第31話「まだ事件は終わっていないのです」
文字数 3,921文字
「せーんぱい! おはようございます」
眠気が抜けないまま下駄箱で靴を履き替えていると、急に横から衝撃があった。というか、誰かが俺の腕にしがみついている。
「ん? ああ、黒金か」
「なんか反応悪いですよ」
「朝はこんなもんだよ。で、何か用か?」
「用はありませんけどぉ、せんぱいを見かけたんでぇ、朝のご挨拶を」
「あ、そ。おはよう黒金」
「おはようございます」
「挨拶終わったんだから、離れないのか?」
「あたしのこの柔らかい部分がせんぱいに当たってるんですよ。何か感じないんですか?」
なんか、肘に何かが当たっているようだが、それより眠い……という演技をする。というか、鈍感系主人公は疲れるな。
「そんなことより。周りの視線が気になるんだが」
俺に対して嫉妬やら悪意やら、あまり良い感情ではないものを向けてくる男ども。
あれって、黒金のクラスの男子じゃないのか?
「気にしないでください。あたし、せんぱい一筋になりますから。じゃあ、また放課後」
そう言って嵐のように去って行く黒金。周りの男子たちからは小声でこそこそと何か陰口のようなものが聞こえてくる有様。
何が人の心はわからないだよ。これって、あからさまじゃねーか。ラプラスさんよぉ!
「おはくま! 土路クン」
そしてタイミング悪く厚木さんに挨拶される。
「ああ、おはよう、厚木さん」
「朝から大変だね」
「まあね」
「あんな可愛い子と付き合ってるんだもん、男子たちの嫉妬の目がつらいよね」
誤解された。誤解された。誤解された。誤解された。誤解された。誤解された。
「付き合ってねーし!」
「そうなの?」
「厚木さんってけっこう天然だよね」
「うーん、よく言われるかも」
「あ、うん。自覚はあるのね」
「そういえば志士坂さんとも仲良いよね?」
「あいつとも付き合ってないから! お願いしますよ」
「あはは、そうだね。わたしとも仲良いけど、付き合ってないもんね」
「……」
ごめんなさい。それ、ダメージでかいです。まさか、厚木さんの口からはっきり言われるとは……。
**
『富石桃李はチョキを出すわ』
「俺が負けた場合、あいつの目には誰が映る?」
俺は説明の過程をすっ飛ばしてラプラスに問う。付き合いが長いんだからこれくらい解れよ。
『え? どういうこと?』
「おまえ、変なことは秘密にしたがるからな。よし、ピンポイントで質問してやろう。俺が負けて教室に富石が残った場合、黒金涼々はその視界に入るか?」
つまり俺を探して黒金がこの教室に来ないかどうかだ。朝のあの感じだと「一緒に食べませんか?」なんて言ってくるに決まってる。
厚木さんもいるこの教室で、そんな失態を見せるわけにはいかない。
『あはは。入るね。けど、よくわかったね。黒金涼々が来ることが』
「もうだいたい、あいつの行動パターンは読めてきたから。よし、聞きたいことは終わったから終了な」
ラプラスとの会話を終わらせると。俺は富石に向き直る。
「悪い。用事思い出したから今日の勝負はなしな」
そう言って、俺は教室を抜け出して走り出す。
学食でクリームパンをひとつ買うと、それを飲み物なしで即行で食い、図書室へと向かう。
そういや、今回の黒金の件って北志摩先生には報告しないでいいんだよな。手間はかかったけど、イジメとか絡んでないし。
図書室の扉を開けると、本棚から適当に本を抜き、席へと座る。が、受付席の奥の準備室にいる北志摩先生と目があってしまった。
先生はなにやら手招きをしていた。
嫌な予感がしないわけではないが、無視するのも怖いのでその呼び出しに従った。
「失礼します」
いちおう扉をノックして入る。
「土路君ちょうど良かったわ」
入室するなり、先生がにんまりと笑いかけてくる。企んでいるわけではなさそうだけど、これは何か頼まれるパターンか?
