第37話

文字数 3,872文字

 まるで、悪魔のように、笑ったのだ…

 美しい悪魔のように、笑みを浮かべたのだ…

 その姿は、ルシフェル…

 堕天使ルシフェルを思い起こさせた…

 私の脳裏に、堕天使ルシフェルを、思わず、連想させた…

 「…お久しぶりです…お姉さん…」

 葉問が、言った…

 堕天使ルシフェルが、言った…


 私は、機械的に、

 「…久しぶりさ…」

 と、返した…

 それから、続けて、

 「…なるほど、葉尊は、うまく自分の感情を抑えることが、できないから、オマエに代わったわけか…」

 と、ぶっちゃけた…

 この葉問は、夫の葉尊のもう一つの人格…

 夫の葉尊は、二重人格…

 一つのカラダの中に、二つの人格を持っている…

 それは、いわゆる演じているのではなく、別の人格を持っているということだ…

 別の言い方をすれば、二人で、一つのカラダを共有していると、言える…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…それは、お姉さんの考えです…」

 と、葉問が、笑って言った…

 「…私の考え?…」

 「…葉尊が、うまく自分の感情をコントロールできないから、ボクに切り替わった…あるいは、ボクにバトンタッチしたと、いうことです…」

 葉問が、説明する…

 たしかに、言われてみれば、その通り…

 その通りなのだ…

 あくまで、私が言ったのは、私の意見…

 真実ではないかも、しれんからだ…

 真相ではないかも、しれんからだ…

 私は、葉問の言い分を認めた…

 だから、私は、

 「…わかったさ…」

 と、言った…

 「…オマエの言い分を認めてやるさ…」

 私が、言うと、葉問が、笑った…

 「…これは、お姉さんに認めて、もらって、光栄です…」

 と、言って、笑った…

 が、

 嫌な気分では、なかった…

 正直、私を、バカにしたような言い方だが、別段、嫌な気分は、なかった…

 要するに、私は、この葉問と話しやすいのだ…

 この葉問と気が合うのだ…

 夫の葉尊より、葉問の方が、気が合うのだ…

 つまり、そういうことだ(笑)…

 これは、誰でも、同じ…

 同じだ…

 要するに、ただ、気が合うのだ…

 これは、いい、悪いでは、ない…

 ただ、自分と気が合う…

 あるいは、話が合う…

 だから、好きなのだ…

 夫の葉尊には、申し訳ないが、好きなのだ…

 そして、それは、おそらく、葉問も同じ…

 きっと、私を好きに違いない…

 これは、当たり前だが、一方が、ただ、盲目的に好きというのは、普通は、ありえない…

 友人、知人の場合は、大抵、自分が、相手を好きなら、その相手も、自分を好きな場合が、多い…

 自分が、好きで、相手は、自分を嫌いというのは、滅多にあるものでは、ないからだ…

 それは、例えば、ブザイクな男が、一方的に、美人を好きだという例は、ある。

 その場合は、美人が、一方的にブザイクな男を嫌うかも、しれない…

 が、

 それは、稀…

 稀だ…

 そして、その場合もまた、美人が、嫌な気持ちをしない場合も、多い…

 なぜなら、自分を好いているからだ…

 誰でも、そうだが、自分を好いてくれる人間は、普通は、嫌いになれないものだからだ…

 もちろん、相手が、しつこくて、ストーカーにでもなれば、困るが、普通は、そこまでは、いかないものだ…

 ただ、好き…

 それだけだ…

 だから、実害が、ない…

 だから、いいのだ…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…お姉さんは、面白い…」

 と、いきなり、葉問が、言った…

 「…実に、面白い…」

 と、続けた…

 これは、聞き捨てならない言葉…

 私は、頭に来た…

 だから、

 「…なにが、面白いのさ…」

 と、聞いてやった…

 「…ボクが、一言言うと、必ず、なにか、考える…」

 葉問が、言った…

 「…一体、言葉の裏に、どんな意味があるのか、考えているのでしょ?…」

 葉問が、笑う…

 「…お姉さんは、そういうひとです…」

 「…私は、そういうひと? どういうひとなんだ?…」

 「…天衣無縫…誰からも愛される…」

 「…なんだと? 誰からも愛されるだと?…」

 「…そうです…真逆に、嫌われる人間は、誰からも、嫌われるものです…」

 「…」

 「…そして、誰からも、好かれる人間も、誰からも、嫌われる人間も、案外、本人には、自覚が、ないものです…」

 「…自覚がないだと?…」

 「…ハイ…要するに、自分が、周囲から、好かれていても、自分では、そんなに好かれているとは、思ってないし、真逆に嫌われていても、そんなに嫌われているとは、思ってないものです…」

