第33話

文字数 3,965文字

 私は、ラーメンをすする手を止めたアムンゼンの姿をジッと見ていた…

 この矢田の細い目をさらに、細めて、ジッと見ていた…

 すると、だ…

 ラーメンをすする手を止めたアムンゼンが、ゆっくりとラーメンのどんぶりから、顔を上げた…

 それから、この矢田を睨みつけ、

 「…今、なんと言いました? 矢田さん?…」

 と、聞いた…

 しかも、

 しかも、だ…

 その目は、怒っていた…

 明らかに。怒っていた…

 物凄い目で、私を睨んだ…

 まるで、親の敵のように、この矢田を睨んだ…

 が、

 負けるわけには、いかん!…

 こんなチビに、この矢田が負けるわけには、いかん!…

 当然、この矢田は、睨み返した…

 相手が、アラブの至宝もなにも、関係ない…

 この矢田にガンを飛ばす以上、この矢田も、睨み返すのが、当然だったからだ…

 私とアムンゼンは、そのまま、睨みあった…

 睨みあったのだ…

 すると、まもなく、このアムンゼンが、先に目をそらした…

 だから、この矢田の勝ちだった…

 当然だった…

 当然だったのだ!…

 しかも、アムンゼンが、

 「…やっぱり、矢田さんですね…」

 と、呟いた…

 「…なんだと? …どういうことだ?…」

 「…ボクの身分を知っていて、ボクを睨む人間なんて、この世の中に、誰も、いませんよ…矢田さんだけです…」

 「…なに? 私だけ?…」

 「…ボクを睨めば、どういう目に遭うか、皆、わかっているからです…」

 「…だったら、どういう目に遭うのさ…」

 「…死刑に決まっているでしょ?…」

 「…し、死刑?…」

 「…当たり前でしょ? …このボクに…サウジアラビアの王族に逆らったんですから…」

 アムンゼンが、こともなげに、言う…

 「…だったら、私は、死刑なのか?…」

 「…当然です…」

 「…当然?…」

 「…ですが、ここは、サウジアラビアではない…まして、相手は、矢田さんです…大目に見ましょう…」

 アムンゼンが、宣言する…

 私は、その物言いに頭に来たが、同時に、ウソはないとも、思った…

 現に、このアムンゼンの力は絶大…

 絶大だ…

 ネットで有名になった、このラーメン屋を貸し切りにする力を持っている(笑)…

 当然、このラーメン屋だって、それなりの見返りがなければ、貸し切りにはしないだろう…

 例えば、おおげさに、言えば、一日、百万円の売り上げがあるとすれば、当然、貸し切りにする以上、同じ金額をもらわなければ、納得できない…

 つまりは、百万円をもらわなければ、貸し切りには、しないということだ…

 たかだか、この矢田の願いを叶えるために、そんな大金を出す…

 あらためて、このアムンゼンの凄さを思った…

 思ったのだ…

 だが、だ…

 しかし、だ…

 そうは、言いながらも、ホントは、この矢田には、アムンゼンの凄さが、わかっては、いないと、思った…

 なぜなら、このアムンゼンのサウジアラビアでの姿を見ていないからだ…

 きっと、サウジアラビアに行けば、日本の皇室並みの扱いを、このアムンゼンは、受けているのだろう…

 それを、見れば、やはり、この矢田もアムンゼンの凄さがわかる…

 わかるのだ…

 しかしながら、その姿を見ていない以上、どうしても、このアムンゼンを軽く見てしまう…

 なにしろ、小人症だ…

 ホントは。30歳にもかかわらず、3歳にしか、見えん…

 だから、軽く見てしまうのだ…

 アムンゼンには、悪いが、軽く見てしまうのだ…

 そして、これは、誰もが、同じ…

 同じだ…

 例えば、この日本では、東大を出れば、この日本で、一番、頭がいい大学を出たのだから、当然、誰もが、凄いと思うが、実際に出会った人間が、頼りなかったり、仕事が、できなかったりすると、

