第41話「昨日から寒気と動悸がするんです」
文字数 4,811文字
次の日、俺は案山 の父親が勤める病院へと向かう。彼が担当しているのは内科なので、診察するついでにアポをとればいい。
「どうされましたか?」
診察室に入ると、白衣を着た40代くらいの眼鏡をかけた穏やかそうな顔の男性が見える。胸のプレートには『案山信司』と書いてあった。
この人が案山 の父親で間違いはない。
「昨日から寒気と動悸がするんですよ。風邪かなと思って」
「こちらにお座りください」
俺は勧められた椅子に座ると、案山信司と向かい合う。
「少し診てみましょう。胸の前を少しはだけてもらえますか?」
俺はシャツのボタンを外すと、中に着ていたTシャツをまくり上げる。
「熱は何度ありました?」
胸のあたりに聴診器が当てられる。
その瞬間、時間がゆっくりと流れ、悪魔が起動する。
『これで案山信司との未来演算は可能よ』
「じゃあ、さっそくお願いするよ」
『いいわ』
「まずは脅して彼にアポを取った場合だ」
『いきなり強攻策ね。失敗するのはわかってるんでしょ?』
「ああ、でも穴は見つけられる」
『うふふ。いいわ。演算してあげる」
呆れたように笑いながら、ラプラスは快諾する。
「例えば、父親に「あなたの娘さんが万引をしているの見つけてしまった。証拠もある。バラされたくなければ今日の夜に指定の場所まで来い」と言った場合」
『来ないわね。そういうのをいちいち構ってられないんじゃないの? 案山信司はかなり忙しそうよ。常に時間に追われているの。警察に連絡されておしまい』
「となると、別の方法でアポをとっても、指定の場所には現れてくれないってパターンかな?」
『ええ、そうね。今の演算で彼の未来が見えたから、過密なスケジュールがわかったわ』
「だったら、彼の空いている時間ってのはいつだ? おまえの未来視ならわかるだろ?」
演算の本当の目的はそれだった。
『うーん。昼は会食。夕方までは診療でびっちり。夜も会合がある。明日も同じ。ただ、あさっての19時13分から30分だけ空きがあるわ』
「なるほど、そこで案山信司を言いくるめればこちらの勝利条件に近づくってことだな」
『勝利条件? それはなに?』
「案山 の母親から発言力を奪うことだよ」
『あいかわらず解決法がぶっ飛んでるよね』
「そうか? これが一番楽なショートカットだろ?」
『ショートカットって考え自体が、救済ってところから、かけ離れているのよ』
「まあ、いいじゃん。それより、見つけた穴から攻めるぞ」
『わかったわ。それで、その時間を使って何をするの』
「そこはわりと正攻法だな。いくつか案山信司への説得案を出すから、演算よろしく」
そうして、何百もの説得案を出し、そのひとつがようやく通る。
あとは実行あるのみだ。
「ラプラス。終了だ」
その言葉で通常の時間へと戻る。
「36度2分ですね」
俺がそう答える目の前には再び案山信司の姿が確認できた。
「平熱じゃないですか。寒気と動悸ってのはよくあるんですか?」
「昨日から急にですよ。おたくの娘さんの自殺を止めてから」
彼の顔が急激に険しくなる。
「えっと、土路さんでしたっけ。今は診療中ですから、あまり冗談は言わないでください」
「俺は案山 ……あなたの娘さんと同じ高校で同じクラスにいます。昨日、屋上で身投げしようとしている彼女を見つけまして、いろいろ話を聞いたんですよ」
俺はポケットから生徒手帳を取り出して彼へと見せる。
「……それは本当か」
ようやく話を聞く気になったらしい。
「ええ、今は落ち着いていますよ。母親に電話してみてください。昨日から帰っていないはずです」
彼がここ数日、家に帰っていないのはラプラスの未来予知の彼の行動から遡って推測できる。ちなみに祖父である案山信二朗は、信司よりも多忙だ。祖母は1年前に他界している。
ゆえに、娘が帰宅していないことも、この父親は気付いていないのだ。
だからこそ、母親があの家において最大の権力を発揮しているのだろう。
無知な権力者ほど厄介なものはない。
「きみの家にいるのか?」
