第1話
文字数 6,372文字
「…ちょっと、お客さん…いい加減にして下さい…」
ラーメン屋の若い男の店員が、怒鳴る…
「…どうしてだ?…」
「…お客さん、どうしてと、言われても…」
「…私は、毎日、通っているのさ…だけど、どうして、食べれないんだ?…」
「…お客さん…先着十名と、決まっているんです…店に張り紙も、張ってあります…お客さんが、十名に入れないだけじゃ、ないですか?…」
「…そんなことは、わかっているのさ…」
「…だったら、なんで?…」
「…私は、この一週間、毎日こうして、朝の七時から、並んでいるのさ…でも、食べれないのさ…」
「…そんなこと、言われても…」
「…いや、お前を責めているわけじゃないさ…ただ、誰かに、はめられているような気がしてな…」
「…はめられてる…陰謀論ですか?…」
「…そうさ…こうして、毎日、並んでいるにも、かかわらず、まだ、一杯も、口にしていない…これは、どう考えても、変さ…きっと、誰かが、私を陥れようとしているに、違いないさ…」
私が、言うと、近くで、
「…プッ!…」
と、吹き出す声が、聞こえた…
「…陰謀論って、お客さん…そんなに偉いんですか?…」
「…偉いさ…」
「…ウソ?…」
「…ホントさ…私は日本の総合電機メーカー、クールの社長夫人さ…」
「…お客さん…そんな見え透いたウソを…クールって、あのクールでしょ?…失礼ながら、お客さんは、そんなふうには…」
若い男の店員が、笑いながら、言う…
たしかに、今朝の私は、いつもの派手なTシャツと、履き古したジーンズと、これも履き古したスニーカー…
誰が、どう見ても、クールの社長夫人には、見えない…
いや、
そもそも、お金持ちとも、見えない…
誰が、見ても、お金と縁のない人生を歩んでいる女…
それが、私だった…
私、矢田トモコだった…
しかし、
しかし、だ…
私は、現実に、クールの社長夫人だった…
ウソでも、なんでもなく、クールの社長夫人だった…
が、
その店員の発言に、呼応するように、
「…あんな格好をしたオバサンが、クールの社長夫人なわけないじゃない…」
とか、
「…なに、あの勘違いオバサン…」
とか、言う声が、あちらこちらから、聞こえてきた…
だから、私は、頭にきて、言ってやった…
「…オバサンじゃないさ…お姉さんさ…」
「…お姉さん?…」
と、店員…
「…そうさ…35歳のお姉さんさ…」
私は、断言した…
すると、どうだ…
周囲から、これまで以上の失笑が、聞こえてきた…
「…ウソ? …35歳で、お姉さんのわけないじゃない…」
「…やっぱり、勘違いオバサン?…」
散々な言われようだった…
私は、頭に来た…
思わず、グッと、拳を握りしめた…
「…こいつら…どうして、くれよう?…」
私の頭の中が、ヒートアップした…
よりによって、この矢田トモコ様を笑うとは?
