第12話「イジメは格好悪いのです」
文字数 3,361文字
「無い!」
3時間目が始まる前、自分の席にいた志士坂が小さく声を上げる。俺は急いで彼女の側へと駆け寄った。
「どうした?」
「あたしのペンポが……」
ペンポ? ああ、ペンポーチか。女子の間ではペンケースって言わないんだっけ。とはいえ、彼女が何を伝えたいかはわかっていた。
「無いんだな」
「うん……前の授業まではきちんとあったのに」
休み時間に志士坂はトイレに行くのに席を外している。俺もずっとあいつの席を監視しているわけじゃないからな。その隙をつかれて盗まれたか。
とはいえ、事前にラプラスから未来を聞かされていた俺としては、志士坂のペンケースが誰かに盗まれてなくなったという事実を知っていた。犯人までは未来予知で判明しなかったが、どう考えても津田と南が関わっているに決まっている。
「困るよな。そういう授業を受けるのに困るような嫌がらせは」
「うん。次の英語の先生、ノートをきちんととってるかチェックするんだよね」
「寝てたり、ぼぉっとしてたりするとめっちゃ怒ってくるよな」
「……どうしよう」
志士坂は困惑気味の顔で、こちらへと助けを呼ぶような視線を向ける。
「でもさ、志士坂って、ちょっと前までは、そうやって人に嫌がらせをする側の人間だったよね? 今のおまえみたいに困っている人の顔を見て嗤ったりしてたんだよな?」
イジメっ子がイジメられっ子に堕ちるってのはよくあることだ。そうやって、イジメられる立場になってから気付く子も多い。
逆にイジメられっ子が何かしら力を持って、イジメられる側に回ることもある。そもそも個々の人間は善悪で分けられる存在じゃないんだ。
「……うん、ごめん」
「だから、謝るのは俺じゃないっての」
「そうだよね……あたし、そうとう酷いことしてたんだよね」
彼女の頭に思い浮かぶのは1年生の時にイジメていた女子生徒のことだろう。そして、中学の時に庇うこともできずに「ただ見ているだけ」だった子のことを。
「自覚してるなら、今は言うことはねえよ」
「……」
志士坂は机の上で両手を握りしめ、頭を垂れて本当に後悔しているような表情となる。
反省するだけなら、サルでもできる。
俺だって、いつイジメ側の人間に立つかわからない。こうやって志士坂へ強く当たってるのだって、傍から見ればイジメの部類にはいるかもしれないのだからな。
だからこそ俺は、善悪で物事を考えるのはやめている。俺は俺が大切に想う人の味方になるだけだ。
そう、例え厚木さんが何か犯罪を犯すようになったとしても、俺はそれを全力で庇い続けるのだから。正義の味方なんてクソくらえだ!
「ほれ、俺の使え。3時間目以降の授業はそれで問題ないだろ?」
盗まれた対策として予備のペンケースを用意して彼女に渡す。これで授業は問題なく受けられるだろう。
「え? あ、ありがと」
「切り替えろ。嫌がらせをしてくる奴らは、おまえの落ち込む姿を見て喜ぶんだ。何の問題もなく授業を受けられるなら、これほど悔しいことはないだろう」
「うん」
「なにしろ、イジメる側は自分の思い通りに相手の心を折ることができなかったんだからさ」
イジメっ子対策で有効と言われているのが「相手にしない」「嫌がらせが有効でないと知らしめる」というのがある。
比較的被害が軽度の場合は、これが一番効くとも言われている。つまり、イジメがいがないと思わせればいいのだ。
「そうだけど……」
「言ったろ、フォローは俺がする。おまえは1人じゃないんだから」
その言葉に、志士坂の顔が再び紅潮したような気がした。
やめてくれ。俺が好きなのは厚木さんなんだから。
俺は志士坂の席から離脱すると、深い深いため息をひとつ吐いた。
**
昼休み、昇降口で津田と南が志士坂の下駄箱でなにやら悪さをしているのを見かける。
ラプラスの未来予知によれば、彼女の
とはいっても、中に入っているのは俺が予め交換しておいたダミーの
2人が去るのを確認すると、汚れて履けなくなった
これで二人の嫌がらせの内容はリセットされて「なかった」ことになる。つまり彼女らの行動は徒労に終わるのだ。
放課後、帰宅しようとする志士坂の後を津田と南はひっそりと、そして嗤いながら付いて行った。が、昇降口でなんの問題もなく靴を履き替える彼女を見て2人は首を傾げる。
「あれ?」
「靴そのまま履いちゃったね」
「げっ、もしかして靴箱の位置間違えた?」
「や……でも、確認したじゃん」
「そうだよねぇ」
そんな姿を、さらに後ろからほくそ笑む俺は、ご存じの通り性格はひねくれている。
だが、俺はそれだけに満足せずに津田と南を尾行する。というか、傍から見ればストーカーだな、これ。
2人は駅前のバーガーショップへと入り、フレンチフライと飲み物を頼んで2階席へと上がっていった。
俺はアイスコーヒーを頼んでから、2人の後を追って気付かれないように彼女たちの後ろの席へと陣取る。いちおう、ダテ眼鏡と帽子と上着で変装はしていた。
首の後ろに取り付けた指向性の超小型マイクをスマホに繋ぎ、Bluetoothのイヤホンをペアリングする。
「今日の嫌がらせ全部効果なかったよね」
「ペンポは土路から借りてたみたいなんだけど、上履きは謎だなぁ」
スマホを通して後ろの席の会話が増幅されて聞こえてくる。
「あれも土路が助けたんじゃないの?」
「どうやって? マジックじゃん」
「わかんないけどさ」
少し考えればわかりそうなタネのだが。
「そもそも、なんで土路と凛音って仲良くなってるのよ!」
「だよねー、土路が凛音を脅すんならわかるんだけどさ」
「やっぱ勘違いかなぁ……凛音を助けるメリットないじゃん。それとも土路って凛音に惚れてたっけ?」
「さあ? 土路ってよくわかんない性格してるからね」
「へぇー、陽葵、土路のこと詳しいじゃん」
「詳しくないでしょ。わかんないって言ってるんだから。あたしは、富石君が土路と一緒にいることが多いからたまに目が行くんだよ」
ほほぉー、南陽葵は富石に惚れてるのか。これはいいことを聞いた。
「ま、昨日の体育倉庫閉じ込めはうまくいったんだし、地道にやれば効いてくるでしょ」
「地道ってのはあんまし好きくないんだけどぉ」
「まあまあ、新しいリーダーを見つけるまでの間の暇つぶしだからいいじゃん」
「でもさ、そもそも厚木球沙を潰せばクラスでの発言力も高められたのに」
「まぁ、ムカツクよね。あたしらが苦労して用意した計画が凛音のせいでダメになったんだからさ」
ここらへんは志士坂から聞いていた話とは言え、思わず同情してしまう。
「ま、いざとなったら
「そだねー。最終的にそこを乗っ取ればいいんだからさ」
こいつら、ひでーな。ここまで性格歪んでたとはね。
「最初っからそうして方が良かったかなぁ?」
「でもさぁ、案山結子はそこまで馬鹿じゃないから操るのは大変だよ」
「そっかぁ、
「そういう意味じゃ、凛音は操りやすかったんだけどなぁ」
なるほど、カースト上位組の
しばらく話を聞いていたが、胸がムカムカしてくるような不快感しか残らなかった。ほんと、こいつら性格悪いなという感想しか残らない。
まあ、愚痴はさておき、どうやってあいつらをおとなしくさせるかの策略は組み立てられてきたな。
待ってろ! 俺のターンはこれからだ!!