第47話「準備は万端なのです」

文字数 4,908文字

「えー、土路も一緒に来るの?」

 高酉が嫌そうな顔で俺を見上げる。

 今は試験前なので、勉強会を部室で行って皆で帰るところ。

 そして、ストーカーが気になるので俺が彼女と行動を共にすると言ったので、高酉の口から不満が零れたのだ。

「正確には一緒に帰るわけじゃないんだけどな。彼女を家まで見送るってのは事実ではあるけど」
「まあまあ、アリス。わたしもあんまりモヤモヤしたくないし、土路クンに任せてみようよ」
「そりゃまあ、あたしが一緒にいても、まりさは守れないかもしれないけどさぁ……」

 それでも不満げな顔は直らない。

「俺はあくまでストーカーを特定するために行動するだけだから、厚木さんからは離れて付いていくよ」
「なんか、それって、土路がストーカーみたいじゃん」
「うるせーな! しゃーないだろうが!」

 俺達の様子を見かねたのだろうか。厚木さんが高酉の肩をポンと叩く。

「アリス。土路クンはわたしのために動いてくれてるんだから、あんまり酷いこと言っちゃダメだよ」

 珍しく厚木さんが高酉を軽く叱る。滅多に見られない場面であるので、動画に撮っておきたいところだ。いや、こういうこと言ったら、また「ストーカー思考だ」とか(けな)されそうだな。

「俺のことは気にしないでくれ。厚木さんたちは、いつも通りに帰ればいいよ」
「うん。ごめんね。変なことに巻き込んじゃって」
「かまわないよ。こういうことは早めに対処したほうがいいんだからさ」


**


 あまりキョロキョロすると目立つので、目的の駅に着くまでは座席に着いてスマホで時間を潰す。

 未来予知において、俺がこの作戦を実行した場合の演算は終わっている。結果は何事もなく厚木さんは家に帰り着く。彼女に危険はない。

 だから焦ることはなかった。今日やるべきは、ずる賢い真のストーカーが隠れ蓑にしようとした哀れな奴を捕まえるのみ。

 俺は用意しておいた小型ドローンを飛ばして、厚木さんの頭上を付けていく。ちなみに、それは航空法の規制には引っかからない重量である。

 この手段ならば厚木さんを直接見張ることなく、追跡者の動向を簡単に察知できる。不審な動きをしているものがあれば、上空から一目でわかるのだ。

 駅を出て数分後、厚木さんは丁字路にて高酉と別れる。高酉は左へ、厚木さんは右の道を行く。

 この時点で、とりたてて不審な動きをする者はいない。

 さらに彼女が歩いて行くと、前方に橋が見える。たしか厚木さんの家は川を渡った先にあった。

 それほど大きな橋でもなく、歩行者はほとんどいない。

 厚木さんの渡っていくのを、その姿をじっと見ながら歩いて行く男の姿が見えた。うちの学校の制服を着た男子生徒である。

 顔はそこまで高解像度で撮れているわけではないが、クラスメイトの一人だということはわかる。まあ、事前にラプラスの未来予知でそれは知っていたんだけどな。

 彼は厚木さんをストーキングし、スマホのカメラにその一部始終を収めていた。上空にあるドローンにはまったく気付いていないようだ。

 とはいえ、こいつが真のストーカーではないので、こいつを糾弾するための証拠にするわけではない。まあ、テスト運転をかねた飛行でもある。内蔵カメラの使い勝手を試すのにちょうどよかった。

