第22話「潜入ミッションはわりと簡単なのです」

文字数 4,341文字

 厚木一郎のミッションは簡単だ。彼の上司である金田良平に接触し、ラプラスの未来予知でその動向を把握する。そこで彼の仕事の致命的なミスを暴けばいい。

 ラプラスの未来予知から厚木一郎の勤務先はわかっているし(ラプラスに聞けば答えてくれる。逆に聞かなければ教えてくれない)、あとは金田良平が出てきたところを尾行すればいい。

 現在は【20:38】。

 駅前にある『パマンハウス』。大手の不動産賃貸仲介会社だ。ここに厚木さんの父親は勤めている。

 営業時間は終了しているが、まだ中は灯りがついていた。

 その扉を一人の男が出てくる。金田良平だ。

 彼は部下である厚木一郎を差し置いて先に帰宅。これは、厚木一郎の未来予知から知ったことだ。そして金田良平はそのまま繁華街へと歩いて行った。

 前と同じように、歩きスマホを装いながら彼の肩にぶつかる。

「おい! 気をつけろ!」
「すみません」
「これだから、最近の若い奴は……」

 ぶつくさ言いながら去って行く。ま、予想通りの人格だな。

 それを見送って数秒で悪魔が起動。

『さて、何が聞きたい?』

 ラプラスは弾んだ声で俺に問いかける。こいつ絶対楽しんでいるよな。

「そうだな。あいつが起こす致命的な失敗ってのを詳しく教えてくれ」
『いいよ。金田良平は3日後、自社物件の入居者募集の貼り紙を店のガラス張りの扉に貼るの』
「不動産屋なら当たり前のことだよな」
『そうね。けど、彼は余計なことをしてしまうの。その貼り紙には版権にうるさい、あるネズミの絵が描かれていたの』
「うわ、マジかよ。それがダメだってのは高校生の俺でもわかるぞ。あそこは、けっこうえげついって噂に聞いたことあるしな。もしかして賠償要求とか?」
『ううん、実際にその版権元から訴えられることはないわ』
「え? そっち系じゃないの?」
『世の中はもっと残酷よ。あの貼り紙が一般人にスマホで撮影されて、SNSへアップされて炎上。炎上では、その不動産会社の悪い評判まで掘り起こされてしまうの』
「あ、そういうことね」
『すぐに貼り紙は撤去されて、上層部が記者会見で謝罪。社会的に大問題へと発展してしまった』
「今、ネット炎上は怖いからな」
『で、問題は、厚木一郎が罪をなすりつけられたことよ』
「あいつ、店長なんだろ? 部下の失敗は上司にも少しは責任があるんじゃないのか? 普通に考えればあいつも同様なダメージが行くのにな」
『厚木一郎は副店長よ。そして、あの日、金田良平は休暇を取っていることになっている』
「休暇って言っても、あの店は他に3人くらい社員がいるんだろ? 嘘がバレバレじゃん」
『部下に虚偽の証言をさせたのよ』
「どうやって?」
『営業成績が悪いのを庇う代わりとか、昇進を餌にして取引するとか、握ってる弱みで脅すとか』
「ゲスいな」
『そう。厚木一郎は責任を取らされて追い詰められる。こういうミスの押し付けって今回だけじゃなかったみたいだね。積み重ねもあるわ。それに今回はちょっとヤバイ規模だけど』
「もともとストレスが蓄積されていたわけか。しかも、家庭では夫婦仲もうまくいってない……とくれば、何かに逃げたくなるのも頷ける」

 それが女子高生との不倫、心中となると、ヤケをおこし過ぎだろとは思うが。というか、厚木さんの心のダメージが半端ないだろうな。

『で、どうするの?』
「今回というか、前哨戦は楽勝だろ。最初の方針通り、金田良平には退場してもらう。あと、確認の為にいくつか質問がある」
『いいわよ。なんでも聞いて』


**


「よう、待ったか?」

 駅前で志士坂と待ち合わせをする。今日は祝日なので前日に連絡して急遽ミッションに参加してもらうことになった。

 今回の目的は、例の不動産屋に客として潜入するということだ。

「あ、土路くん」

 振り返った志士坂にドキリとする。彼女は少し大人っぽいメイクで、服装もOLが着るような紺のスーツを身に纏っている。

 学校で見るのとはだいぶイメージが違った。なんというか、蠱惑的な小悪魔系OLだ。

「おお、似合うじゃん」

 少しビビりつつも平静を装う。

「だ、だいじょうぶかな?」
「そうだな、ちょっと童顔な20代の社会人には見えるだろう」

 小悪魔仕込みのメイクはわりと本格的だからな。本人もそれをマスターしてるみたいだし、十分通用する。

「土路くんは変装してこなかったんだね」
「俺が大人っぽい格好っても限度があるからな。今日は志士坂の弟という設定だ」
「弟?」
「そ、お姉ちゃんよろしく」
「あ、あたしはなんて呼べばいいのかな?」
「弟だからなぁ……下の名前でいいよ」
「……将くん?」

 ぽっと頬を赤らめる。いや、弟にそれはないだろ。それともブラコン設定にするか?


