第32話

文字数 4,384文字

 私とアムンゼンは、ロールス・ロイスから、駐車場に降りた…

 が、

 地上に立った私は、なにか、変だ?

 と、気付いた…

 なにが、変なのか?

 考えた…

 すると、この駐車場に、クルマが、一台もないことに、気付いた…

 いつもなら、満車の駐車場だ…

 クルマで、いっぱいになった駐車場だ…

 それが、今は、この駐車場に、あるのは、このロールス・ロイスだけ…

 このロールス・ロイス一台だけだった…

 私はどうしてか、考え込んだ…

 そして、そんな私の様子に、同じくロールス・ロイスから、降りた、アムンゼンが、気付いた…

 「…矢田さん、どうしたんですか? …なにを、考えているんですか?…」

 と、聞いた…

 「…いや、この駐車場は、いつも、満車なのに、今日は、このロールス・ロイスだけ…それが、不思議でな…」

 「…なんだ? …そんなことですか?…」

 「…そんなことだと?…」

 「…そうです…そんなことです…」

 「…どういう意味だ? この駐車場が、ガラガラな理由がわかるのか?…」

 「…それは、簡単です…」

 「…簡単だと?…」

 「…そうです…」

 「…だったら、この駐車場が、今、ガラガラな理由を説明して、みろさ…」

 「…サウジアラビア大使館を通じて、いつも、この駐車場に止まっている、クルマを一時的に、他の場所に、移動して、もらったんですよ…」

 「…なんだと?…」

 私は、唖然とした…

 まさか?

 まさか、そんなことが?

