第24話「ブリキの小悪魔に好かれるのは不本意です」

文字数 3,548文字

「せんぱぁい」

 放課後、廊下で声をかけられる。この甘ったるい小悪魔な声、しかも馴れ馴れしく先輩と呼んでくるのは一人しかいないだろう。

「なにかな。後輩」

 振り返ると黒金涼々が不満げに唇を尖らせる。

「もう! あたしの名前知ってるんじゃないんですか?」
「俺はポンコツな友人の付き合いで見に行っただけで、後輩ちゃんに興味があったわけじゃない」

 こいつにマウンティングをとらせるのも癪なので、ある程度は距離をとらないといけない。というか、小悪魔に喰われてたまるかってんだ。

「じゃあ、自己紹介しますよ。あたしは黒金涼々(すず)です。苗字があんまり好きじゃないから『すず』って呼んでほしいですぅ」
「黒金後輩。用事はそれだけか?」

 こいつのモーションに惑わされることない。小悪魔系のかわいい子ではあるけど、厚木さんに比べればただのガキだな。ははは、十年早いわ!

「ぶー、せんぱぁいって意地悪なんですね」
「意地悪ではないぞ。興味がないだけだ」

 あくまでも淡々と言葉を返す。気をつけないと、志士坂の時みたいに俺がツンデレっぽくなってしまうからな。

「まあいいです。でも、そのうちあたしにメロメロになって身も心も捧げるようになるんですからぁ」
「メロメロって、おまえボキャブラリーねえな。バカな女はかわいいけど、アホの子はモテないぞ」
「……どうせアホの子ですよ」

 彼女はシュンとして悲しそうに微笑む。ん? そういえば志士坂が前に見てたときは、悔しそうな感じとか言ってたな。背筋に嫌な感じで鳥肌が立つ。もしかして演技か?

 付き合ってられないな。

「じゃあな」
「待ってください」

 立ち去ろうとしたところで袖を掴まれる。

「どうしたら、あたしをわかってもらえますか?」

 その瞬間に悪魔が起動。考えてみると、こいつの起動って余韻とか台無しだな。まあ、あの小悪魔に惑わされなくていいけど。

『なんか聞きたいことある?』
「例えば、このまま黒金と仲良くなろうとすると、どうなる?」
『そうね。あんたは自殺するわ、あの子と一緒に』
「俺、厚木さんと付き合えるようになるまで死ぬ気ないんだけど」

 いや、どうしてそうなるんだよ。

『正確には毒を飲まされて、あの子の心中に付き合わされるだけ。たぶんだけど、あの子は寂しいんじゃない? だから一人では死なない』

 マジかよ……。

 なんとなく背景はわかるのだけど、あの子が何を考えているかまではわからないな。

 そもそも厚木一郎と出逢うはずだったのは、黒金涼々が両親の離婚話を聞いて家を飛び出たからだという。さすがの俺でも、夫婦関係にまで影響を与えることはできない。

 だからこそ、家出の後、あの子のフォローができるように情報を集めなければいけない。その為にも少しでもあの小悪魔と仲良くならねばならないという苦行。

「まあいいや。聞きたいことはたくさんある。例えば、この状態で冷たい態度のままだと、彼女はどうなる?」
『さらにあんたに興味を持つようになるわね』
「なんだよ。チョロインじゃねえか」

 出逢った瞬間惚れられるギャルゲと一緒だな。しかも、こちらからアプローチしなくていいなんて、もし本当に付き合いたいのであればこんな楽な子はいないだろう。

 付き合いたくないけど……。

『冷たくしなくても、あんたにモーションをかけてくるよ』
「単なるビッチだな」

 あいつの恋愛観念はどうなってるんだよ? あいつ、俺のことなんてなんも知らないはずだ。俺が陥落しないから、意地になってるのか? いや違うな。

『とはいっても、本気であんたに惚れるわけじゃないよ。あくまであんたは蒐集対象』

 自分に(なび)かない男に興味を持っているだけか。男なんてコレクションの一つとしか思っていないのかもしれない。

「わかってるって」
『どうするの? このままあの子と仲良くならないなら、死ぬのはあんたの友達の富石桃李よ』
「わかってるって。仲良くなって、あいつの深いところにある闇を取り除かないことには、この問題は解決しないんだろ? めんどくせーな」

