第32話「最終兵器はやっぱり最強です」

文字数 4,568文字

 久々にラプラスからの警告があった。厚木球沙以外でここまで緊迫した警告を発するとはな。

 まあ、部活のかわいい後輩が「レイプされる」と聞いて、普通は落ち着いてはいらないだろう。

「けど、今日の朝、あいつと接触したときは何も言ってなかったじゃないか」
『昼休み、黒金涼々とあなたが接触しなかったせいで未来が変わったのよ』

 それくらいのことでか? いや、未来は些細なことで変わるというのは、もう思い知っているじゃないか。そして、いくら苦労したところで、変わらない未来もあるということも。

「マジかよ。まいったな……」
『タイミングの問題ね。黒金涼々は今日の昼休みにクラスメイトの女子と言い争いをしているのよ。たぶん、それが原因』
「言い争い?」
『くだらないことよ。自分の好きな人が黒金涼々に夢中になって、それが原因でフラれたって』

 くだらねー……。

「はぁ-……よくあるパターン過ぎてうんざりするな」
『で、どうする?』
「厚木さんへの影響は?」

 それが一番心配なところ。

『未知数ね。けど、もう同じ部員として関わってしまった。黒金涼々の不幸は厚木球沙の未来に影を落とす』
「だよなぁ……じゃあ、阻止するしかないか」
『ねえ』
「なんだよ?」
『厚木球沙の未来に全く影響がないって言ったら、あんたはどうする気だった?』
「それでも阻止するよ。黒金とはあんだけ関わったんだ。情くらいは移ってるって」

 俺は即答する。厚木さんは一番優先順位が高いというだけで、彼女に影響がないなら思う存分行動できるのだ。

『うん、いい傾向だわ』
「なにがだよ」
『こっちの話』
「まあいいや。とりあえず案を出すから演算よろしく」
『ほい』


**


 時刻は18:30を過ぎたところ。

 あと3分で、黒金は知らない男たちに路地裏へと連れ込まれる。

 俺がボディーガードとして彼女を家まで送るという手もあったが、それでは根本的な解決にならない。というわけで、いつもの強攻策だ。

「なんですか? やめてくださいよ。人をよ……ぅぁぅぁぁ」

 尾行していた黒金がちょうど男たちに掴まえられ、叫ばれないように口元を手で押さえつけられる。

「へへへ、本当にやっちゃっていいんですね。アニキィ」
「ああ、女王からの指示だよ。中川の妹に従えって」
「まあ、あの人にはお世話になってますからね」
「それにしてもこいつ、ちっこいな。中学生じゃないですよね?」
「にしては、胸ありますぜ」

 あいつトランジスタグラマーだからな。

「はいはい、そこまでですよ」

 俺は颯爽と登場する。といっても、顔にはマスクをしているので誰だかわからないだろう。

「は?」
「おまえ誰?」
「お?」

 呆気にとられた男の手が外れ、黒金が嬉しそうに声をあげる。

「え? その声はせんぱい!?」

 助けに入るとなると、さらに黒金からの好感度がさらに上がってしまうのが難点なんだよな。やるしかないんだけど。

 黒金を拉致した男たちも一斉にこちらに向く。人数は4人。全員年上で体格もいい。普通にやったら勝てない。

「おいおい、少年。仮面なんかつけて格好つけたつもりやろうが、俺ら相手にできるの?」
「そうそう、イキるのはやめといた方がいいよ。ケガするって」

 そんな彼らの言葉には耳を貸さず、鞄から水鉄砲を取り出した。

「は? 水鉄砲。懐かしいなぁ」
「子供が遊ぶにはもう遅い時間やで。はよ帰りな」

 俺は狙いを定めて個々の男たちの顔に当たるよう、水鉄砲を連射する。

「うわ、なんだ!」
「ちょっと待て」
「なんだよこれ。くせーな」
「おえー!」

 男たちの顔が歪み、嘔吐き始める。

 水鉄砲の中身は、世界一臭い缶詰と言われるシュールストレミングに入っていた液体。その正体はただの塩水。だけど、極限まで発酵したニシンのエキスが混ざっている。

 その臭いは強烈だ。ドブの臭さと腐った魚を混ぜた臭いとも、生ゴミを炎天下で数日放置した臭いとも言われている。

 そして、俺が被っているのはただの仮面ではなくガスマスクだ。強烈な臭いをシャットアウトできる。

 俺の攻撃で手が緩んだのか、黒金は自力でこちら側まで逃げてきた。最初は俺の登場に嬉しそうな顔をしていた黒金の顔が、その臭いであっという間に歪んでいく。

「せんぱい、これなんですかぁ? くさいんですけどぉ」

 仕方ないので、予備のガスマスクを渡した。

「この液体なんなんですか?」
「ただの保存食だよ。だから、健康被害はないぞ!」
「でも、なんか、めっちゃダメージ受けてるみたいなんですけど」
「おまえもやるか?」
「やりますやります」

 ふたつめの水鉄砲を取り出して黒金へと差し出すと、嬉々としてそれを受け取った。

「えい! えい!」

 黒金が楽しそうに水鉄砲で相手を攻撃し出す。その姿はまるで無邪気な子供のようだ。

「やめろ……おえっ」
「やめてくれ」
「頼む!……おえええええええ」
「……うあおぼごえ」

 地面をのたうち回る男たちに黒金は追い討ちをかけるように液体を掛けていく。わりとSっ気あるんじゃねえか、こいつ。

「あれ? 一人失神しちゃいましたね。しかも失禁してますよ」
「やりすぎだって。まあいいや。ちょっとスマホで撮影してて」

 そう言って、黒金に俺のスマホを渡す。

「あ、はい。せんぱい」

 録画されているを確認すると、俺はリーダー格らしき金髪の男の近くに行く。さらに、その頭にスピリタスをぶっかける。これは、ポーランド産のウォッカでアルコール度数は96パーセントもある。

