第38話「サクサクいくのです」

文字数 5,234文字

 ちょうど隣の部屋が空いていたので、音声の受信感度もよかった。ただ、真っ最中だったようで、喘ぎ声しか聞こえてこない。

 俺はイヤホンを耳からとると、冷蔵庫に入っていたペットボトルのスポーツドリンクを取り出す。これは別料金であとで加算されるやつかな?

「せんぱぁい。ラブホに連れ込んで、放置プレイってどんだけ、どSなんですか?」

 ベッドの上にぺたん座りしている黒金が呆れたように呟いた。

「知らなかったのか? 俺、わりと鬼畜だぞ。妹にも冷酷クソアニキって呼ばれてるし」
「はぁー……なんか茜ちゃんの苦労がわかりますよ。けっこう兄思いの妹さんなのに……」

 『なんでやねん』と突っ込みたくなるが、どうでもいいか。

「ま、いいけど」
「で、お隣の状況はどうなんですか?」
「絶賛やりまくり中だな」
「や……」

 赤くなって頬を両手で押さえる黒金。最近、俺の前だと素が出まくりだな。

「おまえ、蠱惑(こわく)の小悪魔キャラなんだろうが。これくらいの下ネタで赤くなってどうするんだよ」
「蠱惑の小悪魔はキャラですから、素は普通の女の子なんですよ」
「ま、恋も知らない子なんだから普通以下だわな」
「せんぱい、それ酷いですよ。セクハラです!」
「普通の子は、のこのこラブホなんかに付いてきませんって」
「……多少は期待したんですから」

 ごにょごにょと口ごもる。何言ってるんだよこいつは。

「おまえ、俺が厚木さんに片思いしてる知ってるだろうが」
「男の人って下半身は別人って……あたし知ってますから」
「そのわりにはおまえ、ちぐはぐだぞ。そういうことガンガン言うくせに、妙に恥ずかしがるからなぁ」
「あたしだってわかりませんよ。理性で納得できても感情は恥じらう乙女なんですよ」

 なんだそりゃ?

「とりあえず、しばらくは暇だ。ゲームでもやるか?」
「あたしはそれでもいいですけどね。そういえばせんぱい」
「ん?」
「この間のデートの時も思ったんですけど、せんぱいって、ここぞ必要って時にはお金を注ぎこむことにはためらわないですよね。普段はケチなくせに」
「そこ、ケチとか言わないの」
「でも、この間の新宿でのデートにしろ、今日の探偵もどきのホテル突入にしろ、ためらいもなくお金を注ぎこんでますよね。せんぱいの家ってそこまで億万長者って感じでもなかったし、どっからそのお金は出てくるのかなぁって……」
「ああ、金に関しては、副業で収入あるから、わりと自由に使える金が多いぞ」
「副業ですか? バイトじゃなくて」
「つべの予報ちゃんねるやってるから、そっからの収入だ」
「え? せんぱい。つべで動画あげてるんですか?」

 つべとは最大手の動画サイトだ。広告収入によって金を稼ぐことができる。10代でもそうやって稼いでいる子はそこそこいるんじゃないかな。

「ああ、つべの広告収入で稼いでる」
「どんなの上げてるんですか?」
「良く当たると評判の天気予報動画とか、女の子の間で流行りそうなものの先取り予想とか、そういうの解説してる」