 正解を掴まなければ、よりよい未来を引き寄せられない。それは、俺と厚木さんが幸せになるための最低限の条件。本当なら、こんな所で寄り道なんかしたくないんだけどな。

『あと、ついでなんだけど、あんたに興味をもってもらうために、黒金涼々は厚木球沙にいじわる……いえ、いたずらを仕掛けるわ。その行為自体で怪我はしないけど……』
「けど。なんだよ」
『厚木球沙は迷惑するかもね』

 俺が黒金と仲良くなることに乗り気じゃないからって、ラプラスは切り札を出してきたか。

 俺の行動原理の中心は厚木さんだからな。彼女が関係してるとなれば、俺は重い腰をあげなければならない。

「俺のせいだってわかったら印象悪くなるだろうな。というか、厚木さんのことだから、黒金の味方になって俺とくっつけようとする……」

 自分で言っていて落ち込んできた。そんな彼女を好きになったのは俺だけどさ。

「よし! 覚悟を決めるよ」
『どんな策略を使って彼女と仲良くなるのかしら?』

 ラプラスは冗談っぽくそう問いかけてくる。答えはわかっているだろうに。

「策略必要ないだろうが……まったく。それよりも質問がある」
『なに?』
「彼女の過去に触れたい場合はどうするんだ?」
『過去は見られないよ。ていうか、それ今さら聞くの?』
「今までは過去を見る必要なんてなかったからな」
『あたしの能力は未来予知、あなたの行動によってそれは変わるから、その行動を教えてくれれば演算をし直して未来を教えてあげるってのが基本だよ』
「おまえラプラスの悪魔じゃないのかよ。現在過去未来とすべて見通せるんじゃないのか?」
『それはあんたが勝手に命名したんでしょ。それに今どき19世紀の遺物にこだわるなんて脳みそにカビ生えてるんじゃない?』
「ラプラスの名前を受け入れたくせに」
『名前なんてどうでもいいのよ』
「まったく、おまえは何者なんだ?」

 こいつが俺の心に住み着いてからずっと思っていた疑問。だが、気まぐれな悪魔は肝心なことには答えようとしない。

『ラプラスの悪魔なんて、現代じゃ通用しないよ』

 はぐらかされる。ま、いっか。ラプラスが自ら話さない限り、こいつの正体はわからないのだからな。

「そりゃ、今は量子力学が最先端なんだろうけどさ。それくらい知っているよ。アレのおかげでラプラスの悪魔は完全否定されたんだからな」
『そういう蘊蓄(うんちく)はいいからさ。他に聞きたいこと無いの?』
「今は情報収集のターンだ。もう少し待ってくれ」

 悪魔との会話を打ち切って、通常時間へと戻る。

 目の前には、見せかけの笑顔が今にも崩れそうな黒金がいた。

「どうして黒金は、好きでもない相手にそうやって誘いをかけるんだ?」
「なぜだと思いますか?」
「俺が質問してるんだけどな。答えてくれないなら帰るよ。俺は時間を無駄にされるのが大っ嫌いだ」

 そう言って背を向けて立ち去ろうとすると、袖口が引っ張られる。そういや、まだ握ってたのか。

 強引に振りほどいても良かったのだが、ちょっとした気まぐれで彼女の唇が動くのを待つことにした。

「教えてください。誰かを好きになるってどういう気持ちなんですか?」

 悲しそうな瞳。それは演技でのあざとさなのか、本心なのかはわからない。

 問題なのは、これから4日後に起こること。

 本来ならば黒金涼々は厚木一郎と出会う。お互いに傷をなめ合って癒しあい、最後には心中するというパターンだったはず。

 ところが、厚木一郎が救われることにより、彼女と心中する役目は富石に代わってしまった。それを阻止し、ねじ曲げるために、代わりに俺が彼女の傷を癒さなければならない。

 今の段階で、何に傷つき、どんな癒しを欲しているのは不明だ。

 ラプラスに聞けば断片くらいは教えてくれそうだが、危うげな十代の心は、人生経験の長い厚木さんの父ちゃんのような誤魔化しは効かない。

 繊細な心を持つならば、その絡み合った糸を丁寧に解いていかないと、最悪な結果を生むことになる。

 情報量が足りなければ、無限思考の中でさえ、あっさりと詰むのだ。

 めんどくせーな。



◆次回予告

 主人公が余裕ぶっこきすぎて小悪魔の方から懐いてきました(?)

 今こそ彼の能力の真価が問われる?!

第25話「ブリキの小悪魔に足りないのは心です」にご期待ください。

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