第20話

文字数 4,196文字

 まさか?…

 まさか?

 そんなことは、考えても、みんことだった…

 全然、考えても、みんことだった…

 マリアが、嫉妬することなど、考えても、みんことだった…

 考えても、みんことだったのだ…

 だから、思わず、

 「…まさか?…」

 と、呟いた…

 「…まさか、マリアは、まだ3歳だゾ…」

 「…それは、わかってます…」

 「…わかっている?…」

 「…でも、マリアは、女です…普段、自分を好きだと言っている男が、別の女にデレデレしている姿を見れば、いい気分は、しないでしょ?…」

 「…それは、そうだが、相手のリンは、たしか、32歳だゾ…マリアは、3歳…歳が、違い過ぎるだろ?…」

 「…それは、わかってます…でも…」

 「…でも…」

 「…マリアは、お姉さんも知っているように、滅法、気が強い…だから…」

 「…だから…」

 「…たしかに、お姉さんの言うことも、わかります…ですが、実際に、殿下が、リンと会ったときの、反応を目の当たりにして、マリアが、どう出るか? まったく、想像が、できません…」

 葉尊が、苦しそうに、言う…

 いかにも、苦しそうに、言う…

 「…だったら、葉尊…オマエは、リンと会うときに、マリアを連れていかなければ、いいと、思うか?…」

 「…それは、わかりません…ですが、お姉さんが、言うように、リンと会うときに、いきなり、殿下と会わせるのも、どうかと、思います…失礼ながら、殿下は、3歳にしか、見えません…だから、お姉さんが、どうして、殿下を連れてきたのか、リンに、うまく説明するために、マリアを連れていくのも、わかります…ですが…」

 それ以上は、言わなかった…

 が、

 葉尊の言うことも、わかる…

 わかるのだ…

 ならば、一体、どうすれば、いいか?

 私は、悩んだ…

 悩んだのだ…

 すると、だ…

 葉尊が、

 「…殿下に聞けば、いいんじゃないでしょうか?…」

 と、突然、言った…

 突然、言ったのだ…

 「…アムンゼンに、か?…」

 「…当然です…なにしろ、当事者です…当事者の意見を聞くのが、一番でしょ?…」

 「…それは、そうだが…」

 正直、気が乗らんかった…

 葉尊の言うことは、わかる…

 葉尊の言うことが、もっともだとも、思う…

 が、

 しかし、だ…

 アムンゼンが、どんな対応をするのか、わからんかった…

 さっぱり、わからんかったのだ…

 だから、気が乗らんかった…

 全然、気が乗らんかったのだ…

 が、

 しかし、だ…

 葉尊の言うことは、わかるし、正直、それが、一番、いいとも、思った…

 思ったのだ…

 だから、

 「…わかったさ…」

 と、答えた…

 「…たしかに、葉尊…オマエの言う通りさ…アムンゼンに聞いてみるさ…」

 私が、言うと、

 「…それが、一番です…お姉さん…」

 と、葉尊が、嬉しそうに、言った…

 きっと、自分の意見が通ったのが、嬉しかったのだろう…

 これは、誰でも、同じ…

 同じだ…

 例えば、会社の会議でも、仲間内の会話の中でも、同じ…

 同じだ…

 自分の意見が優先されたり、あるいは、自分の意見が採用されれば、誰でも、嬉しい…

 当たり前だ…

 だから、葉尊も、嬉しそうな顔をした…

 私は、そう、思った…

 そう、思ったのだ…


 そして、葉尊との朝食が、終わり、葉尊が、

 「…それでは、会社に行ってきます…お姉さん…」

 と、私に挨拶した…

 私は、

 「…行ってくれば、いいさ…」

 と、答えて、夫を、見送った…

 夫は、日本の総合電機メーカー、クールの社長…

 だから、すでに、私と葉尊の住む、マンションの前で、会社から派遣されたクルマが、待機している…

 社長の葉尊を乗せるべく、待機している…

 私は、夫を送り出すと、考え込んだ…

 やはり、これから、あのアムンゼンに連絡するか、どうか、考え込んだ…

 正直、あのアムンゼンは、バニラと違い、苦手でも、なんでもないが、電話をすれば、どういう反応をするのか、わからない…

 だから、考え込んだ…

 だから、悩んだ…

 私は、悩みながら、ふと、以前、勤めた会社のことを、思い出した…

 なぜなら、ずっと、以前、その会社に、勤めていた男性が、言っていた、

 …会社を辞めるのは、人間関係が大半…

 と、言う言葉を思い出したからだ…

 よく、

 …仕事が合わない…

 とか、

 …別の業務や、別の部署に移りたい…

 と、言う人間は、多いが、大抵は、言い訳と言うか…

 本音=本心では、人間関係が、一番多いと、言っていた…

 だが、それを、口にすることが、できない…

 だから、

 …仕事が、会わない…

 とか、

 …別の部署に異動したい…

 と、言う…

 最初から、できないことを、前提に、言う(笑)…

 そして、当然のことながら、その異動願いは、却下される…

 却下=受け入れて、もらえない…

 だから、自分の希望を受け入れてもらえないから、退職すると、告げる…

 ハッキリ言って、回りくどいが、まさか、最初から、人間関係が、原因とは、言えないからだ…

 しかしながら、当人も含めて、周囲の人間も、大半は、その事実に、気付いている(笑)…

 大体、人間関係が、原因で、会社を辞める場合は、その職場に、とんでもないモンスター社員がいる場合が、多いからだ…

 そして、業務上、そのモンスター社員と接する機会が、多いから、疲弊して、会社を退職する…

 そういう流れだ(爆笑)…

 だから、傍から見ていて、わからないものは、いない…

 皆無…

 誰もいない…

 あくまで、退職の形として、異動願いが、拒否されたという形を作っただけだからだ…

 なぜ、そんなことを、今、思い出したのか?

