第19話

文字数 3,851文字

 しかし、まさか…

 まさか、アムンゼンの名前を出した途端、こうまで、バニラの態度が、変わるとは、思わんかった…

 このバニラは、バカだが、金に弱い…

 この矢田と、同じく、滅茶苦茶、金に弱い(笑)…

 なぜなら、このバニラは、元々、貧乏人…

 それが、自分の美貌を生かして、モデルとして、成功した…

 だから、金に弱い…

 あらためて、そう、思った…

 そう、思ったのだ…

 「…で、殿下が、なにを?…」

 またしても、バニラが、猫撫で声で、聞く…

 「…いや、アムンゼンが、夢中な女がいてな…」

 「…殿下が、夢中な女?…それが、どうして?…」

 「…そのアムンゼンが、夢中な女が、今度、来日するのさ…どうやら、私が、面倒をみるらしくてな…」

 「…どういうこと? …それが、一体、私と、なんの関係が…」

 「…おおありさ…」

 「…おおあり?…」

 「…そうさ…アムンゼンはあの外見だ…3歳にしか、見えん…」

 「…それは、そうだけど…」

 「…ならば、どうして、私が、3歳の子供と、知り合いなのか? 誰もが、疑問に思うだろ?…」

 「…それは?…」

 「…だろ?…」

 「…それは、そうだけど…」

 「…だから、オマエに電話をかけたのさ…」

 「…どういうこと?…」

 「…オマエの娘のマリアを連れてきて、アムンゼンの友達とでもいえば、相手も、納得するさ…マリアに関しては、私の知人の娘とでも、言えば、いいさ…それに、アムンゼンとしても、初対面の相手に、自分の身分を明かすのは、嫌らしくてな…」

 「…自分の身分?…」

 「…サウジの王族だということさ…なにより、ホントは、30歳だと、バレるのは、困るだろ?…」

 「…」

 バニラが、沈黙した…

 声が返って、来んかった…

 私は、待った…

 バニラが、なにか、言い出すまで、待った…

 「…それは、わかります…でも、そんなことに、マリアを巻き込むのは…」

 バニラが言う…

 苦しそうに、言う…

 実は、このバニラ…

 アムンゼンが、心配なのだ…

 アムンゼンは、マリアが、好き…

 しかしながら、アムンゼンは、見た目は、3歳児だが、ホントは、30歳…

 小人症だからだ…

 だが、同時に、アムンゼンは、サウジアラビアの王族でもある…

 父は、サウジアラビアの前国王であり、兄は、現国王…

 サウジアラビアの王族の中でも、バリバリのサラブレッドだ…

 だから、まさかとは、思うが、将来、マリアを嫁にもらいたいとでも、言われないか? 
 と、母親のバニラは、内心、ヒヤヒヤしている…

 それが、バニラの悩みだ…

 仮に、マリアが、二十歳になれば、アムンゼンは、47歳…

 しかも、小人症だから、カラダは、3歳のまま…

 だから、正直、結婚させたくない…

 しかしながら、アムンゼンは、サウジアラビアの実力者…

 怒らせるわけには、いかない…

 だから、決して、虎の尾を踏むような真似は、できない…

 それゆえ、アムンゼンに丁重に接する…

 それが、バニラのアムンゼンに対する態度だった…

 だから、マリアを巻き込みたくない…

 それが、マリアの母親としてのバニラの本音だったからだ…

 だから、私は、

 「…大丈夫さ…」

 と、言ってやった…

 「…アムンゼンは、30歳…もう子供じゃないさ…仮に、マリアが、成人しても、マリアをどうこうはしないさ…」

 「…でも、お姉さん…」

 「…大丈夫さ…バニラ…オマエだって、アムンゼンが、そんなヤツじゃないってことは、知ってるだろ?…」

 「…それは…」

 「…アムンゼンを信じることさ…それしかないさ…」

 私は、言った…

 口からでまかせを言った…

 正直、私としては、口からでまかせを言うしか、なかったからだ(笑)…

 が、

 やはり、それだけでは、ダメだ…

 もう一押しすることにした…

 「…それとも、オマエ…なにか? …アムンゼンに逆らえるのか?…」

 「…そんな…殿下に逆らうなんて…」

 「…アムンゼンが、リンに、会うには、マリアが、必要なのさ…」

 「…リン?…」

 「…アムンゼンが、惚れた女さ…」

 「…惚れた女…」

 「…そうさ…」

 「…どんな女ですか?…」

 「…台湾のチアガールさ…たしか、葉問の話では、台湾のプロ野球、三星球団のチアガールをしていて、台湾では、知らないものが、いないほど、有名らしい…」

 「…それが、どうして、お姉さんに…」

 「…なんでも、葉問が言うには、お義父さんが、その三星球団を買うとか、買わないとか…それで、その三星球団で、チアガールをしている、リンの面倒を、来日した際に、私に面倒をみさせるらしい…」