 私が、ビックリ仰天していると、

 「…オジサンの言う通りです…」

 と、ロールス・ロイスの運転席から、降りたオスマンが、言った…

 「…オジサンは、いつも、狙られています…だから、用心のために、あらかじめ、今回のように、クルマを駐車する場合は、周囲にクルマが、ないように、します…」

 「…なんだと?…」

 「…この駐車場に止めるのは、想定内…だから、事前に、この駐車場の持ち主に連絡して、他のクルマを、すべて動かして、もらいました…」

 「…どうして、そんなことを?…」

 「…オジサンが、狙われないためです…」

 「…それと、クルマをどけるのと、どういう関係があるんだ?…」

 「…クルマが、置いてあれば、その中に潜んだテロリストが、いきなり、クルマの中から、飛び出して、オジサンを襲うかも、しれません…」

 「…なんだと?…」

 「…直接、拉致はしなくても、拳銃や自動小銃で、オジサンを至近距離から、狙うかも、しれません…」

 「…」

 「…だから、そうさせないように、あらかじめ、オジサンの近くには、ひとやものを、近寄らせないように、徹しています…警備の原則です…」

 オスマンが、告げた…

 当たり前のように、告げた…

 私は、驚いた…

 文字通り、仰天した…

 確かに、説明して、もらえれば、わかる…

 わかるのだ…

 しかしながら、それは、ドラマや、小説の中の出来事…

 現実に、それを、目の当たりにすることは、ないからだ…

 だから、驚いた…

 ビックリ仰天した…

 だが、それを、聞いて、アムンゼンが、一言、

 「…もういい、オスマン…ご苦労…」

 と、言った…

 いかにも、不機嫌に言った…

 私は、そんなアムンゼンの態度を見て、相変わらず、不機嫌だなと、思った…

 そして、同時に、

 …なぜ、不機嫌なのか?…

 考え込んだ…

 考え込んだのだ…

 当然、不機嫌な理由があるはず…

 その理由を考え込んだのだ…

 そして、私は、そんなことを、考えながら、ラーメン屋に向かった…

 あの行列ができるラーメン屋に向かったのだ…

 が、

 いざ着いてみると、驚いた…

 いつもは、大勢、列をなして、並んでいる、行列の人影が、ないのだ…

 店の前に、誰も並んでないのだ…

 …これは、一体、どういうことだ?…

 …まさか?…

 …まさか、このアムンゼンが、なにかしたわけでは、あるまいな?…

 私は、思った…

 思ったのだ…

 そして、そんなことを、思いながら、店の暖簾をくぐると、

 「…いらっしゃいませ…お待ちしておりました…」

 と、店の大将が、言った…

 店の大将=主人が、言った…

 …お待ちしてました、だと?…

 私は、私の細い目をさらに細くして、店主を見た…

 店の主人を見た…

 それから、ふと、気付いて、慌てて、店内を見回した…

 すると、思いがけないことが、わかった…

 やはり、店の中が、ガラガラなのだ…

 さっきの、駐車場と、いっしょだ…

 あそこの駐車場は、この店の駐車場が、たしか、数台分あり、他は、別の持ち主…

 それを、すべて、クルマをどけて、ガラガラにした…

 このアムンゼンのために、他のクルマは、置かないようにした…

 と、いうことは、やはり…

 やはり、この店も、同じ?…

 そう思っていると、主人が、

 「…今日は、よろしくお願いします…」

 と、丁寧に、頭を下げた…

 明らかに、アムンゼンに頭を下げた…

 私は、驚いた…

 驚いたのだ…

 なぜなら、普通は、店の主人が、頭を下げるのは、私か、オスマン…

 子供のアムンゼンではなく、大人の私か、オスマンのどちらかだ…

 それが、子供のアムンゼンに頭を下げたからだ…

 …もしや、知っている?…

 …このアムンゼンが、アラブの至宝だと、知っている?…

 一瞬、そんな考えが、脳裏をかすめた…

 しかしながら、そんな考えが、脳裏をかすめたのは、今、言ったように、一瞬…

 一瞬に過ぎない…

 この店の主人が、アムンゼンの正体を知っているはずが、ないからだ…

 だから、私は、急いで、

 「…このお子様が、どなたか、ご主人は、知っているんですか?…」

 と、尋ねた…

 すると、主人が、開口一番、

 「…いえ、今日、サウジアラビアのお偉いさんが、いらっしゃるから、店は、貸し切りにして下さいと、外務省の方から、連絡を受けて…」

 と、答えた…

 「…が、外務省?…」

 「…ええ、直接、外務大臣が、この店に、やって来て、このオレに、頭を下げるんです…オレもテレビで、外務大臣の顔は、知っているから、驚きました…」

 と、驚いた顔で、私に説明した…

 それを、聞いたアムンゼンが、

 「…事前にボクから、サウジアラビア大使館に連絡したんです…」

 と、告げた…

 「…連絡?…」

 と、私。

 「…そうです…仲の良い、友人が、この店のラーメンを食べたがっているんで、なんとか、ならないかと、相談したんです…きっと、それを、聞いて、サウジアラビア大使館から、日本政府に連絡したんでしょう…」

 と、アムンゼンが、こともなげに言う…

 私は、ビックリしたが、それ以上に、ビックリしたのは、今、このアムンゼンが、私のことを、

 …仲の良い友人…

 と、表現したことだ…

 それを聞いて、私の心に、光明が差し込んだ…

 私のことを、

 …仲の良い友人…

 と、言ったということは、希望がある…

 この矢田が、処刑されない希望が、あるということだ…

 私は、思った…

 思ったのだ…

 私が、そんなことを、考えていると、店の主人が、

 「…こちらへ…」

 と、私たち3人を、席に案内した…

 私たち3人は、店の主人に導かれるまま、案内された席に着いた…

 それから、私は、考えた…

 なぜ、私をアムンゼンが、この店に招待してくれたのかも、そうだが、それ以上に、アムンゼンの不機嫌の理由を考えたのだ…

 当然、なにか、不機嫌な理由があるからだ…

 なにか、アムンゼンが、不機嫌になった理由があるからだ…

 私は、そんなことを、考えて、席を座っていると、

 「…お待たせしました…」

 と、店主が、ラーメンを運んできた…

 私が、夢にまで、見た、この店の特製ラーメンを運んできた…

 「…さあ、頂くとするさ…」

 と、言って、急いで、食べたが、実にうまかった…

 うまかったのだ…

 ネットの評判は。当てにならないと、昨今言われているが、この店に限っては、それは、違った…

 評判通り、うまかったのだ…

 そして、食べながら、ふと、気付くと、まだアムンゼンも、オスマンも、一口もラーメンに口をつけていないことに、気付いた…

 私は、食べるのを止めて、

 「…オマエたち、どうして、食べないのさ…」

 と、二人に、聞いてやった…

 すると、オスマンが、

 「…ボクたち、サウジアラビア国民は、イスラム教徒…ハラールといって、宗教上、食べてはならないものが、多いんです…例えば、豚肉が、そう…豚肉から取ったダシも、食べては、ダメです…それが、このラーメンには、この通り、チャーシューもある…それで…」

 と、説明した…

 私は、その説明を聞いて、驚いたが、たしか、以前、ハラールについては、聞いたことがあると、気付いた…

 たしか、私そっくりの外見を持つ、矢口のお嬢様…

 矢口トモコが経営する、安売りスーパー、スーパージャパンで、あのお嬢様が、ハラールの食品を扱うとかなんだとか、言っていたのを、思い出したからだ…

 そして、私が、そんなことを思い出していると、

 「…では、食べましょう…」

 と、言って、アムンゼンが、出されたラーメンを食べだした…

 途端に、隣に、座るオスマンが、

 「…オジサン…」

 と、叫んだ…

 すると、アムンゼンが、

 「…たまには、戒律を破っても、構わない…今日は、矢田さんを喜ばすために、この店に招待したんだ…矢田さんだけ、食べてもらっても、いいが、ボクたちが、いっしょに食べなくては、矢田さんも気持ちよく食べることが、できないゾ…」

 と、言った…

 「…ですが、オジサン…イスラムの戒律を破っては…」

 と、オスマン。

 「…オスマン…オマエが、ボクに隠れて、たまに、アルコールを飲むのを知らないとでも、思っているのか?…」

 アムンゼンが、突然、指摘すると、

 「…エッ?…」

 と、オスマンが、絶句した…

 「…アルコールは、イスラム教徒は、宗教上、御法度…違うか?…」

 「…」

 「…だから、今日は、それと、同じだ…固く考えるな…オスマン…たまには、戒律を破っても、いいんだ…」

 「…でも、オジサン…ボクもオジサンも王族…率先して、戒律を守らなければ…」

 「…それは、時と場合による…」

 アムンゼンが、言いながら、ラーメンをすすった…

 私は、そんなアムンゼンを、見ながら、

 …もしや、ヤケになっている?…

 …もしや、自暴自棄になっている?…

 と、考えた…

 なぜなら、このオスマンの言う通り、イスラム教徒には、戒律があり、普段は、食べてはいけないものがある…

 それを、王族のアムンゼンが、今日は、率先して、破っているからだ…

 だから、もしかして、ヤケになっていると、思ったのだ…

 それに、気付いた私は、ラーメンをすする手を止めて、

 「…やはり、リンか?…」

 と、いきなり、言った…

 同じくラーメンをすする、アムンゼンに向けて、言った…

 途端に、ラーメンをすするアムンゼンの手が、止まった…

 止まったのだった…

               

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