第28話

文字数 3,726文字

 「…では、ご案内いたします…」

 オスマンが、言って、先頭を歩き出した…

 私たち3人を導くべき、歩き出した…

 私は、以前も、何度か、来ているから、建物の中に入っても、驚かんかったが、マリアは、違った…

 「…す、すごい!…」

 と、単純に驚いて、声を上げた…

 「…ママ、すごいね…」

 と、マリアが、母親のバニラに、同意を求める…

 「…そうね…すごいお屋敷ね…」

 と、バニラが、娘のマリアに答えた…

 「…この家、誰の家?…」

 「…アムンゼン殿下の家に決まっているでしょ?…」

 「…アムンゼンの?…」

 マリアが、今さらながら、仰天した…

 「…そう…殿下は、お金持ちなの…」

 「…パパよりも…」

 「…そう…パパよりずっと…」

 バニラが、言うと、なにやら、マリアが、考えだした…

 「…じゃ…マリアも、大人になって、アムンゼンと結婚すれば、この大きな家に住めるかな…」

 マリアが無邪気に言う…

 もっとも、バニラが、恐れることを、言う…

 それを、聞いたバニラは、顔が引きつり、すぐには、答えれんかった…

 「…」

 と、答えれんかった…

 数秒、黙った後、

 「…それは、マリアが、大きくなって、大人になってから…」

 と、マリアを諭すように、バニラが、答えた…

 「…大きくなって、大人になってから?…」

 「…そうよ…」

 「…どうして、大きくなって、大人になってからなの?…」

 「…それは…」

 「…それは?…」

 「…大きくならなければ、結婚はできないでしょ…」

 バニラが、言う…

 うまいことを、言う…

 が、

 ホントは、怖いのだ…

 マリアが大きくなったときに、この屋敷の主である、アムンゼンが、マリアを嫁にくれと、言うのが、怖いのだ…

 だからだ…

 それが、わかっていた私は、バニラに援軍を出した…

 バニラを助けた…

 「…とにかく食べることさ…マリア…」

 と、助言した…

 「…食べること?…」

 「…そうさ…好き嫌いは、ダメさ…なんでも、食べて、大きくなることさ…そうすれば、マリアも、大人になれるさ…」

 と、言って、やった…

 が、

 それが、いかんかった…

 いかんかったのだ…

 「…でも、矢田ちゃん…大人でも、ちっちゃいし…」

 と、マリアが、私に言った…

 こともあろうに、この矢田に言った…

 言ったのだ!…

 が、

 私は、深呼吸を一つして、怒らんかった…

 怒らんかったのだ…

 3歳のガキンチョのマリアに対して、35歳の矢田が、まともに、相手にしても、仕方がないからだ…

 だから、

 「…それは、当然さ…」

 と、マリアに言って、やった…

 「…なにが、当然なの? …矢田ちゃん?…」

 と、マリア。

 「…バニラは白人さ…だから、大きいのさ…」

 「…白人?…」

 「…そうさ…」

 「…じゃ、矢田ちゃんは?…」

 「…日本人さ…生粋の大和民族さ…」

 「…大和民族?…」

 「…そうさ…」

 「…だから、ちっちゃいの?…」

 「…そうさ…」

 私とマリアが、話していると、バニラが、

 「…カラダの大きさなんて、どうでも、いいの…」

 と、マリアに、言った…

 「…どうでも、いい? …どうして?…」

 「…要は、マリアが大人になって、お姉さんのように、誰からも愛される人間になれば、いいの…」

 「…矢田ちゃんのように?…」

 「…そう…」

 バニラが、マリアを諭す…

 しかしながら、その効果は、疑問だった…

 「…ふーん…そうなんだ…」

 と、わかったか、わからないかのような返事をしたからだ…

 私は、一瞬、頭に来たが、怒っても、仕方が、ない…

 何度も、言うように、マリアは、まだ、わずか、3歳のガキンチョだからだ…

 だから、35歳の矢田が、目くじらを立てて、怒っても、仕方がないからだ…

 そして、お屋敷の中を歩きながら、そんなふうなやりとりを続けていると、大きな扉の前にやって来た…

 アムンゼンの部屋だった…

 執事? のオスマンが、大きな部屋の扉をトントンと、軽く拳で、叩いた…

 次いで、

 「…オジサン…ボクです…オスマンです…矢田さん…バニラさん…マリアさんの3人を連れてきました…」

 と、部屋の中のアムンゼンに報告した…

 「…わかった…入れ…」

 と、部屋の中から、声が聞こえてきた…

 その声に、導かれるように、オスマンが、

 「…わかりました…では、失礼します…」

 と、大きな扉の前で、一礼して、扉を開けた…

 「…さあ、3人とも、お入り下さい…」

 オスマンの声に、応じて、私たち3人は、部屋の中に入った…

 そして、そこには、アムンゼンが、いた…

 ただし、いつものアムンゼンではない…

 悠然と大きな椅子に身を委ね、退屈そうに、しているアムンゼンが、そこにいた…

