第20話「可愛い小悪魔には牙があるのです」

文字数 4,049文字


「1年生にすごく可愛い子がいるみたいなんだけどさ」

 3時限目のあとの休み時間。富石がそんな話題を出してくる。そういえばこいつ、志士坂さんに告白してフラれたとか言ってたよな。ほんと、節操ないというか、猪突猛進というか……。

「うちの学校はレベル高いし、アイドル並、いや女優並のかわいさがないと目立たないだろ」
「顔はLR級らしい」
「なんだよ。その露骨な喩えは。ガチャじゃねえんだからさ」

 しかもLRってレジェンドレアの略だろ? 伝説なの? 伝説級の可愛さなのか?
 二万年に一人の美少女ってこと?

「5月の今の段階でもう10人以上に告白されたって噂もある」

 ま、それならそこそこの顔面偏差値は高いのだろうな。とはいえ、俺は厚木さん一筋なので、まったく興味はなかった。

 ところが次の昼休みだ。いつものジャンケンで購買部へとパンを買いに行く勝負をするはずが、富石の方からこんな提案してくる。

「な、ちょっと1年の可愛い子を見てみたいから付き合わないか?」
「は? 俺、興味ないんだけど」
「オレだけ行くんなら、勝負はなしだぞ。ツッチーのパンは買ってこないからな」

 俺には選択の余地がないのか。

 購買部は1階だから、どうせ1年の教室の近くを通るし、ここで拒んでも腹が減るだけだ。

「わかったよ。おまえに付き合ってやるよ。ただし、変なことを考えるなよ」
「変なこと?」
「一目惚れして、その場で告るとか、恥ずかしいからやめてくれよ」
「さすがに俺も、相手の性格がわからないうちはそんなことはしないよ」

 ポンコツ富石は、俺の妹の性格も把握せずにその場で告ったけどな。

 あの時、おまえが帰った後に俺もボロクソ言われて、ただでさえ微妙な兄妹仲がさらに微妙になったんだぜ。

 目的地へ向かう途中も、その子がいかに可愛いかを説明してくる。ウザいだけなんだけど。

 基本的に2年生の教室は2階、1年生は1階となっていた。廊下を歩いて階段を降りるとすぐに1年生の教室が並ぶ廊下に出られる。

「何組なんだ?」
「たしか1年3組って、長谷川のやつが言ってたな」

 廊下を歩いていると、前から来る1年生が恐れるように避けていく。まあ、上履き見れば2年生ってわかるし、富石はわりと身長(タッパ)があるからな

「ここじゃないか」

 3組の教室の入り口の前で止まる富石。

 俺がひょいと中を覗くと、10人くらいの男子が一人の女子の周りに群がっている。

「あの子だよな?」

 ちょいたれ目気味のタヌキ顔に色気のある唇。顎の左側に小さなホクロがあった。髪型はシンプルな内巻きのボブヘア。背はわりと小さめで、そのわりには胸は大きいかもしれん。お人形さん的な雰囲気がある子だった。

「ああ、そうだな。名前はたしかクロガネスズと言うらしい」
「どんな字書くんだ?」
「苗字は『黒い(かね)』と書いて『黒金(くろがね)』、名前は『涼しい』の繰り返しで『涼々』って書くと聞いた」
「詳しいな」
「長谷川が教えてくれたんだ」

 富石の視線は彼女に釘付けだった。こいつ本気で惚れてそうだな。

 そんなわけだから俺は冷静に黒金涼々を観察する。

 笑顔が絶えない感じだけど、それがニセモノであることに俺は気付いている。そりゃ、毎日本物の天使の笑顔を見ているのだから当たり前だ。

 男子に媚びるような言葉使い。そして、気を持たせるような上目遣い。過剰なボディタッチは、それだけで堕ちる男子も多いだろう。女子に免疫が出来てない奴は注意が必要だな。

 ただ、その『あざとさ』には吐き気がしてくる。

「で、満足したか?」

 たしかに可愛いっちゃ可愛いけど、レジェンドは言い過ぎだろう。という感想である。俺としては、絶対に近づきたくない女子のひとりとも言えた。

「ああ、惚れた」
「おい!」

 正気に戻すために、富石の後頭部に手刀打ち(チョップ)をする。

「あんな小悪魔のどこがいいんだよ!」
「あの子はとても純粋な子だ」

 まあ……志士坂に関して言えば当たっている部分もあったのだから、もしかしたら人を見る目は俺よりも優れているのかもしれない。

 けど……。

「ないわー」

 あり得ないですよ富石君。今の彼女を見て純粋な子だと言い切るおまえの方が怖いわ。

**


 放課後。部室の鍵を取りに職員室へと向かう途中で、前を歩いていた女生徒が生徒手帳のようなものを落としたことに俺は気付く。

「あ、キミ。手帳落としたよ」

 それを拾って声をかけると、女生徒が振り向いた。内巻きのショートボブ……どこかで見かけた女の子だなぁと思いながら差し出す。

「あ、ありがとうございます。せんぱぁい!」

 あざとい笑顔。そこで俺の中の警戒レベルが上がる。

「ああ。じゃあな」

 急いで離脱しようとして、彼女の脇を通り抜けようとしたところで袖口を掴まれる。

「そういえばせんぱぁい。昼休みにあたしのこと覗きに来てましたよね」

 なんだこいつ? あの状態で周りの目を把握してたというのか? しかも人の顔を覚えるのが得意なのか?

