第28話「恋愛相談は意味がないのです」

文字数 5,270文字

「そうですよ。先輩と同じクラスでしたっけ?」

 予想外に普通に返してくる。恋愛感情なかったっていうのは嘘じゃなかったんだな。あんまり動揺してないのは、計算違いだったが。

 とはいえ、斉藤の奴も謎な部分が多いからな。これを機会に聞いておくか。

「あいつって、中学の時はどんな奴だったんだ?」
「せんぱい」
「ん?」
「質問はあたしの番ですから」
「そだな」

 やべ。フライングしちゃったよ。恥ずかしいな。

「先輩は」

 よし下ネタの心の準備はできてるぞ。ばっちこーい!

「厚木先輩のこと、どうして好きなんですか?」
「は? どうしてって……」
「どこが好きとかじゃなくて、好きになったきっかけじゃなくて、そのまんまの意味で「どうして?」です」

 どうして? ん?

「ちょっと待て。俺は厚木さんの笑顔が好きで、優しさが好きで」
「それはどこが好きってことですよ。あたしが聞いているのは「どうして?」です」
「半年前にぶつかってきて自爆したガキが居てさ、そいつのことを厚木さんは怒ることなく優しく相手してやったんだよ。その時が……」
「せんぱい。きっかけじゃなくて、「どうして厚木先輩が好きなんですか?」デス!」

 どうして厚木さんが好きか? いや、待て。素直な気持ちを伝えればいいじゃないか。

「えーとだな……どうして好きかだよな」
「……せんぱい、ぶっぶー! 時間切れです。ペナルティとして、わたしのことを涼々と呼んでください。苗字は禁止でおまえとかキミとかもなしですよ」
「……」

 ハメられた。1分という時間を侮っていた。いや、ただ負けただけか。

「女の子なんてクラスに15人近くいます。学校全体なら200人近くです。日本全国とか、世界で考えたらすごい数ですよね。でも、その中のなんで厚木先輩なんですか?」

 きちんとした答えを出していない俺に、黒金はまるで子供のような純粋な質問を投げかける。

「まあ、自分でもよくわからないよ」

 人を好きになる気持ちは理屈じゃない。それを言葉で説明するには、まだまだ人生経験が足りなすぎる。

「だって、顔のかわいさだったらあたしだって負けてませんよ」
「負けてるよ」
「男の子の扱いの巧さなら負けません」
「勝ってもしょうがないだろ。現に俺はドン引きしてるぞ」
「うー、まあいいです。でも、厚木先輩より美人でかわいい人なんていくらでもいると思いますし、彼女より優しい人だってたくさんいるじゃないですかぁ。厚木先輩じゃなきゃ駄目な理由はなんですか?」

 可愛い子なんていくらでもいる。人それぞれ好みってのはあると思う。でも、それを明確に説明なんてできないだろう。

「まあどうしても言葉にするならば、厚木さんじゃないと駄目なんだよ」
「納得いく答えじゃありません。そもそも先輩、厚木先輩と付き合えてないじゃないですか」

 グサリと刺さる言葉の刃。ほんと、この子は容赦がない。

「誰かを好きになる時はな。その人と付き合えるかどうかなんて考えないんだよ。黒金にはわからないだろうけど」
「せんぱい! 涼々です。あたしを呼ぶ時は涼々をお呼びください。ペナルティですよ」

 あーめんどくせー。

「わかったよ涼々。これでいいだろ?」
「涼々好きだよって言ってください」
「ダメです! 好きでもない奴を好きとは言えません」
「あはは、さすがに引っかからないか」
「引っかからねーよ!」
「まあいいです。納得はできませんけど、先輩の熱量は伝わりました」
「熱量?」
「やっぱ恋愛ってウザいですね」

