第16話

文字数 4,510文字

 「…オマエ…リンが好きなんじゃ、なかったのか?…」

 私は、言った…

 「…それは、好きですよ…」

 「…でも、オマエの話を聞くと、どこか、他人行儀というか…リンと距離を置いているように、聞こえてな…」

 「…それは、当たり前ですよ…」

 「…どうして、当たり前なんだ?…」

 「…矢田さん、ボクは、こう見えても、30歳です…」

 「…それは、知ってるさ…」

 「…つまり、そういうことです…」

 「…そういうことって、どういうことだ?…」

 「…つまり、むやみに、恋に憧れる中学生や高校生ではないということです…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…若ければ、例えば、ルックスが良ければ、無条件で憧れます…でも、30歳にも、なれば、実際の性格は、どうなのか? とか、年収は? とか、どんなご両親の元で、育ったのか? とか、色々、気にするものです…」

 「…そうか?…」

 「…だから、考えるんです?…」

 「…考える? …なにを、だ?…」

 「…葉敬さんの狙いを、です…矢田さんに、リンの面倒を見させる狙いを、です…」

 アムンゼンが、指摘する…

 私は、それを、聞いて、思った…

 このアムンゼン…

 いや、

 アラブの至宝…

 リンに夢中だと、聞いたが、事実は、違うかも、しれん…

 リンに夢中と、思わせているだけかも、しれん…

 なにしろ、アラブの至宝だ…

 常人とは、違う…

 この矢田に、そんなに簡単に自分の考えを読ませるわけがない…

 そう、思った…

 そう、思ったのだ…

 だから、

 「…でも、アムンゼン…オマエ、リンが好きなんだろ?…」

 と、言ってやった…

 直球で、聞いてやった…

 すると、あっけなく、

 「…それは、好きですよ…」

 と、アムンゼンが、肯定した…

 「…それは、特に、ボクのような背の低い男は、たぶん、いっしょですよ…」

 「…なにが、いっしょなんだ?…」

 「…背の低い男は、背の高い女に憧れる…背の低い女も、また同じ…背の高い男に憧れる…要するに、ないものねだりです…自分にないものだから、それを持つ、相手に憧れる…そんなところです…」

 「…」

 「…これは、身長を例に挙げましたが、顔も同じ…ルックスの良くない男や女ほど、ルックスにこだわる者が、多かったりするものです…だから、このオスマンは、長身で、イケメンだから、女性にモテモテですが、このオスマンをチヤホヤする女性に、美人は、少ない…」

 「…オジサン…それは…」

 オスマンが、抗議する…

 「…でも、事実だろ?…」

 と、アムンゼン…

 「…それは、ボクの口からは…」

 オスマンが、しどろもどろになった…

 私は、それを見て、吹き出しそうになった…

 小人症のアムンゼンが、甥の長身でイケメンのオスマンをいじっているのだが、オスマンは、反論できない…

 アムンゼンに逆らうことが、できない…

 この姿を見て、あらためて、このアムンゼンと、オスマンの関係を考えた…

 考えたのだ…

 そして、思った…

 「…それは、そうと…アムンゼン…オマエ、どうするんだ?…」

 と、私は、アムンゼンに聞いた…

 「…どうするって、なにを、です…矢田さん?…」

 と、アムンゼン…

 「…いや、リンが来日したら、アムンゼン、オマエもリンと会いたいだろ?…」

 「…それは、もちろんです…」

 「…だったら、どういう立場で、会うんだ?…」

 「…どういう立場というと?…」

 「…オマエは、バカか?…」

 「…なにが、バカなんですか?…」

 アムンゼンが、血相を変えた…

 アラブの至宝が、血相を変えた…

 「…仮に、私が、リンをオマエに紹介するとするだろ? そのときに、どういう肩書で、リンと会うかだ…まさか、オマエが、サウジアラビアの王族と名乗るわけには、いかんだろ?…」

