第54話「あの子はサイコーデス!」

文字数 4,390文字

 PCのロックに怒り狂った大上は、机を激しく叩いて怒鳴る。

「クソッ! まさか、厚木さんがこんなことを? いや、違う。ショーコって、あの時一緒にいた女装野郎か!」

 一見ウイルスが仕込まれていたかのように思えるが、そこまで高度なプログラムではない。これは単純なスクリプトが実行されただけのこと。

 俺が前にラプラスに見せられた未来予知で、彼のPCの詳細情報は収集済みだ。

 最初にダミーでメッセージを流し、あとはウィンドウズの標準機能であるリモートロックを利用させてもらい、遠隔操作でロックをかけただけのことである。

 彼はそこまでPCに詳しくないので、あくまでハッタリを仕掛けることでこの作戦は上手くいく。超天才ハッカーがいなければ成功しない作戦など、初めから立案などしない。

 これでヘイトは俺に対して向けられる。厚木さんへの怨みが薄れてくれればいい。

 ラプラスに未来予知視点の終了を告げると、再び真っ暗な空間へと戻ってくる。

『この先は観なくていいの?』
「どうせ、明日俺自身が見ることになるんだから、結果だけ教えてくれればいい」
『あんたは大上護武になんて言うの?』

 俺はラプラスに大上に告げる言葉を説明する。

 何通りかの案を出し、そのうちの一つが通る。その他は例によって痛烈なダメ出しを食らったが。

『それで問題はなくなるわ。大上護武はおとなしくなる』


**


 試験休み中ということもあり、校内にひとけはほとんどない。校庭を使っているサッカー部や野球部の部員たちのかけ声が遠くの方から聞こえてくる程度だ。

 俺は窓辺にもたれて、教室の入り口の方をぼうっと眺めていた。

 指定した時間ちょうどになると大上が現れた。時間ぴったしとは予想通り神経質なタイプでもあるな。

「おまえが呼び出したのか?」
「そうよ」
「この女装野郎が! 俺のPCのロックを解除しろよ!」

 本日もまた、志士坂の協力で女装して学校に来ている。べつにこの趣味に目覚めたわけではない。俺が土路将であるということを隠す為の変装に近い。

 下手に男の容姿で厚木さんを庇ったりすると、あとでいろいろと面倒だからな。

「あらやだ、女装野郎だなんて酷いわ」

 口調が女性のそれではなく、オカマ調になってしまう。まあ、自分でもキモいと思うわ。

「気持ち悪いんだよ!」
「俺も女言葉は慣れないからな。普通に喋るよ」
「そういうことじゃなくて!」

 めちゃくちゃ機嫌悪いな。ま、原因は俺だけど。

「写真は持ってきたか?」
「ああ、これでいいんだろ?」

 大上は紙袋を俺に渡す。中身を確認すると、壁に貼ってあったであろうプリントアウトした厚木さんの写真がどっさりと入っていた。

 俺は、足元に置いておいた小型の電動シュレッダーの中にそれを放り込む。甲高い機械音がして、それは飲み込まれ粉々になってダストボックス内に溜まっていった。

 それを複雑な表情で見ている大上。

「なあ、あの動画の感想を聞かせてくれないか?」
「……」

 大上は何か嫌な記憶を思い出したかのように、顔をしかめ大きなため息を吐く。

「あれが素の厚木さんだよ。おまえは彼女と同じクラスになってないから、わからないかもしれないけどさ。彼女はムードメーカー的な立場で、自分の可愛さなんて気にしないで、己の道を進むタイプなんだよ」
「……」
「おまえの求めていた厚木さんなんて、幻だ。彼女を誘拐して自分のもとに置いたからといって、おまえの理想の女性をコレクションできるわけじゃない」
「……」

 大上に厚木さんのことを語ったところで理解できないだろう。

「まあ、説教する気も無いから本題に移るわ。おまえ、カミライブのアサネちゃん気に入ってるだろ?」

 カミライブとは去年流行ったアイドルアニメだ。その中に出てくる浅倉麻音ちゃんは厚木さんとちょっと似た雰囲気を持つ子だった。

 といっても、それは容姿の雰囲気だけ。ロングのゆるふわな髪に特上スマイル。俺もけっこう気に入ってるので、そういう意味ではこいつと趣味が合うのかもしれない。

「なんで知ってるんだよ?」

 未来予知でこいつの視点で部屋を見た時に、PCの壁紙やらブラウザのブックマークやら、スマホの中にあるmp3の音楽データ等から、それらの察しはついた。

「まあ、いいじゃないか。でだ、おまえのPCをロックしたお詫びとして、これを進呈しようと思う」

 俺は持ってきた袋から「浅倉麻音」の1/8スケールフィギュアを取り出した。2年前に限定販売されたもので、100個しか製作されなかったという。

 オークションでは数十万円の値がついていた。それを数日前に入手しておいたのだ。

「そ、それ、どうしたんだよ?」

 さすがの大上も驚いている。これを見ただけで、厚木さんの件なんか頭の中から吹っ飛んでいる感じであった。

「なあ、大上。二次元はいいと思わないか? どれだけコレクションしようとも、誰に迷惑をかけることもない。それだけじゃないぞ。アサネちゃんはおまえの中の理想と一切ぶれることなく存在するぞ。カレシができることなんてないだろうし」
「くれるのか?」

 大上の目の色が変わる。アサネちゃんのフィギュアに対して、それを欲しがる子供のようにキラキラとした目で見つめていた。

「おまえがアサネちゃんへの永遠の愛を誓うなら、これをあげよう。ただし、貴重な品だからな。愛のない奴にはやらん」
「……」

 大上がうーんと顎を右手で触れながら考え込む。少し前まで厚木さん一筋だったようには思えない変わりようである。けど、人間っていうのはそういうものだ。そもそも、PCやスマホの壁紙を厚木さんにしてない時点で、こいつの愛はブレブレなんだからな。