「いえ、後輩の1年の女の子の家にいますのでご安心ください。変に誤解されるとムカツクので先に言っておきますが、彼女とはほとんど口を聞いたことのなかった関係です。ただのクラスメイトで成り行き上助けただけなんで、そこのところはご理解ください」
「……」
俺のまくしたてるような説明を案山 信司は圧倒されたように聞いている。
「というか、恋人関係でもない女子の自殺を止めたんですから、感謝してほしいくらいですよ」
「わ、わかった。娘の自殺を止めてくれたのには感謝している。そして、キミが結子の恋人ではないことも理解した。だが、そんなことを伝えて私にどうしろと?」
「あさっての19時くらい。時間空けられます? 30分くらいでいいんで、お話がしたいんですよ」
彼はPCの画面を切り替え、スケジュールのようなものを確認する。
「ああ、その時間なら平気だが、いったい何を?」
「久々の親子の対面ですよ。ちょっと心配なので、俺も同席させてもらいますが」
「結子が来るのか?」
「ええ。親子で会話するのなんて何年ぶりですか? あなたも娘に対して情がなくなったわけじゃないですよね?」
「ああ、あたりまえだ」
「じゃあ、明日19時頃。この病院の前で待ってます」
俺はそう言って診察室を出る。まあ、診察費ぐらいはとられるだろうが、それくらいは大した額じゃない。
**
「覚悟はいいか?」
俺は隣にいる案山 に話しかける。
「うん。ちょっと緊張してる」
「打ち合わせ通り話せば良い。感情的になるな。これはプレゼンだ。卑屈になるな! 自分を売り込め。それさえ守ればうまくは行く。俺も援護射撃ぐらいはするから」
人の金で大学へ行くのだから、まずは出資者である親を説得するのは基本だろう。
「なんで土路君は、私なんかのためにこんなことしてくれるの?」
「取引って言っただろ。おまえにおとなしくしてもらうためだって。俺の最優先は厚木さんだ」
「あなたも厚木球沙が好きなのね。でもあの子、誰にも靡 かないわよ」
こんな状態になっても、相変わらず彼女はきつく言い放つ。
「そんなの知ってるよ。それがどうした? あの子を守るためなら、俺はなんだってするぞ。あと、今回の件に関しては誰にも言うなよ」
「言うわけないじゃない……あなたに助けられたなんて」
「まだ助けたわけじゃないよ」
ポケットに入れたスマホが震える。設定したアラームが作動したようだ。
それと同時に、扉から案山 信司が現れる。
「父さん……」
彼女の声で、父親がこちらを向く。
「結子……」
その場で固まったままの案山 。側に寄ろうとしないので背中を軽く押すと、ゆっくりと歩き出した。
「父さん……私、工学部に行きたいの。母さんには反対されたし、案山 家の人間が医者にならないなんて、許されないことかもしれない。でも、いやいや医者になって何か取り返しの付かない失敗を犯すよりは、誰かの役に立てる道を進みたいの」
たぶん、父親は娘の本音を初めて聞いたのだろう。驚いたような顔で、彼女の話を聞き入っていた。
「おまえ、勉強頑張ってたから、医学部に行くとばかり思ってたんだがな」
彼には落胆の感情もあったのかもしれない。それでも、彼女の想いを拒絶するようなことはなかった。
「だから……医者になれない私は、存在価値なんてないと思ってた」
「結子、そんなことはないぞ。父さんはおまえに進路を強制する気は無い。ただ、医者にならないってのはちょっと寂しいがな」
その言葉のあとに案山 信司は「そうかぁ、工学部かぁ」と空を見上げるようにこぼす。
「例のこと話してやれ」
俺は彼女を右肘でつつく。間接的に触れるが悪魔は起動しないだろう。事前に打ち合わせしてあるからな。
「父さん。私が行きたいのは工学部の計数工学科。私ね、数学が好きで統計学に興味をもっていたの」
「統計学か、なるほど。おまえ、物事を全体から見るのが好きだったもんな」
彼の娘を見る目がどんどん和らいでいく。
「医者にはなれないかもしれないけど、統計学って医学には必要な基礎学問でもあるんだよね。例えばある人が検査薬Xで陽性の時に、実際に病気Yに羅漢している確率を求めなさいって言われたとき、統計学はとても役に経つの。『原因から結果』ではなく、『結果から原因』という、時間の流れが逆の『原因の確率』を論じれるの。計数工学科はこういうことを学べるんだよ。だから私……」
