田を一方的に攻めるとは…

 許せん!

 この矢田トモコの闘志に火が付いた…

 火が付いたのだ…

                
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