「いらないってならいいんだけどな」
「いや、いらないなんて言ってない!」

 慌てたように彼は首を振る。

「永遠の愛を誓えるか?」
「……いや、二次元だぞ? 愛なんて」
「キャラへの愛をくだらないと思うのか? そんなんで自分の中の理想を捨て去るのか?」
「……たしかにアサネちゃんはお気に入りだけど」
「このフィギュアは、アサネちゃんを愛する100名の猛者のために製作されたものだぞ。それを手にする資格があるかどうか、おまえは試されるんだ!」

 芝居がかった口調で俺は大上にそう告げた。

「……何……だと……?」
「PCのロック解除のパスワードだが、【浅倉麻音を永遠に愛する】と入力すればいい。ただし、ロックを解除すれば厚木さん関連の画像データは全てデリートされる」
「おい! それはないだろ?」
「【浅倉麻音を諦める】と入力すればデータは無事だが、おまえの持ち帰ったフィギュアは木っ端微塵になる!」
「どういうことだよ!!!!」

 さすがにぎょっとした顔で俺を見つめる。多少なりとも、俺に対して得体の知れ無さを抱いているのかもしれない。

「おまえのために多少、細工をしておいたからな。もちろん、フィギュアが壊れるだけで、おまえに危害が加わるほどの爆発じゃないよ」
「ちょっと待て。おまえ、頭おかしいだろ?」
「ははは! ああ、おまえと変わらないほどにはな。ちなみに爆薬を取り除こうとフィギュアを解体しようとしても爆発する」
「……」

 まともな話し合いなんか考えていなかった時点で、俺は相当イカれている。そもそも綺麗ごとなんて嫌いなんだからな。

「その2択は家に帰ってから考えるがいい。大いに悩んでいいぞ。ただし、厚木さんを選んでもおまえが幸せになれる未来はないが、アサネちゃんならおまえの未来に潤いを与えてくれるだろう。それだけは忘れるなよ」

 選択の余地を与えたようで、実はこちらがどちらを選択するか誘導したようなものだ。二次元に興味のあった彼の背中を、ほんの少し押してやっただけなのだからな。

 ビバ! 二次元!

 地獄の釜は開いたぞ!!

 彼は俺が贈呈したアサネちゃんのフィギュアを大事そうに抱えて帰っていった。いちおう、間接的に彼に触れてラプラスを呼び出したが、厚木さんが殺されるフラグは完全に消え去っていた。

 俺は伸びをすると、教室を出る。すると、そこには5人の女子が出迎えてくれた。

「お疲れさま」

 と、笑顔の厚木さん。その対照的に退いた感じの苦笑いでいるのが二名。

「キモい」
「せんぱぁーい、二次元の語りがキモすぎですよ」

 高酉と黒金だ。こいつら結構、気が合うんだよなぁ。

「あはは、将クンらしいかな」

 志士坂はなんともいえないような表情で、笑顔を保とうと頑張っている。いいんだぞ、おまえも俺に文句を言っても。

「まあ、土路君らしい解決じゃないの? それよりもあんた、女装結構気に入ってるでしょ?」

 再び衣装を提供してくれた案山(つくえやま)が嫌らしい感じで俺へと問いかける。

「べ、べつに気に入ってなんかないんだから!」
「そのわりにはノリノリだったじゃない。こないだは嫌々、志士坂さんにメイクされてたってのに」
「そ、それは」

 俺がたじろいでいると、厚木さんの笑顔で告げる。

「いいじゃない。土路クンの女装は自慢できる女装なんだから!」

 彼女の満面の笑みに誤魔化されそうだが、それを認めたら俺は変態の領域に足を踏み入れてしまいそうだ。

「なんかあたしより可愛くなってるからムカツクんだけどね」

 高酉がジト目で睨んでくるのはいつものことなんだけど、ちょっと違うよね。これは嫉妬か――。

 複雑な心境でもある。

「でもこれで、大上クンの問題は解決したんだよね?」

 厚木さんが近づいてきて俺の前に立つ。

「ああ」
「ありがとう土路クン。わたし、土路クンが過激なことしないか心配だったんだ」
「過激? ある意味まともなやり方じゃないけどさ」
「そうじゃなくて、わたしのために大上クンを排除するような行為だよ。彼がわたしを誘拐しようとしたとき、土路クン、本気で怒ってたじゃん。だから、わたしの為に土路クンが不幸になるような過激なことをするんじゃないかって心配だったの」

 それは、俺が大上を暴力的行為で排除するという意味か。ま、頭に血が上ったらそれくらいやりかねないからな。

「今回は大上のことを事前に調べてたわけだし、わりとあっさり突破口は見つかったからね。それほど強攻手段をとる必要がなかっただけ」
「うん、だからね。ありがとう。土路クンはわたしなんかの為に不幸になっちゃいけないから」
「大げさだなぁ、厚木さんは。俺は厚木さんの為なら、命だって」
「土路クン」

 ふいをつかれて動けなかったのもあるが、厚木さんの体が急接近するかと思うと、ふわりと俺を抱き締めた。甘い香りに一瞬、思考力を奪われる。

◆次回予告

厚木球沙を救うための策略はどれも決め手に欠けていた。

そんなときにショッピングモールで出会った、謎の女性を思い出す。

主人公は彼女に会うことを決意するのだが……。

八方塞がりの状況を突破するために、本当の悪魔を呼び覚ますのか?

次回、第55話「もうひとりの悪魔」にご期待ください!
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