「それはヘイズ定理だな。父さんも昔、統計学には興味を持ったことがあるよ」
この反応は予知通り。そもそも父親には娘の進路に口を出すつもりはないのだ。案山が卑屈にならなければ、父親の説得はうまくいく。
ただし金を出してもらうのだから、自分の将来を売り込む必要はあった。父親だって、ただ遊ばすためだけに大学には行かせないだろう。
「うん。だから、医者にはなれないけど、医学のために私は役に立つことができるの」
「なるほど、おまえもおまえなりに将来のことを一生懸命考えているんだな」
父親は優しく笑顔を浮かべる。この人が悪い人ではないということは、ラプラスの未来予知からわかっていた。だから、ここでの会話は説得というより言質である。
それからも時間いっぱいを使って二人は話し合う。今まで会わなかった時間を埋めるように。
その様子を俺はスマホで撮影した。
「最後にひとつだけ聞かせてください。あなたの父親である案山信二朗さんは、孫娘の進路についてはどう思われていますか」
言質をとるという意味でも重要な質問。
「かまわないが……どうして赤の他人のキミが娘のために、こんなに一生懸命になってくれるんだ? もう一度聞くが、もしかしてキミは、結子の彼氏なのではないのか?」
再び勘違いしそうなので即座に否定する。
「一昨日、否定しましたよね? 違いますよ。ただのクラスメイトです。利害関係が一致したので、おたくの娘さんと行動を共にしているだけのこと」
「そうか。娘がこれだけの決意をしたのだから、キミが背中を押してくれたと思ったのだがな」
「それはどうでもいいです。先ほどの質問にお答え頂けますか? わりと重要なことなんで」
俺の少し苛ついた問いかけに、父親は「失礼」と軽く謝ると言葉を続ける。
「たぶん、父も私と同じだよ。医者になってくれると思ってはいたが、それを無理強いしようとはしない。父にとっては、私や孫の信雄という跡取りがいるのだから、そこまで結子を縛る気はないよ」
これで案山 を縛る鎖は断ち切れた。あとは魑魅魍魎を封じるだけ。
「じゃあ、すべて母親の暴走なんですね」
「ああ、私も仕事が忙しすぎて家庭を放置していたのが災いしたな。けど、悪く言わないでくれ、あれも案山 の家を守りたいという過剰な感情からそういう行動に出たのだろう」
「そうですけど、ひとつ間違えれば彼女は死んでいましたからね。そのことだけは忘れないでください」
そうして、父親と案山 との短い邂逅は終了した。
◆次回予告
ついに案山との母親と対峙。
主人公の冷徹クソ野郎的毒舌が炸裂する!
第42話「化け物と呼ぶのです」にご期待下さい!
「どうされましたか?」
診察室に入ると、白衣を着た40代くらいの眼鏡をかけた穏やかそうな顔の男性が見える。胸のプレートには『案山信司』と書いてあった。
この人が
「昨日から寒気と動悸がするんですよ。風邪かなと思って」
「こちらにお座りください」
俺は勧められた椅子に座ると、案山信司と向かい合う。
「少し診てみましょう。胸の前を少しはだけてもらえますか?」
俺はシャツのボタンを外すと、中に着ていたTシャツをまくり上げる。
「熱は何度ありました?」
胸のあたりに聴診器が当てられる。
その瞬間、時間がゆっくりと流れ、悪魔が起動する。
『これで案山信司との未来演算は可能よ』
「じゃあ、さっそくお願いするよ」
『いいわ』
「まずは脅して彼にアポを取った場合だ」
『いきなり強攻策ね。失敗するのはわかってるんでしょ?』
「ああ、でも穴は見つけられる」
『うふふ。いいわ。演算してあげる」
呆れたように笑いながら、ラプラスは快諾する。
「例えば、父親に「あなたの娘さんが万引をしているの見つけてしまった。証拠もある。バラされたくなければ今日の夜に指定の場所まで来い」と言った場合」
『来ないわね。そういうのをいちいち構ってられないんじゃないの? 案山信司はかなり忙しそうよ。常に時間に追われているの。警察に連絡されておしまい』
「となると、別の方法でアポをとっても、指定の場所には現れてくれないってパターンかな?」
『ええ、そうね。今の演算で彼の未来が見えたから、過密なスケジュールがわかったわ』
