第46話「嵐の前の宴なのです」

文字数 6,017文字

 17時になり下校を促す放送が流れると、文芸部の面々はすぐに帰り支度を始める。運動部や他の部のような、練習や活動のために何かを用意するということがないので、各々が自分の荷物をまとめるだけである。

 今までは部活が終了するとバラバラに帰っていたのだが(厚木さんと高酉は一緒だが)、今日は少し違っていた。

「ね、どっか寄ってかない?」

 言い出しっぺは高酉だ。ちょっと憂鬱な表情を浮かべながら、厚木さんに甘えている感じもある。

「あはは、そういや、もうすぐ期末だもんね」
「帰ってからの試験勉強考えると、気が重くなるの」
「そうね。このまま帰るのも、わたしもなんか不完全燃焼っぽい感じだし」

 高酉の意見に同意する厚木さん。案山が入ったことで、さらなる濃い物語談義ができたってのもあるのだろう。まだ話足りないという表情が読み取れる。

 案山(つくえやま)は案山で、意外と隠れオタっぽい趣味があるみたいだからな。

「あ、あたし駅前のスイデビ行きたいです!」

 黒金がそれに輪をかけてテンション高めに手を挙げる。

「スイデビってなんだよ?」

 俺の問いかけに志士坂が落ち着いた口調で説明する。とはいえ、なんか嬉しそうな表情が見え隠れしていた。

「今月オープンしたばかりのケーキ専門店だよ。カラオケボックスも併設していて、歌いながらケーキが食べられるって評判の店。正式名称は『SWEET LITTLE DEVIL』だったかな」

 彼女のその言葉に、やや疲れ気味であった案山(つくえやま)の目が輝き出した。

「あ、私、あそこのモンブラン好きなの」

 こいつは甘い物には目がないタイプか。ケーキを思い浮かべている時の表情が、恋する乙女のそれだな。

「じゃあ、みんなで行こっか」

 厚木さんがそう提案する。

「土路が来るのは納得できないけど、期末前の憂さ晴らしってことで許してあげるわ」

 高酉がマウントをとるような視線を俺に向ける。隣の厚木さんが、苦笑いしながら軽く拝む感じで「ごめんね」としてくる。ま、いいけどさ。

「あはは期末試験……どうしよ。今まではクラスの男子に教わってたんだけど」

 黒金ががっくりと肩を落とす。最近は俺や部活に入り浸っているので、クラスの男子たちとは距離を置いているようだ。

「あたしも中間の成績悪かったから親がちょっと厳しくなってきたんだよね。いいよねぇまりさは」

 と、高酉が不満げにこぼす。そこで志士坂が「あっ」と軽く声をあげる。

「そういえばうちの文芸部って凄いんじゃないかな? 学年の1位から3位までが揃っているんだよ」

 そう言って志士坂は俺と厚木さんと案山さんをぐるりと見渡す。

「志士坂さん、それは気付かなかったわ。そうね、このメンバーで勉強会やれば最強じゃない!」

 高酉のテンションがおかしい。さっきまで俺を排除する気満々だったってのに。

「そうですね。せんぱいに勉強を教えてもらえばいいんですよ。ね、せーんぱい」

 黒金が俺の右腕に抱きついてくる。

 その瞬間に悪魔が起動。

『おまたせ』
「黒金視点の未来で、厚木さんを殺す犯人が見えるか?」

 厚木さん本人の視点では犯人がわからなかったからな。

『残念ながら加害者不明。事件は迷宮入りって感じかな』
「マジかよ。他の奴の視点なら犯人がわかると思ったのに」
『ちなみに黒金涼々は、厚木球沙のストーカーには気付いていないみたい。だから、彼女の未来には手掛かりはまったくないわ』

 となると、地道に犯人を探さないといけないのか。いや……ここは俺の得意分野で攻めるのがいいだろう。探偵ごっこなんて柄じゃない。

「ストーカーであれば、燻り出すって強攻策もある。厚木さんに危害が加わる前に退場してもらうってのが手かな」

 なにも密室殺人事件の犯人を捜すわけじゃないんだ。相手は厚木さんのストーカーだというのなら、わりと簡単に見つけることができるかもしれない。

『いちおう心配だろうから伝えておくけど、黒金涼々の未来にも今のところ不穏な影はないよ』
「べ、べつにあいつのことなんてどうでもいいって」

 なんか俺、ツンデレみたいな言い方になってるな。

『あんなに懐かれて、少しは情が移ったんじゃないの?』
「それは否定しないけどさ」
『志士坂凛音や案山結子に関しても、あんたはあの子たちを見捨てられないでしょ?』
「そうかもな」
『けどさ、もし、未来であの子たちの中の『誰か一人』を選ばなければならなくなったらどうするのかな?』

 ラプラスの含みのある言い方。こいつはどこまで未来を知っているのだろうか?

