第22話

文字数 3,381文字

 私の闘志に火が付いた…

 この矢田の闘志に一度、火が付いた以上、もはや、誰も、この矢田を止めることは、できん…

 できんのだ…

 だから、私は、言ってやった…

 「…アムンゼン…もう、オマエとは、絶交さ…」

 と、言ってやった…

 「…絶交?…」

 「…そうさ…オマエをリンに会わせるために、マリアを連れて行こうとした…その気遣いに感謝せず、この矢田を一方的に非難するようなヤツとは、絶交さ…付き合ってあげんさ…」

 「…だったら、リンは…」

 「…知らんさ…自分で、サウジアラビアの外交ルートを駆使してでも、リンに会えば、いいさ…」

 私は、怒鳴った…

 怒鳴りまくった…

 すると、だ…

 アムンゼンが、沈黙した…

 「…」

 と、沈黙した…

 不気味な沈黙だった…

 が、

 私は、撤回せんかった…

 意地でも、撤回せんかった…

 すると、だ…

 電話の向こう側から、

 「…いいんですか、矢田さん…ボクを怒らせて…」

 と、アムンゼンが、私を脅した…

 この矢田トモコ様を脅したのだ…

 「…いいんですか? 矢田さん、ボクを本気で怒らせて?…」

 「…なんだと?…」

 「…ボクを本気で怒らせれば、サウジアラビア国内で、クールの製品は、金輪際、扱わせません…いえ、サウジアラビアのみならず、アラブ世界で、クールの製品は、排除します…」

 「…なんだと?…」

 「…それで、いいんですか? 矢田さん?…」

 アムンゼンが、脅した…

 3歳にしか、見えんガキが、この矢田トモコ様を脅した…

 私は、許せん…

 許せんかったのだ…

 だから、思わず、

 「…やってみれば、いいさ…」

 と、怒鳴った…

 「…この矢田トモコ様が、オマエの脅しに屈すると思ったら、大きな間違いさ…世界は、オマエを中心に回っていると、思ったら、大きな間違いさ…」

 私は、言ってやった…

アラブの至宝を叱ってやった…

 「…どうせ、オマエは、その歳まで、なんでも自分の思い通りになると、思って、生きてきたに違いないさ…でも、オマエのその、思い込みを、この矢田が、正してやるさ…自分の思い通りになると、思っても、できないことが、この世の中には、あると、教えてやるさ…」

 私は、怒鳴った…

 大声で、怒鳴った…

 すると、だ…

 いきなり、プツンで、電話が切れた…

 プツンと電話が切れたのだ…

 …これは、まさか、宣戦布告?…

 …もしかしたら、この矢田に対する宣戦布告か?…

 と、悩んだ…

 悩んだのだ…

 だから、言ってから、しまった、言い過ぎたと、思った…

 これも、いつものこと…

 いつものことだったのだ(涙)…

 だが、さすがに、今から電話をかけて、撤回するわけには、いかん…

 いかんかった…

 それでは、この矢田トモコ様のプライドは、ズタズタ…

 ズタズタだ…

 だから、できんかった…

 が、

 正直、あのアムンゼンを怒らせたのは、マズかった…

 アラブの至宝を怒らせたのは、マズかった…

 しかし、どうするか?