 明らかに、退屈している=暇そうなアムンゼンが、いた…

 私は、仰天した…

 なぜなら、そんなアムンゼンの姿を、見たことが、なかったからだ…

 いつもは、この矢田に対しても、

 「…矢田さん…」

 「…矢田さん…」

 と、ホントは、30歳にも、かかわらず、外見同様、正真正銘の3歳児のように。振る舞うアムンゼンの姿しか、見たことが、なかったからだ…

 しかしながら、目の前のアムンゼンは、別人…

 まったくの違う人物だった…

 その証拠に、

 「…アムンゼン?…」

 と、言った、マリアの声が、驚きに満ちていた…

 いつも、セレブの保育園で、遊んでいるアムンゼンとは違う、別人が、そこにいたからだ…

 私は、その姿を見た、アムンゼンを見て、ひょっとして、これが、アムンゼンの真の姿かと、思った…

 いつもの、

 「…矢田さん…」

 「…矢田さん…」

 と、私になつく姿は、演技…

 演技に過ぎないのかと、思った…

 なにしろ、アラブの至宝だ…

 この矢田とは、違う…

 いや、

 違って、当たり前だからだ…

 そして、私が、そんなことを、考えていると、突然、

 「…リン…」

 と、言って、涙を流し出した…

 私は、仰天した…

 仰天して、絶句した…

 もしや、

 …恋の悩み?…

 このアムンゼン…

 アラブの至宝が、恋の悩み?…

 これは、意外過ぎる(笑)…

 意外過ぎるのだ(爆笑)…

 私は、思わず、心の中で、爆笑したが、それを、態度に出すことは、できんかった…

 なにしろ、目の前にオスマンが、いる…

 アラブの至宝の甥が、いる…

 だから、できんかった…

 できんかったのだ…

 そのオスマンも、そんなアムンゼンの姿を見て、慌てたようだ…

 「…オジサン…」

 と、声をかけたきり、絶句した…

 「…」

 と、絶句して、後の言葉が、続かなかった…

 私は、そのオスマンと、アムンゼンの姿を見て、どうして、いいか、わからんかった…

 笑って、いいか、怒っていいか、わからんかったのだ…

 が、

 マリアは違った…

 違ったのだ…

 大きな椅子に座るアムンゼンの元に、歩き出し、

 「…リンって誰?…」

 と、アムンゼンの元に、詰め寄った…

 私は、仰天した…

 同時に、不謹慎だが、

 …コレは、面白い!…

 と、思った…

 要するに、マリアは、女の感で、今、アムンゼンが、

 「…リン…」

 と、呼んだことで、アムンゼンが、リンという名前の女に心を奪われていることに、気付いたのだ…

 が、

 アムンゼンは、気付かなかった…

 目の前に、マリアが、やって来たことにも、気付いていない様子だった…

 完全に自分の世界に、入り込んでいた…

 だから、周りが、見えていない様子だった…

 と、

 それに、気付いたマリアが、余計に頭に来た…

 いきなり、アムンゼンの元へ、行くと、

 「…しっかりしなさい!…」

 と、言いながら、いきなり、アムンゼンの頬を殴った…

 平手で、殴ったのだ…

 それで、アムンゼンが、正気に返った…

 初めて、目の前に、マリアが、いることを、認識した様子だった…

 「…マリア…どうして、ここへ?…」

 アムンゼンが、唖然として、呟いた…

 今、初めて、目の前に、マリアがいることを、認識した様子だった…

 アムンゼンの言葉を聞いて、さらに、頭に来たマリアが、もう一度、アムンゼンを殴ろうと、手を上げた…

 が、

 その手をバニラが掴んだ…

 マリアの母親のバニラが、掴んだ…

 「…いい加減にしなさい!…」

 と、バニラが、マリアを叱った…

 「…相手が、誰だと思っているの?…」

 と、叱った…

 が、

 マリアは、まだ子供だから、アムンゼンの地位がわからない…

 「…アムンゼンに決まっているでしょ?…」

 と、平然と答えた…

 すると、当然のことながら、バニラが、

 「…」

 と、絶句した…

 「…」

 と、言葉が、出て来んかった…

 それを、見て、これは、私の出番…

 この矢田の出番だと、思った…

 だから、

 「…マリア…暴力はいかんさ…」

 と、言ってやった…

 「…なにが、あっても、暴力は、いかんさ…」

 と、マリアを注意してやった…

 それを、見て、

 「…お姉さん…」

 と、バニラが呟いた…

 同時に、この矢田を、バニラが、尊敬の目で、見るのが、わかった…

 わかったのだ…

 が、

 マリアは違った…

 違ったのだ…

 「…どうして、いけないの?…」

 と、言いながら、この矢田を刺すような目で、私を見た…

 私を睨んだのだ…

 正直、私は、ビビった…

 マリアの気の強さに、ビビったのだ…

                
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み