「なんでしょうか?」
「そんな構えなくてもいいわよ。大したお願いじゃないから」
やっぱりお願いなのか。
「俺にできる範囲でお願いします」
「あのね。読書の習慣を促すポスターを作りたいのよ」
「ポスターですか」
「前に土路君。部誌でイラストが入るなら楽みたいなこと言ってたでしょ」
「ええ、まあ」
かさ増しできるって意味なんだけどね。それを言ったら説教されるわな。
「土路君が描いてもいいけど、誰か描けそうな子をみつけてもらってもいいわよ。基本デザインはキミが考えるの」
「まあ、俺、絵はそこまで得意じゃないですからね」
「頼むのは美術部の子でもいいし、漫研の子でもいいわ。いちおう、校内に貼るものだから著作権が関わってくるものはダメよ」
今のご時世、いろいろとうるさいからね。校内に貼るから、生徒がスマホで撮ってSNSに流して炎上なんて可能性もあるし
「ええ、そうですね。ま、アテはありますけど」
「じゃあお願いしていい?」
「いいですよ」
別にそんなに難しいミッションでもないし、なにより北志摩先生に貸しを作れるのは悪いことじゃない。
そんなこんなで、昼休み黒金のやつに捕まることはなかったのだが、放課後は部活にいかないとな。
今日は図書室の受付当番じゃないし、厚木さんと話すチャンスは部活しかないのだ。
問題は黒金のあからさまな俺へのモーションをどう躱すかだ。
そりゃ、俺に好きな子がいなけりゃ、ああいう好意を寄せてくれる子ってのはありがたいし、もしかしたらころっと惚れてしまうのかもしれない。
それを言ったら志士坂もか。
鈍感系の主人公になれたらどれだけ良かったか。
少し遅めに教室を出て部室へと向かう。
扉の前に立つと中からは、楽しそうな笑い声と話し声。
がちゃりと扉を開けると机を囲んで4人の女子たちが和気あいあいとおしゃべりに花を咲かせていた。
「……」
なんか俺、場違いかな。
「あ、土路クンだ。おはくま!」
「せーんぱい。お昼休みはどこいってたんですか? 探したんですからね」
「土路君来たんだ。コナクテイイノニナー」
そこ! 聞こえてますよ。高酉さん。
「あら、将くん」
は?
今、志士坂に下の名前で呼ばれちまったよ。どういうこと?
「でねぇ、凛音お姉さまぁ」
その志士坂と親しげに話し始める黒金。ん?
「涼々は甘えんぼうね。うふふ、それで?」
いつもとは違って妖艶な色気とその背後にあるおぞましさを感じるような所作。
志士坂おまえ、キャラ違くね?
「ちょっと待った。志士坂、どうしたんだ? なんか変なもんでも喰ったか?」
「……う、ひどいよぉ。けど、土路くんが言ったんだからね。悪魔なお姉さまキャラでこの子に接しろって」
「悪魔?」
「姉のようで姉でない悪魔だから人でないモノ」
俺、小悪魔って言ったんだけど。なんかそれ、クトゥルフ神話にでも出てきそうだな。
「けど、せんぱい。凛音先輩ってすごいんですよ。いったんスイッチ入ると、どんな役にも入り込めるみたいで」
「あー、そうだろうね」
それが志士坂の長所の一つでもあるからな。こいつ、本気で演劇目指したらそこそいけるんちゃうか?
「そうそう、さっき極道の娘役やらせたら、あまりの演技にアリスが怖がっちゃって、みんなで笑ったのよ」
厚木さんも楽しそうに志士坂を持ち上げる。
「だって、本当に怖かったんだもん」
ちょっと声が震えている高酉。なんか、面白いな。
「ご、ごめんなさい高酉さん。あたし無意識で演技してしまったみたいで」
「まあ、いいけど。悪魔のお姉さんはわりと良かったし」
まあ、なんだ。俺がいなくても4人が仲が良いのは悪いことじゃない。これが本当にハーレムだったら、ギスギスするんだろうし。
「そうだ。せんぱーい。あたしおかし持ってきたんですよ。みんなで食べたいのでお茶入れて貰えます?」
「お茶?」
「電気ケトルうちから持ってきたんです。先輩、コーヒー入れるの上手いじゃないですか。カップも百均で買ってきました」
手提げ袋からカラフルな陶器のコーヒーカップが出されて机に並べられる。
「じゃあ、俺。水汲んでくるよ」
電気ケトルを受け取ると黒金にそう告げる。
「あ。先輩待ってください」
「なんだ」
「あーんしてください。先輩手が空いてないようですから、あたしが持ってきたチョコ食べさしてあげます」
「ケトル持ってるの右手だから、左手は空いてるぞ」
「もう! せっかく食べさしてあげるって言ってるんですからいいじゃないですか」
「はいはい。ハーレムハーレム」
高酉が目を細めて俺を睨む。
「土路クン。役得なんだから、食べさせてもらいなさいよ」
と、厚木さんまでにやけた顔で俺を見る。もうどうにでもなれってんだよ。
口を開けるとチョコを持った黒金の指が近づいてくる。
なるべく触れないようにと、大きく口を開けるが、前歯部分にわずかに指が擦っていく。
辺りが暗くなり、悪魔の起動。
『落ち着いて聞いて』
あれ? ラプラスがめずらしく真面目な声を出している。
「どうした?」
『明日の夕方。黒金涼々は、拉致されて性的暴行 されるわ』
◆次回予告
こういう時こそサクッと解決しようぜ!
