第49話「最強の女の子なのです」

文字数 5,455文字

 期末テストは無事終わった。勉強会のおかげか、高酉も志士坂も黒金もわりと良い結果となったようだ。

 学校はテスト休みに突入し、厚木さんが誘拐される前々日となった。

 文芸部の皆には厚木さんのストーカーの件での報告をこう行う。

「ストーカーの件だけど、ちょっとヤバイ感じなんだ。もしかしたら、何か危害を加えてくるかもしれない。ただ、俺が直接張り付いてボディーガードみたいなことをやっても、ストーカーを警戒させて刺激するだけで、問題の解決にならないだろう。だから、一度そいつを捕まえて直接話してみたいんだ」
「ストーカーと話してもしょうがないじゃん」

 高酉が嘲笑の視線で俺を見る。まるで「あんたバカなの?」とでも言いたげに。

「そうですよぉ。せんぱぁい。ストーカーに話なんか通じるわけないじゃないですか」

 黒金も高酉には同意のようだ。まあ、経験者だから本質を突いていると思う。けど、今回はただの話し合いではない。

「……厚木さんの意見は?」
「うん、わたしはその人と話し合ってみたい。どうしてそんなことをするのか」

 たぶん、ストーカーの行動は壊れた本能に近いのだと思う。理由なんてない。ただ厚木さんを見たいだけ、手に入れたいだけ。

 けど、本人を前にすれば大上もたぶん動揺するだろう。心の隙を作ればそれでいい。そのために危険を承知で厚木さんと彼を対峙させるのだ。

「それとプラス、厚木さんにはストーカーへのプレゼントを作ってほしいんだけどね」

 それこそが今回の作戦の要。

「なにそれ土路! 危害を加えるかもしれないストーカーにそんなことしたら、調子に乗るだけよ!」

 怒り気味の高酉の声が、俺の鼓膜に直撃する。いちいちヒステリックになられては調子が狂ってしまうよ。

 しかし、彼女も彼女で厚木さんを心配しているのだから仕方ないか――。

 そう自分に言い聞かせて納得させ、俺は話を進めた。

「まあまあ、俺の話を聞いてくれよ」

 俺は立ち上がると、図書室から借りてきたホワイトボードを背に説明を始める。まあ、話し出せば高酉も協力してくれることになるんだけどね。

 そうやって数十分かけて説明したあと、厚木さんがノリノリで「それいい!」と、とびきりの笑顔を向けてくれた。

 高酉も納得してくれる。

「それならまあ、悪くないね」

 志士坂と案山(つくえやま)は苦笑いしているが理解はしているだろう。黒金は小さい子がワクワクしているような目をしていた。

 さて、問題は明後日の厚木さんの警護だ。

 男の俺がべったり張り付いていると大上は警戒する。少し距離をとっていたところで、上空からドローンで撮影されて不審な動きをしていることがバレてしまう。

 それは、俺が相良を見つけた時と同じ方法だ。

 ところが、高酉が一緒に厚木さんといても未来は変わらない。彼は女子は取るに足らないと判断したのか、強引に誘拐計画を実行してくる。

 そこで考えたのが、これだ。

 俺はホワイトボードをひっくり返して、厚木さんの警護計画を皆に説明する。

「え? 土路クン女装するの!?」

 厚木さんからの驚いたような第一声。

「あ、でも、(しょう)くん。化粧映えする顔かもしれない」

 そう志士坂は頷く。うん、予知通りの展開。というか、小悪魔お姉さまモードになってんな、こいつ。

「なーるほど、女子同士ならストーカーも気が緩むってことですか」

 黒金は軽く驚きながらも、俺の作戦に同意してくれていた。

「はぁー、わかったわよ。次にあなたが言いたいことは」

 頭の回転が速い案山は、俺の作戦の意図を完全に理解している。

「そういうわけで、服貸して」
「……」

 俺と案山は背丈がほぼ変わらない。彼女の服なら俺は着こなせるだろう。まあ、俺がチビなだけなんだけどね。

「案山さん、わたしからもお願いしていい?」

 厚木さんからの、まさかのお願い。彼女としては、自分のストーカーと向き合いたいのだろう。俺の作戦を理解しての協力。

「わかったわよ。ま、土路君には借りがあるから、それくらいはいいけど」

 少しぶっきらぼうながらも、最後の言葉は柔らかく語尾を変化させる案山。貸してくれるのは事前にわかってたけど、こういう展開になるのね。

「あと、案山にはもう一つお願いがあるんだ」
「なに?」

 今度はあからさまに嫌そうな顔をする。「まだ、なんかあるの?」とでも言いたげだ。

「案山って簡単なスクリプトなら組めるだろ?」

 彼女がPCでフリーソフトを作って公開していることは、前に見た未来予知で知っていた。俺はそれほどPCに詳しいわけではないので、計画の精度を上げるなら彼女に依頼するのがベストだ。それはラプラスの演算結果でも証明されている。

