第42話

文字数 4,405文字

 そして、そんなことを、考えていると、葉尊が、

 「…しかし、まもなく、それが、わかります…」

 と、告げた…

 顔に笑みを浮かべながら、告げた…

 だから、

 「…わかる? …なにが、わかるんだ?…」

 と、聞いた…

 聞かざるを得なかった…

 「…リンの目的…あるいは、リンの正体…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…リンの目的や、正体…その片方か、両方…それを、明らかにするために、父は、リンを連れて、この日本にやって来る…ボクは。父の来日の目的を、そう見ています…」

 「…」

 「…そして、それは、アムンゼン殿下もたぶん、同じ…」

 「…同じ?…」

 「…父とアムンゼン殿下は、似た者同士…二人とも、一筋縄では、いかない…」

 「…」

 「…素直に、感情を表に表すことは、ない…だから、怖い…なにを、考えているか、わからないから、怖い…」

 そう言って、葉尊は、苦笑した…

 私の夫は、苦笑した…

 それから、

 「…二人とも、苦労人…苦労をして、人生を生きています…父は…葉敬は、血の滲むような苦労をして、現在の地位を築きました…常人では、決して、できないことです…」

 「…」

 「…そして、それは、アムンゼン殿下も同じ…同じです…殿下は、お金の苦労は、なにも、ないと、思いますが、あの外見です…きっと、誰よりも、苦労したはずです…」

 「…」

 「…そして、その苦労を糧として、父も、殿下も、今の地位を築いた…並外れた苦労では、ないはずです…」

 葉尊が、しんみりと、言う…

 私の夫が、しんみりと、言う…

 「…だが、それゆえ、一筋縄では、いかない性格になった…きっと、二人とも、自分の心の中が、読まれるのを、誰よりも、恐れている…」

 「…どうして、恐れているんだ?…」

 「…簡単に心の中を、他人に読まれれば、次に、どんな行動を取るのか、容易に、相手に、気付かれる…とりわけ、父のようなビジネスをしている者は、それでは、簡単に、相手に、邪魔をされたり、自分より、先に、自分の考えていたビジネスをやられる可能性も、高くなる…」

 「…」

 「…そして、それは、たぶん、殿下も同じ…」

 「…どう、同じなんだ? アムンゼンは、お義父さんと違って、実業家でも、なんでもないゾ…」

 「…先んずれば、ひとを制し、遅るるば、ひとの制するところとなる…」

 「…」

 「…物事は、まず誰よりも、先に、自分が、手が付けなければ、誰かに先を越される…」

 「…」

 「…ですが、それを行うに、当たって、一番、大切なのは、周囲に気付かれないことです…」

 「…周囲に気付かれないことだと? どうっして、だ?…」

 「…父も、殿下も、取り巻きが多い…二人とも、権力者だから、同じです…それゆえ、その取り巻きの中には、外部に通じている者も、多い…」

 「…外部に通じている者だと?…」

 「…ずばり、敵です…ライバルです…」

 「…敵? ライバル?…」

 「…そうです…だから、父も、うっかり、周囲に本音を漏らせない…そして、それは、たぶん、殿下も同じ…」

 「…同じ…」

 「…だから、二人は、似た者同士…二人とも、孤独な権力者です…」

 「…孤独な権力者…」

 「…二人とも、権力者ゆえに、その権力を利用しようと、思って、近付いて、来るものは、多い…だから、疑心暗鬼になる…容易に他人を信用しなくなる…つまり、猜疑心の塊になると、言うことです…」

 「…」

 「…そして、それは、たぶん、リンダやバニラも同じです…」

 「…どう、同じなんだ?…」

 「…二人とも、有名人…二人の立場は、形は、違えども、父やアムンゼン殿下と同じです…」

 「…」

 「…そして、それゆえ、みんなお姉さんを、好きなんだと、思います…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…お姉さんは、あったかいんですよ…」

 「…あったかい?…」

 「…なにより、いっしょにいて、楽しい…」

 「…私といっしょにいると、楽しい?…」

 「…父も、殿下も、リンダも、バニラも、みんな孤独です…競争の激しい業界や、殿下のように、身分の高い人間でも、自分を利用しようとする人間が、周囲にいて、気が休まるときが、ないと、思います…」

 「…」

 「…そんなひとたちが、お姉さんと会うと、心底、ホッとするんです…」

 「…ホッとする?…」

 「…そうです…いわば、競争社会で、疑心暗鬼にとらわれた人間たちです…それが、お姉さんと会うと、ホッとする…ずばり、安らぐ…」

 「…」

 「…心が、キレイな人間に、誰もが、惹かれるんです…」

 「…心が、キレイ? …私が?…」

 「…いえ、心が、キレイと言うと、言い過ぎかも、しれませんが、お姉さんは、これまで、生きてきて、露骨に他人に嫌われたことは、ないでしょ?…」

 「…それは、ないさ…」

 「…ですよね…お姉さんを見ていれば、わかります…」

 「…私を見ていれば、わかる?…」

 「…ハイ…わかります…」

 「…」

 「…真逆に、嫌われる人間は、どこに行っても、誰からも嫌われます…」

 「…どうして、嫌われるんだ?…」

 「…大抵は、自分勝手とか、自分のことしか、考えてない人間が、多いですが、究極的には、ただ単に生まれつき、性格が、悪い人間が、多いです…」

 「…性格が悪い…」

 「…そうです…だから、どこに行っても、誰からも、際われる…嫌われる理由は、案外、単純なものです…」

 「…葉尊は、どうして、そんなことが、わかるんだ? …お金持ちのくせに…そんな人間を見たことがあるのか?…」

 「…ボクは、生まれながらのお金持ちでは、ありません…父は、苦労の末、今の地位を築きました…だから、最初から、お金持ちの家に生まれたわけでも、なんでも、ありません…」