少し斜め上の解決法は主人公の十八番 です
第32話「最終兵器はやっぱり最強です」にご期待ください!
眠気が抜けないまま下駄箱で靴を履き替えていると、急に横から衝撃があった。というか、誰かが俺の腕にしがみついている。
「ん? ああ、黒金か」
「なんか反応悪いですよ」
「朝はこんなもんだよ。で、何か用か?」
「用はありませんけどぉ、せんぱいを見かけたんでぇ、朝のご挨拶を」
「あ、そ。おはよう黒金」
「おはようございます」
「挨拶終わったんだから、離れないのか?」
「あたしのこの柔らかい部分がせんぱいに当たってるんですよ。何か感じないんですか?」
なんか、肘に何かが当たっているようだが、それより眠い……という演技をする。というか、鈍感系主人公は疲れるな。
「そんなことより。周りの視線が気になるんだが」
俺に対して嫉妬やら悪意やら、あまり良い感情ではないものを向けてくる男ども。
あれって、黒金のクラスの男子じゃないのか?
「気にしないでください。あたし、せんぱい一筋になりますから。じゃあ、また放課後」
そう言って嵐のように去って行く黒金。周りの男子たちからは小声でこそこそと何か陰口のようなものが聞こえてくる有様。
何が人の心はわからないだよ。これって、あからさまじゃねーか。ラプラスさんよぉ!
「おはくま! 土路クン」
そしてタイミング悪く厚木さんに挨拶される。
「ああ、おはよう、厚木さん」
「朝から大変だね」
「まあね」
「あんな可愛い子と付き合ってるんだもん、男子たちの嫉妬の目がつらいよね」
誤解された。誤解された。誤解された。誤解された。誤解された。誤解された。
「付き合ってねーし!」
「そうなの?」
「厚木さんってけっこう天然だよね」
「うーん、よく言われるかも」
「あ、うん。自覚はあるのね」
「そういえば志士坂さんとも仲良いよね?」
「あいつとも付き合ってないから! お願いしますよ」
「あはは、そうだね。わたしとも仲良いけど、付き合ってないもんね」
「……」
ごめんなさい。それ、ダメージでかいです。まさか、厚木さんの口からはっきり言われるとは……。
**
『富石桃李はチョキを出すわ』
「俺が負けた場合、あいつの目には誰が映る?」
俺は説明の過程をすっ飛ばしてラプラスに問う。付き合いが長いんだからこれくらい解れよ。
『え? どういうこと?』
「おまえ、変なことは秘密にしたがるからな。よし、ピンポイントで質問してやろう。俺が負けて教室に富石が残った場合、黒金涼々はその視界に入るか?」
つまり俺を探して黒金がこの教室に来ないかどうかだ。朝のあの感じだと「一緒に食べませんか?」なんて言ってくるに決まってる。
厚木さんもいるこの教室で、そんな失態を見せるわけにはいかない。
『あはは。入るね。けど、よくわかったね。黒金涼々が来ることが』
「もうだいたい、あいつの行動パターンは読めてきたから。よし、聞きたいことは終わったから終了な」
ラプラスとの会話を終わらせると。俺は富石に向き直る。
「悪い。用事思い出したから今日の勝負はなしな」
そう言って、俺は教室を抜け出して走り出す。
学食でクリームパンをひとつ買うと、それを飲み物なしで即行で食い、図書室へと向かう。
そういや、今回の黒金の件って北志摩先生には報告しないでいいんだよな。手間はかかったけど、イジメとか絡んでないし。
図書室の扉を開けると、本棚から適当に本を抜き、席へと座る。が、受付席の奥の準備室にいる北志摩先生と目があってしまった。
先生はなにやら手招きをしていた。
嫌な予感がしないわけではないが、無視するのも怖いのでその呼び出しに従った。
「失礼します」
いちおう扉をノックして入る。
「土路君ちょうど良かったわ」
入室するなり、先生がにんまりと笑いかけてくる。企んでいるわけではなさそうだけど、これは何か頼まれるパターンか?
