第23話「炎上したのは火災ではなく人災です」

文字数 3,520文字

 次の日、ラプラスの予知通り不動産会社のパマンハウスはネット上で炎上していた。

【これヤバイでしょ?】

 某SNSには、上記の文章の下に画像が乗っていた。内容は、駅前にあるパマンハウスの扉を映したもので、そこには例の版権ネズミの絵がデザイン的に描かれた物件情報の貼り紙があった。

【いつの間にパマンハウスはネズミ王国とコラボしたんだ?】
【してねえだろ(笑】
【作った奴バカなんじゃない?】
【ネズミ王国の逆襲は怖いぞwww】
【訴えられたら かなりな損害じゃない→草】
【けどネズミ王国の絵を自分の家とかに描いてた人いなかったっけ】
【あれは素人だから許されたんだろ?】
【営利目的はアウトだよね】
【そういや昔 小学校か何かでネズミ王国が著作権侵害で訴えたって噂もあったよな?】
【知ってるそれ 卒業記念にプールの底に版権ネズミの絵を描いたってやつ】
【そうそう。著作権侵害だから消すようにって言われたって】
【訴えられてないじゃん】
【いや、あれは担当の教師が間抜けだったというオチでしょ】
【たしか新聞の取材が来て、大々的にその絵が全国的に知られてしまったことが要因だし】
【だからこそ まずい流れになる前に釘を刺したって感じでしょ】
【問題はアホな教師が無許可で暴走したってところだよね】
【許可とってたらネズミ側もオッケーだしてたんじゃん?】
【とある小学校の話なんだけどさ 図書室のイメージキャラクターで版権ネズミを使わせて欲しいってお願いしたら許可くれたらしいよ】
【なんだネズミ王国優しいじゃん】
【やっぱ許可取らなかった教員がアホやね】
【あの小学校の子供は被害者じゃん】

 おいおい、話が逸れているやつもいるな。

【パマンハウス不買運動に賛同する】
【俺も不買に参加するぞ】
【俺も俺も!】
【不買だ不買だ!】

 落ち着けよネット民。そんなにしょっちゅう不動産屋行かないだろって。


 さらに翌日。すぐに謝罪会見が行われ、その様子は夕方のニュースで報道されることになった。

 未来予知によると厚木一郎は上層部に事情を聞かれている最中。金田良平も同じだ。だが、金田は部下を抱き込んで虚偽の証言をさせることに成功している。

 結果的に厚木一郎の証言は採用されず、彼が処分の対象となるのだった。上層部にとっては、上司へと罪をなすりつける困った社員なのだからな。

 さらに次の日、ネットはパマンハウスが過去に起こした失態が掘り起こされ始める、さらなる炎上の兆候がしめされていた。

 同日、厚木一郎には諭旨解雇の処分が下る。つまり一定期間以内に退職届を提出しろということだ。勧告に従い退職届が提出された場合は依願退職扱いとし、提出されない場合は懲戒解雇とする処分である。

 まあ、簡単にいえば、自主的に辞めれば退職金くらいは出してやるということだ。

 その夜から厚木一郎は夜の公園のベンチでヤケ酒を飲みながら退職まで悩み続けるのだ。そして、3日後に妖艶な小悪魔である黒金涼々と出逢う。

 はい、さくっと妨害します!

 ベンチに近づき、ちびちびとワンカップの日本酒を飲んでいる厚木一郎に声をかけた。
「厚木一郎さんですね」
「ん? なんだいキミは」
「ちょっと面白い動画があるので、一緒に見ませんか?」
「ははは。あれだな。つべってやつか? 最近の子はおじさんにそれを見せるのが流行っているのかい?」
「残念ながら動画サイトではありません。俺が盗み録りしたものです」
「エッチなのかい? おじさんにエロ動画を売りつける気かい。度胸あるねぇ」

 話していてもきりがないので、ハンディカムの液晶画面を彼に向け、撮った動画を再生させる。

 そこに映るのは金田良平が例の貼り紙をガラスに掲示するシーンだ。

「こ、これは」
「そうです。金田良平がやったという決定的な証拠です。あなたに差し上げますので、どうぞ告発の材料にしてください。おまけでこいつも付けちゃいます」

 俺はSDカードを取り出してそれも渡す。

「それには何が入っているんだ?」
「あなたがパワハラされた時に録音した音声ファイルです。聞けばわかりますよ。パワハラにプラスアルファがありますのでお楽しみに」
「なぜ私にこれを」