 こいつのおかげで臭いはだいぶ軽減されるはずだ。

 初めは高い度数のアルコールにゲホッゲホッとむせていた男だが、しばらくすると呼吸も安定してくる。

 ここまで落ち着けば話はできるようになるだろう。

 俺は、水鉄砲の銃口を鼻の穴に突っ込む。

「お、お、おい、やめてくれ」
「こちらの質問に答えてくれたらトリガーは引きませんからご安心ください」
「わかった。わかったからやめてくれ」
「えっとですね。この子を襲おうとした理由を教えて欲しいんですよ。誰に頼まれたんですか?」

 俺は銃を持たない方の手で黒金を指指す。

「そ、それは……」
「鼻の奥に、このくっさい液体を突っ込みますよ。いいんですか?」
「かんべんしてくれ、話す。話すよ」
「じゃあ、教えてください」
「中川ってダチがいるんだが、そいつの妹がそこの子と同じ学校なんだ。で、その子のカレシだかをとられたから懲らしめてほしいって頼まれてな」
「あたしカレシとってないんだけどなぁ。向こうが勝手に好きになってきたんだし、そもそも付き合ってなかったでしょうが」

 黒金はご不満のようだ。そういう問題じゃないんだけどね。

「頼んできた人のフルネームをお願いします。中川なんですか?」
「ダチの名前は中川アダムだ。妹はプリンだったかな?」

 なにそれ? どんな字を書くの? まさかのキラキラネームとは。

「中川ぷりんってうちのクラスにいるね。たしか「夢」に「姫」って書いてたような気がする」
「読めねえよ!」

 となると「あだむ」はどんな字書くんだ? 気になるぞぉ。

「ふーん、あの子があたしに逆恨みしてきたのかぁ」

 黒金の方は兄の名前に関しては興味がないらしい。

「黒金。そろそろ引くぞ」
「えー、まだ足りないんですけど。このムカついた気持ちはこれくらいじゃ消えませんよ」
「おまえが望むなら、レイプ未遂でこいつら警察に引き渡す方法もあるけど、いろいろと面倒くさいぞ」

 警察の聴取とか、学校に知られれば、変に尾ひれが付いて噂が広まる。

「うーん、ま、いいです。せんぱいが言うならこれくらいにしておきましょう。中川夢姫(プリン)にもそれなりの制裁がいくんですよね?」
「まあな」
「じゃ、行きましょう。というか、早く帰らないとアリアドネがお腹空かせてますから」

 そういや、あの子猫の名前はアリアドネに決まったんだよな。どっから見つけてきたかわからないけど、言い得て妙な名前でもある。


**


 次の日、北志摩先生に例の黒金のレイプ未遂事件のことを相談する。というか、ほどんど事後処理なんだけどね。

 証拠として撮った映像を先生に見せたら頭を抱えてた。

「まったく、きみって子は……。相手の動きを封じたつもりでも、錯乱して襲ってこられたらケガじゃすまない場合もあるのよ」

 警察を呼ばなかったり尋問紛いのことで怒られるのだろうと思ったら、純粋に俺の身を案じられた。

 いちおうラプラスの未来予知で危ない選択は排除しているのだから、危険はないはずなんだけどね。でもこれは先生には説明できないしな。

「今度はもう少し危険がないように楽にやりますよ」
「そうね。もっと楽をするといいわ。あなた自身が危険の中に突っ込んでいくのはオススメしない」
「で、どうします? 中川プリンのことは」
「そうね。一度職員会議にかけて処分を決めることになるわね。本人の反省しだいだけど、軽くても停学かな。学校の名誉を著しく傷つけると判断されたら退学処分にもなり得るわね」
「なるほど」
「それよりも黒金さんは大丈夫なの?」
「ええ、ぴんぴんしてますよ。昨日だって、あいつらへの攻撃はノリノリで手伝ってくれたし」

 その答えに、北志摩先生は再び頭を抱える。

「あなたって、けっこう影響力大きいのよね。自覚した方がいいと思うわ」
「影響力ですか?」

 俺の悪魔の能力で言うなら、まあ、運命さえも変えてしまえるのだから強いといえば強いか。

 だけど、現実での人への影響力なんて微々たるモノだぞ。クラスじゃカースト上位に入れてないし、底辺もいいところだ。

「失礼します」
「失礼します」

 準備室に誰かが入ってきた。俺が振り返ると、そこには津田と南の姿が。

「げ!」

 志士坂のイジメ事件での記憶が甦る。

「もう終わったの?」
「はい。1階から3階まで全部」
「北校舎も南校舎もすべて終わりました」
「よろしい。あとは図書室で課題図書を読んで終わりね。感想文は読み終わってから必ず提出しなさい」
「は、はい」
「あ、ありがとうございます」

 そう言って再び準備室を後にする二人。だが、明らかにその表情は怯えていた。そういや、こいつらの面倒は北志摩先生が見ているのだっけ。

 俺が準備室にいるのにも気付かないくらい、彼女たちは何かを怖がっていたのだ。

 背筋がゾクッとする。再び先生へと視線を戻すと静かな笑みを浮かべていた。

 いや、なんか知らないけど怖いんですけど……。



◆次回予告

 文芸部の集まりでのくだらない雑談。

 悪魔の都市伝説と予想外に明かされる、ある人物の秘密とは?

 はたしてヒロインとラプラスの秘密に関係するのか?

第33話「文芸部の一番騒がしい日」にご期待ください!

※次回投稿は明日の20時以降になりますので、ご了承ください。

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