「なんだよ? 何か知ってるならとっとと言えよ」
『別にぃ……。今のところ、そんな事にはならないわ。ただ、もしもの話よ』
「そんなの決まってるだろ。厚木さんを優先するに決まってる。そこに迷いなんかねえよ!」


**


 カラオケは大盛り上がりとなった。厚木さんは相変わらずの斜め上を行くネタを披露。

 1970年代のフォークグループ(たしか高酉の下の名前そのもの)の歌を熱唱する厚木さん。彼女が歌う歌詞って、ボクサーを主人公とした熱い内容なんだよな。かわいい女の子の歌うようなものじゃないし、俺たちの生まれるはるか前の歌のチョイスってどうなの?

 しかも低音バリバリのノリノリで歌う彼女に、案山(つくえやま)はちょっと引き気味。けど、高酉も黒金も、志士坂さえも楽しそうにしている。

 そして厚木さんのステージは終了。最後はマイクを持った片手を天井へと向けて、ポーズ。まるでどこかのロック歌手のようだ。

 本人ノリノリだけど、いろいろおかしいのが厚木さんクオリティ。かわいすぎるな。

「さすが厚木さん。歌上手いよね。けど、なんでその歌にしたの?」
「ん? わたしのお父さんがよく歌ってたの。なんかそれで気に入っちゃってさ」

 ま、年代的にそうだよね。ま、厚木さんも楽しそうだったから、別に悪くはないけどさ。

「次、あたし行きまーす!」

 演歌っぽいイントロが流れてきたと同時に、黒金が手をあげる。

 おまえもギャップがすげえな、と思ったのもつかの間、歌詞の内容が自分を巡って対立する男たちへのものだ。サークルクラッシャーと呼ばれただけはある。とはいえ、笑えない選曲だな。

 自覚がありそうで、ないのが黒金でもある。

 そして意外だったのが、高酉。

 人見知りだし、あんまり前に出て盛り上がるようなタイプではない。選曲も大人しめの流行のバラード。

 伴奏がアコースティックギターだけなので、歌唱力がもろに反映されるような曲調だというのに、彼女は堂々と、澄んだ声で歌い上げた。

 それは思わず聞き惚れてしまうほど。

 まあ、こういう他人の意外な面を見られるのってのは貴重なんだよな。俺と高酉なんて、厚木さんがいなければ接点なんてなかった関係だ。

 まあ、いいんじゃないかな。

 てな具合に、彼女が歌い終わったあと、その余韻を邪魔しないように静かに拍手を送った。

 志士坂は無難に無難すぎる選曲で流行のものをさらっと歌う。目立たないという意味では最強の選択。ただ、個性が強すぎるこのメンバーでそれをやると、彼女が歌った事実さえも記憶の彼方へと消されていきそうだった、

 そして俺はというと、土路家一子相伝、父から受け継がれた魂の歌を歌う。

 イントロが流れたと同時に厚木さんが声を上げた。

「アニキの歌ね!」
「そう。俺の魂の叫びを聞け! MAJIN GO!」


**


 カラオケでの盛り上がりも一段落し、今は誰も歌わずケーキを食べながらお喋りに花を咲かせていた。そんな中、厚木さんがストーカーに関連した話をしてくる。

「そういえば最近、誰かの視線を感じるのよね」
「視線?」

 食べるのに夢中になっていた志士坂が、顔を上げて不安げに厚木さんを見る。

「うん。ずっと見張られているような感じ」
「それ、ストーカーじゃないですか? 厚木せんぱい」

 黒金は軽いノリで問いかける。あいつにとっては、ストーカーなんて日常だろうからな。

「そうなのかなぁ。まあ、なんか得体のしれない感じの視線だからね。ちょっとぞっとする時があるの」
「それ土路じゃないの?」

 高酉が冗談っぽくそう呟き、俺をジト目で見る。

「あはは、土路くんとはちゃんと目が合ってるから。そうじゃなくて、誰だかわからない感じで見られている感じなの」
「気のせいじゃなくて?」

 俺が厚木さんにそう問いかけると、彼女は首を傾げて考え込む。未来を知っているからこそ、正確な情報が欲しい。

「うーん、視線の相手がわからないから、もしかしたら気のせいかもしれないんだけど、でもなんか、背筋にゾクッとくるような感じかな」

 俺はストーカーの人物像を絞り込むために簡単な質問をする。校内の生徒であれば、かなり楽なミッションとなるだろう。

「それっていつのこと? 学校で? それとも外?」

 学校内であれば、犯人はうちの高校の生徒となるが……。

「気付いたのは登下校のときかなぁ」

 うちの生徒がストーカーであれば、学校内でも不審な視線を感じるはず。そう考えれば犯人は外部の可能性も高い。が、校内の人間の可能性が捨てきれないのが微妙なところ。

 だって、校内で目が合うのであれば不審者扱いを彼女はしないのだからな。厚木さんの顔見知りだったら、目があった時点でにっこり笑顔を返してしまうだろう。

 登下校時は校内で目が合うのとは違うから、少し違和感を抱くのかもしれない。

「高酉は一緒に学校来てるんだろ? おまえは気付かないのかよ?」
「あ、あたし、その話、初めて聞いたよぉ。まりさぁ、なんで言ってくれなかったのぉ?」
「アリスには心配かけたくなくてさ。こういう話は気味悪いでしょ?」
「そうだけどぉ」