 「…ホントに東大を出たのか?…」

 と、陰で、噂になる(笑)…

 陰で、笑われる(爆笑)…

 つまり、そういうことだ…

 要するに、大抵の人間は、見た目で、判断するということだ…

 だから、目の前のアムンゼンを凄いとは、思わない…

 アラブの至宝を凄いとは、思わんと、言うことだ…

 そして、私が、そんなことを、考えていると、アムンゼンが、

 「…どうして、そう思いました? 矢田さん?…」

 と、聞いた…

 私は、

 「…簡単さ…」

 と、私の大きな胸を張って、答えた…

 「…簡単? …なにが、簡単なんですか?…」

 「…オマエは、今、リンに夢中さ…そのオマエの機嫌が、悪い…だとすれば、当然、リンとなにか、関係があるのかと、思ってな…」

 私は、答えた…

 すると、アムンゼンが、黙り込んだ…

 「…」

 と、黙り込んだ…

 それから、しばらくして、

 「…さすが、矢田さんです…」

 と、私を持ち上げた…

 「…矢田さんだけです…そんなにあっさりと、ボクの悩みを見抜いたのは…」

 と、感嘆した…

 「…このオスマンなど、四六時中、ボクといっしょにいるにも、かかわらず、ボクが、なぜ、悩んでいるのかも、わからない…」

 アムンゼンが、不機嫌そのものの口調で、言う…

 それを、聞いた隣にいる、オスマンが、

 「…オジサン…スイマセン…」

 と、頭を下げて、詫びた…

 「…謝って済む問題じゃない…少しは、矢田さんを見習え!…」

 と、オスマンを叱った…

 「…ハイ、オジサン…」

 「…いいか、返事ばかりじゃ、ダメだ…行動に表せ…」

 「…ハイ…」

 いつになく、不機嫌なアムンゼンだった…

 そして、その不機嫌な感情を甥のオスマンにぶつけていた…

 私は、それを、見て、

 「…アムンゼン…もういいさ…」

 と、言った…

 「…いい? …なにが、いいんですか? 矢田さん?…」

 「…オマエの不機嫌を甥のオスマンにぶつけるのは、止めろと、言いたいのさ…」

 私が、言うと、アムンゼンが、

 「…」

 と、黙った…

 「…オマエの不満をオスマンにぶつけるのを、見ていても、気持ちがいいものじゃないさ…」

 私は、言ってやった…

 「…自分の不機嫌を、ひとにぶつけちゃダメさ…」

 私が、言うと、アムンゼンが、考え込んだ…

 「…」

 と、考え込んだ…

 それから、

 「…たしかに、矢田さんの言う通りです…」

 と、口を開いた…

 「…オスマン…すまなかった…」

 と、アムンゼンが、オスマンに詫びた…

 「…オジサン…」

 と、オスマン。

 「…たしかに、矢田さんの言う通り、ボクの不満を、このオスマンにぶつけていたかも、しれません…」

 「…」

 「…自分としても、恥ずかしいことです…自分で、自分の感情を抑えることが、できなかった…」

 「…それが、恋というものさ…」

 「…恋というもの?…」

 「…アムンゼン…オマエ、リンが、好きなんだろ?…」

 「…それは?…」

 「…それは、じゃないさ…」

 「…」

 「…オマエのことだ…きっと、リンのことを調べていて、なにか、オマエを不機嫌にさせることが、あったんじゃないか?…」

 私は、言ってやった…

 ずばり、適当なこと、言ってやった(笑)…

 が、

 それが、当たった…

 当たったのだ…

 「…その通りです…」

 と、アムンゼンが、言ったのだ…

 これには、私も、驚いたが、私たちのやり取りを遠巻きに見ていた店主が、私たちの元に、やって来て、

 「…スイマセンが、ラーメンは、熱いうちに、食べてもらえませんか? せっかく、腕によりをかけて、作ったんで…」

 と、言ってきた…

 その店主の言葉で、話に、夢中になり過ぎて、ラーメンを食べるのをやめて、いたことに、気付いた…

 「…すまんかったさ…」

 と、私は、言い、急いで、ラーメンを食べだした…

 「…すまんかったさ…こんなに、おいしいラーメンを後回しにして…」

 「…いえ、お金を出してくれるお客さんに、文句を言えた立場では、ないんですが、やはり作った以上、早く召し上がって、頂きたいんで…」

 店主が、説明した…

 私は、その店主の言葉に納得したが、一つ、気になることがあった…

 それは、最初、私たちが、この店にやって来たときに、この店主が、大人の私やオスマンではなく、子供のアムンゼンに挨拶したことだ…

 それが、なぜか、知りたかった…

 だから、店主に、

 「…ご主人は、私たちが、この店に入ったとき、私たち大人ではなく、この子供に挨拶しましたよね?…アレは、どうしてですか?…」

 と、聞いた…

 しかしながら、その答えは、単純だった…

 「…いえ、事前に、やって来た外務省の方から、そのお子さんが、一番偉いと、聞いていたので…」

 と、あっさり、言ったからだ…

 それを、聞いて、正直、肩の力が、抜けた…

 もっと、なにか、難しいことを、言うと思ったからだ…

 だから、肩の力が抜けた…

 「…今日、やって来るお客さんの中で、その子供さんが、一番偉いと、事前に聞いていたもので…」

 と、店主が、繰り返す…

 私は、拍子抜けしたが、やはり、真実は、そんなものだろう…

 真相は、そんなものだろう…

 手品では、ないが、真相を知る=からくりを知ると、落胆した…

 そして、もしかしたら、その落胆した感情が、表情に出たのかも、しれんかった…

 「…では、これで…」

 と、言って、店主が、私たちの席から離れたからだ…

 だから、そう思った…

 また、もしかしたら、このラーメンが、思ったよりも、マズいと、思って、それが、表情に出たと、誤解したかも、しれんと、気付いた…

 これは、マズい…

 マズいと、思った…

 せっかく店主が、腕によりをかけて、作ってくれたラーメンに、もしかしたら、ケチをつけたと、思ったかも、しれんと、思ったからだ…

 だから、焦った…

 焦ったのだ…

 そして、そんな焦った表情の私を見て、アムンゼンが、疑問に思った…

 「…どうしました? …矢田さん? …なにか、焦っているような…」

 と、聞いた…

 私は、一瞬、答えていいか、戸惑ったが、やはり、答えることにした…

               

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