「だったら、彼の空いている時間ってのはいつだ? おまえの未来視ならわかるだろ?」
演算の本当の目的はそれだった。
『うーん。昼は会食。夕方までは診療でびっちり。夜も会合がある。明日も同じ。ただ、あさっての19時13分から30分だけ空きがあるわ』
「なるほど、そこで案山信司を言いくるめればこちらの勝利条件に近づくってことだな」
『勝利条件? それはなに?』
「
『あいかわらず解決法がぶっ飛んでるよね』
「そうか? これが一番楽なショートカットだろ?」
『ショートカットって考え自体が、救済ってところから、かけ離れているのよ』
「まあ、いいじゃん。それより、見つけた穴から攻めるぞ」
『わかったわ。それで、その時間を使って何をするの』
「そこはわりと正攻法だな。いくつか案山信司への説得案を出すから、演算よろしく」
そうして、何百もの説得案を出し、そのひとつがようやく通る。
あとは実行あるのみだ。
「ラプラス。終了だ」
その言葉で通常の時間へと戻る。
「36度2分ですね」
俺がそう答える目の前には再び案山信司の姿が確認できた。
「平熱じゃないですか。寒気と動悸ってのはよくあるんですか?」
「昨日から急にですよ。おたくの娘さんの自殺を止めてから」
彼の顔が急激に険しくなる。
「えっと、土路さんでしたっけ。今は診療中ですから、あまり冗談は言わないでください」
「俺は
俺はポケットから生徒手帳を取り出して彼へと見せる。
「……それは本当か」
ようやく話を聞く気になったらしい。
「ええ、今は落ち着いていますよ。母親に電話してみてください。昨日から帰っていないはずです」
彼がここ数日、家に帰っていないのはラプラスの未来予知の彼の行動から遡って推測できる。ちなみに祖父である案山信二朗は、信司よりも多忙だ。祖母は1年前に他界している。
ゆえに、娘が帰宅していないことも、この父親は気付いていないのだ。
だからこそ、母親があの家において最大の権力を発揮しているのだろう。
無知な権力者ほど厄介なものはない。
「きみの家にいるのか?」
「いえ、後輩の1年の女の子の家にいますのでご安心ください。変に誤解されるとムカツクので先に言っておきますが、彼女とはほとんど口を聞いたことのなかった関係です。ただのクラスメイトで成り行き上助けただけなんで、そこのところはご理解ください」
「……」
俺のまくしたてるような説明を
「というか、恋人関係でもない女子の自殺を止めたんですから、感謝してほしいくらいですよ」
「わ、わかった。娘の自殺を止めてくれたのには感謝している。そして、キミが結子の恋人ではないことも理解した。だが、そんなことを伝えて私にどうしろと?」
「あさっての19時くらい。時間空けられます? 30分くらいでいいんで、お話がしたいんですよ」
彼はPCの画面を切り替え、スケジュールのようなものを確認する。
「ああ、その時間なら平気だが、いったい何を?」
「久々の親子の対面ですよ。ちょっと心配なので、俺も同席させてもらいますが」
「結子が来るのか?」
「ええ。親子で会話するのなんて何年ぶりですか? あなたも娘に対して情がなくなったわけじゃないですよね?」
「ああ、あたりまえだ」
「じゃあ、明日19時頃。この病院の前で待ってます」
俺はそう言って診察室を出る。まあ、診察費ぐらいはとられるだろうが、それくらいは大した額じゃない。
**
「覚悟はいいか?」
俺は隣にいる
「うん。ちょっと緊張してる」
「打ち合わせ通り話せば良い。感情的になるな。これはプレゼンだ。卑屈になるな! 自分を売り込め。それさえ守ればうまくは行く。俺も援護射撃ぐらいはするから」
人の金で大学へ行くのだから、まずは出資者である親を説得するのは基本だろう。
「なんで土路君は、私なんかのためにこんなことしてくれるの?」
「取引って言っただろ。おまえにおとなしくしてもらうためだって。俺の最優先は厚木さんだ」
「あなたも厚木球沙が好きなのね。でもあの子、誰にも
こんな状態になっても、相変わらず彼女はきつく言い放つ。
「そんなの知ってるよ。それがどうした? あの子を守るためなら、俺はなんだってするぞ。あと、今回の件に関しては誰にも言うなよ」