 すべては俺が妹と間接的にふれて悪魔を起動させて、そこから妹の見る未来を教えてもらっているだけの話。

 このおかげで近い未来の予想が付くのだ。能力の有効利用というわけだな。特殊能力があったら普通は稼ぐことに使うでしょ。金はあるにこしたことない。

 俺の現実世界での能力なんかたかが知れている。だったら、足りない分を札束で殴れば良い。もちろん、物理的な意味じゃなくて。

 ま、ラプラスの話は黒金にはできないけどな。

 片耳だけイヤホンをして、その状態で部屋に備え付けのゲーム機で遊んで時間を潰す。

 隣の部屋で行為が終わってしばらくすると、増長と男の会話が聞こえてくる。

-「なあ、ユイコって子また連れてこいよ」
-「またその話? そういうのあたしの前であんましないで欲しいんだけど」
-「どうして」
-「あたし、あの子あんまし好きじゃないんだから」
-「そうなのか? 仲の良いオトモダチって感じだったぞ」
-「あの子の前ではね」
-「嫌いなのか?」
-「嫌いじゃないけど、時々うっとおしくなるのよね」
-「ひでーな」
-「あの子、常に何かと戦わないといけないって感じで疲れるのよ」
-「お、戦う女の子いいじゃん」
-「オトモダチやってる方からすれば、時々ついて行けなくなるのよ」

 増長はどう攻めようか迷っていたけど、これで方向性は決まったかな。

「ところでせんぱい。隠しマイク付けてストーキングしている相手って誰なんですか?」
増長(ますなが)朱莉(しゅり)。クラスで厚木さんに悪さをするいじめっ子の一人だ」
「あははは、なるほどぉ」

 呆れたように黒金が苦笑いする。


**


 次の日。土曜日で部誌の製作も終わっているため、午後の部活はお休みである。

 基本的に、うちの高校は進学校でもあるため、土曜日も午前中は授業があったのだ。午後から活動している部活もそれなりにある。

 そんなわけで昨日の件での報告会をかねて作戦会議を行うことにした。

 いつもの駅前のコーヒーショップで志士坂と待ち合わせをする。

「あれ? なんで涼々がいるの?」

 俺の隣にいる黒金を見て、軽く驚く志士坂。当初の予定では二人で話すはずだったからな。

「えへへへ。昨日、せんぱいとホテル行っちゃいまして」

 黒金の第一声はとても誤解を生むような一言だった。俺はおでこに手をあてて顔をしかめ、補足を説明する。

「まあ、間違ってはいない。増長を尾行してたらラブホに入られちゃってな、こいつを召喚して偽装カップルとして潜入した」

 まあ、志士坂なら誤解されてもいいよな。

「あはは。そうなんだ。あたしを呼んでくれても良かったのに」
「おまえは、多聞の方に張り付いてたんだろ?」
「うん、そうだけどね」

 という穏やかなやりとり。まったくといっていいほど、彼女は誤解はしていなかった。

「ぶー、凛音姉さま、全然引っかかりませんでした」
「そりゃそうよ、涼々。あたしは将くんを信頼しているからね」
「なんか正妻みたいですね。あたしもそんな余裕がほしーなぁ」

 ちょっと待て。なんか変だぞ。というか、黒金の前だとなんで俺、名前で呼ばれてるの? いや、正妻? ここハーレムじゃないぞ!

 いやいや、落ち着け……今は作戦会議が優先だ。

「志士坂。多聞の件を報告してくれ」
「うん。彼女と仲良くなった……わけではないけど、厚木さんの悪口で盛り上がったわ。すごく心が荒んでいくのがわかって、帰ってから食事が摂れないほど落ち込んで、夜も眠れなくて、教室でも彼女の顔を見るのがつらくて、彼女と楽しく話していると、ほんと死にたくなってきて……」
「ストップストップ。悪かったよ、変な指示出してさ」
「うん、でも、そのおかげで、案山(つくえやま)さんの悪口も拾えたよ。あの人、えげつないよね。あんまし案山(つくえやま)さんとは交流ないけど、それでも同情してしまうくらい、ぼろくそに言ってたわよ。多聞さん」