 「…それは…」

 「…そもそも、オマエがサウジアラビアの王族と名乗れば、どうして、この矢田が、そんな偉い人間と知り合えたのか、疑問を持つに決まっているさ…」

 「…だったら、ボクはどうすれば?…」

 「…そうだな…マリアの友達とでも、言えばいいさ…同じ保育園に通う友達とでも、いえばいいさ…」

 「…マリアの友達?…」

 「…不服か?…」

 「…いえ、不服では…」

 「…だったら、それで、いいだろ?…」

 私が、言うと、

 「…プッ!…」

 と、オスマンが、吹き出した…

 「…な、なんだ? …なにが、おかしい? …オスマン?…」

 「…いえ、オジサンは、まるで、矢田さんの前では、形無しだと…」

 「…」

 「…オジサンの権威は、アラブ諸国では、比類がない…誰もが、オジサンに、ひれ伏す…それが、この日本では、矢田さんに滅法弱い…だから、それを、考えると…」

 オスマンが、苦笑する…

 私は、驚いて、アムンゼンを見た…

 この小人症のアムンゼンを驚いて、見た…

 誰が、見ても、3歳児にしか、見えないアムンゼンを見た…

 そして、言って、やった…

 「…オマエ…そんなに、偉いのか?…」

 と、言ってやった…

 「…それは、もちろん…」

 アムンゼンが、当たり前のように、言う…

 「…矢田さんが、サウジアラビアでの、ボクの姿を見れば、卒倒しますよ…」

 「…卒倒だと?…」

 「…ボクは、サウジアラビアのみならず、アラブ世界では、日本の天皇陛下より、偉いんです…」

 「…なんだと?…」

 思わず、言った…

 つい、口に出した…

 たしかに、このアムンゼンの言うことは、間違ってないかも、しれん…

 ウソは、ないかも、しれん…

 だが、

 今現在、この矢田の目の前にいるのは、3歳にしか、見えんガキ…

 3歳にしか、見えん、肌の浅黒い生意気なガキだった…

 クソ生意気なガキだったのだ…

 だから、どこを、どう見ても、偉くは、見えんかった…

 この矢田より、偉くは、見えんかった…

 が、

 しかし、世の中、そういうものだろう…

 このアムンゼンは、極端な例としても、例えば、街中で、偶然、誰かと、トラブルになったりして、後に、そのひとが、どこかの会社のお偉いさんだったり、すれば、仰天するものだ…

 つまりは、初対面で、誰が、どう見ても、偉くもなんとも、見えない人間が、実は、偉かった例など、世間には、枚挙にいとまがないだろうということだ…

 だから、別に、アムンゼンが、おかしいわけでも、なんでもない…

 ただ、やはり、現実問題、目の前に3歳にしか、見えんガキがいて、それが、実は、30歳で、しかも、サウジアラビアの王族…

 さらに、アラブの至宝と呼ばれ、その頭脳が、アラブ世界でも、類を見ないほどの頭脳の持ち主だと、聞いても、誰も、ピンとこない…

 そういうことだ…

 私は、思った…

 思ったのだ…


 そして、家に帰って、その日のことを、夫の葉尊と話した…

 夕食を食べながら、話した…

 私は、当たり前だが、結婚している…

 私は、人妻…

 なぜ、今さら、そんなことを、言うのか?

