第13話

文字数 3,599文字

 世の中には、この矢田にも、わからんことがある…

 世の中には、この矢田トモコにも、まだ知らん世界がある…

 つまりは、そういうことだった…

 そういうことだったのだ(笑)…

 このアムンゼンとオスマンの関係を見て、あらためて、思った…

 この世の中には、まだまだ、この矢田にも、見たことも、聞いたこともないことがある…

 たくさん、ある…

 そう、思ったのだ…

 私が、そう思っていると、コツコツと、金色のロールスロイスの窓を叩く音が、聞こえた…

 見ると、制服を着た警官二人が、窓の外にいた…

 「…そうか、忘れていた…」

 アムンゼンが、呟く…

 「…とりあえず、外に出よう…」

 アムンゼンが、言うと、慌てて、オスマンが、ドアを開けて、ロールスロイスから、降りた…

 次いで、アムンゼン…

 その次に、私の順番で、ロールスロイスから、降りた…

 そして、開口一番、アムンゼンが、

 「…ご苦労…」

 と、警官二人に言った…

 威厳の満ちた声で、言った…

 途端に、制服を着た警官二人が、目を丸くした…

 当たり前だ…

 ことも、あろうに、ここにいる中で、最年少のガキが、言ったのだ…

 驚くのが、当たり前だった…

 だから、それを、目の当たりにした、オスマンが、

 「…この子は、サウジアラビアの王族なんです…」

 と、説明した…

 「…だから…」

 と、後に続いて、言ったが、それ以上は、なにも言わなかった…

 言わなくても、わかるからだ…

 現に、制服を着た警官が、二人とも、

 「…サウジアラビアの王族…」

 と、言って、絶句した…

 二の句が告げなかった…

 「…この豪華な建物も、この子のものです…」

 オスマンが、説明する…

 警官二人とも、唖然として、アムンゼンの屋敷を見上げた…

 まるで、美術館や、博物館と、見間違う、豪華な建物が、この子供のものとは…

 唖然として、言葉も、出んのかも、しれんかった…

 当たり前だった…

 そして、警官二人が、なにか、言う前に、オスマンが、機先を制して、

 「…今日は、ご苦労様でした…警視総監には、後ほど、サウジアラビア大使館経由で、お礼の言葉を述べたいと、思います…」

 と、告げると、警官二人が、思わず、顔を見合わせた…

 それから、

 「…ハッ!…」

 と、言って、オスマンに、最敬礼をした…

 それを、見て、オスマンが、

 「…最敬礼をする相手は、ボクじゃ、ありません…」

 と、訂正すると、二人は、慌てて、アムンゼンに向けて、最敬礼をした…

 3歳のガキに最敬礼をした…

 思わず、爆笑する場面だった…

 思わず、吹き出す瞬間だった…

 が、

 さすがに、吹き出すことは、なかった…

 つい、さっきも、このアムンゼンの真の姿を、見たばかりだ…

 権力を持つ、姿を見たばかりだった…

 権力を持つ、ライオンの姿を見たばかりだったからだ…

 だから、それを、思うと、吹き出すことなど、できんかった…

 できんかったのだ(涙)…

 今は、まだ、私の手の中に、リンという切り札がある…

 だから、アムンゼンに対抗できる…

 が、

 しかしながら、その切り札も、どこまで、役に立つか、わからんかった…

 なぜ、役に立つか、どうか、わからんのか?

 それは、以前も言ったように、リンという女が、どんな女か、わからんからだ…

 たしかに、このアムンゼンは、リンのファンかも、しれん…

 が、

 そのリンと数日、いっしょに過ごせば、リンという女が、どんな女か、わかる…

 そういうことだ…

 これは、誰もが、同じ…

 同じだ…

 男女が、付き合う…

 わかりやすい例で、言えば、抜群のルックスを、持つ、男や女と付き合う…

 誰もが、見た目で憧れる異性と付き合う…

 すると、どうだ?

 最初は、いい…

 オレが、こんな美人と、付き合えるなんて…

 あるいは、

 アタシが、こんなイケメンと付き合えるなんて…

 と、考える…

 が、

 誰もが、少し付き合えば、相手の中身が見えてくる…

 これも、以前、何度も言ったが、常にひとの悪口ばかり、言っていたり、あるいは、常に、自分が、中心でいなければ、気が済まない性格だったり、すれば、誰もが、幻滅する…

 当たり前だ…

 だから、まだ、このアムンゼンは、リンのことを、知らないからいい…

 まだ、リンと付き合ってないから、いい…

 そういうことだ…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 そして、そんなことを、私が、考えていると、