今、私の目の前には、十人の男女がいた…
老若男女がいた…
皆、このラーメン屋の先着十名の特製ラーメンを食べるために、並んでいる…
私は、十一人目…
今日も、そうだし、昨日も、そう…
一昨日は、十三番目だった…
朝、七時から並んでいるのに、だ…
開店は、十時…
にもかかわらず、朝っぱらなら、皆、並んでいる…
この店の特製ラーメンが、ネットで、話題になっているからだった…
実は、この矢田トモコ…
昔から、流行ものに、目がないというか…
いわゆる、はやりものに、心を奪われる性格だった…
学生時代から、コレが、流行っていると聞くと、真っ先に手に入れた…
誰にも、遅れをとることが、なかった…
実は、コレは、この矢田の自慢の一つだった…
もちろん、高いものは、手が出ない…
だから、流行りものと言っても、せいぜい、数千円程度のものだ…
だから、この矢田トモコにも、手に入った…
そして、それは、35歳になった今も変わらない…
他人様に後れを取ることなく、誰よりも、早く、流行ものを、手に入れる…
それが、この矢田トモコだった…
今、このラーメン屋の特製ラーメンが、ネットで、話題沸騰中…
しかも、家から近い…
この矢田トモコが、このラーメン屋を見逃すことは、なかった…
なかったのだ!…
だから、この一週間、毎日、朝早くから、並んでいるのだが、食べることは、できなかった…
できなかったのだ!…
私が、悔しい気持ちで、悩んでいると、
「…もう、いいですか? …お客さん…」
と、言いながら、店員が去ろうとした…
すでに、私を、相手にしない気持ちは、明白だった…
が、
こんなことで、挫ける矢田トモコではない…
私に背を向けて、この場から、去ろうとする店員の背中に、
「…ちょっと、待てば、いいさ…」
と、声をかけた…
「…まだ、なにか、あるんですか? …お客さん…」
去ろうとした店員が、足を止めて、振り返った…
「…いい考えが、あるさ…」
「…いい考え?…」
「…明日から、抽選にすれば、いいさ…先着順じゃなく…」
私が、提案すると、店員が、唖然として、口を開いた…
「…お姉さん…そんな自分勝手な…」
「…自分勝手じゃ、ないさ…この方が、公平さ…」
私は、怒鳴った…
「…明日から、私の言った通りに、すれば、いいさ…」
「…できません!…」
「…なんだと? …どうして、できない?…」
「…そんなこと、できません!…」
店員もまた、私に負けじと、怒鳴った…
私は、頭に来た…
が、
同時に、困ったと、思った…
なぜなら、いつのまにか、私は、周囲から、注目されていた…
列に並ぶ、客のみならず、道行くひとたちも、何事かと、私と店員のやりとりを、眺めていた…
実は、これは、いつものこと…
いつものことだった…
なぜか、私は、目立つ…
目立つのだ…
身長159㎝…
童顔、巨乳の体形だが、なぜか、目立つ…
子供の頃から、なぜか、周囲の中で、目立っていた…
周囲の中に埋没することは、なかった…
なかったのだ…
だから、今も、周囲から、目立っていても、驚くことは、なかったのだが、さすがに、この事態は、想定外…
完全に、私の想定外だった…
だから、今、頭の中は、この騒動をどう、治めようか?
それしか、なかった…
実は、このまま、すんなりと、私が、矛を収めれば、すむ話かも、しれんが、それでは、この矢田トモコのプライドが、傷つく…
実は、この矢田トモコは、誰よりも、プライドの高い女だった…
いかに、この矢田トモコのプライドを傷つけることなく、この場から、うまく撤退するか?
撤退=逃げ出すか?
だった…
それを、今、この矢田の優秀な頭脳をフル回転させて、考えた…
が、
答えが、出んかった…
ちっとも、出んかった…
と、そこに、
「…どうしたんですか? …矢田さん…」
と、いう声がかかった…
私は、その声のする方を見た…
と、そこには、一人のガキがいた…
ガキ=子供が、いた…
歳の頃は、どう見ても、3歳程度…
浅黒い肌をした、生意気そうなガキだった…
ガキ=子供だった…
私は、その子供を知っていた…
子供の名前は、アムンゼン…
サウジアラビアの王族だった…
前サウジアラビア国王の息子の一人…
アラブの至宝と呼ばれ、サウジアラビアのみならず、アラブ世界の実力者の一人だった…
が、
それを、知る者は、世間には、ほとんどいない…