「まあ、できるけど……なんで土路君がそのこと知ってるの? 私、そういう話を学校で話したことないんだけど」
「まあ、そこはアレだ。案山の元オトモダチからの情報ってことで」

 ラプラスのことは話せないので、ここは便利な裏切り者を利用すればいい。

「まったくあの子は、どこまで私のことを調べてたんだか……」

 彼女が思い浮かべたのは多聞花菜ことだろうが、名前を出したわけではないので勝手に勘違いしているだけだ。まあ、その方が都合が良いので放置する。

「そういうわけで、ちょっとお願いしたいわけだ」
「まあ、いいけど。今回の作戦に関係あるんでしょ?」
「そういうわけ」
「はぁ、断っても面倒そうだからやるわよ」

 案山は深い深いため息を吐く。俺のしつこさを思い知ってのことだろう。

「よし、明日また学校に集まって明後日の作戦を練ろう」

 俺は打ち合わせの意味でいったのだが、一部の者はそうはとらなかった。

「そうね。衣装合わせをキチンとした方がいいし、実際にメイクしてどれくらい映えるか見てみたい。不自然にならないように、いろいろ試してみたいし」

 志士坂は心から楽しそうに笑う。志士坂って、苦笑いするか、過去の自分を悔いて哀しそうな顔をしていることが多いから、こういう彼女を見るとなんだかほっとする。

「あたしも先輩の女装見てみたいんで、来ていいですか」
「ええ、いいわよ。涼々」
「わーい」

 黒金は今回の件にほぼ関係ないのだが、まあいいか。前日だし。ここらへんはラプラスはあまり詳しく教えてくれなかった。ただ、「協力してくれる」「成功する」とだけ答えたのだ。

 問題がないならいいのだけど、なんだか気が重い。なぜだ?


**


 次の日。

 部室で案山の持ってきた紺のワンピースに着替えてセミロングのウイッグを被ると、部屋の外で待機していた文芸部の皆を呼ぶ。

「入っていいぞ」

 最初に入ってきた厚木さんの顔が、ぽぉーっと俺に見惚れるような感じになり、こう呟く。

「土路クン、そのままでも十分かわいいじゃん」

 続いて入ってきた高酉と黒金も、感心したように口を開けて何か言葉に詰まっている感じ。

 そして二人が顔を合わせて「意外にかわいい!」と口を揃える。

 案山は苦笑いをして、俺を舐め回すように見る。そして「フクザツな気分」と一言漏らした。

 最後に志士坂が入ってきて、俺を真っ直ぐ見つめ、着席を促す。

「将くん、そこに座って」

 俺が椅子に座ると、彼女が持ってきたであろうメイク道具を机の上に載せ、ごそごそと道具を探し出した。

「悪くないけど、近づくと粗が目立つかもね。骨格のせいで、男の子らしさが消えてないから、そこをメイクでぼかさないとね。まあ、その前に下地かな」

 ため息がこぼれる。俺はこれから、志士坂にいいようにもてあそばれるのね。

 そうやって小一時間、彼女に化粧をされて目の前に鏡を差し出される。

 そこに映るのは美少女。

「かわいい!」

 すかさず高酉がツッコミを入れてくれた。

「ナルキッソスかよ!」
「けど、本当にかわいいと思うよ。見違えちゃった。素顔の土路クンの女装もかわいいと思ったけど、これは完璧だね。わたし、抱き締めたくなっちゃったもん」

 厚木さんからは、ありがたいお言葉を賜った。

 いや、それはお願いしたいけど、今の状態でそれをやられたら、どうにかなりそうだ。しかも、長時間座りっぱなしだったからトイレにも行きたくなってくる。

「ちょっと、ごめん、俺、トイレ」
「待って、土路クン。その状態で男子トイレ行ったら、騒ぎになるかも」

 まあ、そりゃそうだな。

「仕方ない。志士坂、メイク落としてくれ」
「いいけど……」
「えー!? せっかくメイクしたばっかりなのにもったいないですよ。まだあたし、スマホで撮ってませんし」

 黒金が不満げにそう声をあげる。おまえ、俺のこと撮ってどうする気だよ!?