 ウー

 ウー
 
 と、サイレンを鳴らして、パトカー数台が、帰っていった…

 私は、それを、見て、内心、

 …すまんかったさ…

 と、詫びた…

 この矢田が、仮病を使ったばかりに、迷惑をかけた…

 そう、思ったからだ…

 この矢田が、仮病さえ使わなければ、わざわざ、やって来ることもなかったろう…

 それを、考えと、この矢田の胸が、痛んだ…

 この矢田の大きな胸が、痛んだのだ(笑)…

 私が、そう考えていると、

 「…さあ、矢田さん、中に入りましょう…」

 と、アムンゼンが、言った…

 「…わかったさ…」

 私は、答えた…

 「…オスマン…オマエも…」

 「…ハイ…わかりました…」


 私は、アムンゼンに従って、この博物館か、美術館と見間違う建物の中に入った…

 この豪華な建物の中に、入るのは、二度目だった…

 前回、初めて、見たときは、正直、度肝を抜かれた…

 誰が、見ても、美術館や博物館にしか、見えないからだ…


 そして、事実、その通りだった…

 経営が、立ち行かなくなった美術館か、博物館を、このアラブの至宝が、買い取ったといった…

 この3歳のガキにしか、見えん男が、買い取ったと、言った…

 正直、私は、たまげた…

 こんな私邸は、これまで、見たことも、聞いたこともないからだ…

 しいて言えば、戦前…

 戦前の大財閥…

 例えば、三井や三菱の創業者や、その後継者ならば、こんな豪邸に住めるかも、しれない…

 が、

 しかしながら、今現在、この日本で、コレは、ありえない…

 お金が、べらぼうにかかるからだ…

 戦前は、個人の所得も、成功したものは、べらぼうで、税金もまた、今ほど、かからなあかったのだろう…

 だから、できた…

 だから、可能だった…

 しかしながら、現在は、ほぼ無理…

 数少ない例外が、ゾゾを作った前澤友作だろう…

 このアムンゼンと同じような建物を、千葉に作っている…

 おそらく、唯一の例外だろう…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 そして、考えながらも、

 「…相変わらず、凄い家だな…」

 ち、呟かざるを得なかった…

 を得なかったのだ…

 そして、その声が、アムンゼンにも、聞こえたらしい…

 「…正直、ボクも、こんな家に住むのは、嫌ですよ…」

 と、愚痴った…

 「…なんだと?…」

 思わず、口走った…

 「…だったら、どうして?…」

 「…見栄のためですよ…」

 「…見栄?…」

 「…そうです…アラブの至宝と呼ばれた男が、日本の四畳半の安アパートに、住むわけには、いかないでしょ?…」

 「…それは?…」

 「…大使館を見れば、それが、よくわかります…」

 「…なにが、わかるんだ?…」

 「…大きな国は、この日本で、土地付きの一戸建ての立派な建物を大使館にする…お金がない、ちっぽけな国は、どこかのマンションの一室が、この日本の大使館となる…しかも、他国と、共同で借りている…最悪、3か国、四か国で、共同で、借りている…」

 「…なんだと?…」

 「…要するに、国力です…その国の国力が、大使館の大きさに比例する…そして、国力はイコール財力です…なにしろ、この日本は、土地が高い…貧しい国、一か国ではマンション代も払えない…」

 「…」

「…正直、ボク自身は、四畳半の家で、結構…なにしろ、このカラダです…四畳半でも、不便は、なにも、ありません…ただ、繰り返しますが、見栄の部分と言いますか…日本でも、天皇陛下が、公式のときに、軽自動車に乗るわけには、いかないでしょ? それと、同じです…」

アムンゼンが胸中を明かした…

初めて、この矢田に胸中を明かした…

たしかに、このアムンゼンは、アラブ世界のスター…

そのスターが、小さなマンションに住むわけには、いかないのかも、しれない…

スター=アイドルだ…

かつて、天皇陛下を日本一のアイドルだと、言ったのが、いたが、アイドルは、夢を売る商売…

夢を売る商売をしているものが、小さなマンションでは、恰好が付かない…

それと、同じだ…

例えば、天皇陛下が、いかに、高級でも、ひとといっしょに、タワーマンションに住んでは、幻滅する…

やはり、天皇陛下は、一戸建てに住むに限る…

皇居に住むに限る…

それで、威厳が、保てる…

それと、同じ…

同じだ…

私は、思った…

私は、考えた…

そして、そう思っていると、

「…ここが、ボクの部屋です…」

と、言って、アムンゼンが、部屋のドアを開けた…

「…な、なんだ? …これは?…」

思わず、声を上げざるを得ない光景が、そこに出現した…

              
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