なぜなら、このアムンゼンは、小人症…
要するに、大人になれないカラダの持ち主だからだ…
だから、世間に出れない…
世間=人前に出れない…
しかしながら、頭脳は明晰…
だから、人前には、決して、姿を見せない…
それゆえ、世間では、余計にミステリアスな存在となる…
アラブの至宝と呼ばれているにも、かかわらず、決して、人前に姿を現わさないからだ…
だから、かえって、話題になる…
正体不明の人間だから、かえって、世間で、
…アラブの至宝…
と、呼ばれる凄い人物がいる…
だが、決して、その人物は、表に姿を出さない…
そんな噂が世間で広がり、それゆえ、実力以上に、凄い存在に見える…
そういうことだ…
そして、なにとり、このアラブの至宝は、ホントは、30歳の大人だった…
だから、子供ではない…
酸いも甘いも、嚙み分けた大人だった…
そして、そのアムンゼンの隣には、浅黒い肌を持った長身のイケメンが、いた…
男の名前は、オスマン…
このアムンゼンの兄弟の子供…
要するに、アムンゼンの甥だった…
「…お久しぶりです…お姉さん…」
オスマンが、私を見て、挨拶をした…
「…久しぶりさ…」
私は、返した…
「…どうしたんですか? 一体?…」
「…実はこういうわけさ…」
私は、オスマンとアムンゼンに説明してやった…
私が、このラーメン屋の特製ラーメンを食べるために、一週間前から、毎日並んでいること…
しかしながら、先着十名しか、食べられないこと…
だから、一週間通っても、食べられないことを、だ…
それを、説明した…
すると、オスマンが、
「…だったら、お姉さんが、誰よりも早く、並んで、その十名の中に、入るべきじゃ…」
と、言った…
「…そんなことは、わかっているのさ…」
「…だったら、どうして?…」
「…特例を認めろと、言っているのさ…」
「…特例?…」
「…そうさ…」
私が、言うと、オスマンとアムンゼンが、顔を見合わせた…
互いに顔を見合わせて、どうしたものか?
と、悩んでいるようだった…
それから、私を見ると、
「…矢田さん、ルールは、守らなれば、なりません…」
と、アムンゼンが、言った…
3歳の幼児の外見しか、持っていないにも、かかわらず、35歳の私に言った…
「…矢田さんも、35歳の大人でしょ?…」
アムンゼンが、諭すように、言う…
私は、頭に来たが、なにも、言えんかった…
誰が、聞いても、アムンゼンの言っていることは、正しい…
そして、この矢田トモコの言っていることが、間違っているからだ…
私は、悔しかったが、仕方がない…
「…すまんかったさ…」
と、店員に詫びた…
「…私が、悪かったさ…」
と、詫びた…
すると、店員も、
「…わかってくれれば、いいんですよ…でも、ルールは、守って下さいね…」
店員もまた、私に諭すように、言った…
私は、
「…すまんかったさ…」
と、再び、詫びた…
と、ちょうど、そのときだった…
「…ちょっと、なにをしているの?…」
と、いう声がして、私の目の前に、大柄な女が現れた…
その女は、身長は、175㎝…
派手なサングラスをして、顔を隠しているが、その派手さは、隠せんかった…
なにより、色気ムンムンだった…
カラダの線を、これでもかと、いうように、強調した、服を着ていた…
しかも、ミニスカ…
とんでもなく、長く、カッコイイ脚を見せている…
「…なんだ、リンダ、オマエ…どうして、朝っぱらから、そんな恰好をしているんだ?…」
私は、聞いてやった…
「…これから、仕事なの…だから、面倒臭いから、その仕事着で…」
リンダが、言う…
実は、このリンダ…
リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボルと言われ、色気ムンムンの女だった…
歳の頃は、29歳…
ひょんなことから、この矢田と知り合い、今では、この矢田の親友になった…
いい女だ…
色気ムンムンの実に、いい女だ…
しかも、性格もいい…
この矢田も、世話になっている…
が、
この矢田は、このリンダを密かに警戒している…
なぜなら、このリンダは、この矢田の夫の葉尊と、仲がいいからだ…
クールの社長と仲がいいからだ…
だから、もしかしたら、この矢田の夫の葉尊が、心変わりをして、リンダと、いい仲になったりしたら?
男女の関係になったりしたら?
