第17話

文字数 4,506文字

 「…どこで、そんな話を聞きました? お姉さん?…」

 葉尊が、顔色を変えて、聞く…

 私は、

 「…葉問から、聞いたのさ…」

 と、言いたかったが、言わんかった…

 なぜか、言わんかったのだ…

 それは、なぜか?

 この葉尊が、葉問のことを、どう思っているのか、わからんからだった…

 葉尊と、葉問は、同一人物…

 コインで、言えば、葉尊が、表…

 葉問が裏…

 なぜ、そう言えるのか?

 それは、カラダが、葉尊のものだからだ…

 葉尊が、作り出した、もう一つの人格が、葉問だった…

 実は、以前は、本物の葉問が、いた…

 葉尊と葉尊は、双子…

 ホントは、一卵性双生児だった…

 それが、葉問が、事故で、死んだ…

 原因は、葉尊だった…

 ちょっとしたいたずらで、弟の葉問が、死んだのだ…

 それを、悔やんだ葉尊が、作り出したのが、葉問だった…

 現在の葉問だった…

 いわば、葉尊が、無意識にだが、自力で、葉問を、蘇らせたとも、言える…

 つまりは、葉尊は、自分の力で、葉問を蘇らせたのだ…

 だからだろう…

 それを、知った私は、葉尊に葉問のことを、どう思っているのか、聞けんかった…

 それだから、今も、リンの来日を葉問から、聞いたと、言えんかった…

 言えんかったのだ…

 だから、考えた…

 どう言おうか、考えた…

 結果、口から出た言葉は、

 「…たしか、リンダか、バニラのどっちかから、聞いたのさ…」

 と、答えた…

 この言葉が、一番無難だった…

 なにしろ、リンダは、葉敬に世話になっている…

 学生時代、貧乏で、金に困っていたリンダに、金銭的に、援助したのが、葉敬だった…

 だから、リンダは、葉敬に頭が上がらない…

 ハリウッドのセックス・シンボルとまで、呼ばれる地位に上り詰めた今でも、頭が上がらない…

 その証拠に、台湾の台北筆頭の広告塔を長年務めている…

 いかに、葉敬が、創業した台北筆頭が、台湾で、有名でも、世界的には、まだまだ、だ…

 ハッキリ言えば、たいしたことはない…

 にもかかわらず、ハリウッドのセックス。シンボルとまで、呼ばれるようになった今でも、台北筆頭の広告塔を務めている…

 これが、リンダが、葉敬に今でも、感謝している証だ…

 一方、バニラは、葉敬の愛人…

 世界的に有名なモデルのバニラだが、親子ほど、歳の離れた葉敬と、男女の仲になり、マリアという娘まで、生まれている…

 要するに、二人とも、葉敬と親しいということだ…

 だから、私が、リンダかバニラのどっちかから、葉敬は、リンと来日するという情報を聞いたと言っても、別段、おかしくもなんともない…

 そう、思ったのだ…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…さすが、お姉さんです…」

 と、葉尊が、私を持ち上げた…

 「…どんなところにいても、肝心の情報は、掴んでいる…」

 私を、再び、持ち上げる…

 私は、それを、聞いて、やはり、そうかと、思った…

 葉問の情報は、間違いがないと、思った…

 だから、

 「…当たり前さ…」

 と、言って、私は、胸を張った…

 私の大きな胸を張った…

 「…私を誰だと、思っているのさ…」

 と、大きく出た…

 当たり前だった…

 どんな小さなことでも、自分に有利と判断すれば、それを、最大限アピールする…

 それが、私だった…

 それが、この矢田トモコだった(笑)…

 「…さすがです…」

 夫の葉尊が、私の大きな胸を見ながら、頷いた…

 これも、当たり前だった…

 私の胸は、大きな武器…

 身長159㎝の矢田トモコの大きな武器だった…

 唯一の武器だった…

 「…やはり、お姉さんです…」

 葉尊が言う…

 「…リンが、来日したら、アムンゼンに紹介してやるつもりさ…」

 私は、言った…

 「…どうして、殿下に、リンを紹介するんですか? …お姉さん?…」

 「…アムンゼンが、リンのファンなのさ…」

 「…殿下がリンの…」

 そう言って、葉尊が驚いた…

 だから、私は、言ってやった…

 「…アムンゼンは、ああ見えて、実は、30歳さ…29歳の葉尊、オマエより、歳上さ…」

 と、言ってやった…

 「…だから、リンに憧れるのは、当たり前さ…リンも、三十前後だろ?…」

 「…ハイ…たしか、公式には、32歳だと、思います…」

 「…公式?…」

 「…芸能人は、水商売と同じです…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…年齢を偽ることが、多い…」

 葉尊が、笑う…

 「…おそらく、これは、台湾や日本のみならず、世界中、どこの国でも、同じでしょう…」

 「…」

 「…男は、若い女が好き…そう、思い込んでる女は、実に、多いし、反面、事実でも、ある…」

 「…」

 「…この日本のことわざでも、女房と畳は。新しい方が、いいと、言うでしょ?…」

 葉尊が、笑う…

 「…葉尊…オマエ、よく、そんなことわざを、知っているな…」

 私は、驚いた…

 「…郷に入っては郷に従う…台湾から、この日本にやって来て、以来、色々学びました…」

 「…そうか…」

 私は、言った…

 相変わらず、この葉尊は、抜け目ないというか…

 以前なら、よく日本のことを、勉強していると、思ったのだが、最近は、違ってきた…

 それは、なぜか?

