第11話「性悪な小悪魔にはお仕置きが必要です」
文字数 3,473文字
教室では、津田と南が奇妙な顔で俺に視線を向ける。なにしろ被害者である俺が何事もなかったかのように志士坂と普通に会話をしているのだからな。
二人としては、俺の怒りを利用して志士坂を叩こうとでも思っていたのだろう。そのアテが外れて困惑しているのかもしれない。
「……というわけだ。これは困ったときに使うといい」
俺は志士坂に折りたたまれたシートを渡す。これは、NASAの技術を転用した素材で作られたハイテク毛布だ。
今日の放課後、志士坂は体育倉庫に閉じ込められる。もちろん、津田と南の彼女への嫌がらせの一環だ。
5月とはいえ、夕方になると気温も下がるのでつらいだろうとの配慮だ。俺もすぐに助けにいけるわけではないので、それまで多少快適にすごしてもらうためのアイテムである。もちろん、閉じ込められることは志士坂には伝えていない。
「ははは……ありがとう。けど【スペース暖シート】って何?」
「サバイバルキットのひとつだよ」
「デスゲームでも始まるのかな……」
力無く笑う志士坂を無視して、俺はさらに持ってきた文庫本を渡す。
津田と南から絶縁され、彼女は今教室内で孤立している。ゆえに一人は不安だと言っていた。だからこそのアイテムだ。
「え? これって」
「おまえの好みにあう感じの本を選んできた。休み時間はそれを読んで過ごせば寂しくないし、孤立してても気にならないぞ」
本はいい。心を癒してくれる。
もちろん、志士坂の興味のある本を選ぶべく、前に呼び出した時に好みをいろいろ聞いたからな。俺の趣味を一方的に押し付けたわけじゃないのだから彼女が退屈することもないだろう。
「ありがとう」
志士坂は再び頬を染めて俯きながら礼を言う。まあ、いちおう「おまえには興味なし!」とはっきり言っておいたので勘違いすることはないはずだ。
しかし……。
「おはくま! 土路クン。これありがとうね。けっこう感動して最後の方泣きそうになったよ」
近寄ってきた厚木さんから、貸していたコミックが渡される。
「それ少年誌で連載してるのに少女マンガっぽいんだよなぁ」
「うん、わたしの好みのど真ん中だったよ」
と一連のやりとりのあと、厚木さんは俺と志士坂の顔を交互に見ると不思議そうに首を傾げる。
「あれれ? 志士坂さんにも本貸したの?」
「まあな」
「めずらしい組み合わせだね」
「ちょっとした事情があってね」
「事情?」
込み入った事情だからこそ、ここで詳しく説明をする暇は無い。
「まあ、厚木さんにはあんまり関係ないよ」
「むー、関係ないならいいけどぉ。そういう言い方されると仲間ハズレにされてるみたいで、ちょっと寂しいなぁ」
厚木さんが拗ねた真似をして唇を尖らせる。かわいい……。
「仲間ハズレとかそう言う問題じゃないだろ。ほれ、用事が終わったら、とっととあっち行けって」
厚木さんともっと話していたいが、これ以上、彼女と志士坂を同じ場所に居させるわけにはいかない。彼女の介入を防ぐのが最優先事項なのだから。
「あー、ひどいなぁ、土路クン……はっ、もしかして?」
まずい。厚木さんは、俺が志士坂と付き合っているんじゃないかと勘ぐってニヤニヤしてくる。しかし、こういう時は変に誤魔化さない方がいいだろう。
「あ、それはないぞ。俺は他に好きな奴がいるので、こいつと付き合うことは100%ないから」
俺は厚木さんに対してもきっぱりと答える。「はいはい」的な返事で本気にしていないのが気になるが。
はぁっと、溜息を吐きながら厚木さんを見送ると、再び志士坂に視線を戻す。そういえば俺と厚木さんが喋っている間、彼女はずっと俯いて固まっていた。
「おまえ、何緊張してるの?」
「だって、あたし……ちょっと前まで厚木さんの悪口言ってたし」
あー、そういうことか。自責の念に駆られるってやつだな。
「自業自得だ」
「わかってるよぉ。だから自己嫌悪で……」
「自己嫌悪に陥ってる余裕はないぞ。そういうところを津田と南は突いてくるんだろ?」