そしたら、この矢田が、捨てられる…
だから、警戒しているのだ…
だから、本音では、どこかに、行って欲しいと思っている…
ハリウッドに行って、もう二度と、この日本に帰って来ないで、欲しいと、思っている…
と、そんなことを、私が、考えていると、
「…もしかして、リンダ? …あのリンダ・ヘイワース?…」
と、店員が、驚いて、言う…
「…そうよ…」
と、リンダが、サングラスを少しずらして、顔を見せた…
すると、店員が、驚いた…
歓喜の表情になった…
「…リンダ・ヘイワースなら、うちの特製ラーメンも、無料にします…ぜひ、食べていって下さい…」
と、店員が、抜かした…
私は、頭に来た…
「…オマエ…特製ラーメンは、毎日、先着十名じゃないのか?…」
「…この店のオーナーは、オレのオヤジだから、一人や二人、増えても、どうにか、なりますよ…」
「…オマエ…ルールはどうした? さっき、ルールを守れと、言ったのは、オマエじゃないのか?…」
「…そんなルールなんて、どうでも、いいんですよ…」
「…なんだと? …どうでもいいだと?…」
「…リンダさんは、特例です…別格です…さあ、中にお入り下さい…」
店員が、恭しく、リンダを接客する…
「…ふざけるんじゃないさ!…」
私の怒りが、爆発した…
「…ルールは守るものさ…特例は、認めちゃダメさ!…」
私は、怒鳴った…
大声で、怒鳴った…
「…そんなお客さん…さっき、特例を認めろと、言ったのは、お客さんでしょ?…」
「…さっきは、さっきさ…」
「…そんなお客さん…」
私は、言ってやった…
自信を持って、言ってやった…
「…オマエ…言うことを、撤回するんじゃないさ…」
私は、怒鳴った…
大声で、怒鳴った…
と、
そのときだった…
警官が二人やって来た…
「…なんだ? …一体、なにをしているんだ?…」
警官の質問に、
「…このオバサンが、一人で、騒ぎ出して…」
と、列に並んだ、誰かが、言った…
「…オバサンじゃないさ!…お姉さんさ!…」
私は、怒鳴った…
「…35歳のお姉さんさ!…」
私が、大声で、怒鳴ると、今度は、目の前の警官が、
「…プッ!…」
と、吹き出した…
私は、頭にきた…
我慢の限界だった…
「…なにが、おかしいのさ!…」
私は、怒鳴った…
ついでに、勢いで、警官の足を、私の短い足で、蹴った…
「…オバサン、公務執行妨害です…」
「…オバサンじゃ、ないさ!…お姉さんさ!…」
いつのまにか、その警官と私が、つかみ合いになった…
「…ふざけるんじゃないさ!…」
私が、怒鳴ると、
「…オバサン、落ち着いて下さい…」
と、警官が、怒鳴って、私を落ち着かせようとして、私のカラダを掴もうとした…
その手が、私の胸に触れた…
「…オバサンじゃないさ!…胸を触るんじゃ、ないさ!…」
私は、大声で、怒鳴って、私の胸を触った警官の頬を、平手で、ぶん殴った…
ぶたれた警官が、目の玉が、飛び出た表情になった…
次いで、
「…このババア!…」
と、言って、私に掴みかかってきた…
私は、頭にきた…
「…オマエは、許さんさ!…」
私は、言って、もう一度、私に掴みかかって来た警官の頬を平手で、ぶった…
当然のことながら、相手の警官も、余計にヒートアップした…
「…許さねえゾ…このババア!…」
