第12話

文字数 4,226文字

 「…矢田さん…リンって、台湾のリンですか?…」

 アムンゼンが、顔色を変えて、聞く…

 3歳のガキが、顔色を変えて、聞く…

 ホントは、小人症だから、実は、30歳なのだが、外見は、3歳にしか、見えん…

 だから、

 …このマセガキめ!…

 と、思った…

 そして、同時に、コレは、使えると、気付いた…

 このアムンゼンは、台湾のリンのファン…

 だから、コレは、使えると、思ったのだ…

 それゆえ、私は、

 「…そうさ…お義父さんから、来日したら、面倒を見てくれと、頼まれてな…」

 と、言った…

 「…お義父さんって、葉敬さんですか?…」

 「…そうさ…でも、このカラダでは、お義父さんの期待に応えられないかも、しれんさ…」

 私は、言った…

 つい、考えもしないで、言った…

 これが、いけなかった…

 いけなかったのだ(涙)…

 「…大丈夫です…もう家に着きました…常駐している、医者に、診てもらえば、いいです…」

 アムンゼンが、答える…

 バカ!

 それでは、まずいんだ!

 私のウソが、バレるじゃないか!

 私の仮病が、バレるじゃないか!

 私は、怒鳴りたかったが、それも、できんかった…

 どうして、いいか、わからんかった…

 わからんかったのだ(涙)…

 「…困ったさ…」

 と、つい、口走った…

 つい、本音を口走った…

 これが、いけなかった…

 「…だから、矢田さん、一刻も早く、クルマから降りて、我が家の主治医に、カラダを診て、もらってください…」

 アムンゼンが、懇願する…

 「…頼みます…」

 アムンゼンが、泣きそうな顔で、私に懇願する…

 私は、そんなアムンゼンの表情を見て、気付いた…

 もしかしたら、

 …なんとか、なるかも、しれん…

 と、気付いた…

 このアムンゼンの様子では、リンに首ったけ…

 あの葉問の情報は、間違ってなかった…

 間違いなく、アムンゼンは、リンに首ったけだ…

 それに、気付いた私は、

 「…もう、大丈夫さ…」

 と、言った…

 「…治ったさ…」

 と、言った…

 その言葉を聞いたアムンゼンは、最初、怪訝な顔をした…

 当たり前だった…

 そして、一瞬…

 わずか、一瞬だが、明らかに、表情が、変わった…

 「…矢田さん…ボクを騙しましたね…」

 と、言わんとするように、表情が変わった…

 しかしながら、それは、一瞬…

 ほんの一瞬だった…

 が、

 それは、恐怖…

 実に、恐怖の瞬間だった…

 わずか、一瞬だが、このアムンゼンが、私に牙を剥こうとした…

 牙=ライオンの姿を見せたのだ…

 まがうことなく、真の姿を見せたのだ…

 私には、この3歳のガキが、ライオンに見えた…

 このか弱い、私、矢田トモコには、アムンゼンが、ライオンに見えたのだ…

 だから、先手必勝…

 先手必勝に限ると、思った…

 「…カラダさえ、治れば、もう大丈夫さ…近々、来日するリンの面倒を見れるさ…」

 私は、言った…

 わざと、言った…

 「…リンの面倒を矢田さんが、見る…」

 「…矢田さんが、リンの面倒を見る…」

 アムンゼンが、ブツブツと呟く…

 私は、それを見て、先手必勝の効果があったと、思った…

 絶大な効果があったと、確信した…

 が、

 それに、水を差したのが、オスマンだった…

 アムンゼンの隣に座る、イケメンのオスマンだった…

 「…オジサン…」

 と、突然、アムンゼンに話しかけた…

 「…なんだ?…」

 アムンゼンが、聞く…

 「…その近々で、思い出しましたが、オジサンも、近々、アラブの賢人会に出席する予定なんですが、覚えていますか?…」

 「…うん…覚えている…」

 「…今回は、アラブというより、対イスラエルで、アラブ世界として、一致団結して、対処しようとする、姿勢を示す意味でも、重要な会議です…」

 「…そんなこと、オマエに、言われるまでもなく、わかっている…」

 「…それなら、いいですが…」

 オスマンが、言葉を、濁す…

 「…問題は、その近々が、いつかだ…」

 アムンゼンが、腕を組んで、考え込む…

 「…アラブの賢人会と言っても、ボクは、顔を出せない…オンラインで、声のみ参加する…その声も、素顔のままでは、3歳児にしか、聞こえない声だ…毎回、ボイスチェンジャーを使って、変えている…」

 アムンゼンが、ブツブツ呟く…

 私は、それを聞いて、

 そうなのか!

