第7話

文字数 4,545文字

 まさか?…

 まさか?…

 ここで、お義父さんの名前が出るとは、思わんかった…

 夢にも、思わんかった…

 っていうか?

 キャンペーンガールの名前が、出てきて、いきなり、お義父さんの名前が、出てくるとは、思わんかった…

 思わんかったのだ…

 正直、頭がパニクった…

 いきなりの展開に、頭がついていかんかった…

 だから、口から出た言葉は、

 「…なぜだ? …どうしてだ?…」

 だった…

 「…どうして、お義父さんは、球団を買収するんだ?…」

 「…いえ、まだ決定事項では、ありません…」

 「…なんだと? まだ、決まってないのか?…」

 「…ハイ…ただ、葉敬も、台湾の旧知の財界人から、頼まれているので、断りづらいのです…」

 「…断りづらい?…」

 「…誰だって、そうでしょ? 誰かに頼まれて、すぐに、拒否の返事は、できないときもある…仮に、断るとしても、ある程度、時間を置いて、断るほうが、よいときもある…」

 「…」

 「…葉敬は、台湾屈指の財界人です…だから、余計に相手の立場を考える…」

 「…相手の立場?…」

 「…球団買収の話を持ってきた財界人に、すぐに、拒否をすれば、相手の面子を潰すことになりかねない…」

 「…」

 「…だから、余計に対応に苦慮する…」

 「…そうなのか?…」

 「…そうです…例えば、これは、男女でも、同じでしょ?…」

 「…同じ? …どう同じなんだ?…」

 「…例えば、男女が、知り合って、少し経って、いきなり、付き合って下さいと、告白して、すぐに、その場で、嫌です、と、返事をすれば、相手も、傷つく…」

 「…それは?…」

 「…でしょ?…」

 「…だから、2,3日、してから、アレ、色々考えたんだけれど、やっぱりとでも、言って、断れば、すぐに、断るよりも、体裁がいいというか…ホントは、最初から、嫌だったんだけれども、2,3日考えたフリをした方が、いいときもある…葉敬もそれと、同じです…」

 「…そうか?…」

 「…ただ…」

 「…ただ、なんだ?…」

 「…葉敬は、商売人です…」

 「…商売人…どういう意味だ?…」

 「…今、言った三星球団の買収…買収した方が、得か? あるいは、買収しない方が、得か? 色々、考えている…だから、結論が出るまで、すぐに、返事をしない…」

 「…そうなのか?…」

 「…とりわけ、リンです…」

 「…リンが、どうかしたのか?…」

 「…彼女は、台湾で、絶大な人気がある…」

 「…そうなのか?…」

 「…ハイ…だから、アムンゼン殿下も知ったのです…」

 言われてみれば、その通り…

 その通りに違いなかった…

 有名でなければ、アムンゼンに知られるわけはない…

 きっと、ネットで、知ったに決まっている…

 今の時代、テレビや雑誌よりも、ネット…

 まずは、ネットで、知られることが、大切…

 ネットでさえ、有名になれば、テレビや雑誌に出ずとも、有名になれる…

 世間に知られることが、できるからだ…

 だから、テレビや雑誌も、往時の勢いはない…

 それが、理解できないのは、おそらく五十代以上のオジサンたち…

 テレビや出版社に勤めるオジサンたちだ…
 
 もちろん、彼らも、往時の勢いは、ないことは、わかっている…

 しかしながら、彼らは、それほど、テレビや雑誌が、凋落したと、思っていない…

 それが、いわゆる、若手…

 二十代や、三十代前半の若手たちに比べ、意識の差があるということだ(爆笑)…

 そして、私が、そんなことを、考えていると、

 「…そして、リンです…」

 と、葉問が続けた…

 「…葉敬が、三星球団を買収するか、どうかも、実は、彼女が関係している…」

 「…彼女が、関係しているだと?…」

 「…ハイ…」

 「…どうしてだ? どうして、リンが、お義父さんの球団買収に関係するんだ?…」

 「…彼女の人気は、凄まじい…正直、そのおかげで、三星球団の価値も上がっている…」

 「…」

 「…もっとも、だから、三星球団の方は、今が、売り時と考えているんでしょう…彼女の人気も、いつまで、続くか、わからない…だから、彼女の人気が、あるうちに、球団を売却したいのでしょう…」