 「…」

 「…要するに、鈍感なんです…」

 葉問が、笑った…

 「…お姉さんが、その見本です…」

 「…なんだと? …私が、見本?…」

 「…お姉さんは、誰からも好かれます…でも、お姉さんに、その自覚は、ないでしょ?…」

 「…それは、ないさ…」

 「…そして、そんなお姉さんだから、葉敬も安心する…」

 「…お義父さんが、安心? …どういうことだ?…」

 「…今度の来日です…」

 「…来日が、どうかしたのか?…」

 「…おそらく、葉敬の狙いは、お姉さんです…」

 「…なに、私? …どういう意味だ?…」

 「…今度の来日で、リンを連れて来る…リンを同伴する…その狙いです…」

 「…狙いだと?…」

 「…リンは、台湾で、絶大な人気のある、球団所属のチアガールです…でも、陰で、色々な噂がある…」

 「…噂?…」

 「…C国のスパイだとも、台湾のお偉いさんの枕とも、言われています…」

 「…」

 「…でも、どれも、確証がない…どれも皆、根も葉もない噂に過ぎないかも、しれない…」

 「…なんだと?…」

 「…リンは、有名人…すると、それを妬んで、根も葉もない噂を流す人間も、大勢います…」

 「…大勢いるだと?…」

 「…お姉さんも、知っているように、世間には、それほど、善人は、多くは、ない…」

 葉問が、笑った…

 またも、ルシフェルのような笑いを見せた…

 「…しかしながら、悪人も、また少ない…そんな音も葉もない噂を流す人間も、少ない…」

 「…」

 私は、葉問の言葉を聞きながら、葉問の狙いを考えた…

 この葉問…

 いつも、そうだが、私を試す…

 わざと、試す…

 要するに、相手の力を測っているのだ…

 私の力を測っているのだ…

 「…つまり、お義父さんは、私にリンの正体を見抜けと言っているわけか?…」

 「…その通りです…お姉さん…」

 葉問が、言う…

 「…だから、葉敬は、リンを連れてやって来るというわけです…」

 葉問は、言う…

 自信を持って言う…

 が、

 私は、騙されんかった…

 騙されんかったのだ…

 「…それは、オマエの憶測だろう…」

 と、喝破した…

 「…オマエの憶測に過ぎないだろう…」

 と、見抜いた…

 私の言葉に、

 「…エッ?…」

 と、葉問が、絶句した…

 「…たしかに、オマエは、頭がいいさ…私より、頭がいいさ…でもな、葉問…」

 「…なんですか?…」

 「…上には、上があるということを、忘れちゃダメさ…」

 「…上には、上があるということですか?…」

 「…そうさ…」

 「…で、具体例は?…」

 「…それは、お義父さんさ…」

 「…葉敬…」

 「…そうさ…」

 「…葉敬のなにが、ボクより上なんですか?…」

 「…お義父さんは、苦労人さ…それに、オマエより、はるかに、修羅場をくぐっているだろうさ…」

 「…修羅場?…」

 「…オマエのように、頭で、考えていたばかりじゃ、ダメさ…頭でっかちじゃ、ダメさ…ひとは、経験さ…何度も、失敗して、学ぶものさ…」

 私は、言った…

 自信を持って、言った…

 すると、葉問が、考え込んだ…

 目の前の葉問が、考え込んだ…

 そして、

 「…では、この葉問が、葉敬に騙されていると、お姉さんは、言っているわけですか?…」

 と、聞いた…

 「…そこまでは、言ってないさ…」

 「…言っていない?…」

 「…そうさ…ただ、自分が、一番だと、思っちゃダメさ…常に自分より、上の人間が、いると、思わなきゃ、ダメさ…」

 「…どうして、ですか?…」

 「…きっと、足元をすくわれるさ…」

 「…足元をすくわれる?…」

 「…そうさ…いつも、自分を一番だと、思っている人間は、当たり前だが、天狗になっている…だから、相手も、それを利用する…」

 「…利用?…」

 「…簡単に言えば、目の前に大きな穴を掘る…すると、誰もが、その穴に気付いて、その穴をよけるものさ…でも、ホントは、その大きな穴は、おとりで、ホントは、わざと、一見、気付きにくい場所に、いくつも、小さな穴を掘って、そこに、落ちるのを、狙っているものさ…」

 「…つまり、葉敬も、それと、同じだと?…」

 「…それは、わからんさ…ただ、何事も自信満々なオマエは、いずれ、誰かに足元をすくわれると、言っているだけさ…」

 私は、言って、やった…

 実に、適当なことを、言ってやった…

 わざと、言ってやった…

 実は、この矢田トモコ…

 この葉問のいつも、自信満々な態度が、近ごろ、少々鼻についてきたのだ…

 この葉問には、世話になっている…

 過去には、何度も、助けて、もらったこともある…

 この葉問は、恩人…

 間違いなく、この矢田の恩人の一人だった…

 にも、かかわらず、ふと、いつも、自信ありげな態度が、少々、鼻についたのだ…

 だから、言ってやった…

 わざと、悩むように、言ってやった…

 わざと、戸惑わせて、やった…

 わざと、困らせてやったのだ…

 すると、葉問が、考え込んだ…

 深く、考え込んだ…

 この矢田の仕掛けた罠にはまったのだ!…

 私は、それを、見て、実に、気分が、良かった…

 いい気味だと、思った(笑)…

               
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