 と、納得した…

 たしかに、アムンゼンのこのカラダでは、人前に出れない…

 だから、声だけで、参加するのだろう…

 しかも、その声も、ボイスチェンジャーを使って、変えなければ、ならない…

 素のままでは、顔を出さすとも、声は、3歳児のまま…

 だから、ボイスチェンジャーを使って、変えなければ、ならない…

 私は、それを、聞いて、このアムンゼンも大変だと、思った…

 大変だなと、同情した…

 いかに、頭脳と環境に恵まれて、生まれても、カラダだけは、どうすることも、できない…

 だから、同情した…

 可哀そうだと、思った…

 すると、だ…

 「…もしかすると、賢人会と、リンの来日が、バッティングするかも、しれない…重なるかも、しれない…」

 アムンゼンが、ブツブツ呟く…

 「…オジサン…今度の賢人会は、重要です…アラブ世界の団結を世界に示す意味でも、オジサンの参加は、欠かせません…」

 オスマンが、言う…

 が、

 それには、アムンゼンは、答えんかった…

 ブツブツと、独り言を言っていた…

 「…オジサン…」

 オスマンが、またしても、アムンゼンの名前を呼んだ…

 「…そのリンと、賢人会のどっちが、大事なんですか?…オジサンは、アラブの至宝…サウジアラビアのみならず、アラブ世界を代表する人間です…」

 しかし、その声は、アムンゼンには、届かない様子だった…

 ただ、ブツブツと、独り言を言っていた…

 しかも、それが、数分、続いた…

 「…オジサン…」

 しびれを切らした様子で、オスマンが、アムンゼンに呼びかけた…

 「…うるさいぞ…オスマン…」

 「…ハイ…申し訳ありません…」

 「…ちょうど、いい機会だ…オスマン、オマエが行け…」

 「…エッ?…」

 「…オマエが、賢人会に出席すれば、いい…私の代わりとして…」

 「…オジサン、一体、なにを?…」

 「…ちょうど、いい機会だ…オマエもいずれは、サウジアラビアをしょって立つ人間だ…賢人会に、ボクの名代として、出席して、アラブ世界に顔を売れ…人脈を作れ…」

 「…オジサン…なにを?…」

 「…これは、冗談ではない…冗談では、ないんだ…」

 「…」

 「…オスマン…よく覚えておけ…」

 「…オジサン…なにを…」

 「…いいか、チャンスというものは、偶然、転がり込むものなんだ…」

 「…どういう意味ですか? オジサン?…」

 「…今が、そうだ…ボクが、アラブの賢人会に出席できない…代わりに、オスマン、オマエが参加する…」

 「…」

 「…それを、きっかけに、我がサウジアラビアのみならず、アラブ世界に、オマエの名前を広めるチャンスを得ることが、できる…違うか?…」

 アムンゼンが、真剣な表情で、言う…

 私は、それを、聞いて、内心、

 …プッ!…

 と、吹き出しそうだった…

 同時に、ものは、いいようだと、思った…

 ホントは、ただ、アムンゼンが、リンに会いたいだけじゃないか?

 と、言いたかったが、言わんかった…

 なぜなら、このアムンゼンが、怖かったからだ…

 さっき、ほんの一瞬だが、この矢田に向かって、牙を剥いた…

 ライオンの牙を剥いた…

 アムンゼンの真の姿を見たからだ…

 真の姿=ライオンの姿を見たからだ…

 だから、怖くて、言えんかった…

 そして、それは、当然、オスマンも、わかっているに、違いなかった…

 だが、オスマンも、私同様、アムンゼンが、怖いからか、なにも、言わんかった…

 なにも、言えんかった…

 いや、

 オスマンは、私以上に、アムンゼンの真の姿を知っている…

 権力を持つ、姿を知っている…

 だから、この矢田以上に、オスマンにとって、アムンゼンは、怖いに違いなかった…

 また、血も繋がっている…

 このオスマンは、アムンゼンの甥…

 誰が、見ても、真逆に見える…

 オスマンが、叔父で、アムンゼンが、甥に見える…

 が、

 事実は、真逆だった(笑)…

 だから、最初、会ったとき、それを利用して、アムンゼンとオスマンの関係を見た目通りにした…

 オスマンが、叔父で、アムンゼンが、甥と言った…

 誰が、見ても、そう思えるからだ…

 だから、それを、利用した…

 逆手にとった…

 私は、今、それを、思い出した…

 思い出したのだ…

 すると、オスマンが、

 「…オジサン…それは、いいのですが、だったら、オジサンの護衛は、どうなります?…」

 と、口を開いた…

 「…いつもは、ボクが、オジサンを護衛していますが、ボクが、賢人会に出席するとなると、オジサンを護衛するものが、いなくなります…」

 オスマンが、説得する…

 これは、オスマンが、アムンゼンの代わりに、アラブの賢人会に出席したくないから、言い出したに違いなかった…

 オスマンは、アムンゼンに逆らえない…

 だから、護衛を名目に、アラブの賢人会に出席しないと、言いたいに違いなかった…

 が、

 それが、わからないアムンゼンでは、なかった…

 「…そんな心配は、いらない…」

 アムンゼンが、オスマンの提案を却下した…

 「…護衛は、オスマン…オマエ、一人ではない…現に今も、ボディーガードは、大勢いる…オマエは、単に、ボクのもっとも、身近にいるだけだ…」

 アムンゼンが、答える…

 アラブの至宝が答える…

 アラブの至宝が、威厳に満ちた態度で、答える…

 そうなると、オスマンは、お手上げだった…

 なにも、言えんかった…

 ただ、頭を下げ、

 「…わかりました…」

 と、しか、言えんかった…

 これは、滑稽…

 実に滑稽だった…

 3歳のガキにしか、見えん、アムンゼンに、二十代後半のオスマンが、屈服する…

 ちょうど、日本の時代劇か、なにかを、見ている感じだった…

 あるいは、お金持ちと、貧乏人か?

 要するに、権力者の息子に、部下が、頭を下げる構図だった…

 私は、それを見て、こんな姿は、世界中、どこにでも、あるかも、しれんと、思った…

 が、

 しかしながら、私が、こんな姿を見たのが、初めて…

 ドラマや映画ではなく、実際に見たのは、コレが初めてだった…

 思わず、吹き出しそうになった…

 それが、ウソ偽りのない真実だった…

 ウソ偽りのない、感想だった(笑)…

               
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