第37話「初体験は優しくお願いデス」
文字数 3,671文字
思い立ったら吉日。
何か物事を始めようと思ったら、日を選ばずに直ちに着手するのが良いという教えがある。
俺はさっそく案山 のグループ解体工作へと入ることにした。
志士坂が手伝ってくれるというので、時間節約の意味も含めて二手に分かれて情報収集する。
「志士坂は多聞の方を頼む。あいつ、駅前の塾に通っているらしい」
「そういえば、あの塾って随時体験入学を行ってたよね」
「そう。ただ、クラス分けが男女別々となっているんだ」
「わかった。あたしが潜入すればいいのね」
志士坂も俺の思考速度についてこられるようになったのか、わりとサクサクと指示は進む。
「理解が早くて助かる」
「土路くんが考えそうなことはだいたいわかるよ。で、どう接触すればいいの?」
「無理に親しくなろうとしなくていい。愚痴を聞くような感じで、案山 と……そうだな、できれば増長の陰口も吐き出させるように誘導してくれ」
性格の悪い多聞が素直に案山 に従っているわけがない。まあ、リーダーに対する不満は誰もが持っているだろうから、決定的にグループを壊すなら彼女のさらに親しい友人に対する不満を吐き出させることだ。
「簡単に言ってくれるよね」
「おまえさ、割と演技力はあると思うよ。だから、今回俺が与えてやる役は『口の固くてなんでも受け入れてくれそうな同調者。プラス一緒に悪口を言って盛り上がっちゃうタイプ』だ」
「わー、身も蓋もない人物像 だね」
呆れたような、感情のこもらない感想だった。
「難しい役じゃないだろ」
「でも、打ち解けるのは難しいよ」
「おまえは、厚木さんに対して意地悪をしていたっていう過去がある。今回は二人で厚木さんの悪口で盛り上がってもいい。それで仲良くなれれば問題なし」
「でも、あたし……厚木さんのこと悪くは言いたくないなぁ」
それは本心なんだろう。改心した人間にまた同じ事をさせようという俺は、かなりのクズである。けど、方法なんて選んでられない。
「演技だと思え。昔の小悪魔の仮面を再び被ればいい。悪口を言ったとしても、最終的に厚木さんの為になるんだ。これは必要悪だぞ」
「なんか必要悪の使い方が違うような気がするんだけど」
「ま、いいんだよ。とにかく、塾に潜入して多聞に近づいて、陰口を引きだしてそれを録音する」
「録音はスマホでいいの?」
「バッテリー切れと誤動作が心配だから、これ貸してやるよ」
俺はポケットから十センチくらい長細い機械を取り出す。
「なにこれ?」
「ICレコーダーってやつ。これなら一回録音ボタンを押せば24時間連続で録音できる。多聞に会う前から録音を開始しておけば、会話中に不審な動きもしなくていいし、内蔵マイクはスマホと違って優秀だから、声もはっきり聞き取れる」
俺は軽く機械の使い方を志士坂に教える。といっても、電源ボタンと録音ボタンとストップボタンの位置を教えただけ。
「わかった。多聞さんは任せておいて。土路くんはどうするの?」
「俺は増長をストーキングして、あいつが所属するインカレの様子を探る」
事前情報で増長は、大学のインターカレッジ・サークルに入り浸っているらしい。本来なら大学間の交流サークルだが、増長の兄がインカレの主催者側の人間のようだ。身内の特権みたいなかたちで入り込んでいる。
本人は大学生にチヤホヤされるのが嬉しくて、たぶんそれこそが唯一案山 に対して優越感に浸れる場なのだろう。自分はこれだけ男に注目されるのだと。
「うわ、女の子をストーキングって、それってどうなのかな?」
「しょうがないだろ。さすがに部外者が入り込めるような場所じゃないからな。遠くから様子を窺うしかないんだよ」
「頼むから土路くん、警察に捕まらないでよ」
「変な心配すな!」
そんなわけで、俺たちは二手に分かれてそれぞれの尻尾を掴む準備に入った。
情報という数値さえ分かればラプラスの正確な演算で完全に危険を回避できる。
1週間以内に完全にグループを解体させて、あとは案山 の自殺にどう対処するかだ。
今はまだその答えを出さなくてもいい。