「…許さないのは、私さ!…」
私と、その警官は、まるで、柔道をするように、掴みあった…
そして、その後は、それまでにも、まして、大騒動になり、パトカーも、何台もやって来た…
その騒動を見た、誰かが、その騒動の動画を、ネットに上げて、騒動が、飛躍的に拡散した…
しかも、タイトルは、
「…クール社長夫人を名乗る中年オバサン…警官と取っ組み合う…」
だった…
まさに、愚行…
この矢田トモコのあっては、ならない愚行…
生涯最大の愚行だった(涙)…
ラーメン屋の若い男の店員が、怒鳴る…
「…どうしてだ?…」
「…お客さん、どうしてと、言われても…」
「…私は、毎日、通っているのさ…だけど、どうして、食べれないんだ?…」
「…お客さん…先着十名と、決まっているんです…店に張り紙も、張ってあります…お客さんが、十名に入れないだけじゃ、ないですか?…」
「…そんなことは、わかっているのさ…」
「…だったら、なんで?…」
「…私は、この一週間、毎日こうして、朝の七時から、並んでいるのさ…でも、食べれないのさ…」
「…そんなこと、言われても…」
「…いや、お前を責めているわけじゃないさ…ただ、誰かに、はめられているような気がしてな…」
「…はめられてる…陰謀論ですか?…」
「…そうさ…こうして、毎日、並んでいるにも、かかわらず、まだ、一杯も、口にしていない…これは、どう考えても、変さ…きっと、誰かが、私を陥れようとしているに、違いないさ…」
私が、言うと、近くで、
「…プッ!…」
と、吹き出す声が、聞こえた…
「…陰謀論って、お客さん…そんなに偉いんですか?…」
「…偉いさ…」
「…ウソ?…」
「…ホントさ…私は日本の総合電機メーカー、クールの社長夫人さ…」
「…お客さん…そんな見え透いたウソを…クールって、あのクールでしょ?…失礼ながら、お客さんは、そんなふうには…」
若い男の店員が、笑いながら、言う…
たしかに、今朝の私は、いつもの派手なTシャツと、履き古したジーンズと、これも履き古したスニーカー…
誰が、どう見ても、クールの社長夫人には、見えない…
いや、
そもそも、お金持ちとも、見えない…
誰が、見ても、お金と縁のない人生を歩んでいる女…
それが、私だった…
私、矢田トモコだった…
しかし、
しかし、だ…
私は、現実に、クールの社長夫人だった…
ウソでも、なんでもなく、クールの社長夫人だった…
が、
その店員の発言に、呼応するように、
「…あんな格好をしたオバサンが、クールの社長夫人なわけないじゃない…」
とか、
「…なに、あの勘違いオバサン…」
とか、言う声が、あちらこちらから、聞こえてきた…
だから、私は、頭にきて、言ってやった…
「…オバサンじゃないさ…お姉さんさ…」
「…お姉さん?…」
と、店員…
「…そうさ…35歳のお姉さんさ…」
私は、断言した…
すると、どうだ…
周囲から、これまで以上の失笑が、聞こえてきた…
「…ウソ? …35歳で、お姉さんのわけないじゃない…」
「…やっぱり、勘違いオバサン?…」
散々な言われようだった…
私は、頭に来た…
思わず、グッと、拳を握りしめた…
「…こいつら…どうして、くれよう?…」
私の頭の中が、ヒートアップした…
よりによって、この矢田トモコ様を笑うとは?