「うん、わたしももったいないと思うから、そうね……緊急事態だし」

 厚木さんの表情が『問題解決モード』となる。

「えっと、俺はどうすればいいのかな?」
「漏らさないでね。それ、私のお気に入りの服なんだから」

 と案山からお叱りの言葉が入る。というか、漏らさねえよ!

「土路クン。付いてきて」

 厚木さんに手を引っ張られて部屋の外に連れ出される。とりあえず悪魔の起動はない。

 そして、そのまま女子トイレへと入らされた。

「厚木さんマズいって」
「いいからいいから。その状態で男子トイレ入るよりいいって。わたしが見張っててあげるからさ」

 個室に押し込まれた俺は、妙な緊張感の中で用を足す。なんだか、特殊な趣味が目覚めそうな感じだな。

 せわしなく女子トイレを出たところで、出会いたくない人物に遭遇する。

「あれ? 厚木さん。その子って学外の子?」

 それは富石だった。俺をちらりと見て、厚木さんに話を振る。

「そうだよ。わたしの友達のショーコちゃん」

 そんな風に紹介するものだから、富石の視線が俺に向けられる。

「可愛い子だね。なんだか惚れそうだよ」

 やめてくれ!!!!!


**


 厚木さんの機転でなんとか切り抜けて部室に戻る。

 案山は開口一番「汚してないでしょうね?」と服の心配。一方、志士坂は前向きで楽しそうな感じだ。

「汗でメイクが少し崩れてるね。汗をかく場所って個人差があるから、それを考慮してメイクしないと。本番ではもっとうまくやるよ」

 そんな中、高酉は俺をちらりと見て、ちょっと見惚れる感じで、すぐにぷいと視線を逸らした。

 なんだよこれ?

「せんぱぁい。ちょっと思ったんですが」

 黒金がずかずかと俺の前に仁王立ちとなり、ビシッと俺を指差して言葉を続ける。

「動きとか、ちょっとした仕草がなってませんね。それじゃ、女の子らしくないですよ!」
「は?」
「歩き方もダメです。もうちょっとですね」

 何やら演技指導が始まってしまった。

「おいおい、俺は女優じゃないんだから」
「明日の作戦、うまく行かせる気はないんですか? ストーカーにバレたら警戒されますよ」
「そりゃそうだが」
「あたしが特別に教えてあげますから」

 黒金の顔はまさに、着せ替え人形の服を選ぶ女児のようだった。

「涼々、もしかして妬いちゃってたりする? 将くんが自分より可愛くなっちゃったもんだから」

 志士坂のその言葉に「もぉー、凛音姉さまぁ、言わないでくださいよぉ」と甘えた声出す。

 でもまあ、大上に警戒されないようにするって考えは間違ってないんだよな。

「わかった。教えてくれ」
「はい。ではまず、その口調から直しましょうか」

 黒金は再び、ビシッと俺に人差指を向ける。

「ど、どうすればいいのかしら?」
「せんぱぁい……声上擦ってますよ」
「おまえが直せっていったんだろうが!」

 そんな俺たちのやりとりを見ていた高酉がため息を吐くように呟く。

「はぁ、なんかあの二人、妙に仲良いのよね」
「うん、そうだね。でも、今の二人って、なんか百合っぽいよ」

 厚木さんが俺を見る目がなんか、キラキラしてる。なんだよこれ?

「百合は百合でも片方TS百合のパターンじゃない? まあ、ただの女装だけど」

 案山呆れたように言う。その通りだけどさ、なんかムカつくな。

「はい! よそ見しないでくださいせんぱい。とりあえず歩き方から行きましょうか。喋り方は最悪無口キャラで行けばいいですし」
「おお、そうだな」

 そうやって俺は半日近く、黒金による指導……いや、悪ふざけに耐えて、女の子らしい仕草を会得したのであった。

 ラプラスの奴、肝心なことは未来予知から省くからな。たぶん、黒金の指導を蹴ってたら未来が変わった可能性もあるが、たぶん、あいつは俺が断らないだろうということまで演算していたのかもしれない。

 まあいいさ。

 こんな苦労、厚木さんの命に比べれば些細なことだ。

 さて、待ってろ大上。

 てめえを殺す以外の方法で地獄に落としてやる!




◆次回予告

パーフェクト美少女となった主人公がストーカーへの反撃態勢に入る。

最後に笑うのは誰か?

次回 第50話「わたしは可愛い女の子デス(自己暗示)」にご期待ください!
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