全力で今回の作戦に力を注ぐだけのことだ。
**
スマホの時計は『19:12』を示す。現在俺の居る場所は駅前の繁華街。
うちの両親は共働きなのでこの程度の時間に帰ったところで心配されることもない。強の食事当番は妹なので、かえって俺がいない方がせいせいするだろう。
30メートルくらい離れた所にちゃらい男女の集団がいる。その中には増長の姿も確認できた。
しばらくするとその集団は移動を開始する。そして、地下にあるDJクラブへと入り込んだ。この場合のクラブは部活動の意味ではなくナイトクラブの類の店だ。
増長たちは店側と知り合いらしく、顔パスで入っていく。俺はダメ元で作った偽の身分証明書を入り口で提示した。アルコールも提供する場所なので、原則的に入れるのは20歳以上だけなのだ。
なんとか中に入り込む。そこは大音量の音楽と煙草の煙がでむせかえるような世界。
まあ、なんとかなるかな。いちおう、金髪のロン毛のウイックで変装はしてるので、増長にバレることはないだろう。
これよりスニーキングを開始する。
会話を聞こうと側までいくものの、周りの音楽がうるさくてよく聞こえない。さりげなく近づいて、彼女の鞄に無線のマイクを投入する。ボールペン型のタイプで、もし気付かれても構わないので回収を考えていなかった。
受信機側のイコライザで帯域の調整をしてなんとか会話を聞こうとしたが、どうにも明瞭な音声が聞ける状態ではなかった。
しばらくすると増長が特定の男と楽しそうに喋っているのを確認できた。
1時間くらいで増長とその男は店を後にする。
店の外に出ると、さすがに二人の会話が受信機を通して明瞭に聞こえてくる。
「なあ、この間のオトモダチはもう来ないのか?」
「ユイコのこと? あの子はちょっと気晴らしに来ただけだよ。普段はあんなとこ来るような子じゃないし」
「そうなの? 気晴らしってことはなんか悩んでたの?」
「まあ、いろいろあるのよ」
「なんだよ。いろいろって」
「もう、ユイコのことは忘れてよぉ。でないと楽しいことできないよ」
「楽しいことだけでいいのぉ。もっとキモチイイことしようぜ」
時々スマホで撮影しながら、後を追いかけると、二人はラブホテルへと消えていった。その後部屋の灯りがついた部屋の窓がわかり、彼女たちの後にすぐに客が入らなかったのを考えれば、部屋の特定は可能だ。
気になる固有名詞があったので、もう少し話を聞きたいのだが……。
よし、こういう時は小悪魔を召喚しよう。
ということで、ダメ元で黒金を呼び出す。
SNSではすぐに既読がついて、返事が来た。
【どこまでいけばいいの?】
【○○駅の西の外れのコンビニのとこ】
【り】
数分して黒金が到着する。まあ、家が近いしな。
「おーい、黒金」
「誰?」
金髪のウイッグを被った俺を見て黒金の表情が固まる。
「あ、悪い悪い。俺だ」
と言って変装をとくと、黒金は右手を胸元にあててため息を吐く。
「せんぱいですか、びっくりしましたよ」
「ちょっとミッション中でさ」
「ミッション? で、あたしを呼び出して何の用なんですか?」
「いや、ちょっとあそこのホテルに一緒に行ってもらおうと思ってな」
俺は増長たちが入ったラブホテルを指差す。
「え? あ、あの。その、あたしまだ心の準備が」
「前に興味があるって言ってなかったっけ?」
「あの時は、せんぱいにマウントとりたくて……からかっただけです」
分が悪いらしく黒金の言葉尻が小声になる。知ってたけどな。
「ま、いいや。行こうぜ」
「ちょ、ちょっと待ってください。心の準備ができてませんって」
「大丈夫だ。おまえの分のウイッグも持ってきたぞ」
俺とお揃いの金髪のウイッグ。これを被っていれば、もし学校の奴に見つかっても誰だかわからないだろう。
「えっ!? こ、こすちゅーむぷれいですか? そんな……あたし初めてなんですよ。もうちょっとその……ノーマルなえっちがいいです」
そこで俺は、黒金が面白い方向に勘違いしていたことに気付く。
「いや、今、探偵の真似事しててちょっと張り込み中でな。ターゲットがあのホテルに入ったから、それを追跡したいだけなんだよ」