「ああ、友達の付き合いでな。伝説級の美少女がいるって聞いたんだ」
「やだ、せんぱぁい……伝説級なんて」
「そうだな。伝説級は言い過ぎだ。ということで、じゃ」

 俺は強引に彼女の手を振りほどいて先を急ぐ。

 まったく、この分だと手帳落としたのも策略のひとつか。こうやって男子たちを誘惑して絡め取るタイプなのね。気をつけないといけない。

 まったく、なにが「あの子はとても純粋な子だ」だよ。やっぱ、富石はポンコツ野郎で決定だな。

「土路くん」

 背後から声をかけられてドキッとする。まあ、君付けで呼ぶのだからさっきの子ではないか。

 振り返ると志士坂がいた。

「おお、志士坂か。今部室の鍵を取りに行こうと思ったんだ」
「鍵はもらってきたわよ。部室行くんでしょ?」
「ああ、ありがとな」

 さっきの子=黒金涼々と違って、志士坂といると妙な安心感がある。こいつも仮面被っていた過去はあるけど、黒金とはまったくタイプが違う。

 黒金の仮面は『あざとさ』で、志士坂は『強がり』だ。でも、志士坂は勇気を手に入れたのだからもう、無理に仮面を被る必要はない。だから、わりと自然体で俺と話せているのかもしれない。

「そういえば今、廊下で土路くんが話してた子って、この学校で一番可愛いって噂の子でしょ?」

 あれ? いつの間に、学校一の美少女になってるんだ?

「この学校で一番可愛いのは厚木さんだろ!」
「まあ、土路くんって厚木さんが好きなんだもんね」
「え? いや、その……」

 あれ? いつバレたんだ? いや、津田や南にもバレるくらいなんだ。志士坂が察するのだって時間の問題だったはず。落ち着け、俺。

「バレバレだってば。あたしを朱里や陽葵から助けてくれたのだって、厚木さんに危害が及ばないためでしょ? 土路くんが誰を見ているかくらい気付くよ」
「あ、うん……」

 まあ、その通りなんだけどね。

「本人には告らないの?」

 ぐさりと何かが心に刺さる。

「そりゃ……撃沈されるのが目に見えてるから」

 今の状況では100%フラれる。策略家としては負ける戦はしたくない。

「ま、その気持ちわからないでもないけどね。……フラれるってわかっていて告白できるわけないよね」

 志士坂は声のトーンを落として、少しばかり項垂れる。そして、何かを吹っ切るように明るい口調で話を続けた。

「話戻すけどさ、土路くんって厚木さん以外の子に素っ気ないというか、厳しく当たるよね?」
「は? 当たり前じゃん」

 俺のマイエンジェルは厚木さんだけなんだからな。

「さっきの子、土路くんの反応に戸惑ってたよ。いや、戸惑ってたのと違うか。想定外の反応で、ちょっとイラついていたのかな」

 それはヤバいな。下手すると、逆恨みでロックオンされるパターンか。

 俺としては関わりたくない。あの子の邪魔をする気はないんだから放っておいてくれよと言いたい。

「こえーな」
「うん。あたし、その表情見て背筋がゾクッとしたもん」


**


 部活が終わって帰路についている最中。突然悪魔が起動する。

『心の準備はできた?』
「は? というか、なんで今頃起動してきてるんだよ。これじゃ、誰に触れた時の未来予知かわからないじゃないか」

 今日、間接的に触れたことのある者は、朝の満員電車の見知らぬ人が数十人、富石、志士坂、黒金だ。現在においては誰とも触れていない。

 悪魔が気まぐれとはいえ、ちょっとこれはないと思う。

『うーんとね。今回は厚木球沙が直接怪我をするとか、そういうのじゃないから優先順位が低いと思って伝えなかったんだ。けどさ、よく考えてみたら、わりと酷いことになるかなぁって思って』
「どういうことだよ? ていうか、まず誰の未来予知か先に言えって」
『黒金涼々だよ』

 やっぱりな。黒金以外の二人は、頻繁に触れあうこともあるからな。間接的だけど。

「あの子が厚木さんに何かするのか?」
『直接的には関わり合いはないよ。けどね』
「けど?」
『あの子、「黒金すず」は2週間後に心中をする。相手は厚木一郎』

 え? 男……ってか、苗字が厚木って。

「え? まさか」
『厚木球沙の父親とよ。厚木球沙が死ぬようなことはないけどね。けど、これだけははっきりしているわ』
「……」

 あまりの斜め上を行く展開に唖然とする。

『厚木球沙の笑顔は消える』



◆次回予告

悪魔(ラプラス)と一緒なら、どんな運命だって変えてみせる!

なんなら厚木さんだけでなく、他の奴だって助けてやらぁ!

第21話「救済範囲は広がるのです」

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