今、私の目の前には、十人の男女がいた…
老若男女がいた…
皆、このラーメン屋の先着十名の特製ラーメンを食べるために、並んでいる…
私は、十一人目…
今日も、そうだし、昨日も、そう…
一昨日は、十三番目だった…
朝、七時から並んでいるのに、だ…
開店は、十時…
にもかかわらず、朝っぱらなら、皆、並んでいる…
この店の特製ラーメンが、ネットで、話題になっているからだった…
実は、この矢田トモコ…
昔から、流行ものに、目がないというか…
いわゆる、はやりものに、心を奪われる性格だった…
学生時代から、コレが、流行っていると聞くと、真っ先に手に入れた…
誰にも、遅れをとることが、なかった…
実は、コレは、この矢田の自慢の一つだった…
もちろん、高いものは、手が出ない…
だから、流行りものと言っても、せいぜい、数千円程度のものだ…
だから、この矢田トモコにも、手に入った…
そして、それは、35歳になった今も変わらない…
他人様に後れを取ることなく、誰よりも、早く、流行ものを、手に入れる…
それが、この矢田トモコだった…
今、このラーメン屋の特製ラーメンが、ネットで、話題沸騰中…
しかも、家から近い…
この矢田トモコが、このラーメン屋を見逃すことは、なかった…
なかったのだ!…
だから、この一週間、毎日、朝早くから、並んでいるのだが、食べることは、できなかった…
できなかったのだ!…
私が、悔しい気持ちで、悩んでいると、
「…もう、いいですか? …お客さん…」
と、言いながら、店員が去ろうとした…
すでに、私を、相手にしない気持ちは、明白だった…
が、
こんなことで、挫ける矢田トモコではない…
私に背を向けて、この場から、去ろうとする店員の背中に、
「…ちょっと、待てば、いいさ…」
と、声をかけた…
「…まだ、なにか、あるんですか? …お客さん…」
去ろうとした店員が、足を止めて、振り返った…
「…いい考えが、あるさ…」
「…いい考え?…」
「…明日から、抽選にすれば、いいさ…先着順じゃなく…」
私が、提案すると、店員が、唖然として、口を開いた…
「…お姉さん…そんな自分勝手な…」
「…自分勝手じゃ、ないさ…この方が、公平さ…」
私は、怒鳴った…
「…明日から、私の言った通りに、すれば、いいさ…」
「…できません!…」
「…なんだと? …どうして、できない?…」
「…そんなこと、できません!…」
店員もまた、私に負けじと、怒鳴った…
私は、頭に来た…
が、
同時に、困ったと、思った…
なぜなら、いつのまにか、私は、周囲から、注目されていた…
列に並ぶ、客のみならず、道行くひとたちも、何事かと、私と店員のやりとりを、眺めていた…
実は、これは、いつものこと…
いつものことだった…
なぜか、私は、目立つ…
目立つのだ…
身長159㎝…
童顔、巨乳の体形だが、なぜか、目立つ…
子供の頃から、なぜか、周囲の中で、目立っていた…
周囲の中に埋没することは、なかった…
なかったのだ…
だから、今も、周囲から、目立っていても、驚くことは、なかったのだが、さすがに、この事態は、想定外…
完全に、私の想定外だった…
だから、今、頭の中は、この騒動をどう、治めようか?
それしか、なかった…
実は、このまま、すんなりと、私が、矛を収めれば、すむ話かも、しれんが、それでは、この矢田トモコのプライドが、傷つく…
実は、この矢田トモコは、誰よりも、プライドの高い女だった…
いかに、この矢田トモコのプライドを傷つけることなく、この場から、うまく撤退するか?
撤退=逃げ出すか?
だった…
それを、今、この矢田の優秀な頭脳をフル回転させて、考えた…
が、
答えが、出んかった…
ちっとも、出んかった…
と、そこに、
「…どうしたんですか? …矢田さん…」
と、いう声がかかった…
私は、その声のする方を見た…
と、そこには、一人のガキがいた…
ガキ=子供が、いた…
歳の頃は、どう見ても、3歳程度…
浅黒い肌をした、生意気そうなガキだった…
ガキ=子供だった…
私は、その子供を知っていた…
子供の名前は、アムンゼン…
サウジアラビアの王族だった…
前サウジアラビア国王の息子の一人…
アラブの至宝と呼ばれ、サウジアラビアのみならず、アラブ世界の実力者の一人だった…
が、
