第15話「性悪な悪魔には退場してもらうのデス」
文字数 4,151文字
志士坂と津田と南、そしてこれに2年1組の千種寧々が加わることで俺の策略は長い準備期間を終える。
すでに分かっている結末とはいえ、俺の行動の微妙なズレで運命が変わってしまうこともありえるので、手を抜ける状態ではなかった。
千種寧々は、まだ志士坂がリーダーだった1年生の頃にイジメられた生徒だ。彼女の方が避けてるおかげで、こいつらが校内で出会うことはほとんどなかったという。
今回、俺は少しの工作をして津田と南を千種さんに出会わせることにした。
簡単な話だ。3人に生活指導の教師から第2指導室に呼び出されていることを伝えるだけ。俺が直接伝えなくても、クラスの誰かに伝えて伝言ゲーム的に本人に伝わればいい。
そして放課後、同時刻に第2指導室の前で3人は出会う。教室の鍵は締まっているので中に入ることはできないだろう。
元イジメっ子と元イジメられっ子。津田と南の性格と、志士坂へのイジメを阻止してきたストレスが千種寧々へと一気に放出される。
出会わないようにしてきた千種さんは予想外のことに逃げられず、2人の餌食となるのだ。策略の為とはいえ、そんな残酷なシチュエーションを仕組んだのは俺。
ま、俺も2人に劣らず極悪人ではあるかな。
さて、俺は頃合いを見計らって志士坂に声をかけることにした。
「志士坂」
「ん、なぁに?」
警戒心のない穏やかな笑顔。こいつ、なんでこんな懐いてるんだよ? 俺はこれからおまえに酷いことしようとしているのに……。
「付き合ってくれないか?」
「え?」
志士坂の頬が、いや顔全体が赤くなる。これはいけない。
「違う! ちょっと、とある場所に用があるから、そこまで付き合えってことだよ」
急いで訂正する。言い方が悪かったってのは猛省した。今はそれどころじゃないから、こんなことで動揺している場合じゃない。
「どこ行くの?」
「おまえの過去の清算だよ」
そうして連れてきたのは北校舎の1階の角。南校舎から来た俺たちが1階連絡通路を通って右に曲がるとそこには第2指導室がある。
そして良い感じで空気は温まっていた。いや、冷え切ってるかな、この空気は。
目の前では津田と南が生き生きとしながら、千種さんをイジメているのだ。
どういう状況でそうなったかはわからないが、千種さんは廊下に座り込んで土下座していた。二人のことだから、強制的にそうさせたんだろう。
「朱里と陽葵……それに千種さんも。どういうことなの?」
志士坂が目前の光景に驚いたのか、手前で固まったように振り返らずに俺に問いかける。
「言っただろ。過去の清算だよ」
「だからどういうことなの?」
ようやく振り向いた志士坂は真っ青な表情を浮かべ、その肩は震えていた。
「目の前には津田と南、そして千種さんがいる。おまえはどちらに付く? もう一度あの二人と組んで千種さんをイジメるか? それとも」
「……土路くん、いじわるだよね」
志士坂は視線を落とす。そして力無き声でそう呟いた。
「今ごろ気付くなよ」
優しくないのは最初からだったはず。
「悪魔みたいなあの二人に、かなうわけないじゃない……」
俺の意図に気付いたのか、彼女は絶望的な表情を浮かべ、そう言って首を振る。
「言っておくけど、『ただ見ているだけ』ってのは、あの2人に荷担しているのと同じだからな。イジメられている人間にとっては『助けてくれる人間』か『助けない人間』かの2種類しか見えない」
「無理だよぉ……」
そんな彼女の弱音を無視して追い詰める。
ま、俺のこれがイジメだっつうなら、その批判は真っ正面で受け止めるけどさ、今はそんなことを考えている場合ではない。こいつに勇気を奮ってもらわない限り、状況は前進しないのだ。
「選ぶことすら放棄するのか?」
「あたしはそんなに強くない。無理なんだって……あの2人の怖さはあたしが一番よく知っている」
完全に怖じ気づいている。それは予想……いや予定済みのこと。だから俺は彼女を動かすための一言を繰り出す。
「おまえは一人じゃない。俺は援護してやるって言ったろ。それに、おまえは役割を与えられれば強くなれるんだ。例えそれが演技だとしても」
「役割?」
「昔、あの二人に心を隙をつかれて、リーダー役を演じさせられた。だったら今度は、俺があいつら二人を打ち負かす役割を与えてやるよ。おまえは過去を清算するために、千種さんを助けるべきだ。そういう役を演じろ」
「演じる?」
「そう。ただ演じられるまま動けばいい。おまえはいじめを救う側の主人公だ!」
しばらく放心したかのように虚ろな目で考え込んでいた志士坂だが、決心がついたのか真っ直ぐに俺の顔を見つめると「わかった。やってみる」と頷いた。
深呼吸をした志士坂が一歩を踏み出す。
「朱里、陽葵」