 「…そうか?…」

 「…そのおかげで、余計に台湾では、誰が、
三星球団を買収するか、話題になっている…きっと、アムンゼン殿下は、その記事を偶然、ネットで、見たんでしょう…」

 葉問が、アムンゼンが、リンを知った背景を、そう説明した…

 たしかに、あのアムンゼン…

 アラブの至宝と呼ばれるほどの頭脳の持ち主だ…

 世界中の情報を得ているだろう…

 それには、当然、台湾も含まれる…

 当たり前のことだ…

 それになんといっても、あのリンという女…

 ものすごい美人だ…

 たしかに、この矢田も、男なら、夢中になるかも、しれん…

 この矢田トモコも、男なら、夢中になるかも、しれん…

 私は、思った…

 思ったのだ…

 そして、そんなことを、考え続けていると、

 「…どうしたんですか? お姉さん…そんなに、考え込んで…」

 葉問が、聞いた…

 「…いや、そのリンという女…たいそうな美人だと、思ってな…」

 「…それは、そうでしょう…彼女は、今、アジアの三大美女の一人です…」

 「…アジアの三大美女? なんだ、それは?…」

 「…中国のディリラバ、日本の佐々木希…そして、台湾のリン…彼女たち三人を称して、そう呼ばれているんです…」

 「…そうか…」

 私は、言った…

 深く、頷いた…

 たしかに、そう、言われれば、わかる…

 わかる…

 納得する…

 「…だからこそ、葉敬も悩んでいるのだと、思います…」

 葉問が、力を込める…

 私は、その言葉を聞いて、納得したが、同時に、吹き出しそうになった…

 なぜ、吹き出しそうになったのか?

 それは、リン…

 リンというチアガールの存在が、三星球団の価値を高めているという事実だ…

 プロ野球球団だ…

 普通は、選手だろう…

 あるいは、監督だろう…

 それが、その球団に属するチアガールとは?

