第27話

文字数 3,998文字

 …相変わらず、凄い豪邸さ…

 私は、内心、驚きながら、その建物を見上げた…

 誰が、見ても、博物館や美術館に見える…

 いや、

 現に、バブル期に建てられた、博物館や美術館を買い取って、ホテルのように、したということだった…

 私は、以前、アムンゼンに聞いた話を思い出した…

 すると、

 「…さあ、降りましょう…」

 と、ハンドルを握るバニラが言って、私は、その声に応じて、シートベルトを外して、ポルシェから、降りた…

 実に、颯爽と、降りた…

 実は、この矢田トモコは、スポーツ万能…

 なんでも、できる女だった…

 真逆に、バニラは、降りるのに、モタモタしていた…

 傍から見ても、苦労しているようだった…

 これは、バニラが、大きいから…

 カラダが、大きいから、クルマから降りるのに、時間がかかる…

 そういうことだった…

カラダが、大きければ、どうしても、動きが、鈍くなる…

 それは、大相撲の力士を見ていれば、わかる…

 小柄で、体重の軽い力士は、動きが、すばしっこいが、太って、大柄な力士は、動きが鈍い…

 それと、同じだ…

 だから、それが、わからない、後部座席に座っていたマリアが、

 「…ママ、遅い…」

 と、不満を漏らした…

 「…矢田ちゃんは、すぐ、降りちゃったよ…」

 「…お姉さんは、小さいから…」

 バニラが説明する…

 「…小さいから、なに?…」

 「…小さいから、動きが、早い…カラダも軽いから…」

 バニラが、マリアに説明する…

 「…へー、そうなんだ?…」

 「…そうよ…」

 バニラが、言いながら、モタモタして、ようやく、ポルシェから降りた…

 そして、次いで、後部座席のマリアを、真っ赤なポルシェから、降ろした…

 まるで、大事なお宝を降ろすように、マリアを抱えて、降ろした…

 私は、それを見て、相変わらず、このバニラは、マリアに甘いなと、思った…

 このマリアは、バニラの宝…

 だから、バニラは、私が、大嫌いだが、娘のマリアが、私になついているから、私を嫌いになることは、できない…

 私にぞんざいな態度を取れば、私が、マリアと遊んでやらんからだ…

 だから、いうなれば、マリアは、この矢田の人質だった…

 人質=切り札だった…

 私は、そんな思いで、マリアを見た。

 見たのだ…

 すると、マリアが、この矢田の視線に気付いた…

 「…矢田ちゃん、なんで、マリアを、見ているの?…」

 マリアが、鋭く、質問する…

 私は、一瞬、焦ったが、すぐに、

 「…いや、マリアも将来、バニラのように、キレイになるのかと、思ってな…」

 と、言った…

 うまく、言ったのだ…

 すると、すぐに、バニラが、反応した…

 「…そんな…お姉さん…」

 と、顔を赤らめて、言った…

 が、

 マリアは、真逆だった…

 そんな母親のバニラとは、真逆の反応を示した…

 「…失礼ね…マリアは、ママより、もっと、キレイになるわ…」

 と、叫んだのだ…

 これには、驚いた…

 驚いたのだ…

 思わず、

 「…マリア…正気か?…」

 と、聞きたくなるほどだった…

 突っ込みたくなるほどだった…

 たしかに、マリアは、可愛い…

 これは、否定できない…

 しかし、なにしろ、3歳のガキだ…

 3歳のガキンチョだ…

 成人した母親のバニラとは、違う…

 成人した=大人になった母親のバニラとは、違う…

 なぜなら、顔は、変わるからだ…

 子供の頃に、

 「…あんなに、キレイだったのに…」

 とか、

 「…あんなに、可愛かったのに…」

 とか、呼ばれた少女が、大人になって、まったくの平凡なルックスの女になった例など、枚挙にいとまがない…

 ハッキリ言えば、世間にありふれている…

 私は、思った…

 思ったのだ…

 が、

 母親のバニラの反応は、違った…

 「…まあ、マリアったら…」

 と、言って、喜んでいる…

 手放しで、喜んでいる…

 私は、それを、見て、呆気に取られた…

 と、いうのは、正直、母親のバニラ並みのルックスを持つことは、難しいからだ…

 マリアには、悪いが、ハッキリ言って、無理…

 無理筋だ…

 母親のバニラは、それほどの美人だったからだ…

 が、

 しかし、だ…

 バニラは、娘のマリアの発言を聞いて、

 「…まあ、マリアったら…」

 と、言って、顔を赤らめて、喜んだ…

 これは、驚きだった…

 ハッキリと、

 「…ママのように、なれるわけないでしょ!…」

 と、マリアを叱るのかと、思いけや、反応が、まったく違った…

 これは、正直、驚きだった…

 と、同時に、

 …これが、母親なのか?…

 とも、思った…

 自分の産んだ娘を目の中に入れても、痛くないほど、溺愛する…

 それが、母親なのか?

 とも、思ったが、これは、例外だとも、思った…

 私の周りにも、子供を産んだ友人、知人が、いるが、このバニラのように、娘を溺愛するのは、稀…

 正直、見たことがない!

