第25話

文字数 3,789文字

 …もしや、図られた?…

 そんな思いが、この矢田の脳裏に、浮かんでは、消えた…

 事実、その思いが、裏付けられるものが、あった…

 バニラが、私の目の前で、スマホを取り出して、電話をかけだしたのだ…

 「…バニラ、どこに電話をかけているのさ…」

 「…殿下のところに、決まっているでしょ…」

 バニラが、言う…

 それを聞いて、私は、

 …やはり、図られた!…

 と、確信した…

 このバニラは、最初から、この矢田に、アムンゼンに詫びさせようとしたに違いなかった…

 その証拠に、今、アムンゼンに電話をかけている…

 普通ならば、そんなに簡単にアムンゼンに電話をできるわけがない…

 この矢田にとって、アムンゼンは、身近だが、バニラにとっては、違う…

 十分、距離を置いている…

 それは、アムンゼンが、偉いこともあるが、それ以上に、バニラは、アムンゼンと距離を置きたいのだ…

 なぜなら、アムンゼンは、マリアを好き…

 だから、まさかとは、思うが、将来、マリアを嫁にもらいたいとでも、言われやしないか、母親のバニラは、ヒヤヒヤしているのだ…

 ヒヤヒヤ=心配なのだ…

 アムンゼンは、小人症だから、外見は、3歳にしか見えないが、ホントは、30歳…

 マリアは3歳…

 しかしながら、20年も経てば、結婚できる…

 しかし、そのときは、マリアは、23歳だが、アムンゼンは50歳…

 しかも、アムンゼンの外見は、今のままだろう…

 3歳児のままだろう…

 それを、考えれば、複雑になる…

 まさかとは、思うが、アムンゼンが、マリアと結婚したいと言い出せば、簡単に断れないからだ…

 なにしろ、アムンゼンは、現サウジアラビアの国王の弟であり、前サウジアラビア国王の息子…

 まぎれもないサウジアラビアの実力者の一人だからだ…

 だから、無下にできない…

 簡単に断れないからだ…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…ハイ…わかりました…これから、伺います…」

 と、バニラが、答えていた…

 「…これから?…」

 思わず、私は、バニラの言葉を繰り返した…

 電話を切ったバニラは、その言葉を聞いて、

 「…これからよ…お姉さん…」

 と、私に向かって言った…

 私は、それを見て、ますます、

 …嵌められた…

 と、気付いた…

 このバニラに嵌められたと、気付いた…

 が、

 怒るわけには、いかんかった…

 なぜなら、この矢田が、アムンゼンと対立しても、いいことは、なにもない…

 いいことどころか、悪いことばかりだ…

 だから、早急に仲良くなるに、限る…

 元通りの仲に戻るに限る…

 しかし、何度も言うように、自分から、アムンゼンに頭を下げるのは、嫌だ…

 しかしながら、頭を下げるにしても、

 …お義父さんが、困るから…

 と、考えれば、この矢田の面目が立つ…

 ホントは、頭を下げたくはないのだが、お義父さんのために、仕方なく、頭を下げたと、誰でもない、自分自身を納得させることが、できるからだ…

 そのように、私は、考えた…

 考えたのだ…

 だから、

 「…だったら、さっさと行くさ…」

 と、言った…

 「…善は急げさ…」

 と、私は、続けた…

 それが、いかんかった…

 いかんかったのだ…

 「…善は急げって…お姉さん?…」

 バニラが、怪訝な表情で、私を見た…

 私は、一瞬焦ったが、

 「…謝るなら、早いに越したことはないと言いたいのさ…」
 
 と、言った…

 すると、だ…

 「…どうして、早いに越したことはないの?…」

 と、マリアが、聞いた…

 私は、マリアを見て、

 「…それは、早く行けば、相手も嬉しいからさ…」

 と、教えてやった…

 「…嬉しい? …どうして、嬉しいの?…」

 と、マリア。

 「…それは、マリアが、自分の身になってみれば、わかることさ…」

 「…自分の身に?…」

 「…そうさ…これから、誰かが、マリアに謝りに来ると、聞いて、ちっとも、来なければ、マリアも、イライラするだろう…」

 「…ウン…」

 「…だからさ…」

 私は、私の大きな胸を張って言った…

 「…だから、急がねば、ならんのさ…」
 
 私は、断言した…

 「…さあ、行くゾ…」

 私は、宣言した…

 すると、だ…

 「…ちょっと、お姉さん…その恰好で、いいの?…」

 と、バニラが、聞いた…

 私は、いつもの普段着…

 白いTシャツにヨレヨレのジーンズだからだ…

 だから、バニラが、心配したのだ…

 だが、それが、この矢田トモコの定番…

 定番のスタイルだった…

 だから、

 「…バニラ…よく、聞けば、いいさ…」

 と、言ってやった…

 「…なにを聞けば、いいの? …お姉さん?…」

 と、バニラ。

 「…私は、いつも、この恰好さ…このスタイルさ…この恰好が楽だし、気に入っているのさ…それが、例えば、アムンゼンに詫びるからと、言って、派手なドレスでも、来て、行けば、アムンゼンも仰天するさ…かえって、心がこもってないと、思うさ…」