 実は、葉問が、葉尊には、裏の顔をあると、言ったのが、大きい…

 葉尊は、いつでも、私に優しい…

 私を怒ったことなど、一度もないし、声を荒げたこともない…

 だが、

 私に言わせれば、それが、おかしい…

 おかしいのだ…

 なぜなら、人間なら、誰でも、怒ったり、怒鳴ったり、することが、あるものだ…

 しかしながら、葉尊には、一切、それがない…

 だから、どうしても、演じているようにしか、見えない…

 見えないのだ…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 だから、

 「…葉尊…オマエは、どこで、聞いたんだ?…」

 と、聞いた…

 「…どこで、と言うと?…」

 「…リンのことさ…リンが、来日することさ…」

 「…それは、父からです…」

 「…お義父さんから?…」

 「…なんといっても、父子ですから…」

 葉尊が、笑う…

 当たり前のことだった…

 が、

 違った…

 すぐに、葉尊が、訂正したのだ…

 「…と、言いたいところですが、実は、違います…」

 と、付け加えたのだ…

 「…なんだと? …違う?…」

 「…違います…」

 「…どう違うんだ?…」

 「…事実は、父の会社の秘書を通じて、ボクの会社の秘書に、知らせたのが、真相です…」

 「…なんだと?…」

 「…当たり前ですが、父もボクも忙しい…いくら、父子だからといって、ボクに電話をかけてきても、ボクも、出られないことがある…」

 「…それは、そうだな…」

 「…ですから、互いに秘書を通じて、連絡するのが、一番です…秘書が、大事なことは、ボクに伝えますし、そうでないことは、伝えません…いわば、秘書が、ボクに上げる情報を拾捨選択しています…」

 「…秘書が、か?…」

 「…ハイ…イチイチ、ボクに来る連絡をすべて、届ければ、ボクは、その連絡だけで、一日中対処することになります…だから、事前にボクに届ける情報を誰かが、厳選しなければ、なりません…これは、父も同じです…」

 「…だったら、もし、その秘書が、情報を操作していれば、どうなる? オマエやお義父さんに、ウソの情報を教えていれば、どうなる?…」

 「…それは、無理です…できないです…」

 「…どうして、できないんだ? …だって、秘書が、情報を上げているんだろ?…」

 「…それは、そうですが、すべての情報が、秘書から来るわけでは、ありません…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…秘書経由でない情報も、ボクに届きます…」

 「…秘書経由でない情報?…」

 「…例えば、今、ボクが、お姉さんと話しています…これは、プライベートですし、当然、どんな話をしているか、秘書は、知りません…」

 「…」

 「…ボクは、例えば、ヤン…リンダですが、彼女とも、親しいのは、お姉さんも、知ってますね…」

 「…知ってるさ…」

 「…彼女は、ハリウッドのセックス・シンボルです…そして、セックス・シンボルというのは、単なる俗称でなく、さまざまな情報も握ることが、できます…」

 「…どうして、できるんだ?…」

 「…多くのひとと、接するからです…そこで、色々な情報を得る…」

 「…それと、さっきの秘書とどういう関係があるんだ?…」

 「…つまり、ボクが、言いたいのは、ボクの情報源は、会社の秘書だけでは、ないということです…」

 「…秘書だけじゃない?…」

 「…そうです…もし、すべての情報が、秘書に握られていて、ボクが、その情報を鵜呑みにしたりしたら、大変です…その秘書のくれた情報から、さまざまな経営判断をしなければ、ならないからです…その情報に、誤りがあれば、前提が、間違っていますから、当然、出す答えも、間違った答えを出します…」

 「…」

 「…でも、秘書以外から、情報を得ていれば、どこかで、秘書が、情報を操作していることに、気付きます…だから、秘書以外にも、さまざまなひとたちから、率先して、情報を得る…ボクは、普段から、そうやってますし、それは、父も同じだと、思います…」

 「…お義父さんも?…」

 「…父も、ボクと同じく経営者です…そして、経営者というものは、大抵、自分に都合が悪い情報は、届かないものです…」

 「…どうして、届かないんだ?…」

 「…それを、聞けば、経営者の機嫌が悪くなるとか、そういう理由でしょう…誰もが、自分に都合の悪い情報は、聞きたくない…だから、いわゆる、側近も、経営者に都合の悪い情報は、上げない…今、ウクライナと戦争をしているプーチンも、都合の悪い情報が、一切届いていなから、簡単に、勝てると、思ったのだとも、言われてます…」

 「…」

 「…だから、話が、長くなりましたが、ボクも、父も、さまざまなところから、情報を得ている…ボクの情報源には、お姉さんも、入ってます…」

 「…私も?…」

 「…今、こうして、とりとめのない話をしていても、情報を得ています…」

 「…どんな情報だ?…」

 「…お姉さんが、殿下が、リンのファンだと、言ったこと…」

 葉尊が、ニヤリと、笑う…

 「…これは、初耳です…初めて、聞きました…」

 「…」

 「…でも、それ意外なこと…」

 「…それ意外なこと?…」

 「…例えば、お姉さんと話していて、最近、スーパーで、お米の値段が上がってと、言ったとします…ですが、それを、知らないサラリーマンの男性も多いでしょう…」

 「…どうして、知らないんだ?…」

 「…それは、結婚して、奥さんが、スーパーで、お米を買ってくるからです…自分では、買わないからです…」

 「…」

 「…情報って、そんなものです…どんな些細な情報でも、自分が、知らないことが、世の中には、たくさんさんある…だから、ひとと話せば、それを知ることが、できる…」

 葉尊が、力を込めて言う…

 私は、それを聞いて、こんな葉尊の姿を見るのは、初めてだと、思った…

 結婚して以来、初めて、見る 葉尊の姿だった…

 同時にようやく、葉尊が、素顔を見せてきた…

 素顔の片鱗を見せてきた…

 そう、思った…

 そう、思ったのだ…

               

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み