「は? え? あたしなんか勘違いしてました? やだなぁせんぱぁい、それなら先に言ってくださいよ」
と誤魔化しながら苦笑いする黒金に有無を言わせずウイッグを被せて、ホテルへと引っ張り込む。
「行くぞ!」
「……や、優しくしてください」
しねえよ。
何か物事を始めようと思ったら、日を選ばずに直ちに着手するのが良いという教えがある。
俺はさっそく
志士坂が手伝ってくれるというので、時間節約の意味も含めて二手に分かれて情報収集する。
「志士坂は多聞の方を頼む。あいつ、駅前の塾に通っているらしい」
「そういえば、あの塾って随時体験入学を行ってたよね」
「そう。ただ、クラス分けが男女別々となっているんだ」
「わかった。あたしが潜入すればいいのね」
志士坂も俺の思考速度についてこられるようになったのか、わりとサクサクと指示は進む。
「理解が早くて助かる」
「土路くんが考えそうなことはだいたいわかるよ。で、どう接触すればいいの?」
「無理に親しくなろうとしなくていい。愚痴を聞くような感じで、
性格の悪い多聞が素直に
「簡単に言ってくれるよね」
「おまえさ、割と演技力はあると思うよ。だから、今回俺が与えてやる役は『口の固くてなんでも受け入れてくれそうな同調者。プラス一緒に悪口を言って盛り上がっちゃうタイプ』だ」
「わー、身も蓋もない
呆れたような、感情のこもらない感想だった。
「難しい役じゃないだろ」
「でも、打ち解けるのは難しいよ」
「おまえは、厚木さんに対して意地悪をしていたっていう過去がある。今回は二人で厚木さんの悪口で盛り上がってもいい。それで仲良くなれれば問題なし」
「でも、あたし……厚木さんのこと悪くは言いたくないなぁ」
それは本心なんだろう。改心した人間にまた同じ事をさせようという俺は、かなりのクズである。けど、方法なんて選んでられない。
「演技だと思え。昔の小悪魔の仮面を再び被ればいい。悪口を言ったとしても、最終的に厚木さんの為になるんだ。これは必要悪だぞ」
「なんか必要悪の使い方が違うような気がするんだけど」
「ま、いいんだよ。とにかく、塾に潜入して多聞に近づいて、陰口を引きだしてそれを録音する」
「録音はスマホでいいの?」
「バッテリー切れと誤動作が心配だから、これ貸してやるよ」
俺はポケットから十センチくらい長細い機械を取り出す。
「なにこれ?」
「ICレコーダーってやつ。これなら一回録音ボタンを押せば24時間連続で録音できる。多聞に会う前から録音を開始しておけば、会話中に不審な動きもしなくていいし、内蔵マイクはスマホと違って優秀だから、声もはっきり聞き取れる」
俺は軽く機械の使い方を志士坂に教える。といっても、電源ボタンと録音ボタンとストップボタンの位置を教えただけ。
「わかった。多聞さんは任せておいて。土路くんはどうするの?」
「俺は増長をストーキングして、あいつが所属するインカレの様子を探る」
事前情報で増長は、大学のインターカレッジ・サークルに入り浸っているらしい。本来なら大学間の交流サークルだが、増長の兄がインカレの主催者側の人間のようだ。身内の特権みたいなかたちで入り込んでいる。
本人は大学生にチヤホヤされるのが嬉しくて、たぶんそれこそが唯一
「うわ、女の子をストーキングって、それってどうなのかな?」
「しょうがないだろ。さすがに部外者が入り込めるような場所じゃないからな。遠くから様子を窺うしかないんだよ」
「頼むから土路くん、警察に捕まらないでよ」
「変な心配すな!」
そんなわけで、俺たちは二手に分かれてそれぞれの尻尾を掴む準備に入った。
情報という数値さえ分かればラプラスの正確な演算で完全に危険を回避できる。
1週間以内に完全にグループを解体させて、あとは
今はまだその答えを出さなくてもいい。
全力で今回の作戦に力を注ぐだけのことだ。
**
スマホの時計は『19:12』を示す。現在俺の居る場所は駅前の繁華街。
うちの両親は共働きなのでこの程度の時間に帰ったところで心配されることもない。強の食事当番は妹なので、かえって俺がいない方がせいせいするだろう。