 正直、わからんかった…

 わからんかったのだ(涙)…

 
 結局、この日は、外出もせず、ずって、家にこもって、考え込んでいた…

 文字通り、悩んでいた…

 悩み抜いていた…

 だから、夫の葉尊が、家に帰って来たときも、玄関に、迎えに出た、私を見て、

 「…お姉さん…どうしました?…」

 と、葉尊が、開口一番、聞いた…

 「…どうしたって、なにがさ?…」

 「…お姉さんの顔です…目が真っ赤ですよ…」

 「…そうか?…」

 「…そうかじゃ、ありませんよ…おまけに、目が腫れぼったくなっていますよ…」

 「…そうか?…」

 「…お姉さん…一体、どうしたんですか?…まるで、幽霊か、なにかのようになって…抜け殻みたいですよ…」

 「…そうか?…」

 「…まずは、鏡で、自分の顔を見て下さい…」

 「…そうか?…」

 私は、言いながら、夫の葉尊の言う通り、鏡の前で、自分の顔を見た…

 すると、鏡の中に、私の顔が映った…

 いつもの、童顔の顔が、写った…

 しかしながら、その顔は、いつもにも増して、目が細かった…

 ずっと、泣いていたからだ…

 どうして、いいか、わからず、泣いていたからだ…

 だから、余計に目が腫れぼったくなって、いつもにも増して、目が細くなった…

 おまけに、目も真っ赤だった…

 ずっと、泣いていたからだ…

 これでは、夫の葉尊が、不審がるのも、当然だった…

 私は、思った…

 思ったのだ…

 私は、自分の顔を鏡で確かめてから、再び、夫の葉尊の元に、戻った…

 「…一体、どうしたんですか? …お姉さん?…」

 葉尊が聞いた…

 当たり前だった…

 が、

 私は、すぐには、答えんかった…

 すぐには、答えれんかったのだ…

 ただ、

 「…すまんかったさ…」

 と、葉尊に詫びた…

 「…迷惑をかけて、すまんかったさ…」

 と、詫びた…

 「…一体、どうしたんですか? お姉さん?…」

 私は、すぐには、答えんかった…

 いや、

 答えれんかった…

 だから、私は、泣きながら、

 「…離婚してくれさ…」

 と、言った…

 言わざるを得んかった…

 「…離婚? …どうして、いきなり、そんなことを?…」

 「…今日、アムンゼンを怒らせたのさ…」

 「…殿下を?…」

 「…そうさ…」

 「…殿下を怒らせた?…」

 「…そしたら、あのアムンゼン…クールの製品をアラブ世界から、駆逐すると、言って…」

 「…エッ?…」

 葉尊が、思わず、声を発した…

 当たり前だ…

 あのアラブの至宝を怒らせたのだ…

 「…そんな…」

 葉尊が、絶句した…

 文字通り、絶句した…

 いわば、手のひら返し…

 アムンゼンのおかげで、クールの製品が、それまでとは、比較にならないほど、爆発的に、アラブ世界で、売れたのに、アムンゼンの機嫌を損ねたから、今度は、一転して、買うなと、アラブ世界に号令したのだ…

 まさに、権力者のやることだ…

 権力者=独裁者のやることだ…

 私は、思った…

 思ったのだ…

 「…でも、いくらなんでも、そんなことは…」

 葉尊が、言う…

 「…だが、たしかに、私に言ったのさ…」

 「…ですが、それは、売り言葉に買い言葉…その場の勢いで、言っただけなんじゃ…」

 「…それは、わからんさ…でも…」

 「…でも、なんですか?…」

 「…私が、アムンゼンを怒らせたのは、事実さ…」

 「…」

 「…だから、これ以上、葉尊…オマエといると、葉尊…オマエやクールに迷惑が、かかると、思ってな…」

 「…」

 「…だから、離婚してくれさ…」

 私が、泣きながら、言うと、葉尊が、考え込んだ…

 私の夫が、考え込んだ…

 玄関に、座って、黙り込んだ…

 そして、しばらく、そのままの姿勢で、考え込んだ…

 一心不乱に考え込んだ…

 それから、立ち上がって、私を振り向いた…

 そして、私を見ながら、

 「…しばらくは、様子見が、いいと、思います…」

 と、まるで、ゆっくりと、子供に言い聞かせるように、言った…

 この矢田に言った…

 「…どうしてだ?…」

 「…それは、殿下が本当に、アラブ世界から、クールの製品を排除しようとするか、わからないからです…」

 「…でも、アムンゼンが…」

 「…お姉さんに対して、そう宣言したと、言いたいのでしょ?…」

 「…そうさ…」

 「…でも、それは、売り言葉に買い言葉…ケンカをすれば、誰でも、やりかねないことです…」

 「…それは、そうかも、しれんが…」

 「…ここは、いったんは、様子をみましょう…」

 「…」

 「…そして、一週間や二週間経って、なにもなければ、殿下も考えを変えたんだと、思います…」

 「…それなら、いいが…」

 「…そんなことより、早く、夕食にしましょう…お姉さんは、料理が得意だから、今夜は、どんな料理を食べさせてくれるのかな?…」

 葉尊は、笑いながら、言った…

 私に気を遣っているのは、明らかだった…

 明らかだったのだ…

 私は、それが、わかると、余計に涙が出てきた…

 この矢田トモコの細い目から、涙が、とめどなくあふれ出した…

 まるで、洪水で、ダムが、決壊したみたいだった…

 そんな私を見て、葉尊が、

 「…お姉さん…起きてしまったことは、仕方がありません…後は、ただ、とりあえずは、待つことです…」

 「…待つこと?…」

 「…そうです…殿下が、これから、どう出るか? 待つことです…」

 葉尊が、言った…

 まるで、小さな子供を諭すように、優しく言った…

               
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