第24話

文字数 4,081文字

 そして、私が、どう言おうか、悩んでいると、

 「…マリア…人間なら、誰でも、ちょっとしたことで、ケンカになることは、あることでしょ?…」

 と、マリアの母親のバニラが、助け船を出した…

 「…人間なら、誰でもある?…」

 「…そうよ…ケンカの原因っていうのは、大抵が、売り言葉に買い言葉…お姉さんが、アムンゼン殿下となにが、原因で、ケンカになったかは、知らないけれど、きっと些細なことよ…」

 「…些細なことって?…」

 「…取るに足りないような小さなことってこと…」

 「…」

 「…つまり、例えば、お姉さんとアムンゼン殿下が、いっしょにケーキを食べたら、お姉さんの方が、多く食べて、アムンゼン殿下が、怒ったとか、そんな話…」

 「…そんなことで、アムンゼンと、ケンカになったの? …矢田ちゃん?…」

 私は、心の中で、絶句した…

 心の中で、

 …そんなバカな…

 と、思ったが、一瞬、考えて、

 「…そうさ…」

 私は、答えた…

 その方が、都合が良いと思ったからだ(笑)…

 「…アイツが、生意気にも、私より、多くケーキを食べようとして…」

 私が、勇んで言うと、

 「…フーン…そんなことで…」

 と、マリアが、この矢田をバカにするように、言った…

 明らかに、この矢田を蔑視したのだ…

 3歳のガキが、35歳の矢田を蔑視したのだ…

 私は、正直、頭に来た…

 この矢田のプライドが、痛く、傷付いた…

 傷付いたのだ…

 が、

 しかし、だ…

 このバニラが、うまい例え話を出したことで、それに、乗っからない話もなかった(笑)…

 なにより、この矢田が、マリアに説明する必要がない…

 マリアは、子供ながら、頭がいい…

 が、

 所詮は、子供…

 3歳の子供に過ぎない…

 なぜかと、言えば、自分が、納得できないときは、ずっと、自分が、納得いくまで、根掘り葉掘り聞くからだ…

 これは、大人になれば、なかなか、できない(笑)…

 が、
 
 稀に、大人になっても、自分の納得の行くまで、根掘り葉掘り聞くものもいる(笑)…

 しかしながら、それは、少数派に過ぎない…

 普通は、誰もが、納得が行かなくても、それ以上は、根掘り葉掘りはしない…

 それは、なぜか?