 それは、この矢田が、今、アムンゼンのことで、悩んでいるからだ…

 アムンゼンとマリアのことで、悩んでいるからだ…

 私は、今、専業主婦…

 働いていない…

 にもかかわらず、人間関係で、悩んでいる…

 会社に勤めていないにも、かかわらず、だ…

 しかし、これも、同じかもしれない…

 なにが、同じか?

 専業主婦で、基本、家にこもっていても、子供の悩みや、近所の住む人たちとの人間関係で、悩むことが、多いからだ…

 ひとは、ひとりでは、生きられない…

 そういうことだ…

 ずっと、以前、ある小説を読んで、同じようなことを、言っていた…

 その小説の中で、山の中に、ひとりで、暮らす主人公に、

 「…こんな山の中で、ひとりで、暮らしていて、寂しくは、ないのですか?…」

 と、他の登場人物が、聞く…

 しかしながら、その主人公は、人間関係が嫌なのだ…

 だから、都会で、ひとと揉まれていきてゆくよりは、山奥で、ひとりぼっちで、生活する方が、断然、居心地がいい…

 楽だ…

 そういうことなのだ…

 事実、山奥にでも、こもらない限り、人間関係から、逃れることは、できない…

 例えば、近所のコンビニに買いに行くのだって、人間関係が、生じる…

 「…ありがとうございました…」

 と、店員は、言うだけかも、しれないが、その客が、イケメンや美人なら、どんなひとなんだろ?…

 とか、

 恋人は、いるのかな?

 とか、

 どんな仕事をしているのか?

 とか、

 とにかく、本人の知らないところで、話題になっているものだ(爆笑)…

 あるいは、宅急便ひとつとっても、そう…

 同じだ…

 いつも、同じ宅急便のひとが、やって来て、対応すれば、あのひとは、普段、家にいるけれども、なにをしているひとなのか?

 と、考えるものだ…

 つまりは、働いてなくでも、意外に、人間関係は、生じるものだ…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 だから、それを、考えると、どこにいても、人間関係からは、逃れられない…

 と、あらためて、思った…

 そして、だから、仕方なく、アムンゼンに連絡をすることにした…

 私は、知っているアムンゼンのケータイの電話番号に、電話をかけた…

 そして、かけながら、どう切り出そうか?

 と、考えた…

 ルルルル、と、呼び出し音が、鳴っている間にも、私は、考え続けていた…

 そして、ようやく、電話に相手が出た…

 「…もしもし、私だ…矢田トモコだ…アムンゼンか?…」

 と、私は、勇んで言った…

 と、返って来たのは、意外な声だった…

 「…矢田さん?…」

 と、ビックリしたような声が、聞こえてきた…

 これには、私も焦った…

 私は、当然、アムンゼンが、電話に出ると、思っていたからだ…

 だから、焦って、つい、

 「…オマエは、誰だ?…」

 と、言ってしまった…

 不覚にも、言ってしまった…

 「…オスマンです…矢田さん…」

 と、すぐに、返事が返って来た…

 「…オスマン?…」

 「…そうです…」

 「…アムンゼンは、どうした?…」

 「…オジサンは、保育園に行きました…」

 …そうだった…

 …アムンゼンは、小人症だから、3歳児にしか、見えん…

 だから、昼間は、マリアと同じ保育園に通っている…

 この日本に在住する世界のセレブの子弟が通う保育園に通っている…

 私は、今さらながら、それを、思い出した…

 すると、オスマンが、

 「…どうしました? …矢田さん…オジサンに、急用ですか?…」

 と、聞いてきた…

 当たり前だった…

 「…いや、急用かと言われれば、返事に困るが…」

 と、私は、言った…

 つい、深く、考えずに、言ってしまった…

 それが、いけなかった…

 いけなかったのだ…

 「…一体、どんな用事なんですか? …矢田さん?…」

 と、オスマンが、聞いてきた…

 当たり前だった…

 「…いや、これは、アムンゼンの問題だからな…アムンゼンに直接聞かねば、ならんと思ってな…」

 「…オジサンに直接?…そんな重要なこと、なんですか?…」

 「…重要かどうかと、言われると…」

 私は、言葉に詰まった…

 「…矢田さん…オジサンは、ああ見えて、忙しいんです…」

 「…忙しい?…」

 「…そうです…だから、オジサンが、保育園に行っているときは、オジサンの電話を預かって、ボクが、秘書代わりに受けます…それで、重要な用件のみ、オジサンに伝えます…」

 オスマンが、説明する…

 たしかに、言われてみれば、わかる…

 なにしろ、アムンゼンは、アラブの至宝だ…

 サウジアラビアの実力者だ…

 だから、陳情ではないが、ひっきりなしに、いろんなところから、頼み事が、あるかも、しれん…

 しかしながら、そんなことを、聞いては、余計に、切り出せん…

 これは、困った…

 実に、困った(汗)…

               
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