 「…」

 「…そして、子供の頃は、父の会社に遊びに行って、さまざまな人間を見ました…だからかも、しれません…」

 …そうなのか?…

 初めて、聞いた…

 これまで、そんな話は、聞いたことがなかった…

 ただ、だから、わかった…

 この葉尊…

 ただのお坊ちゃまでは、ないということだ…

 たしかに、これまで、謎だった…

 なにが、謎かと、言えば、この葉尊…

 お坊ちゃまぽくないのだ…

 それなりに、苦労していそうなのだ…

 それが、謎だった…

 が、

 今の発言でわかった…

 この葉尊も、それなりに、苦労していたのが、わかった…

 わかったのだ…

 「…いずれにしても、もうすぐ、わかります…もうすぐ、結果が出ます…」

 葉尊が、言った…

 私の夫が、断言した…

 
 それから、一週間が、経った…

 葉尊の言葉通り、葉敬が来日した…

 リンを連れて、来日した…

 リンは、黒いサングラスをかけ、いかにも、芸能人という感じで、やって来た…

 いかにも、芸能人といったオーラを全身から、発散させていた…

 正直、誰が見ても、普通ではない…

 普通の人間ではない…

 なぜかと、言えば、派手過ぎるのだ…

 日本で、言えば、キャバクラのお姉さんとか(笑)…

 とにかく、普通では、なかった…

 大げさに言えば、街中を水着一枚で、歩いている…

 それほど、目立っていたのだ…

 当然ながら、お義父さんは、一人ではない…

 大勢の部下たちを連れている…

 その中には、いかにも、お偉いと思える、中年男性もいるし、真逆に、ガタイのいい、若い男も、いた…

 おそらくは、ボディーガードに違いない…

 が、

 しかしながら、その中に、リンが、いる…

 紅一点いる…

 だから、目立った…

 余計に、目立った…

 しかも、

 しかも、だ…

 リンは、お義父さんの近くにいた…

 まるで、お義父さんの愛人のような立ち位置で、いたのだ…

 しかしながら、それを、誰も、注意するものは、いなかった…

 ということは、どうだ?

 事前に、お義父さんの了承を得て、その位置にいるに、違いない…

 いわば、お義父さん、公認…

 台湾の大実業家、葉敬公認ゆえに、その位置にいるに違いないと、私は、思った…

 思ったのだ…

 私は、空港まで、お義父さんを出迎えたが、夫の葉尊は。来なかった…

 仕事が、あるからだ…

 夫の葉尊は、日本の総合電機メーカー、クールの社長…

 29歳の若さで、大企業の社長の地位に就いている…

 理由は、単純…

 台湾で、台北筆頭という巨大メーカーを率いた葉敬が、倒産寸前に陥った、日本のクールを買収したからだ…

 だから、社長として、自分の息子を送り込んだ…

 だから、息子の葉尊は、29歳の若さで、日本の総合電機メーカーの社長になれたのだ…

 普通なら、無理…

 ありえないことだ…

 29歳の若さで、大企業の社長になるなんて、外国なら、ともかく、日本では、不可能…

 あり得ないことだからだ…

 私は、リンダと、バニラ、そして、バニラの娘のマリアと、4人で、葉敬を出迎えた…

 リンダは、学生時代から、葉敬に学費等の面倒を見て、もらっていた…

 ハリウッドで、活躍する前まで、ずっと、生活の面倒を見て、もらっていた…

 だから、リンダは、葉敬に頭が上がらない…

 今現在、ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれるようになった今でも、ずっと、台湾の台北筆頭のキャンペーンガールを続けている…

 葉敬に恩返しをするためだ…

 今や、ハリウッドのセックス・シンボルとまで、呼ばれる地位に就いているのだから、知名度は、抜群…

 ハッキリ言えば、今さら、台湾の企業の広告に出る必要はない…

 なぜなら、リンダの知名度は、もはや、世界中に知れ渡っているからだ…

 台北筆頭は、いかに、台湾で、知名度抜群といっても、所詮は、アジアの一企業…

 もはや世界中に名を知られたリンダ・ヘイワースが引き受ける仕事ではない…

 にもかかわらず、引き受けているのは、リンダの律義さ…

 かつて恩を受けた葉敬に恩を返すためだ…

 それゆえ、今も、空港まで、葉敬を出迎えに来た…

 それとは、真逆の立場が、バニラ…

 バニラは、葉敬の愛人…

 60歳ぐらいの葉敬から、比べれば、23歳のバニラは、娘より、若いが、葉敬の愛人だった…

 そして、二人の間には、マリアがいる…

 マリアという娘がいる…

 そして、この矢田トモコ…

 葉敬の息子の葉尊の妻…

 れっきとした妻だ…

 だから、この4人で、葉敬を出迎えた…

 来日した葉敬を出迎えたのだ…

 が、

 誤算があった…

 それは、リンの存在だ…

 いや、リンが、ここに現れたのは、想定内…

 あらかじめ、わかっていたことだが、想定外だったのが、リンの行動…

 あまりにも、露骨過ぎるのだ…

 露骨に、お義父さんに、近寄り過ぎるのだ…

 リンの態度を見て、当たり前だが、バニラの顔色が変わった…

 明らかに、怒りの表情を見せた…

 が、

 それ以上に、怒ったのが、マリア…

 バニラの娘のマリアだった…

 「…なに、あの女…パパにデレデレして…」

 と、マリアの怒りが、爆発した…

 3歳の幼児ながら、気の強いマリアの怒りが、爆発したのだ(笑)…

               
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