 「…」

 「…だから、いつものスタイルが、一番なのさ…変に着飾ったりすれば、相手が、どう受け取るか、わからんさ…」

 私は、力を込めて、説明した…

 バニラを納得させるために、説明した…

 が、

 実は、内心は、違う…

 自分のスタイルを正当化するために、強弁したに過ぎない…

 なぜなら、私は、目の前のバニラのように、長身でも、美人でも、なんでもない…

 身長159㎝のどこにでもいる、35歳の女だからだ…

 だから、どんなに着飾ろうとも、目の前のバニラの足元にも、及ばない…

 そんな私が、着飾っても、仕方がない…

 そういうことだ…

 なにしろ、目の前のバニラは、女ながら、身長180㎝の長身…

 おまけに、とんでもない美人だ…

 彫りの深い白人の顔…

 まるで、彫刻で、刻んだかのように、作り上げた顔…

 しかも、しかも、だ…

 あのリンダが、おとなしめのイメージが、あるのに対して、このバニラは、派手なイメージがある…

 もっと、言えば、野性的なイメージがある…

 しかも、どこか、セクシーなところがある…

正直、この矢田も、同じ女ながら、ドキリとすることがある…

ハッキリ言って、この矢田と同じ人間だとは、思えない(苦笑)…

それほど、キレイだし、美しい…

 が、

 それは、見た目だけ…

 見た目だけだ…

 中身は、なにもない…

 ビックリするほど、なにもない(爆笑)…

 しかしながら、美しい…

 実に、美人だ…

 私と、同じ人間なのに、どうして、この矢田とこんなにも、違うのか?

 と、悩んだことがある…

 しかしながら、話し出すと、バカ丸出し(爆笑)…

 知性の知の字もない…

 だから、まあ、所詮は、神は二物を与えずというやつだ…

 所詮は、このバニラは、元ヤン…

 アメリカの貧民窟の元ヤン=ヤンキー上がりだ…

 だから、知性もなにもあるはずがない(笑)…

 ただ、その圧倒的な美貌を武器に、運よくモデルとして、成功しただけだ…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 なぜ、運よくと言ったのか?

 これは、皮肉でも、なんでもない…

 ハッキリ言えば、街中を歩いたり、大きなスーパーにでも、行けば、ごく稀にではあるが、ビックリするような美人を見たことが、誰でも、あるものだ…

 しかしながら、その美人は、一般人…

 ハッキリ言えば、自分のその類まれなルックスを生かして、それを仕事にすることは、できない…

 それを仕事にする=モデルや女優や歌手になることは、できない…

 そういうことだ…

 だから、私は、このバニラを見て、思った…

 思ったのだ…

 神様に愛されていると思ったのだ…

 しかしながら、外見は、いいが、中身はダメ…

 中身は、バカ丸出し…

 それで、バランスを取っている…

 それを考えれば、神様も、考えてくれている…

 このバニラに、ルックスも知性も、両方は与えない…

 そう、思ったのだ…

 私が、そんな思いで、このバニラをジッと見ていると、

 「…なに、お姉さん…そんな細い目で、私をジッと見て…」

 と、バニラが、聞いてきた…

 当たり前だった…

 「…いや、オマエを見ていると、ホント、美人だなと、思ってな…」

 私は、言った…

 正直に、言った…

 「…やだ…なに、お姉さん…いきなり…」

 バニラが、顔を赤らめた…

 「…ホントさ…ウソじゃないさ…」

 私は、続けた…

 「…オマエは、美人さ…ビックリするほどの美人さ…」

 私が、言うと、

 「…ありがとう…お姉さん…」

 と、バニラが、顔を赤らめながら、私に礼を言った…

 同時に、気付いた…

 なんに気付いたか?

 なぜ、あのアムンゼンはリンに夢中なのか?

 考えたのだ…

 なぜなら、アムンゼンの周りには、このバニラという美女が、いる…

 リンダもいる…

 ハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワースも身近にいるのだ…

 しかしながら、アムンゼンは、リンに夢中…

 これは、一体なぜか?

 私は、考えた…

 もしかしたら、身近すぎるからか?

 考えた…

 どんな美人やイケメンでも、親しくなりすぎると、ダメだ…

 仲が良くなりすぎると、相手を異性として、見れなくなるからだ…

 どんな美人やイケメンでも、今さらとなる(笑)…

 そういうことかも、しれん…

 私は、今、私の細い目で、眼前のバニラを見ながら、そんなことを、考えた…

 考えたのだ…

 この矢田トモコ、35歳…

 まだまだ、甘い…

 修行が足りん…

 後に、そう思った…

 そう、気付いた…

               

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