 厚木さんが家に到着し、玄関の中に入ると、彼は再び駅への道どりを戻ってくる。

 途中で誰かに連絡を入れていたようだ。通話ではなくSNSのようなので、そこから相手を特定するのは難しいだろう。

 こういう場合はラプラスに頼るのが一番。

 駅に戻ったところで、俺は後ろから彼に声をかける。

「よっ!」

 肩を叩いて相手に触れる。彼の名は相良良一。クラスメイトでもある。ちなみに厚木さんに好意を寄せている哀れな男のひとりだ。俺もだが。

 そして悪魔を起動させる。

『呼んだ?』
「呼んだよ」

 というか、呼んでもいないのに出てきたり、肝心な時に現れなかったりするけどな。おまえ。

『で? 質問があるんでしょ?』
「そうだな。相良はどうして厚木さんをストーキングしたんだ?」

 彼が真のストーカーでないことは未来予知でわかっている。だからこそ、なぜこんな真似をするかだ。

『彼は家に帰ると、ネット経由で今回の動画データをある人物に渡すわ』
「相手は誰だ?」
『それは不明。指定されたネットワーク上の共有ドライブ経由だからね。でも、相良良一が相手から受け取ったメールには、興信所が厚木球沙を調べるために動いているという説明がある。その文章を何度も読み返すわ』

 興信所? 怪しすぎるなぁ。

「それを信じたのか? 警察じゃなくて探偵だろ? あいつ厚木さんに惚れてるんだから、そんな胡散臭い奴に騙されるなんておかしくないか?」
『メールにはこう書いてあるよ。厚木球沙が売春をしているという噂があり、このままでは退学となる可能性が高い。自分は親類に頼まれて彼女の潔白を証明するために調査しているのだと』

 それっぽいことで相良を誘導しようとしたわけか。

「でも、それって無理があるだろ? 探偵なら普通、自力で調査しそうなものだけどな」
『それについてはこう言い訳しているわ。警察ではないから学校内には入れない。だから、校内での調査の協力者を探している。彼女の潔白を証明するのに必要なことだと』

 それにまんまと引っかかったわけか。相良め、単純にも程があるぞ。

「相良が厚木さんに惚れてるのを知っているからこその依頼だな……となると、外部と思わせて、実は学校内部にストーカーがいることになるんじゃないか?」
『それについては、あたしはなんともコメントしようがないけど』

 ストーカーの正体の鍵は相良が握っている。こいつを尋問して手掛かりを探るか? その前に、もう一つ聞かねばならないことがある。

「相良の未来において、ストーカーと直接接触することはあるか?」
『それは条件が曖昧だよ。今の状況でストーカーは特定されていない。彼が会うのが厚木球沙のストーカーかどうかはわからないよ』
「あ、悪い。先走り過ぎたな。たぶん、家に帰ったらスマホで撮ったデータを誰かに送ると思うんだが、その相手と直接会うことはあるか?」
『ないよ。報酬も振り込まれるだけらしいからね。まあ、相良良一にとっては厚木球沙の潔白を証明できるなら報酬なんていらないと返信していたけど』

 そういう純粋な想いを利用する奴は許せない。俺だって彼女のためなら報酬なんていらないと言うだろう。

「このまま相良を尋問して、こいつにストーカーの協力を止めさせたらどうなる?」
『厚木球沙を覗き見する目を失った彼は暴走するわね。あなたのその後の行動によって変わってくる』
「例えば、俺がずっと張り付いて登下校中ずっとボディーガードをしていたら?」
『あなたは殺されて、その後、ストーカーは厚木球沙を家に押しかけて家族を殺し、彼女をレイプする』

 一瞬で怒りは沸点に達する。

「ふざけんなよ! そうやすやすと殺されてたまるか」
『……頭に血が上って忘れてると思うけど、あなた自身の未来は予知できないからね。ストーカーに殺されるのを防ぐのは無理だと思うよ』

 それはわかっている。ラプラスは俺が触れた相手の未来を見るに過ぎない。俺自身の未来はずっと霧の中だ。

「ならば相良はこのまま泳がすか」
『それが無難な対応ね』

 だけど、せっかくラプラスを起動させたんだ。相良には役に立ってもらわないと。

「よし、相良を尋問してみよう」
『ちょっと待って。彼を尋問したら、彼は興信所の依頼に疑問を持って、協力をやめるわよ。悲惨な未来が待ってるだけ』
「いや、なにも直接尋問しなくていいだろ。演算してくれればいい」
『あ……そうね。そのためのあたしだったわ』