それを、知る者は、世間には、ほとんどいない…
なぜなら、このアムンゼンは、小人症…
要するに、大人になれないカラダの持ち主だからだ…
だから、世間に出れない…
世間=人前に出れない…
しかしながら、頭脳は明晰…
だから、人前には、決して、姿を見せない…
それゆえ、世間では、余計にミステリアスな存在となる…
アラブの至宝と呼ばれているにも、かかわらず、決して、人前に姿を現わさないからだ…
だから、かえって、話題になる…
正体不明の人間だから、かえって、世間で、
…アラブの至宝…
と、呼ばれる凄い人物がいる…
だが、決して、その人物は、表に姿を出さない…
そんな噂が世間で広がり、それゆえ、実力以上に、凄い存在に見える…
そういうことだ…
そして、なにとり、このアラブの至宝は、ホントは、30歳の大人だった…
だから、子供ではない…
酸いも甘いも、嚙み分けた大人だった…
そして、そのアムンゼンの隣には、浅黒い肌を持った長身のイケメンが、いた…
男の名前は、オスマン…
このアムンゼンの兄弟の子供…
要するに、アムンゼンの甥だった…
「…お久しぶりです…お姉さん…」
オスマンが、私を見て、挨拶をした…
「…久しぶりさ…」
私は、返した…
「…どうしたんですか? 一体?…」
「…実はこういうわけさ…」
私は、オスマンとアムンゼンに説明してやった…
私が、このラーメン屋の特製ラーメンを食べるために、一週間前から、毎日並んでいること…
しかしながら、先着十名しか、食べられないこと…
だから、一週間通っても、食べられないことを、だ…
それを、説明した…
すると、オスマンが、
「…だったら、お姉さんが、誰よりも早く、並んで、その十名の中に、入るべきじゃ…」
と、言った…
「…そんなことは、わかっているのさ…」
「…だったら、どうして?…」
「…特例を認めろと、言っているのさ…」
「…特例?…」
「…そうさ…」
私が、言うと、オスマンとアムンゼンが、顔を見合わせた…
互いに顔を見合わせて、どうしたものか?
と、悩んでいるようだった…
それから、私を見ると、
「…矢田さん、ルールは、守らなれば、なりません…」
と、アムンゼンが、言った…
3歳の幼児の外見しか、持っていないにも、かかわらず、35歳の私に言った…
「…矢田さんも、35歳の大人でしょ?…」
アムンゼンが、諭すように、言う…
私は、頭に来たが、なにも、言えんかった…
誰が、聞いても、アムンゼンの言っていることは、正しい…
そして、この矢田トモコの言っていることが、間違っているからだ…
私は、悔しかったが、仕方がない…
「…すまんかったさ…」
と、店員に詫びた…
「…私が、悪かったさ…」
と、詫びた…
すると、店員も、
「…わかってくれれば、いいんですよ…でも、ルールは、守って下さいね…」
店員もまた、私に諭すように、言った…
私は、
「…すまんかったさ…」
と、再び、詫びた…
と、ちょうど、そのときだった…
「…ちょっと、なにをしているの?…」
と、いう声がして、私の目の前に、大柄な女が現れた…
その女は、身長は、175㎝…
派手なサングラスをして、顔を隠しているが、その派手さは、隠せんかった…
なにより、色気ムンムンだった…
カラダの線を、これでもかと、いうように、強調した、服を着ていた…
しかも、ミニスカ…
とんでもなく、長く、カッコイイ脚を見せている…
「…なんだ、リンダ、オマエ…どうして、朝っぱらから、そんな恰好をしているんだ?…」
私は、聞いてやった…
「…これから、仕事なの…だから、面倒臭いから、その仕事着で…」
リンダが、言う…
実は、このリンダ…
リンダ・ヘイワースは、ハリウッドのセックス・シンボルと言われ、色気ムンムンの女だった…
歳の頃は、29歳…
ひょんなことから、この矢田と知り合い、今では、この矢田の親友になった…
いい女だ…
色気ムンムンの実に、いい女だ…
しかも、性格もいい…
この矢田も、世話になっている…
が、
この矢田は、このリンダを密かに警戒している…
なぜなら、このリンダは、この矢田の夫の葉尊と、仲がいいからだ…
クールの社長と仲がいいからだ…
だから、もしかしたら、この矢田の夫の葉尊が、心変わりをして、リンダと、いい仲になったりしたら?
男女の関係になったりしたら?