話を聞く限り、津田と南はかなり性悪な悪魔だからな。そんな奴に弱みを見せたら墓穴を掘ることになる。
「あー。……ね」
志士坂の顔は心底嫌そうだった。
**
ある程度情報が集まったところで悪魔を起動する。媒体は志士坂だ。
志士坂にいきなりぶつかったり痴漢紛いのことをして触れたりしなくても、ある程度コミュニケーションがとれるようになれば、間接的に触れるという手もある。
実際、本を手渡しするだけで、その媒体を通して彼女と繋がるのだ。それが起動条件になって悪魔を呼び出せる。
辺りが暗くなった途端、第一声が聞こえてきた。
『さあ、あんたの策を教えて』
ラプラスは、まるで俺の言葉を楽しみにしているかのように声を躍らせている。ま、こいつは俺に対してかなり興味を持っているみたいだからな。俺の思考が好物でそれを食糧としている感じがしないでもない。
俺は志士坂への嫌がらせに対応する方法を答えていく。それと同時に津田と南の二人を追い詰めるための策略を伝える。
基本的に嫌がらせをすべて潰していくという方法だ。あいつらが嫌がらせに飽きるというのを待つ消極的作戦でもある。
さらに被害の大きな行為、例えば鞄を盗むさいには強烈なカウンターを仕込む。つまり、ダミーの鞄を用意し、そこにシュールストレミングの缶詰を入れておく。
シュールストレミングはスウェーデンで生産されている塩漬けのニシンの缶詰だが、中身の強烈な臭いから、「世界一臭い食べ物」と評されていた。
そんな缶詰を遠隔操作で穴を開けられるようにしておけば、嫌がらせをしてホクホク顔で中身を物色しているあいつらに「世界一臭い液体」をぶっかけられる。
つまり強烈なカウンターアタックを浴びせるわけだ。
『なるほどねぇ。たしかにそれなら厚木球沙が介入することはない。しかも、津田朱里と南陽葵は、あんたの策略でしばらくおとなしくするしかない』
「これで厚木さんへの危険は完全に回避できるよな?」
『ええ、志士坂凛音を介しての厚木球沙への危険は回避できるわ』
俺はほっと胸をなで下ろす。
「よっしゃあ!」
『喜ぶのが早いよ。言ったでしょ。志士坂凛音を介してって』
「おいおい、まさか……」
ラプラスの思わせぶりな言い回しは今に始まったことじゃない。今までのパターンから、俺の答えが正解でなかった場合はさらなる危険が及ぶことになる。
『厚木球沙への危険は回避していないわ。ただ、ヘイトの方向が志士坂凛音からあんたへ変わっただけ』
「だったら、それらを俺が全部避ければ良い。そっちの方が簡単じゃん。いいよ全部阻止してあいつらの悔しがる顔を拝んでやろうじゃないか」
津田と南に間接的に触れれば、あいつらが俺に対して何を仕掛けてくるかはわかるんだ。志士坂というお荷物がいない分、身軽に行動できるだろう。
『そうだね。けど、それを全部躱したとしても、厚木球沙への危険は回避できないよ』
「どういうことだよ!?」
たぶん、俺もうすうす気付いていたのかもしれない。ラプラスへの問いかけはだいぶトーンダウンしてしまっている。
『阻止され続ければ、津田朱里も南陽葵もあんたのことをよく見て分析するようになる。どうすれば効率良く嫌がらせができるかをね。まあ、これは志士坂凛音の未来を通して視た津田朱里と南陽葵の動向だからね。あくまで偏った視点』
「でも、ほぼ当たってるよ。あいつら嫌らしい性格だからな」
『あんたも人のことは言えないと思うよ』
性格が悪いって意味では同類だ。
「ほっとけ!」
『それでね。あの二人は気付くんだよ。あんたが厚木球沙を好きなことが。もう分かるでしょ? あんた自身への攻撃が効かないなら、あんたの大事なものを傷つければいい』
つまり俺が惚れている厚木さんに直接仕掛けるってか。
「なるほどなぁ……相手の弱点をつく作戦は俺もやるからなぁ」
『だから、安易な策略は身を滅ぼすだけって言ってるでしょ』
「……」
少し甘かったな。これは、もう一度戦略の組み立てを最初からやらないとな。
『時間はいくらでもあるよ。もっと思考して。もっと純度の高い策略を聞かせて』