第17話「北の魔女は案外優しかったのです」

文字数 4,458文字


 次の日の朝。

 登校すると津田が自分の席でスマホを見つめて激高寸前の状態であった。というのも、俺が朝一で彼女にとあるSNSのメッセージトークのスクリーンショットを送ったからだ。

 内容は、案山(つくえやま)の配下の女子を偽って南のSNSで接触し、自分たちのグループに入らないかと、嘘の誘いを行い、会話を誘導しながら津田への陰口を引き出すようなやりとりをしたのだ。

 それにまんまと彼女は騙されて、ほぼ本音の入った陰口を垂れ流したということ。

 その証拠画像(スクリーンショット)を津田へと送ったわけだ。怒るのも無理はないだろう。

 そこへ南がクラスへと入ってくる。彼女も少し機嫌が悪い感じだ。

「ちょっと陽葵。これってあんたが書いたんでしょ? 酷くない!?」

 とスマホの画面を見せるが、南はそれをスルーして、自分の方のスマホの画面を相手に見せる。

「それよりあんた。この画像どういうこと? あたしが……富石君に気があるのを知っていてこんなことしたの?」

 まだ富石は登校してきていないのを確認してから、南はそんなことを相手に告げる。

 スマホに映っているのは、津田と富石が抱き合っている姿。といっても、津田が転んだのを富石が抱きとめただけだけどな。動画でとってた一連のファイルから、その瞬間の画像を切り取っただけ。

 といっても偶然ではない。富石に協力してもらって撮ったものだ。

「それ、大した画像じゃないでしょ。それよりも」

「なによ! 大した画像じゃないって、あんたわかってて言ってるんでしょ!」

「はあ? そんなのどうでもいいことだろ?」

「人の話を聞けよ。ふざけんな!」

 彼女たちの喧嘩はヒートアップし、最終的にはとっくみあいの喧嘩となっていった。

「おいおい、これヤバイんじゃない?」

「あの二人が喧嘩するなんて初めて見たよ」

「あれ? 志士坂さん、仲裁しないのかな?」

「あのグループは崩壊したんじゃなかったっけ?」

「そういえば志士坂さん、2人からハブにされてたね」

「結局、みんなバラバラになってんじゃん」

 そうこうしているうちに1時限目の数学教師がやってきて、それでも喧嘩をやめない二人に教師が一喝する。

 その後、生活指導室に呼び出された2人がどうなったかは知らない。

 ラプラスの未来予知では、二人の仲は険悪となり、互いに罵りあうという人生がスタートするようだ。

 彼女らの(ねた)みのベクトルは津田にとっての南、南にとっての津田の方向となる。つまり、すべてのリソースはそこに割かれることになるのだった。

 つまり他の奴らをイジメるような余裕は残っていない。全力でお互いを攻撃しあうのだ。まさに自業自得。いや、俺の工作による誘導も混じってはいるが、いつこうなってもおかしくない人間関係だっただけのこと。

 俺は放課後に、事の顛末を北志摩先生へと報告しにいった。

 図書準備室で静かに聞いていた先生は、途中から頭を抱えだす。

「土路くん……まったく、あなたって子は」

「志士坂は過去の清算もできたし、なにより津田と南の負のリソースを奪ったんですから、これから新たにあいつらの餌食になるようなイジメが行われないってだけマシじゃないんですか?」

「そうだけど、実に酷い策略ね。あなたの人間性が出すぎていて頭が痛くなってくる」

 もっと厳しい反応を想定していただけに、拍子抜けした。俺だって、自分が酷い人間だってことを自覚しているのだから。

 北志摩先生の反応は、単純に出来の悪い生徒に頭を痛めている感じ。前回のようなプレッシャーを感じなかった。

「じゃあ、他に方法があったんですか?」

「方法というより、事後のフォローをまったくしないってのが問題なのよ。志士坂さんは、まあ、いいとして。津田さんと南さんをどうするの?」

「知りませんよ。あんな悪魔」

「土路君」

 軽く叱られている感じに名前を呼ばれる。こちらが反論しようとする前に、北志摩先生は目を瞑ってしみじみと語り出した。

「あの子たちの性悪さはあなたの説明で理解したわ。けどね、あの子たちは道を誤ったままなのよ」

「無責任と言われるかもしれませんが、これが俺にできる最大限のことなんです。志士坂と千種さんと、あと一人、俺の好きな子を守ったんですからこれが限界ですよ。3人ですよ。3人」

 さすがにここで厚木さんの名前を出すわけには行かない。けど、当初の予定では厚木さん1人だったのを、3人まで拡大して関わったのだ。俺としては最善だと思っている。

「単純に見ればあなたは優しさの欠片もない生徒。けど、あなたにまったく優しさがないわけじゃないの。使い方が間違っているだけで」

「はあ」

 そう言われてもねぇ。俺には優しさなんてものは全くないと自覚している。もちろん、厚木さんなら全力で優しくするけど、そんなのは俺のエゴだし。

「好きな子以外に優しくしたくないってのはわかるし、必要以上の優しさは罪よ。けどね、人は人同士の関係を大切にしないとダメなの」

「……」

 先生の説教は左耳から右耳へとすり抜けていく。今さらそんなことを言われて改心するようなら、俺はここまでヒネくれてはいなかった。

「あなたの言っていた被害者が加害者にも変わりうるってのはその通り。でも、加害者が自分と関わりをもって変化して大事な友人になりうることだってあるのよ。実際、志士坂さんは、心を入れ替えているんでしょ?」