そしたら、この矢田が、捨てられる…
だから、警戒しているのだ…
だから、本音では、どこかに、行って欲しいと思っている…
ハリウッドに行って、もう二度と、この日本に帰って来ないで、欲しいと、思っている…
と、そんなことを、私が、考えていると、
「…もしかして、リンダ? …あのリンダ・ヘイワース?…」
と、店員が、驚いて、言う…
「…そうよ…」
と、リンダが、サングラスを少しずらして、顔を見せた…
すると、店員が、驚いた…
歓喜の表情になった…
「…リンダ・ヘイワースなら、うちの特製ラーメンも、無料にします…ぜひ、食べていって下さい…」
と、店員が、抜かした…
私は、頭に来た…
「…オマエ…特製ラーメンは、毎日、先着十名じゃないのか?…」
「…この店のオーナーは、オレのオヤジだから、一人や二人、増えても、どうにか、なりますよ…」
「…オマエ…ルールはどうした? さっき、ルールを守れと、言ったのは、オマエじゃないのか?…」
「…そんなルールなんて、どうでも、いいんですよ…」
「…なんだと? …どうでもいいだと?…」
「…リンダさんは、特例です…別格です…さあ、中にお入り下さい…」
店員が、恭しく、リンダを接客する…
「…ふざけるんじゃないさ!…」
私の怒りが、爆発した…
「…ルールは守るものさ…特例は、認めちゃダメさ!…」
私は、怒鳴った…
大声で、怒鳴った…
「…そんなお客さん…さっき、特例を認めろと、言ったのは、お客さんでしょ?…」
「…さっきは、さっきさ…」
「…そんなお客さん…」
私は、言ってやった…
自信を持って、言ってやった…
「…オマエ…言うことを、撤回するんじゃないさ…」
私は、怒鳴った…
大声で、怒鳴った…
と、
そのときだった…
警官が二人やって来た…
「…なんだ? …一体、なにをしているんだ?…」
警官の質問に、
「…このオバサンが、一人で、騒ぎ出して…」
と、列に並んだ、誰かが、言った…
「…オバサンじゃないさ!…お姉さんさ!…」
私は、怒鳴った…
「…35歳のお姉さんさ!…」
私が、大声で、怒鳴ると、今度は、目の前の警官が、
「…プッ!…」
と、吹き出した…
私は、頭にきた…
我慢の限界だった…
「…なにが、おかしいのさ!…」
私は、怒鳴った…
ついでに、勢いで、警官の足を、私の短い足で、蹴った…
「…オバサン、公務執行妨害です…」
「…オバサンじゃ、ないさ!…お姉さんさ!…」
いつのまにか、その警官と私が、つかみ合いになった…
「…ふざけるんじゃないさ!…」
私が、怒鳴ると、
「…オバサン、落ち着いて下さい…」
と、警官が、怒鳴って、私を落ち着かせようとして、私のカラダを掴もうとした…
その手が、私の胸に触れた…
「…オバサンじゃないさ!…胸を触るんじゃ、ないさ!…」
私は、大声で、怒鳴って、私の胸を触った警官の頬を、平手で、ぶん殴った…
ぶたれた警官が、目の玉が、飛び出た表情になった…
次いで、
「…このババア!…」
と、言って、私に掴みかかってきた…
私は、頭にきた…
「…オマエは、許さんさ!…」
私は、言って、もう一度、私に掴みかかって来た警官の頬を平手で、ぶった…
当然のことながら、相手の警官も、余計にヒートアップした…
「…許さねえゾ…このババア!…」
「…許さないのは、私さ!…」
私と、その警官は、まるで、柔道をするように、掴みあった…
そして、その後は、それまでにも、まして、大騒動になり、パトカーも、何台もやって来た…
その騒動を見た、誰かが、その騒動の動画を、ネットに上げて、騒動が、飛躍的に拡散した…
しかも、タイトルは、
「…クール社長夫人を名乗る中年オバサン…警官と取っ組み合う…」
だった…
まさに、愚行…
この矢田トモコのあっては、ならない愚行…
生涯最大の愚行だった(涙)…