 相良にどう尋問するかは、わりと好き勝手にできる。その気になれば拷問すら可能だ。

 それは予め未来を演算する行為の範囲内だ。実際に行動に起こさなければ、相良にはなんの実害もない。

 たとえ危害を加えたとしても、それはただのシミュレート。現実には及ぶ影響は皆無である。


**


「おお、土路じゃないか」

 時間の流れが元に戻ると相良が振り返って、ひきつった笑みをこちらに向ける。

「相良の家ってここらへんだっけ?」
「いや……その違うんだが」

 少し挙動不審な態度だ。でも、ツッコまないでおこう。

「俺はここの住民じゃないんだが、お気に入りの本屋があるからたまに来るんだよな」
「へ、へぇーそうなんだ」
「じゃあな。俺、用事あったの忘れてたわ。早く帰らないと」

 適当に話を切り上げて、相良に別れを告げる。こいつに用はない。ラプラスの演算で知りたいことはすべて知った。あとは、そこから次の一手を考えるのみ。

 そのまま駅の改札を抜け、帰りの電車に乗り込んだ。

 つり革に掴まりながら相良からの情報を整理する。

 ストーカーから依頼が来た相良のメアドは、スマホに紐付けられたもの。あいつPCとか持ってないからな。

 そして、そのアドレスを知る者は限られている。なぜなら、彼はゲームのフレンドを集めるためにSNSで限定的に公開したものだからだ。

 そんな限定的なメアドだというのに、どうやって興信所が相良のアドレスを突き止めたのか? という疑問は彼の中に湧かなかったらしい。ただ、厚木さんへの想いだけが、彼を衝動的に突き動かしたのだろう。

 そんなのは間違っている。厚木さんを助けたいのなら、すべてを疑うべきだ。慎重に行動すべきである。

 まあ、そんな俺の理屈なんてどうでもいい。

 彼がメアドを公開したのは1年以上前。高校に入学してすぐぐらいだろう。それなりに時間が経っているので、真のストーカーがたまたま見かけた相良のメアドにメールを送ったとは思えない。

 そもそもSNSでは相良良一とは名乗っていないし、彼が厚木球沙と同じ高校だということさえわからない。

 だから外部の人間というのは、ここで排除できる。

 さらにゲームのフレンドとして、ゲーム内でチャットをするなり連絡をとるなりしないと、メアドの人物と相良が同一人物だとわからない。

 そうなると、偽メールを送った主の候補は絞られてくる。

 ここで疑問なのが、相良とのメールのやりとりは、警察が介入すれば簡単に通信ログなどを見られて相手が特定できるということだ。

 それなのにいずれの未来でも、犯人は特定できずに、迷宮入りとなるらしい。

 そこで、厚木さんが殺される場合の相良の未来をラプラスに教えてもらう。

『相良良一は気付いてしまうのよ。自分が間接的に厚木球沙の殺人の手伝いをしてしまったことに。彼は自責の念に駆られて事件の10日後に自殺する。だから、捜査の手は彼のところまでまわらない』
「なるほどね。まあ、惚れてるだけにショックは大きいよな」

 とりあえず、相良に尋問して得られた情報では、反応のあったゲームのフレンド候補(ストーカー候補)が五人。これくらいなら、わりと強攻策でなんとかなる。

 わざわざ全員を調べてあげて、アリバイとか人物像とかその他諸々から推理するなんて手間のかかることはする必要はない。

 ラプラスの能力で触れれば、誰がストーカーであるかは一目瞭然である。

 俺が考えなければならないのは、具体的な対策である。

 厚木さんの死亡フラグをぶっ壊し、ストーカー行為をやめさせ、性根が腐っているような奴なら最終手段をとる。

 目的はシンプルなので策略は立てやすい。

 さあ、ここからが本番だ!



◆予告

ストーカーの正体を特定し、新たな作戦を立案する主人公。

その作戦にはとんでもない奇策が用意されていた。

次回、第48話「特定しましたデス」にご期待下さい。

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