 「…らしい?…」

 「…そうさ…らしいと言ったのは、まだ、お義父さんから、直接は、聞いてないからさ…」

 「…直接、聞いてない?…」

 「…そうさ…でも、たぶん、事実さ…」

 「…どうして、そう言い切れるの?…」

 「…葉尊さ…」

 「…葉尊?…」

 「…今日、寝る前に、葉尊も同じ話をしたのさ…」

 「…葉尊も?…」

 「…そうさ…葉尊も、私と同じく、直接は、お義父さんから、聞いてないそうさ…でも、秘書経由で、聞いたらしくてな…」

 「…秘書経由で?…」

 「…そうさ…葉尊もお義父さんも、経営者さ…忙しい身さ…だから、互いに、うまく時間を取れないから、秘書経由で、伝えたらしいのさ…」

 「…そうですか、葉敬も絡んでいるんですか?…」

 「…そうさ…なんでも、その三星球団を、お義父さんに買わないかと、勧めているのは、台湾の旧知の財界人らしくてな…お義父さんも、仮に、断るとしても、すぐには、断れないらしい…」

 「…どうして、すぐに、断れないんですか?…」

 「…相手の面子もあるだろう…お義父さんに、プロ野球の球団の買収を勧めるんだ…相手は、台湾の大物財界人や大物政治家に決まっているさ…仮に、その場で、断れば、相手の面子を潰すことになるさ…オマエにも、その程度のことは、わかるだろ?…」

 「…ハイ…」

 「…だからさ…」

 私が、言うと、今度は、

 「…」

 と、バニラが、黙った…

 「…」

 と、反応せんかった…

 だから、

 「…バニラ…聞いているか?…」

 と、言ってやった…

 まさかとは、思うが、聞いてなかったら、困るからだ…

 すると、

 「…聞いてます…お姉さん…」

 と、すぐに、返事が返って来た…

 「…葉敬が、絡むなら、協力します…」

 と、続けて、言った…

 私は、すぐに、ピンときた…

 すぐに、気付いた…

 それは、葉敬の名前を出したからだった…

 このバニラは、葉敬の愛人…

 葉敬にべた惚れしている…

 だから、だった…

 私は、それに、気付くと、

 「…だったら、頼んださ…」

 と、言った…

 「…ハイ…わかりました…お姉さん…」

 バニラが、素直に答えた…

 不気味なほど、素直に答えた…

 そして、電話を切った…

 電話を切ったのだ…

 これで、とりあえず、手は打った…

 私は、思った…

 思ったのだ…


 翌朝、葉尊とリビングで、顔を会わせた…

 「…おはようさ…」

 私が、夫の葉尊の顔を見るなり、挨拶すると、

 「…おはようございます…お姉さん…」

 と、葉尊が、返した…

 だから、私は、それを、聞いて、

 「…手は打っておいたさ…」

 と、葉尊に言った…

 夫に言った…

 「…手は、打った? …お姉さん、どんな手ですか?…」

 葉尊が、驚いて聞き返す…
 
 「…アムンゼンのことさ…」

 「…殿下のこと?…どういう意味ですか?…」

 「…今度、リンが来日するとき、アムンゼンと、会わせるだろ?…」

 「…ハイ…」

 「…そのときに、マリアにいっしょに、来て、もらおうと思ってな…」

 「…どうして、マリアに?…」

 「…私がアムンゼンと二人だけで、リンと会うのは、マズいと思ってな…」

 「…どうして、マズいんですか?…」

 「…アムンゼンは、あの外見だ…3歳にしか、見えん…だったら、なぜ、私が、3歳の子供と、知り合いなのか、リンは、考えるだろ?…」

 「…ハイ…」

 「…だったら、親戚の女のコの友達とでも、言えば、いいかと、思ってな…」

 「…親戚の女のコ?…」

 「…現に、マリアは、歳が離れているが、葉尊…オマエの妹だ…そうだろ?…」

 「…ハイ…」

 「…だから、マリアを連れてきて、アムンゼンと友達だと言えば、いいと思ってな…」

 私は、言った…

 私は、夫に説明した…

 すると、葉尊が、考え込んだ…

 これは、私にとって、予想外…

 想定外の出来事だった…

 「…どうした? …葉尊? …なにを、考え込んでる? …私が、なにか、おかしなことを言ったか?…」

 「…いえ、お姉さんは、おかしなことは、言っていません…」

 「…だったら、なにを、考え込んでる?…」

 「…マリアのことです…」

 「…マリアのこと?…」

 「…たしか、聞いた話ですが、殿下は、マリアを好きじゃ、なかったんじゃないんですか?…」

 「…そうさ…」

 「…と、言うことは、マリアも、それに気付いている?…」

 「…そうさ…」

 「…だったら、お姉さん…殿下をリンと会わせるのに、マリアがいては、マズいんじゃないでしょうか?…」

 「…どうして、マズいんだ?…」

 「…ずばり、嫉妬です…」

 「…嫉妬?…」

 「…マリアは、まだ3歳ですが、嫉妬深いです…殿下が、マリアを好きなら、なおさらです…普段、自分を好きだと言っている男が、他の女にデレデレすれば、マリアが、怒るんじゃないでしょうか?…」

 葉尊が、言った…

 考えてみないことを、言った…

 これまで、この矢田が、考えてもみないことを、言った…

               

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