「なんでしょうか?」
「そんな構えなくてもいいわよ。大したお願いじゃないから」
やっぱりお願いなのか。
「俺にできる範囲でお願いします」
「あのね。読書の習慣を促すポスターを作りたいのよ」
「ポスターですか」
「前に土路君。部誌でイラストが入るなら楽みたいなこと言ってたでしょ」
「ええ、まあ」
かさ増しできるって意味なんだけどね。それを言ったら説教されるわな。
「土路君が描いてもいいけど、誰か描けそうな子をみつけてもらってもいいわよ。基本デザインはキミが考えるの」
「まあ、俺、絵はそこまで得意じゃないですからね」
「頼むのは美術部の子でもいいし、漫研の子でもいいわ。いちおう、校内に貼るものだから著作権が関わってくるものはダメよ」
今のご時世、いろいろとうるさいからね。校内に貼るから、生徒がスマホで撮ってSNSに流して炎上なんて可能性もあるし
「ええ、そうですね。ま、アテはありますけど」
「じゃあお願いしていい?」
「いいですよ」
別にそんなに難しいミッションでもないし、なにより北志摩先生に貸しを作れるのは悪いことじゃない。
そんなこんなで、昼休み黒金のやつに捕まることはなかったのだが、放課後は部活にいかないとな。
今日は図書室の受付当番じゃないし、厚木さんと話すチャンスは部活しかないのだ。
問題は黒金のあからさまな俺へのモーションをどう躱すかだ。
そりゃ、俺に好きな子がいなけりゃ、ああいう好意を寄せてくれる子ってのはありがたいし、もしかしたらころっと惚れてしまうのかもしれない。
それを言ったら志士坂もか。
鈍感系の主人公になれたらどれだけ良かったか。
少し遅めに教室を出て部室へと向かう。
扉の前に立つと中からは、楽しそうな笑い声と話し声。
がちゃりと扉を開けると机を囲んで4人の女子たちが和気あいあいとおしゃべりに花を咲かせていた。
「……」
なんか俺、場違いかな。
「あ、土路クンだ。おはくま!」
「せーんぱい。お昼休みはどこいってたんですか? 探したんですからね」
「土路君来たんだ。コナクテイイノニナー」
そこ! 聞こえてますよ。高酉さん。
「あら、将くん」
は?
今、志士坂に下の名前で呼ばれちまったよ。どういうこと?
「でねぇ、凛音お姉さまぁ」
その志士坂と親しげに話し始める黒金。ん?
「涼々は甘えんぼうね。うふふ、それで?」
いつもとは違って妖艶な色気とその背後にあるおぞましさを感じるような所作。
志士坂おまえ、キャラ違くね?
「ちょっと待った。志士坂、どうしたんだ? なんか変なもんでも喰ったか?」
「……う、ひどいよぉ。けど、土路くんが言ったんだからね。悪魔なお姉さまキャラでこの子に接しろって」
「悪魔?」
「姉のようで姉でない悪魔だから人でないモノ」
俺、小悪魔って言ったんだけど。なんかそれ、クトゥルフ神話にでも出てきそうだな。
「けど、せんぱい。凛音先輩ってすごいんですよ。いったんスイッチ入ると、どんな役にも入り込めるみたいで」
「あー、そうだろうね」
それが志士坂の長所の一つでもあるからな。こいつ、本気で演劇目指したらそこそいけるんちゃうか?
「そうそう、さっき極道の娘役やらせたら、あまりの演技にアリスが怖がっちゃって、みんなで笑ったのよ」
厚木さんも楽しそうに志士坂を持ち上げる。
「だって、本当に怖かったんだもん」
ちょっと声が震えている高酉。なんか、面白いな。
「ご、ごめんなさい高酉さん。あたし無意識で演技してしまったみたいで」
「まあ、いいけど。悪魔のお姉さんはわりと良かったし」
まあ、なんだ。俺がいなくても4人が仲が良いのは悪いことじゃない。これが本当にハーレムだったら、ギスギスするんだろうし。
「そうだ。せんぱーい。あたしおかし持ってきたんですよ。みんなで食べたいのでお茶入れて貰えます?」
「お茶?」
「電気ケトルうちから持ってきたんです。先輩、コーヒー入れるの上手いじゃないですか。カップも百均で買ってきました」
手提げ袋からカラフルな陶器のコーヒーカップが出されて机に並べられる。
「じゃあ、俺。水汲んでくるよ」
電気ケトルを受け取ると黒金にそう告げる。
「あ。先輩待ってください」
「なんだ」
「あーんしてください。先輩手が空いてないようですから、あたしが持ってきたチョコ食べさしてあげます」
「ケトル持ってるの右手だから、左手は空いてるぞ」
「もう! せっかく食べさしてあげるって言ってるんですからいいじゃないですか」
「はいはい。ハーレムハーレム」
高酉が目を細めて俺を睨む。
「土路クン。役得なんだから、食べさせてもらいなさいよ」
と、厚木さんまでにやけた顔で俺を見る。もうどうにでもなれってんだよ。
口を開けるとチョコを持った黒金の指が近づいてくる。
なるべく触れないようにと、大きく口を開けるが、前歯部分にわずかに指が擦っていく。
辺りが暗くなり、悪魔の起動。
『落ち着いて聞いて』
あれ? ラプラスがめずらしく真面目な声を出している。
「どうした?」
『明日の夕方。黒金涼々は、拉致されて
◆次回予告
こういう時こそサクッと解決しようぜ!
少し斜め上の解決法は主人公の
第32話「最終兵器はやっぱり最強です」にご期待ください!