「言うわけないじゃない……あなたに助けられたなんて」
「まだ助けたわけじゃないよ」
ポケットに入れたスマホが震える。設定したアラームが作動したようだ。
それと同時に、扉から
「父さん……」
彼女の声で、父親がこちらを向く。
「結子……」
その場で固まったままの
「父さん……私、工学部に行きたいの。母さんには反対されたし、
たぶん、父親は娘の本音を初めて聞いたのだろう。驚いたような顔で、彼女の話を聞き入っていた。
「おまえ、勉強頑張ってたから、医学部に行くとばかり思ってたんだがな」
彼には落胆の感情もあったのかもしれない。それでも、彼女の想いを拒絶するようなことはなかった。
「だから……医者になれない私は、存在価値なんてないと思ってた」
「結子、そんなことはないぞ。父さんはおまえに進路を強制する気は無い。ただ、医者にならないってのはちょっと寂しいがな」
その言葉のあとに
「例のこと話してやれ」
俺は彼女を右肘でつつく。間接的に触れるが悪魔は起動しないだろう。事前に打ち合わせしてあるからな。
「父さん。私が行きたいのは工学部の計数工学科。私ね、数学が好きで統計学に興味をもっていたの」
「統計学か、なるほど。おまえ、物事を全体から見るのが好きだったもんな」
彼の娘を見る目がどんどん和らいでいく。
「医者にはなれないかもしれないけど、統計学って医学には必要な基礎学問でもあるんだよね。例えばある人が検査薬Xで陽性の時に、実際に病気Yに羅漢している確率を求めなさいって言われたとき、統計学はとても役に経つの。『原因から結果』ではなく、『結果から原因』という、時間の流れが逆の『原因の確率』を論じれるの。計数工学科はこういうことを学べるんだよ。だから私……」
「それはヘイズ定理だな。父さんも昔、統計学には興味を持ったことがあるよ」
この反応は予知通り。そもそも父親には娘の進路に口を出すつもりはないのだ。案山が卑屈にならなければ、父親の説得はうまくいく。
ただし金を出してもらうのだから、自分の将来を売り込む必要はあった。父親だって、ただ遊ばすためだけに大学には行かせないだろう。
「うん。だから、医者にはなれないけど、医学のために私は役に立つことができるの」
「なるほど、おまえもおまえなりに将来のことを一生懸命考えているんだな」
父親は優しく笑顔を浮かべる。この人が悪い人ではないということは、ラプラスの未来予知からわかっていた。だから、ここでの会話は説得というより言質である。
それからも時間いっぱいを使って二人は話し合う。今まで会わなかった時間を埋めるように。
その様子を俺はスマホで撮影した。
「最後にひとつだけ聞かせてください。あなたの父親である案山信二朗さんは、孫娘の進路についてはどう思われていますか」
言質をとるという意味でも重要な質問。
「かまわないが……どうして赤の他人のキミが娘のために、こんなに一生懸命になってくれるんだ? もう一度聞くが、もしかしてキミは、結子の彼氏なのではないのか?」
再び勘違いしそうなので即座に否定する。
「一昨日、否定しましたよね? 違いますよ。ただのクラスメイトです。利害関係が一致したので、おたくの娘さんと行動を共にしているだけのこと」
「そうか。娘がこれだけの決意をしたのだから、キミが背中を押してくれたと思ったのだがな」
「それはどうでもいいです。先ほどの質問にお答え頂けますか? わりと重要なことなんで」
俺の少し苛ついた問いかけに、父親は「失礼」と軽く謝ると言葉を続ける。
「たぶん、父も私と同じだよ。医者になってくれると思ってはいたが、それを無理強いしようとはしない。父にとっては、私や孫の信雄という跡取りがいるのだから、そこまで結子を縛る気はないよ」
これで
「じゃあ、すべて母親の暴走なんですね」
「ああ、私も仕事が忙しすぎて家庭を放置していたのが災いしたな。けど、悪く言わないでくれ、あれも
「そうですけど、ひとつ間違えれば彼女は死んでいましたからね。そのことだけは忘れないでください」
そうして、父親と
◆次回予告
ついに案山との母親と対峙。
主人公の冷徹クソ野郎的毒舌が炸裂する!
第42話「化け物と呼ぶのです」にご期待下さい!