 黒金は「あははは」と軽く笑う。

 俺の気持ちはたぶん、全く伝わっていない。彼女にとって恋愛は、得たいの知れないもので、めんどくさいものなんだろう。

 まあいいさ。今日までは、黒金と親しくなるための準備期間である。

 それからは、どうでもいいくだらない質問が続いた。彼女の深淵にはたどり着けない。それは予定通り。

 さあ、本番に備えて気合いを入れよう。

 明日は本来なら厚木一郎と黒金涼々が出会っていた日。そして、その日に彼女には大きな変化が表れる。

 ラプラスの予知では両親の喧嘩が原因のようだが、細かい所や黒金の心の中までは見えてこない。

 だからこそ、重要なミッションとなる。

 厚木一郎に癒されるべきだった彼女を、俺が救済しなければならないのだから。

 たしかに、我が愛しのマイエンジェルである『厚木さん』には今回のミッションはほぼ無関係のように思える。が、こういう細かい積み重ねが、わずかな変化を生むのだ。

 あとどれだけ俺が行動を起こせば、悲しい運命の歯車をぶっ壊すことができるのかはわからない。

 けど、着実にあせらず進んでいこう。それが俺にできる最大限のことなのだから。



**


 雨が降っていた。

 まだ梅雨には入っていないと思うが、昼から降り出した小雨はだんだんとその雨足を強くしていく。

『黒金涼々は待ち合わせの場所に現れないわ』

 事前にラプラスから知らされていた俺は、彼女がひとり寂しく過ごす公園へと足を運んだ。

 時刻は16:30。

 彼女が指定した16:00からは30分も経っていた。

「遅刻だぞ。昨日は時間通りに行ったってのに」

 ベンチで雨に打たれて呆然としている黒金を見つけると、その頭上を自分の傘で遮る。

「あ、せんぱいだ」
「どうした? 賭けに勝ったくせに勝ち逃げか?」
「あははは……まあ、そうですね。せんぱいには負けたくないですからね」

 強がるような、それでいて力のない言葉と笑い。いつもの自信に満ちた演技はどこへ行ったやら。

「賭けをしよう。おまえが勝ったら、おまえの言うことをなんでも聞いてやる。俺がかったら、その逆だ」
「……べつにいいですよ」

 ちょっと投げやりな返答。今の黒金は自暴自棄になりかけている。ここで保護しないと大変なことになるだろう。

「あ、そうだ。小銭ないから、ちょっと貸してくれ」
「女の子にお金を借りるなんて、せんぱいってヒモにでもなりたいんですか?」

 そんな嫌味をいいながら、財布の中にあった500円玉を取り出す。というか、ナチュラルに罵倒の言葉が出てくるってある意味才能なんじゃね?

 まあいいや。

 黒金からコインが手渡される。手が触れた瞬間に悪魔が起動。

『なに?』
「コインはどっちだ?」
『表だよ』
「サンキュ」

 その一言で会話が終了し、通常時間へと戻る。

「今日は俺から言うぞ。表だ」
「……じゃあ、あたしは裏ですね」

 今日の黒金はボロボロだ。言葉にもその笑顔にも作り込まれたあざとさが消失している。

 俺はコインを打ち上げると、落ちてきたそれを手の甲で受ける。そして、黒金にその結果を見せた。

「表だ。俺の言うことを聞いてもらうからな」
「あはは……どうするんですか? あたしをホテルにでも連れ込んじゃいます?」
「濡れたままだと風邪ひくから、家に来い。風呂を貸してやるから」

 そう告げると、俺はスマホを取り出してSNSのメッセージを飛ばす。

「あは……せんぱいの家に連れ込まれるんですね」
「おまえの期待しているようなことはなんもないぞ」

 俺は無理矢理立ち上がらせると、黒金の手を引き、自宅へと向かった。

 その間、彼女は一言も喋らず、どうして雨の降るベンチでずぶ濡れになっていたかの理由も話さなかった。

 もちろん、こちらからも無理に聞き出そうとはしない。

「帰ったぞ!」

 家の扉を開けると、奥にいる妹の(あかね)を呼ぶ意味も含めて大声を上げる。

「もう! なんなのクソアニキ! 今日はユリナと買い物行くはずだったんだからね!」

 顔を見せると同時に怒号。まあ、いつものことなので慣れてはいた。

「けっこう大雨になってきたし、濡れないで良かっただろうが」
「そんなの、クソアニキが心配するようなことじゃない」
「まあいいや。約束は守るから、こいつに一時的に服を貸してやって欲しい。あと、洗濯も。それと、なんか危なっかしい状態だから風呂入れてやってくれ」

