第43話

文字数 3,582文字

 マリアの怒りが、爆発した…

 「…なに、あの女!…」

 マリアが、リンに対抗心剝き出しで、口走った…

 母親のバニラを差し置いて、怒った…

 私は、正直、内心、面白いと、思った…

 母親のバニラが、どんな態度を取るのか、見たかったからだ…

 だから、面白いと、思った…

 が、

 バニラは、予想外の態度を取った…

 あり得ないことだが、娘のマリアを叱ったのだ…

 「…マリア…パパの行動に、アレコレ、口を挟むんじゃ、ありません…」

 と、叱ったのだ…

 すると、当然、

 「…どうして?…」

 と、マリアが、言った…

 子供ながらに、反論した…

 「…どうして、ママは、怒らないの?…」

 と、反論した…

 すると、即座に、

 「…パパを、信頼しなさい…パパを信じなさい…」

 と、バニラが言った…

 まるで、自分自身に言い聞かせるように、言ったのだ…

 私は、急いで、バニラを見た…

 どんな表情で、そんな言葉を言っているのか?

 知りたかったからだ…

 すると、バニラの手が小刻みに震えているのが、わかった…

 わかったのだ…

 つまりは、怒りを抑えているのだ…

 自分の怒りを、一生懸命、抑えているのだ…

 私は、思った…

 思ったのだ…

 すると、あろうことか、リンが、マリアに近付いてきた…

 そして、サングラスを外して、身を屈んで、マリアの顔の近くに、自分の顔を寄せた…

 それから、

 「…お嬢ちゃん…随分、気が強いのね…」

 と、優しく言った…

 優しく、日本語で言った…

 これには、驚いた…

 まさか、台湾人のリンが、日本語を話せるとは、思っても、みんかったからだ…

 しかも、流暢…

 イントネーションが、完璧…

 日本人とまったく、同じだった…

 これは、驚いた…

 私が、驚いて、リンを見ていると、リンも私の視線に、気付いたのだろう…

 「…母が、日本人なんです…」

 と、私に言った…

 明らかに、私に向けて、言った…

 「…だから、日本語は、子供の頃から、話しているので…」

 リンが、言った…

 私に説明したのだ…

 私は、

 「…そうか…」

 と、言った…

 つい、いつものように、言った…

 が、

 これが、マズかった…

 マズかったのだ…

 「…お姉さん…随分偉そうですね?…」

 「…なんだと?…」

 「…と、言いたいところですが、お姉さんが、話すと、なんだか、全然、偉そうに、聞こえない…お姉さんの人徳ですね?…」

 リンが、笑いながら、言う…

 これには、私も、驚いたが、なにより、驚いたのが、このリンが、私を、

 「…お姉さん…」

 と、呼んだことだ…

 これは、きっと、偶然ではない…

 あらかじめ、調べているに、決まっている…

 この矢田に向かって、初対面で、

 「…お姉さん…」

 と、呼ぶことなど、ありえんからだ…

 だから、驚いたと、同時に、震撼した…

 このリンという女に震撼した…

 震撼した=ブルった…

 おそらく、今日、葉敬といっしょに、来日する前に、葉敬のことを、調べ尽くしたに、違いないからだ…

 なにより、それが、わかるのは、リンダとバニラが、この場にやって来ても、驚かないことだ…

 あるいは、リンダとバニラが、誰か、一目見て、わかったのかも、しれない…

 なぜなら、リンダとバニラは、葉敬の会社、台北筆頭のキャンペーンガールを務めているからだ…

 おまけに、リンダとバニラは、有名人…

 二人とも、白人…

 なにより、身長が、高い…

 リンダは、175㎝…

 バニラは、180㎝…

 と、高い…

 だから、目立つ…

 一目見て、わかるかも、しれん…

 が、

 しかし、だ…

 このリンダと、バニラが、日本に滞在している情報は、世間に知られていないはずだ…

 リンダは、ハリウッドのセックス・シンボル…

 片や、バニラは、アメリカを拠点とする、モデル…

 当然、二人とも、アメリカにいるはずだからだ…

 それが、今、日本にいる…

 だから、リンにしてみれば、驚愕するはずだが、それもない…

 当たり前のように、受け入れている…

 ということは、どうだ?