30メートルくらい離れた所にちゃらい男女の集団がいる。その中には増長の姿も確認できた。
しばらくするとその集団は移動を開始する。そして、地下にあるDJクラブへと入り込んだ。この場合のクラブは部活動の意味ではなくナイトクラブの類の店だ。
増長たちは店側と知り合いらしく、顔パスで入っていく。俺はダメ元で作った偽の身分証明書を入り口で提示した。アルコールも提供する場所なので、原則的に入れるのは20歳以上だけなのだ。
なんとか中に入り込む。そこは大音量の音楽と煙草の煙がでむせかえるような世界。
まあ、なんとかなるかな。いちおう、金髪のロン毛のウイックで変装はしてるので、増長にバレることはないだろう。
これよりスニーキングを開始する。
会話を聞こうと側までいくものの、周りの音楽がうるさくてよく聞こえない。さりげなく近づいて、彼女の鞄に無線のマイクを投入する。ボールペン型のタイプで、もし気付かれても構わないので回収を考えていなかった。
受信機側のイコライザで帯域の調整をしてなんとか会話を聞こうとしたが、どうにも明瞭な音声が聞ける状態ではなかった。
しばらくすると増長が特定の男と楽しそうに喋っているのを確認できた。
1時間くらいで増長とその男は店を後にする。
店の外に出ると、さすがに二人の会話が受信機を通して明瞭に聞こえてくる。
「なあ、この間のオトモダチはもう来ないのか?」
「ユイコのこと? あの子はちょっと気晴らしに来ただけだよ。普段はあんなとこ来るような子じゃないし」
「そうなの? 気晴らしってことはなんか悩んでたの?」
「まあ、いろいろあるのよ」
「なんだよ。いろいろって」
「もう、ユイコのことは忘れてよぉ。でないと楽しいことできないよ」
「楽しいことだけでいいのぉ。もっとキモチイイことしようぜ」
時々スマホで撮影しながら、後を追いかけると、二人はラブホテルへと消えていった。その後部屋の灯りがついた部屋の窓がわかり、彼女たちの後にすぐに客が入らなかったのを考えれば、部屋の特定は可能だ。
気になる固有名詞があったので、もう少し話を聞きたいのだが……。
よし、こういう時は小悪魔を召喚しよう。
ということで、ダメ元で黒金を呼び出す。
SNSではすぐに既読がついて、返事が来た。
【どこまでいけばいいの?】
【○○駅の西の外れのコンビニのとこ】
【り】
数分して黒金が到着する。まあ、家が近いしな。
「おーい、黒金」
「誰?」
金髪のウイッグを被った俺を見て黒金の表情が固まる。
「あ、悪い悪い。俺だ」
と言って変装をとくと、黒金は右手を胸元にあててため息を吐く。
「せんぱいですか、びっくりしましたよ」
「ちょっとミッション中でさ」
「ミッション? で、あたしを呼び出して何の用なんですか?」
「いや、ちょっとあそこのホテルに一緒に行ってもらおうと思ってな」
俺は増長たちが入ったラブホテルを指差す。
「え? あ、あの。その、あたしまだ心の準備が」
「前に興味があるって言ってなかったっけ?」
「あの時は、せんぱいにマウントとりたくて……からかっただけです」
分が悪いらしく黒金の言葉尻が小声になる。知ってたけどな。
「ま、いいや。行こうぜ」
「ちょ、ちょっと待ってください。心の準備ができてませんって」
「大丈夫だ。おまえの分のウイッグも持ってきたぞ」
俺とお揃いの金髪のウイッグ。これを被っていれば、もし学校の奴に見つかっても誰だかわからないだろう。
「えっ!? こ、こすちゅーむぷれいですか? そんな……あたし初めてなんですよ。もうちょっとその……ノーマルなえっちがいいです」
そこで俺は、黒金が面白い方向に勘違いしていたことに気付く。
「いや、今、探偵の真似事しててちょっと張り込み中でな。ターゲットがあのホテルに入ったから、それを追跡したいだけなんだよ」
「は? え? あたしなんか勘違いしてました? やだなぁせんぱぁい、それなら先に言ってくださいよ」
と誤魔化しながら苦笑いする黒金に有無を言わせずウイッグを被せて、ホテルへと引っ張り込む。
「行くぞ!」
「……や、優しくしてください」
しねえよ。