彼女の呼びかけに、津田と南の顔がこちらに向く。その前に俺は、二人に気付かれないように角の手前へと引っ込みスマホを取り出す。
「あっれー、凛音じゃん」
「もしかしてぇ、仲間に戻りたいの?」
小馬鹿にするような視線に、嫌らしいわざとらしい返答。完全に志士坂は雰囲気に飲まれていた。
「……」
津田が志士坂に近づいてくる。その薄笑いは彼女にとっては背筋がぞっとするほどおぞましいだろう。
「いいよ。また3人で千種をいじろうよ。この子面白いからね」
「そうそう。おもちゃに最適。凛音もまた、この子と遊びたいんでしょ?」
「……違う」
振り絞った志士坂の声。彼女たちに否定の言葉を告げるのは、どれだけ恐ろしいのだろう。
「え? なになに?」
「聞こえないってば」
わざと耳に手をあてて、津田と南はバカにしたように何度も聞き返す。
「もうやめようよ。こんなこと。誰かをイジメても何も得られないよ。クラスでの発言力が上がるなんて、そんなのただの自己満足だって」
「へー、凛音からそんな言葉が聞けるとはね」
「あれじゃね? 『イジメ格好悪い』って、偽善ぶってんじゃん?」
「凛音も去年までは、この子で遊んでたのにねぇ」
「そうそう。どの口が言うのかね」
「あたしは、悔やんでいるの。だから……」
3人に近づいていった志士坂は、千種さんの前に跪くと頭を下げて謝罪をする。
「あなたには酷いことをした。ごめんなさい」
何が起きたのか理解できないのか、千種さんは呆気にとられたまま彼女を見上げる。
「けっ、マジで偽善者かよ」
「だから凛音は底辺のままなんだよ」
「せっかくあたしたちが引き上げてやったってのに」
「この恩知らずが!」
そう言って、志士坂の背中を蹴り飛ばしたのは南だった。さらに追い討ちで転がった志士坂の頭の上に足を乗せる津田。
「どうする? 陽葵」
「うーん、こいつら裸にして恥ずかしい姿をインスタで撮ればいいんじゃね?」
「そだねー、しばらくはこいつらで遊びたいしぃ。弱みを握るってのもアリだね」
そう言って千種さんに近づこうとする南の足を、志士坂は掴む。
「ダメ! もう、その子には手を出させない」
「なーに言ってんだか、偽善者が!」
津田は志士坂の頭の上に乗せていた足にさらに体重をかけて、ぐりぐりと押さえつける。
志士坂の苦痛の表情は、いい演出になる。
こりゃひどいなぁ、と俺はスマホをタップして録画していたデータを保存した。
「やあやあやあ」
俺はわざとらしく登場する。
「げっ! 土路」
「おまえ、またストーカーしてんのかよ!」
ふたりのぎょっとした顔を見るのはこれで何度目か。そろそろ学習して欲しいんだけどなぁ。
「いやいや。偶然ですよ。偶然、イジメの現場を録画できちゃいました。どーしよー、つべにアップしたら津田さんと南さんの人生が終わっちゃう」
と、女の子っぽい演技をしながら棒読みのわざとらしい台詞を俺は吐く。
「あんたって奴は!」
「待って朱里」
南が俺の前に出る。
「なんだよ?」
俺がそう問いかけると、彼女は真剣な顔でこう告げた。
「なにが望みよ? 本当につべにアップするなら、わざわざそんなことは言わないよね?」
俺はほくそ笑む。俺の言葉の誘導に素直に乗ってくれた。未来の規定事項とはいえ、本当になぞれているのか時々不安になるからね。
「まあね。とりあえずこの場は退いてくれないか? そうすれば動画サイトにはアップしない」
「退くだけ?」
「それだけなのかよ? なんか企んでないか?」
企んではいるけど、おまえらに言う必要はない。
「そうだねぇ……これ以上、志士坂や千種さんに関わらないことだ。それが条件」
「けっ、あんたも偽善者かよ!」
顔をしかめる南。津田も心底嫌そうな顔を俺に向けていた。
「わかったよ。あたしらは退くよ」
「それでいいんだね?」
こいつらの引き際が早いってのは志士坂の件でも把握している。逃げ道さえ作ってやればすぐに行動するだろう。
「ああ」
そうして、2人はその場から去って行く。とはいえ、このままだと俺にヘイトがたまって、厚木さんへの危険は回避できない。だから、ここでもうひとつの裏工作を発動させる。
スマホをタップして、捨て垢(偽装アカウント)で使ったアドレスから、津田と南のメールアドレスへとそれぞれに違う画像付きのメールを送る。時差送信のアプリを使って、メールが受信されるのは明日の朝に設定しといた。
これであの2人は、俺や志士坂や厚木さんへと負の感情を持つというリソースを失うだろう。
差別や軽蔑からくるイジメは本人たちが無意識に行うことも多いので、なかなかやめさせることは難しい。なにしろ本人が反省しないのだから。
ならば、いじめを行うための行動力を封じればいい。志士坂や千種さん、厚木さんのことを頭の中から消し去ればいいのだ。
その答えが俺がこれからやろうとしている策略の1つであると。