「いや、弟なんだからくん付けはおかしいだろ?」
「そうだね……あれ? でも、中学の時で弟をくん付けで呼んでた子いたよ」
「うーん。まあいいか」

 その後、適当な話題で時間を潰して、アラームの設定時間になるのを待つ。

 しばらくしてスマホのバイブが振動した。

「よし、行くか。おまえは俺の姉ちゃんだからな。役柄を忘れるなよ」
「わかってるよ。将くん」

 小悪魔的な微笑が背筋をゾクッとさせる。この感覚は単純な恐怖というより、魅惑されそうな怖さだ。

 志士坂は素の自分に自信がないせいで、役柄を与えられて演技をしだすとかなり豹変する。表情も含めて、かなり大人な感じになるので、まあ、女子高生らしさも抜けるわけだ。

 俺たちは例の不動産屋へと向かう。

 志士坂には厚木さんの父ちゃんがパワハラに遭ってるらしいので、その証拠を掴みたいと話してある。

 彼女は過去の罪悪感から、他人がいじめられていることにも心を痛めるようになっていた。そんなわけで、俺がちょっと誘導しただけで自ら手伝いを名乗り出てくれたってことだ。

 チョロいなぁ。ま、俺はゲス野郎だけど。

「すみませーん。部屋を探したいのですけど」

 扉を開けて声をかけると、奥で仕事をしていたであろう30代くらいの男がこちらに来る。

「まずはおかけください。えっと、部屋を探されるのは、どちらでしょうか?」
「事情があって姉と二人暮らしすることになったんですよ」
「弟共々よろしくお願いいたします」

 志士坂が丁寧にお辞儀をする。演技モードのスイッチが入ってるな。

「こちらがお姉さまでいらっしゃいますね。わたくしパマンハウスの田口と申します」

 男が志士坂に名刺を渡してくる。彼女もそれを余裕の表情で受け取り「ありがと」と妖艶な笑みを浮かべた。

 店に入ってから1分くらいで、外から戻ってきたであろう厚木一郎が俺たちの横を通り過ぎる。

 俺は前にいる田口の話をききつつ、ポケットの中のICレコーダーを作動させた。スマホのアプリで録音という手もあるが、誤動作やメッセージの着信等で余計なノイズが入るので、信頼性の高く性能の良い録音機を使っているのだ。

 マイクは超指向性のものを内側からコードを通して左手の袖口から少し頭を出させる。それを厚木一郎の向かった方向へと角度を調整した。

 今回のミッションは厚木一郎の上司である金田良平のミスを暴くだけではない。普段から彼の行っているパワハラ行為も録音し、彼を追い詰めるための証拠にするのだ。

 志士坂が店員と適当に対応している中、俺は厚木一郎と、そこに近づいてくる金田良平の会話を、片耳に仕込んだワイヤレスのBluetoothイヤホンで聴くことにする。

 指向性なのである程度は方向を定めて音を収集できる。が、周囲の雑音も拾ってしまうだろう。なのでイコライザをかませて集音帯域を調整。

 人間の男性の声はだいたい500Hz近辺だ。イコライザでここに山を作り、それ以外の帯域の音をカットする。これだけで、わりと明瞭に会話は聞こえるようになる。

「遅い! どこ行ってたんだよ」

 いきなり厚木のスネ辺りを足で蹴る金田。二人の年齢差はあまりないのに、金田の方が役職が上ということで、かなり威圧的になっていた。

「すみません。お客さまが他の物件も見たいを申しまして」
「あんな貧乏くさい客に構う必要なんかないんだよ。どうせ、安いとこしか見ないんだからさ」
「あのお客さんは本当に困っていらっしゃいました。すぐにでも対応したいと思いまして」
「利益になんないことに一生懸命になるなよ。時間の無駄だ。馬鹿が」

 さてさて、いいものが録れた。ラプラスはパワハラがこの時間に行われるって教えてくれただけで、会話の内容までは言ってなかったからな。まさか、会社自体にダメージが行くような暴言を吐いていたとは。

 こんなもん、ネットに流したら大炎上だぞ。版権ネズミの絵がかわいく思えるほどだ。

 俺は店員にわからないようにテーブルの下で志士坂に合図を送る。

「そうですね。いろいろありがとうございます。家に帰って検討したいので間取りのコピーをいただけますか?」

 志士坂が打ち合わせ通り、話を切り上げてくれた。とはいえ、店員はもう少し話したそうな感じである。

 小悪魔に化けた志士坂に魅了されているな。ま、彼女はすっぴんの状態からしてかなりかわいい方だ。厚木さんには負けるけど。

 それがメイクをすることで蠱惑的な小悪魔に変身するのだから、人間外見には騙されるなということだ。10代のうちにこんな基本的なことがわかるなんて、今後の人生に影響が出そうである。

 店を出ると志士坂とは解散して、その場に留まった。

 この後のミッションこそ、最重要である。

 俺は隠れて不動産屋の入り口を見張る。スマホの時計は【15:45】を示していた。あと5分ほどでラプラスの見せてくれた決定的な時間となる。

 時間ぴったりに金田良平が入り口から出てくる。俺は動画撮影用のハンディカムを取り出し、それを彼に向けた。

 彼は機械的に物件情報の貼り紙を替えていく。

 顔はバッチリとれている。言い逃れようもない。

 さあ! あとは、彼が厚木一郎に罪をなすりつけたところで内部告発的に、この動画と、さっきのパワハラ&客をないがしろにする発言の音声データを厚木一郎に渡せばいい。


◆次回予告

勝利条件は確実にクリアしている。

あとは、ちょっとした細工をすればいい。

さあ、サクサクいくぜ!

第23話「炎上したのは火災ではなく人災です」にご期待ください!

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