 厚木一郎は呆然としながら、俺を見上げる。

「うーん。そうですね。金田良平を許せない奴の一人だからです。俺は社会人ではありませんから、告発するにしてもネットしかないから、やり過ぎちゃうんですよ」

 半分は嘘である。この告発は厚木一郎、というか厚木球沙のためでもあった。

 そして、ネットに流す方が簡単ではあるが、これ以上パマンハウスにダメージがあると、彼が会社に残った場合のリスクが増して処理が大変になるだろう。

 彼には平穏に暮らしてほしい。たとえ仮面夫婦であろうが、厚木さんの笑顔を消すような方向にはいってほしくない。

「ありがとう……どこの誰か知らないが、これで俺は助かる」

 酒が入っていることもあるのだろう。涙を流して感謝された。

「ただ、ひとつだけ条件があります」

 俺は駄目押しの一言を告げる。

「条件? それはなんだ?」
「娘さんがいらっしゃいますよね。彼女を大切にしてください。彼女を悲しませるようなことだけはしないでください」

 俺の言葉を呆然と聞いていた厚木一郎だが、酔いが冷めたのか真剣な表情で答えをくれた。

「ああ、約束する。当たり前じゃないか、俺のかわいい娘だぞ」


**


「ふわーあ」

 1時限目が終わり教師が出て行くと同時に欠伸をする。

「眠そうだな」

 斉藤が声をかけてくる。最近は将棋部への勧誘を諦めたのか、話題は至って普通のこと。ま、こいつもオタク傾向があって、かなりの本好きなので話は合う。

 なので、たまにそのことで語りあうこともある。まあ、かなり偏っているので厚木さんのように広い範囲で語りあうことはなかったが。

「昨日はちょっとネットにハマりすぎてね」
「そういや、パマンハウスの炎上がもう消えかけてるよね」
「ああ、他の炎上ネタに掻き消された感じだな」

 俺は昨晩、新たな炎上ネタになりそうなものを集めて各所で書き込み工作を行ったのだ。こういう炎上ものは、ネット民のリソースを別の炎上ネタへと移行させればいい。

 複数の情報を平行して考えられる人間は少ない。ましてや気軽に見られるネットで、思考に負荷をかけたがる者はそうそういないだろう。

 目新しい話題に皆が飛びつけば、古い炎上ネタはくすぶり出す。

「ネット民は常に新しいものを追い求めるからね。ネズミ王国ネタはわかりやすいけど面白みは少ないからな」

 本来なら今回の炎上のあと、パマンハウスの過去の失態が掘り起こされてさらなる炎上という事態が起きるのだが、俺の工作によりそれをする連中の規模が小さくなることで再炎上を防ぐことになるのだ。

 これはラプラスとの答え合わせで未来は確定している。何を新しい炎上ネタに選ぶかで変わってくるので、その選別に苦労したが。

「そういや、斉藤って1年の黒金涼々って子と、中学が同じだったんだよな?」

 これはラプラスに手を借りずとも調べられる情報だ。富石と話している時にそんなことを耳にしたのだ。ついでだから聞いておこう。

 厚木一郎の件がさくっと済んだのだから、今度は彼女の方を本格的に解決しないといけない。その為にも彼女の過去の情報は重要なのだ。

「す……黒金ならたしかに同じ中学の後輩だったな。それがどうした?」

 斉藤の表情が変わる。それまで戯けていた感じが、何かを悟られまいと引き締まった感じに口元を固く結ぶ。

「いやあ、富石が彼女に惚れちゃったみたいでさ」
「あいつはやめた方がいいぞ」
「俺もそう言ったんだけどさ。あいつの恋愛観ポンコツだから」
「ポンコツ?」
「女を見る目がないんだよ。黒金のこと『あの子はとても純粋な子だ』だって」
「……」

 何か言いたそうで、それでも言いたくなさそうに口を結んだままの斉藤。

「それとも昔はそんな純粋な子だったのか? 中学の時はどうだったんだ?」
「中学も変わらないよ」

 斉藤は意味深に口元を緩め、それでいて悲しそうな目で視線を教室の窓の外へと向けるのだった。



◆次回予告

 すべてをかき回す小悪魔 VS 運命さえ変えられる主人公

 どっちが勝つかは明白でしょ?

第24話「ブリキの小悪魔に好かれるのは不本意です」にご期待下さい!


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