 しかも、バニラは、言っては、悪いが、元ヤン…

 ヤンキー上がり…

 だから、余計に、娘にそんなことを、言われて、激高するのかと、思えば、真逆の対応…

 これには、つくづく、驚かせられた…

 驚かされたのだ…

 そして、私が、そんなことを、考えていると、近くに、ひとの気配がした…

 振り返って、見ると、オスマンだった…

 アムンゼンの甥のオスマンだった…

 「…ようこそ、矢田さん…バニラさん、マリアさん…お迎えに参りました…」

 と、まるで、執事のように、丁寧に腰を折って、私たち3人を出迎えた…

 私は、オスマンが、ここに迎えに来たのは、驚いたが、それ以上に、驚いたのは、バニラが、顔を赤らめたことだ…

 このバニラ…

 以前、このオスマンと殴り合いのケンカをしたことがある…

 このオスマンは、実は、国王の命を受けて、叔父のアムンゼンを監視していたのだ…

 監視=見張っていたのだ…

 このオスマン、サウジアラビア本国で、奔放さを問題視されて、日本に身を隠していた叔父のアムンゼンのところに、身を寄せた…

 が、

 それは、実は、偽り…

 叔父のアムンゼンの元へ、身を寄せるフリをして、実は、叔父のアムンゼンを監視していたのだ…

 アムンゼンは実力者…

 国王にならんと、密かな野心を持っていた…

 事実、国王にならんとして、クーデターを起こしたことがある…

 が、

 それは、さほど、世間で、問題にならなかった…

 それは、なぜか?

 それは、アムンゼンが、人前に出ることが、なかったから…

 だから、サウジアラビアで、クーデターが、勃発しても、世間で、さして、話題になることは、なかった…

 アムンゼンは、小人症…

 ホントは、30歳だが、3歳にしか、見えない…

 だから、クーデターを起こしても、自分は、国王には、ならず、誰か、代わりの者を国王にして、自分は、その国王を陰から操ろうとした…

 しかしながら、そのクーデターは、呆気なく失敗…

 しかしながら、サウジアラビアの国王は、アムンゼンを疑った…

 その野心を疑った…

 いずれ、再びクーデターを起こすのではと、疑った…

 それゆえ、サウジアラビア本国から、日本に追放して、甥のオスマンをアムンゼンの見張りにつけた…

 アムンゼンに甥のオスマンの面倒を見てやれと、国王は、命じたが、ホントは、オスマンにアムンゼンの監視を命じていたのだ…

 そのことに、気付いたアムンゼンが、オスマンを捕縛しようとした…

 それに、気付いたオスマンが、いち早く、逃げだそうとして、マリアを人質に取った…

 それを、見た、母親のバニラが、激怒して、オスマンと闘った…

 互いに、素手で、殴り合った…

 が、

 いかに、バニラが、180㎝の長身で、ケンカに強くても、所詮は、女…

 男のオスマンに勝てるわけが、なかった…

 バニラは、善戦したが、オスマンに負けた…

 そして、逃げようとしたオスマンの前に現れたのが、葉問だった…

 私の夫の葉尊のもう一つの人格である、葉問だった…

 すでに、バニラとの闘いで、疲れ切っていたオスマンは、葉問に、屈した…

 当たり前だった…

 私は、今、このバニラが、そんな因縁のある、オスマンに顔を赤らめたのを見て、そんなことを、思い出した…

 そんな過去の出来事を思い出したのだ…

 「…お久しぶり…オスマン…」

 と、バニラが、顔を真っ赤に赤らめたまま、オスマンに挨拶する…

 「…こちらこそ、お久しぶりです…バニラさん…」

 と、オスマンが、執事よろしく、バニラに恭しく、挨拶した…

 このオスマンも、バニラを意識している?…

 そう、思ったが、違った…

 単に社交辞令というか…

 お客をもてなすために、恭しく、接客しているだけだった…

 その証拠に、このオスマンは、顔色一つ変えなかった…

 私は、それを、私の細い目を、さらに細めて、見ていた…

 見ていたのだ…

 すると、だ…

 それに、気付いたマリアが、

 「…矢田ちゃん…そんなに、目を糸のように、細めて、なにを見ているの?…」

 と、聞いてきた…

 当たり前だった…

 「…いや、別に…」

 と、私は、とっさに言った…

 ほかに、言葉が、思い浮かばんかったからだ…

 すると、マリアが、あろうことか、

 「…ママとオスマンって、お似合いね…」
 
 と、言った…

 この矢田が、思った通りのことを、言ったのだ…

 私が、仰天して、マリアを見ると、

 「…でも、ママには、パパがいるから、ダメ!…」

 と、強い口調で、否定した…

 母親のバニラの態度を批判した…

 それを、聞いたバニラが、

 「…マリア…バカなことを、言わないの…」

 と、言って、マリアを抱き上げた…

 「…オスマンに迷惑でしょ?…」

 と、付け加える…

 「…いえ、迷惑どころか、光栄です…」

 と、オスマンが、答えた…

 顔色一つ変えずに、答えた…

 私は、それを見て、社交辞令か、本音か、わからんかった…

 わからんかったのだ…

 ただ、なんだか、面白くなってきた…

 この矢田の大きな胸が、ざわざわと、騒ぎ出した…

               

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み