 事前に、知っていたと思うのが、自然だろう…

 事前に調べていたと、思うのが、自然だろう…

 私は、このリンの行動を見て、思った…

 思ったのだ…

 そして、そんなことを、考えていると、

 「…なにを、考えているの? …35歳のシンデレラ…」

 と、いきなり、私の別名を呼んだ…

 葉尊と結婚して、玉の輿に乗った私を評して、世間が、私を、

 「…35歳のシンデレラ…」

 と、呼んだ…

 それを、言ったのだ…

 たしかに、葉尊と結婚した半年前は、私と葉尊の結婚が、世間を賑わせた…

 35歳と、少しばかり、歳をいった私が、葉尊と結婚した…

 台湾の大富豪の御曹司と結婚した…

 しかも、私は、ルックスは、平凡で、生まれも、平凡…

 そんな女が、大金持ちの御曹司と結婚したのだ…

 それは、世間に、衝撃を与えた(笑)…

 なにより、世間に勇気を与えた…

 なぜなら、今、日本では、結婚が遅い…

 もはや、30代で、女が、結婚しても、珍しくも、なんともない…

 大昔、昭和の時代では、女は、子供は、二十代で、産み上げるのが、理想と言われたものだ…

 二十代で、子供を作り、もはや、三十代では、子供を作らない…

 それが、理想と言われたものだ…

 つい、30年前や40年前は、それが、理想と言われたのだ…

 それが、今や二十代で、子供を産み上げるどころか、結婚が、三十代とは…

 時代の流れを感じる(笑)…

 話は、少々、横にそれたが、つまり、35歳と、それなりに、歳を取り、しかも、平凡な容姿で、平凡な家庭出身の私が、台湾の大金持ちの息子と結婚したことから、日本中で、大騒ぎになった…

 要するに、三十代で、まだ結婚していない女たちに希望を与えたのだ…

 あの程度のルックスで、あの程度の家庭出身で、大金持ちの息子と結婚した…

 ならば、自分にも、できるのではないか?

 そう、世間に思わせたのだ…

 そして、それを、マスコミが、散々、流した…

 世間に受けると、考えたのだろう…

 だから、半年前は、おおげさでなく、日本中で、私を知らない者は、いなかった…

 それほどの、有名人だった…

 が、

 それは、一時的なもの…

 今では、街中で、私を見ても、

 「…あっ! 35歳のシンデレラだ!…」

 と、呼ぶものは、誰もいない…

 たとえ、私を35歳のシンデレラと、わかっても、私に話しかけて来るものは、いない…

 一人もいない…

 いわば、私は、

 「…あのひとは、今…」

 状態…

 昔、売れた芸能人扱いだった…

 それが、今、このリンが、私を、

 「…35歳のシンデレラ…」

 と、呼んだ…

 だから、驚き…

 驚きだったのだ…

 私は、呆気に取られて、リンを見ていると、

 「…どうしたの? …35歳のシンデレラ?…」

 と、笑いながら、私にリンが、話しかけてきた…

 実に、楽しそうに、話しかけてきた…

 あるいは、

 私をからかうように、話しかけてきた…

 だから、普通なら、私は、怒るところだが、それも、できんかった…

 なにしろ、葉敬の目がある…

 葉敬=お義父さんの目がある…

 が、

 それ以上に、驚いたのだ…

 このリンという女が、初対面にも、かかわらず、いきなり、私を、

 「…お姉さん…」

 と、呼んだことに、驚いたのだ…

 だから、怒れんかった…

 反応できんかったのだ…

 私が、どうして、いいか、わからず、固まっていると、マリアが、

 「…どうして、矢田ちゃんのことを、35歳のシンデレラと、呼ぶの?…」

 と、マリアが、聞いた…

 実は、この矢田が、聞きたいことを、聞いた…

 すると、即座に、リンが、

 「…お嬢ちゃん…このお姉さんは、台湾では、有名なの…」

 と、答えた…

 私の想定外のことを、言った…

 だから、思わず、

 「…有名?…」

 と、呟いた…

 当たり前だった…

 すると、リンが、まっすぐに、私を見据え、

 「…そう、有名…なんてったって、台北筆頭の御曹司を射止めたひとだから…」

 と、答えた…

 「…射止めた?…」

 私が、つい、呟いて、仰天していると、

 「…台北筆頭の御曹司は、台湾の女は、みんな狙っていた…台北筆頭は、台湾一の大企業…その御曹司と結婚するのは、年頃の女なら、誰でも、夢見ること…もちろん、私も、夢見ていた…」

 と、私に向かって言った…

 この矢田に向かって言った…

 いわば、正面から、正々堂々と、この矢田にケンカを売ったのだ…

 私は、驚いた…

 正直、驚いて、言葉もなかった…

 まさか、初対面の相手に、ケンカを売られるとは、思っても、みんかった…

 考えても、みんかった…

 しかも、その相手が、リン…

 台湾で、今、知らない者が、誰もいないと、いうチアガールのリンだった…

 私は、思わず、固まった…

 まずは、カラダが、固まり、次いで、脳も、固まった…

 いわゆる、思考停止状態になった(苦笑)…

               
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