 大抵が、それ以上、根掘り葉掘りすれば、相手が、嫌がることが、わかっているからだ…

 相手の顔色を見れば、わかるからだ…

 だから、しない…

 真逆に、それにも、構わず、根掘り葉掘りする人間は、よほど、鈍感か、自分勝手かの、どちらかだろう…

 他人が、明らかに、嫌がっているにもかかわらず、根掘り葉掘りすることは、普通は、できないからだ…

 それゆえ、今、マリアの母親のバニラが、機転を利かせて、うまく、ケーキの例え話をしたことが、嬉しかった…

 それで、マリアが、納得したからだ…

 だから、嬉しかった…

 さすが、マリアの母親だけあって、マリアにどう説明すれば、納得するのか、よくわかっている…

 そう、思った…

 そう、思ったのだ…

 そして、私が、そんなことを、考えていると、今度は、マリアが、

 「…矢田ちゃん…」

 と、私に話しかけてきた…

 「…なんだ?…」

 「…アムンゼンと仲良くできないの?…」

 と、マリアが、ストレートに、聞いた…

 直球で、聞いた…

 だから、私は、

 「…アイツがいけないのさ…」

 と、言ってやった…

 「…アムンゼンが、いけないの?…どうして?…」

 「…それは、さっきも、言ったように、私より、多く、ケーキを食べたからさ…」

 「…そう、なんだ…」

 マリアが、悲しそうに、言う…

 「…どうした? …マリア?…」

 「…矢田ちゃんに、アムンゼンと仲良くしてやって、もらいたいの?…」

 「…どうしてだ?…」

 「…アムンゼンが、元気がないの?…」

 「…元気がない?…」

 「…それで、どうしてだか、アムンゼンに聞いてみたら、矢田ちゃんと、ケンカしたと、言って…それで…」

 「…それで、このマリアが、お姉さんとアムンゼン殿下に仲直りをしてもらいたいって、言って、今日、ここへ…」

 バニラが説明する…

 その説明で、今日、なぜ、いきなり、このバニラとマリアの母娘が、やって来たのが、わかった…

 わかったのだ…

 これは、渡りに船…

 実は、願ってもない、機会だった…

 正直、この矢田が、アムンゼンと争っても、メリットは、なにもない…

 デメリットばかりだ…

 しかしながら、この矢田の方から、アムンゼンに頭を下げるのは、嫌だった…

 死んでも、嫌だった…

 どちらが、悪いと、言っているわけではない…

 ただ、自分から、頭を下げるのは、嫌だったのだ…

 ホントは、この矢田と、アムンゼンでは、身分が違う…

 だから、この矢田と、アムンゼンを同列に考えるのは、おかしい…

 同列=平等ではないからだ…

 だから、おかしい…

 だから、ホントは、この矢田は、アムンゼンには、逆らっては、いかん…

 いかんのだ…

 自分でも、それが、わかっている…

 十分過ぎるほど、わかっている…

 だが、人間は、理屈より、感情を優先するものだ…

 この矢田も例外ではない…

 もちろん、この矢田が、アムンゼンと、仲良くなっていなければ、簡単に、アムンゼンに頭を下げただろう…

 なぜなら、身分が、違うからだ…

 しかしながら、仲良くなった今となっては、簡単に頭を下げるわけには、いかん…

 いかんのだ…

 私が、そう思っていると、

 「…矢田ちゃん…アムンゼンと、仲良くできないの?…」

 と、マリアが聞いた…

 だから、私は、

 「…アイツ次第さ…」

 と、答えた…

 「…アイツ次第?…」

 と、マリア。

 「…アムンゼンが、私に詫びれば、これまで通り仲良くしてやっても、いいさ…」

 「…矢田ちゃんに詫びれば?…」

 「…そうさ…」

 すると、バニラが、

 「…そんな…殿下に、お姉さんに頭を下げさせるなんて…」

 と、口を出した…

 当たり前だった…

 自分でも、それは、わかっていた…

 十分過ぎるほど、わかっていた…

 しかし…

 しかし、だ…

 繰り返すが、自分から、アムンゼンに頭を下げるのは、嫌だった…

 絶対、嫌だったのだ…

 だから、

 「…アイツが、頭を下げれば、これまで通り、仲良くしてやってもいいさ…でも、嫌なら、それまでさ…」

 私は、断言した…

 断言したのだ…

 が、

 私のその発言に、あろうことか、バニラが、怒った…

 文字通り、激怒した…

 「…ちょっと、お姉さん…いい加減にして!…」

 「…なんだと?…」

 私は、言いながら、やはり、このバニラは、私の敵かと、思った…

 この矢田の気持ちがわからん…

 やはり、このバニラは、私に立ち向かうために、この場にやって来たのか?

 あらためて、思った…

 思ったのだ…

 しかしながら、さにあらず…

 なんと、いきなり、このバニラが、

 「…お願いします…お姉さん…」

 と、私に頭を下げたのだ…

 文字通り、土下座せんばかりに、頭を下げたのだ…

 私が、驚いていると、

 「…お願いします…お姉さん…殿下と仲直りして下さい…」

 と、言った…

 私は、内心、呆気に取られながらも、

 「…どうしてだ? …バニラ…どうして、そこまでする?…」

 私は、バニラに聞いた…

 当たり前だった…

 このバニラは、いつも、この矢田を目の敵にする…

 だから、それを、考えれば、この態度は、あり得ないこと…

 実に、あり得ないことだったからだ…

 「…お姉さんが、殿下と仲直りしてくれなければ、葉敬が、困ります…」

 「…お義父さんが?…」

 「…ハイ…葉敬は、殿下の後押しで、サウジアラビアの事業も、軌道に乗り出したと、先日も、言ってました…それが、今、お姉さんが、殿下と、ケンカをしたとなると、最悪…」

 そう、言って、あろうことか、バニラが、涙ぐんだ…

 私は、それを、見て、絶句した…

 いや、

 間違った…

 それを、聞いて、絶句したのだ…

 なぜなら、葉敬は、この矢田にとって、大恩人…

 日本の取るに足りない、どこにでもある家庭出身の矢田と、台湾の大財閥の跡取り息子の葉尊の結婚を認めてくれた、大恩人だったからだ…

 だから、慌てて、

 「…お義父さんが、困るのか?…」

 と、バニラに聞いた…

 当たり前だった…

 「…いえ、すぐには、わかりません…でも、遠からず、その影響は、出ると、思います…」

 バニラが、泣きながら、言う…

 私は、それを聞いて、いてもたっても、いられんかった…

 「…バカ、早く、それを、言え!…」

 と、つい、バニラを怒鳴ってしまった…

 「…お義父さんは、この矢田の恩人さ…この矢田と葉尊の結婚を認めてくれた恩人さ…そのお義父さんが、私とアムンゼンが、ケンカしたことで、迷惑を被れば、困るさ…」

 私が、勇んで言うと、バニラが、頭を上げて、

 「…お姉さん…」

 と、目に涙を浮かべながら、この矢田を尊敬の目で、見た…

 「…バニラ…それが、わかれば、さっさと、アムンゼンのところへ、行くさ…謝りに行くさ…」

 私は、断言した…

 それから、

 「…バニラ、今、アムンゼンが、どこにいるか、わかるか?…」

 と、聞いた…

 「…たぶん、自宅だと、思います…」

 「…そうか?…」

 私は、言った…

 「…ならば、これから、言って、アムンゼンに詫びるとするさ…」

 「…これから?…」

 バニラが、怪訝な顔をする…

 「…どうした、その顔は?…」

 私は、聞いてやった…

 「…だって、お姉さん…殿下は、忙しい身です…これから、いきなり、行っても、会ってもらえるかどうか…」

 「…そうか…」

 当たり前だった…

 アムンゼンの身分を忘れていた…

 つい、この矢田と同じに考えてしまった…

 「…だったら、どうする?…」

 「…とりあえず、電話をして、これから、伺っても、いいか、殿下に聞いてみれば?…」

 「…そうか…」

 私は、言った…

 言いながら、思いがけない展開になったと、思った…

 まさか、バニラがやって来たことで、この矢田が、アムンゼンに詫びに行くとは、思いもしないことだったからだ…

 …もしや、図られた?…

 一瞬だが、私の脳裏に、そんな言葉が、浮かんだ…

 浮かんだのだ…

               
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