 試合もしないチアガールの存在が、球団の価値を高めるなんて…

 前代未聞…

 聞いたことのない珍事だった…

 だから、笑えた…

 思わず、吹き出しかけた…

 そして、私の考えが、表情に出たのだろう…

 葉問が、

 「…どうしました? …お姉さん?…ボクが、今、なにか、おかしなことを、言いましたか?…」

 と、真顔で、聞いた…

 私は、

 「…言ったさ…」

 と、言ってやった…

 「…なにが、おかしいんですか?…」

 と、葉問が、真顔で、聞く…

 「…だって、おかしいだろ?…」

 「…なにが、おかしいんですか?…」

 「…だって、今、オマエの話を聞いていると、そのリンという女が、三星球団の価値を決めているようじゃないか? 普通は、選手だろ? あるいは、監督だろ?…」

 私が笑いながら、言うと、葉問も、一瞬、驚いた表情になったが、すぐに、

 「…ですよね…」

 と、言って笑った…

 つまり、私の言葉に同意したわけだ…

 「…だろ?…」

 「…ハイ…」

 「…オマエの言葉を聞いていると、日本ハムの価値が、チアガールで決まるみたいだ…」

 「…たしかに…」

 「…それは、おかしいだろ?…」

 「…ハイ…」

 葉問が、素直に、私の言葉に、同意した…

 が、

 すぐに、

 「…ですが…」

 と、付け加えた…

 「…ですが、なんだ?…」

 「…そのリン…実は、台湾のお偉いさんの間でも、人気があるんです…」

 「…お偉いさんだと? どんなお偉いさんだ?…」

 「…つまり、政治家や財界人…クラスの人間です…」

 「…なんだと?…」

 「…考えてみて、下さい…お姉さん…」

 「…なにを、考えてみるんだ?…」

 「…どこの国でも、お偉いさんは、大抵、歳を取った男です…高齢の男です…」

 「…」

 「…だから、当然、若い女が好き…そういうことです…」

 葉問が、笑う…

 私は、それを、聞いて、絶句した…

 絶句=文字通り、言葉を失った…

 しかしながら、事実…

 事実だった…

 誰にでも、わかる事実だった…

 これは、例えば、会社に勤めていれば、誰にでも、わかる…

 例えば、四十代、五十代のオジサンは、若い女には、甘い…

 いかに、美人でも、四十代の女の美人と、二十代のかわいい女とは、対応が、違う…

 大抵は、二十代のかわいい女の勝ち…

 勝負にならない…

 そういうものだ…

 そして、これは、男女が、逆転しても、同じ…

 同じだ…

 どうしても、女も歳を取ると、若い男が、好きになる…

 若い男=若いイケメンが、好きになる…

 つまりは、男女とも、歳を取ると、自分より、はるかに、若い、ルックスのよい異性を好きになると、いうことだ…

 もちろん、例外はあるし、若ければ、なんでもいいというわけではない…

 やはり、基本は、男女とも、美男美女…

 そして、性格が、良ければ、これに、勝るものは、ない…

 いかに、ルックスが良くても、性格がよくなければ、ダメだ…

 そして、会社ともなると、当然、歳をとった男女が、多い…

 学生時代の若い男女では、ない…

 歳をとれば、誰もが、少しは、ひとを、見る目ができてくる…

 いかに、美男美女でも、性格が悪い人間は、皆、毛嫌いしている…

 問題は、それを、態度に出すか、否か…

 若いときは、自分が、嫌われていても、案外、わからない人間も多いものだ…

 そして、それは、なぜかと、言えば、露骨に嫌われてないから…

 だから、わからない…

 そういうことだ…

 実は、私も、以前、契約社員で、会社に勤めたときに、そんな人間と接したことがある…

 その若い男性は、常にひとの悪口を言っていた…

 他人の悪口や、噂話をしていた…

 そして、以前、その会社の親会社を受験して、不採用になったことを、笑い話にしていたが、実際は、はらわたが煮えくり返っていたと、思う…

 が、

 その男性が、なぜ、採用されなかったのか?

 私は、一目で、わかった…

 目に険があり、性格の悪さが、顔に出てしまっているのだ…

 だから、人事が、敬遠したというのが、真相だろう…

 私は、そう思った…

 そして、問題は、目に険があることではなく、誰もが、それを当人に教えないことだろう…

 まあ、常にひとの悪口や噂話をしている人間に教えるひとも、いないと思うが(苦笑)…

 私は、今、葉問と話して、そのことを、思い出した…

 思い出したのだ…

 そして、

 そして、だ…

 この話…

 アムンゼンの初恋の話…

 乗って、損になる話ではない…

 ふと、気付いた…

 なにしろ、あのアムンゼンの好きな女と接するのだ…

 その女を、アムンゼンに紹介すれば、アムンゼンも、喜ぶだろう…

 ひょっとすると、この矢田にも、礼になにがしらのプレゼントをくれるかも、しれん…

 なにしろ、アムンゼンは、アラブの王族だ…

 現国王の弟だ…
 
 金は、たんまり、持っている…

 だから、きっと、この矢田にも、たっぷりと、お金をくれるかも、しれん…

 この矢田が、どんな贅沢をしようと、一生、使い切れんほどのお金をくれるかも、しれん…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 奇貨居くべし…

 いや、

 棚からぼたもちか?

 いずれにしろ、この矢田トモコにも、チャンスが、巡って来た…

 生涯、最大のチャンスが、巡って来た…

 そう、思った…

 そう、思ったのだ…

               

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