 俺は予めメッセージで提示した条件を餌に、妹と交渉をする。ま、食事当番一回と、服を買ってやるという些細な条件だが。

「うわー、お人形さんみたいな子」

 妹が黒金の姿を見て呆けたような顔をする。ま、たしかにこいつ、見た目だけなら可愛いからな。

「後輩の黒金だ。事情は聞くな。つうか、俺も詳しい事情は知らん」
「まさか、冷徹クソアニキのカノジョじゃないよね」

 茜は眉をしかめる。俺がモテないのを知っているから、当たり前の反応ではあった。

「違うよ。メッセージ読んだだろ?」
「まるで猫を拾ったみたいな書き方だったけど、ようは何も聞かずに保護しろってんでしょ?」
「そういうこと」
「まあ、こんな可愛い子。クソアニキの毒牙にかけるわけにはいかないからね」
「なんとでも言え。とりあえず、風邪ひきそうだから風呂場で脱がして適当に洗っとけ」
「らじゃ!」

 茜はおちゃらけたように挙手の敬礼をする。

 肝心の黒金は不思議そうな顔で、俺たち兄妹の様子を窺っていた。


 部屋で待つこと30分。

 ドアがノックされ、茜と一緒に黒金が入ってくる。彼女は茜のピンクのスウェットの上下を着ていた。

「ありがとう。茜ちゃん」

 礼を妹に言う黒金。そして、すぐに反応して「クソアニキになんかされたらすぐ声をあげてくださいね」と言って出て行く茜。

「落ち着いたか?」
「ええ」

 彼女は用意した座布団に座ると、体育座りのように膝を曲げてそれを腕で抱える。

「寒くないか?」
「大丈夫ですよ。けっこう温まりましたから」
「ならいいが」
「妹さん、かわいいですね。それに仲いいじゃないですか」
「クソアニキ呼ばわりされるのを仲がいいと言うか?」
「あたしが言うのもなんですけど、せんぱいのお願いを聞いてくれたんでしょ? あたしをなんとかしてくれっていう」
「まあな。けど、交換条件を出したから」
「交換条件?」
「食事当番を一回代わるのと、なんか服を買ってやるって」
「それ、だいぶせんぱいに分が悪くないですか?」
「そうか? 食事当番は実はそれほど苦じゃないぞ。俺、料理好きだし」
「あ、せんぱい、料理得意なタイプでしたか。あたしが手作りお弁当と作ってもかなわなかったですね」
「まあな」
「けど、せんぱい。妹さんに服を買ってあげるんでしょ? 大丈夫なんですか?」
「ん? ファストファッション系の店なら2000円くらいで買えるっしょ」
「せんぱいの妹さん、けっこうお洒落に気を遣うタイプみたいだし、そんなので満足できるとは思えないんですけど」
「そうなのか?」
「あたしを助けるために、せんぱいが数万のブランド服を買ってあげることになりますね。あ、でも、これって、あたしに、それだけの金額を貢いでくれたことになるんですよね?」

 黒金は、ニヒヒと小悪魔的な笑いを浮かべる。なんだ、大丈夫そうだな。

「ま、それはおまえからの情報と等価交換ってことで納得するよ。なあ、何があったか話せるか?」

 俺の質問に一瞬沈黙する彼女だが、大きなため息をひとつ吐くと気持ちを切り替えたのか、真面目な顔をしてこう告げた。

「たいしたことじゃないんですよ。よくある話です。あたしの両親は共働きで家にはあまりいません」
「前に聞いたな。うちも同じだけど」
「でも、仲も悪いんですよ。社会的な体裁で離婚しないだけで、家ではほとんど会話なんかしません。まあ、それは娘のあたしに対してもなんですけどね。あははは、ほんとよくある話ですよね」

 ある意味強がりか。

 無理しているのが伝わってくるからこそ、こいつの取り扱いには注意が必要だ。

「よくある話かどうかは関係ないよ。おまえにとっちゃ重要なことなんだろ?」
「ええそうですね。親の愛情をほとんどもらえなかったあたしは、人を好きになるという感情がわからないまま育ってしまったんですから」
「好きで結婚したはずの両親が幸せじゃないってのは、子供心に悪影響しか与えないよな」
「だからあたしは求めるんです。誰かに好きになってもらうことに。自分が好きになれないなら、それを周りに求めるしかないじゃないですか」

 黒金の気持ちは理解できる。けど、そんなのは悲しいだけだ。

「両親のことは慣れっこだったんだろ?」
「ええ」

 とはいえ、それだけのことでこんなに衰弱するはずがない。

「何があった?」


◆次回予告

 彼は小悪魔さえも救済すると宣言した。

 それは、彼女のぽっかりと空いた心の穴を埋めるもの。

第29話「居場所がないのは悲しいのです」にご期待下さい!

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