 実は、この物語の中では、私が、人妻であることを、照明するシーンが少ないからだ…

 だから、読み進めると、この私が、独身のように、見えるからだ…

 だが、それは、間違い…

 とんでもない、間違いだ(苦笑)…

 私は、豪華マンションに住んでいる…

 葉尊の父、葉敬が、私たち夫婦に譲ってくれたのだ…

 以前は、葉敬は、このマンションに住んで、日本に滞在したときは、このマンションに住んでいた…

 葉敬は、台湾の実業家…

 台湾屈指の財界人だ…

 台湾で、葉敬の名前を知らない者は、皆無…

 誰もいない…

 台湾では、立志伝中の人物だ…

 不謹慎だが、正直、亡くなれば、台湾の教科書に載るだろう…

 日本で言えば、三井創業者や、三菱創業者に匹敵する…

 あるいは、松下幸之助だ…

 それほども大人物だ…

 にもかかわらず、なぜか、私は、その大人物に気に入られている…

 その証拠に、私と、息子の葉尊との結婚を、承諾してくれた…

 快く、許してくれた…

 だから、私にとっては、文字通りの大恩人…

 ハッキリ言って、お義父さんのいる方向に、足を向けて、寝られない…

 それほどの、私にとっての大恩人だった…

 その大恩人が、今度、リンを連れて、来日する…

 しかしながら、それを、聞いたのは、目の前の夫の葉尊のもう一人の人格である、葉問から…

 お義父さんからは、なにも、聞いてない…

 だが、それでも、おそらく、あのアムンゼンもまた、その情報を、どこからか、得て、私に接触したに、決まっている…

 アムンゼンの真の目的は、なにか?

 私には、わからない…

 たしかに、あのアムンゼンは、リンを好きなのかもしれない…

 だが、決して、それだけでは、ないだろう…

 あのアムンゼンは、私利私欲に走る人間では、ない…

 仮に、リンを好きだとしても、なにか、別の目的があるに決まっている…

 だが、その目的がわからない…

 おそらくは、サウジアラビアに対する、ことなのかも、しれん…

 あのアムンゼンは、国士…

 今、現在、この日本では、口にすることもないが、まぎれもなく、国士だった…

 常に、国のことを、第一に考える男だった…

 国=サウジアラビアのことを、第一に考えている男だ…

 その証拠に、あのアムンゼンが、通う保育園…

 あの保育園は、日本に滞在する、世界中のセレブの子弟たちが、通う保育園…

 つまり、あの保育園に通うことで、この日本にいながら、世界中のセレブの子弟たちと、知り合うことができる…

 そして、当たり前だが、そのセレブの子弟たちを、親が、送り迎えしている…

 それを、見て、例えば、誰それの親と誰それの親が、親しくしているのを、見れば、なにか、わかるかも、しれん…

 例えば、企業で言えば、合併とか…

 互いに、世界的な企業の創業者の一族であれば、後で、

 …ああ、だから、仲が良かったのか!…

 と、気付いたりするものだ…

 政治も同じ…

 何国の大使と何国の大使が、仲良くなって、後に、

 …なんとか、共同宣言とか…

 出したりする…

 それを、見て、だから、仲が良かったのか?

 と、納得したりするものだ…

 だから、アムンゼンは、ホントは、30歳なのだが、3歳児のフリをして、あの保育園で、必死になって、情報活動に従事している…

 なにか、祖国=サウジアラビアに関係する情報が、ありは、しないか、探している…

 だから、国士…

 国士=愛国者なのだ…

 私は、そんなことを、考えながら、葉尊と、食事を摂った…

 葉尊は、原則、朝夕の二食は、家で、私と一緒に、食事を摂る…

 夫婦なのだから、当たり前だ…

 もちろん、夫婦といえども、別人格…

 だから、言っていいことと、悪いことがある…

 話していいことと、悪いことがある…

 だから、実は、詳しい話はしない…

 しかしながら、私が、アムンゼンと親しいことは、夫もわかっている…

 夫の葉尊もわかっている…

 だから、やんわりと、

 「…実は、今日の昼間、アムンゼンと、会ってな…」

 と、いうところから、話し出した…

 「…殿下とですか?…」

 「…そうさ…」

 「…アイツ、台湾のチアガールのリンとかいう女のファンで、今度、会わせてやると、約束したのさ…」

 私が、言うと、葉尊の顔色が変わった…

 明らかに一変した…

               
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