「まあ、そうですけど」

 あれは、素の性格のおかげだろう。そこは反省している。この反省とは、志士坂の性格を事前に把握できなかったことだ。やっぱ情報収集は大事だな。

「だからこそ、津田さんと南さんを復讐して放置ってのはいただけないわ」

 あの二人はきついぞ。志士坂のような可愛げが一切ないからな。ゆえに、俺は関わりたくない。だから、俺は投げられたボールをそのまま返す。

「そこは考えています。では先生、あの2人をよろしくお願いします」

「は?」

 予想外の反撃だったのだろうか、北志摩先生の顔が若干ひきつる。

「先生言ったじゃないですか、俺に手が負えない問題があったら相談しろって」

 津田と南は俺の手に余るのだ。

「まあ、いいわ。今回はあなたの策略に乗って後始末をしてあげる。けど、わたしが言ってるのはこんなことじゃないの。こうなる前に相談してってことなんだけどね」

 不満気ではあるが、生徒からの相談には乗らないわけにはいかない。それが北志摩先生の信条だろう。断らないのを分かっていて、俺は2人を押し付けたのだ。

 ま、北志摩先生ならあの2人を(しつ)けるのもわけなさそうな気がする。どんな手段を使うかは、想像するのが怖いけど……。

 とはいえ、先生の仲裁があったとしても、当分はあの2人でガチでやり合う状態だろう。だからこそ、2人の件は投げっぱなしで構わない。

「あざっす!」

「お礼に心がこもってないわよ」

 先生におでこを小突かれる。けど、そんなに怖くないな。もっと怒られると思っていたのに。

「先生は尊敬していますよ」

「まったくもう、あなたって子は……でも、状況は落ち着いたわよね? なら、土路くん。あなたは文芸部部長としての責務を果たしなさい」

 急に話題が変わったので、俺も動揺する。これは直感的にあまりよろしくない展開のような気がした。

「責務ですか?」

「来月の中間テスト前までに部誌の製作を終わらせて発行しなさい。図書室に置いてあげるサンプル見たでしょ? いい? モノクロ十ページ以上のものを作りなさい。生徒会に言われたでしょ? 文芸部を存続させる上での条件だって」

 すっかり忘れていた。

「そんなぁ、あと1ヶ月もないじゃないですか。一人で10ページも埋めるんですよね? 半分くらいイラストで誤魔化せるなら」

 いざとなったらフリーのイラストでも使えばいいか。

「文芸部なら文章で勝負しなさい」

 涼しげな、それでも威圧感のある北志摩先生の命令。

「そんなぁ……」

 まあ、志士坂の件も済んだし、無理に文芸部を存続させなくても……

「あなたが文芸部を存続させる努力をしなかった場合、ペナルティがあるかもしれないわよ」

「ペナルティ?」

「例えば図書室への出入り禁止とか」

「俺、図書委員なんですけど」

 というか、厚木さんと話せる時間が減ってしまうじゃないか!

「司書担当教諭としては、そんないい加減な生徒を委員につかせるわけにはいかないわ。あなたを図書委員から解任して、他の生徒に代わりをやってもらう」

 うわー、これは完全にやられた。

「職権乱用ですよ!」

「あくまで例え話よ。職員会議であなたのことを議題であげて、処分は校長に一任するわ。わたしが判断を下すわけじゃないの。ご愁傷様」

「わかりましたよ。やればいいんですよね?」

「ええ、頑張って文芸部を存続させてね」

 俺は頭を抱え込む。締切が短いのもだけど、それだけの長文を書けるネタもなければ文才もない。

「うわー、まったく出来る気がしないぃ!」

 少し大げさに反応する。とはいえ、言葉通りの心情ではあった。

「落ち着きなさい土路君」

 ふふっと目を細めて笑う先生。

「半分冗談ですよ。でもまあ、苦しい状態なのは変わらないか」

「あなたが真面目に取り組む気があるなら、文芸部には4人も部員がいるのだから分担すればいいわ」
「だけどアレは……」

 富石と斉藤は完全に名前借りただけだしな。戦力として期待はできない。

「アレは?」

「あはは、なんでもありません」

 マジかよ。この先生には結構見透かされているところがあるからな。下手なことは言えないし……

「志士坂さん、文章力はあるんじゃない? 本が好きなんでしょ?」

「ええ、まあ」

 そうなると、2人で分けるとして1人につき5ページか。去年まで作っていた部誌のフォーマットが三段組みだから1ページ2400文字かけることの5。1週間で12000文字かよ。素人で小説書いている奴でも厳しいぞ。

「部誌だから編集権があなたたちにあるだけよ。誰か文才のある子に依頼するのもひとつの手。そうねぇ、例えば厚木球沙さんとかね」

 といって、意味深にウインクをする北志摩先生。もしかして、俺が好きなのが厚木さんってバレてる?

 そりゃそうだよな。図書室出入り禁止、図書委員解任ってのは、知っていての脅しだ。

 しかし、こういうのを依頼するのも話しかけるチャンスなるんだよな。

 付き合う可能性がほとんどなくても、こうやって積み重ねていけばいつか俺にも幸せが訪れる……かもしれない。

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