 そんなことより、今は犯人に関する情報が欲しい。

「で、いつからなんだ?」
「でも、気のせいかもしれないよぉ」

 厚木さんは「そんなに深刻にならないでね」という感じで苦笑いする。

「もしもの場合もあるし、そういうのはきちんと調べておいた方がいいよ」

 すでにラプラスからの未来予知を聞いている俺としては、それを話せないのが歯がゆい。

「大げさだなぁ」

 厚木さんの楽観的な笑顔で答えるが、釘を刺すように黒金がこう呟く。

「そういえば、ストーカーで殺人事件とか起きてますよね。あたしもストーカー被害とか多いので気をつけてますよ」

 それって、おまえが気を持たせるのが元凶じゃねえか!

 でもまあ、刺されそうになったっていうから、ある意味生々しい実体験を持つ貴重な意見である。

「で、いつくらいから視線を感じるの?」

 俺は諦めずに厚木さんに問いかける。少しでも情報が欲しいんだ。

「うーん……登下校時に感じるようになったのは、おとといくらいからかな」

 それより前から見られていたという可能性もあるが、せいぜい一週間程度だろう。だとすると、うちの学校の生徒は除外できるのかな?

 厚木さんはわりと目立つ容姿だし、うちの生徒だったら、4月か5月くらいから行動を起こしていてもおかしくないだろう。たぶん……。

 どこか外で彼女を見かけて気に入って、ストーキングして、そのうち自分の感情が制御できなくなって暴走するというパターンか。

 しかし、これという決め手がないな。


**


「じゃあね。土路くん」

 電車の扉が開くと、厚木さんから別れの挨拶をいただく。至極光栄である。

「気をつけて帰れよ。厚木さんも」

 ホームに降り立つと振り返って車内に残る二人を見送る。といって、高酉はそっぽを向いたままだが。

「うん。ありがと」
「あたしは気をつけなくていいの?」

 顔を背けたままちょっと不満げに高酉が呟く。気を遣って無視してやったというのに、自分から絡んでくるか、こいつは。

「めんどくせーな。ああ、おまえも気をつけろよ」

 ツンデレとは違って不機嫌だけの存在だからな、高酉は。

 そんな俺らのやりとりを微笑ましく見ている厚木さんに、しかたなく笑顔を向けて手を振る。

 高酉がいなければ至福の時間だったというのに。

 俺にとっては彼女は邪魔な存在だ。厚木さんの死の元凶でもあるのだから、高酉にはあまりいい印象はない。

 このまま、運命の日までに対応策が見つからないのであれば排除することすら考えてしまう。

 いや……それは危険な思考だ。

 高酉を排除したところで、厚木さんは喜ばない。むしろ悲しむだろう。だって、一番の親友であり、彼女にとっての大切な人だ。

 ダメだな俺……。厚木さんのことを理解できなくなったらお終いだよ。

 これではまるでストーカーの思考そのもの。独りよがりで本人の気持ちなど考えられないクズだ。

 そんなことを考えながら家に帰って自分の部屋に入ると、ベッドに座ってすぐにタブレットで通販サイトを見る。

「普及率を上がって、値段も下がってきたし、わりと高性能なものでも手に入れられるか」

 そんな独り言をこぼしながら、目的のものをカートに入れて、支払い画面まで進める。

「ポチッとな」

 注文を確定するボタンを押すと、タブレットを置いて寝転び天井を仰ぐ。

 厚木さんのストーカーを燻りだす作戦は、二段階以上必要だ。

 俺がラプラスとの未来予知の演算で得た情報では、最初の作戦で燻り出されるのは囮だった。

 俺が介入したことでストーカーは警戒し、厚木さんの映像をリモートで蒐集し始める。どんな経緯で囮がそれを引き受けたかはわからないが、そいつを真のストーカーだと勘違いしていると厚木さんは助からない。

 もしかしたら、そいつが慣れない尾行をしたために、厚木さんがストーカーの存在に気付いたという可能性もある。

 だからまず、ハメられたそいつを確保して、真のストーカーに直接行動を起こさせることが必要。

 たぶん、それで未来が少し変わる。

 そこで二段目の作戦を立案。未来が変わってからじゃないとラプラスの予知が機能しないからな。こういうところが面倒でもある。

 さて、燻り出し作戦のために高価な機材を購入したわけだが、まあ、おもちゃとしても遊べるから出費としてはそれほど痛くない。

 動画サイトの未来予知チャンネルを好調だし、多少の金銭的余裕はある。それで厚木さんの安全が買えるとしたら安いものだ。

 さあ、準備が終わったら作戦開始だ!


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