 志士坂は鞄から、昨日預けたICレコーダーをテーブルの上に出す。

「ほい」

 それを受け取って、再生をすると、録音された二人の会話が聞こえてくる。多聞と話している時の志士坂はいじめっ子のリーダーだったときの彼女そのものだった。

「わ、わ、あんまし聞かないでほしいかな」

 志士坂が両手で顔を覆って恥ずかしそうにそう告げた。

 そういや、こいつには不本意な会話だったんだよな。俺は、再生を止めて機械をポケットにしまう。

「凛音姉さまはやっぱりすごいですね。改めて感銘を受けました。姉さまの演技力は尊いデス!」
「黒金、おまえなんで志士坂をリスペクトしてんの」
「せんぱいには解らないんですか? 凛音姉さまの演技力が。あたしも小悪魔を演じてましたけど、所詮中身のないスカスカの演技で、男子連中にしか通用しませんでした。けど、凛音姉さまは本物なんですよ」
「演技だから本物じゃねえだろが」
「いえ、究極の演技は本物すら超えるのです」

 ナニソレ? 新手の異能なの?

「うふふ、涼々は大げさねぇ」

 というか、話逸れすぎだって。志士坂もノリノリだし……。

 俺は強引に話を修正して案山(つくえやま)グループのパージ計画を説明した。

 あとは実行あるのみ。


**


「なに? こんなところに呼び出して」

 昼休みに増長を体育館倉庫の裏へと呼び出す。

「ちょっと見てほしい動画があるんだけどさ」
「動画?」

 俺はスマホを取り出して一昨日、ラブホテルへと男と一緒に入っていく映像を見せる。

「いつの間に撮ってたの?」
「学校に知られたらマズイよね?」
「あたしをゆする気?」
「ゆするっていうか取引だ。最初に言っておくが、俺は金にもおまえの身体にも興味はない」
「じゃあ、あたしのどうしろっての?」
「簡単なことだよ。案山(つくえやま)のグループを抜けて欲しい」

 増長の表情が変わる。苦笑いをしながら、胸をなで下ろすような感じだ。なにか、とんでもない要求をされると思っていたのだろう。

「ユイコと一緒にいるなってこと?」
「そう。オトモダチごっこもつらいでしょ? それよりインカレの方に交友関係を絞ったほうが、キミの為になるんじゃない?」

 昨日のラブホでの会話から、彼女が何を考え、何を望んでいるのかを分析した。

 そもそも勝利条件を見誤ってはいけない。目的は厚木さんへのいじめを止めさせるために案山(つくえやま)グループを解体することであって、増長への私的制裁ではない。

「……あんた、何を知ってるのよ?」
「キミが案山(つくえやま)をあまり好きでないってことかな。いいじゃないか、誰だって好き嫌いはあるよ。それは他人から咎められるようなことじゃない」
「……」
「だからこれは、提案でもあるのかな? 俺としてはカースト上位のあんたらのグループが目障りで、解散してくれることを望んでいる。シンプルな理由だろ?」
「本当にそれ以外の要求はないのよね?」
「ああ、あんたが抜けてくれるなら、動画ファイルは全部削除してもいい。学校にも言いつけないよ。俺は俺の目的が確実に実行されることを望む」

 増長自身に怨みはないし、こいつ単体なら無害だろう。インカレに入れ込むのであれば、クラスでどこかのグループに入ることもない。

「いいわ。あたしもそろそろ潮時って思ってた。あんなのただのハリボテよ。ユイコがいなきゃ成り立たないグループがどうなろうと知らないわ」
「交渉成立だな」

 俺はスマホのファイル管理アプリから、該当動画を削除するための動作を彼女に見せつける。

「あたしにはもう関わらないでね」
「お互い様だ」


**


 サクサク行くぞ。

 案山(つくえやま)本人の自殺の件もあるから、ゆっくりはしてられない。

「多聞さん、ちょっといい?」

 放課後、一人になった彼女を呼び止める。

「なに?」

 鋭い目つきで睨まれる。が、俺の隣にいる志士坂の顔を見て何かを悟ったようにはっとした顔になる。

「一昨日はどうも」

 志士坂のその挨拶でトドメを刺す。

「グルだったのね?」
「さすが、学年6位の多聞さん。頭の回転が速いと話が早く楽だわ」
「あたしをどうしたいの? 何が望み?」
案山(つくえやま)のグループを抜けてくれ。もともと嫌いなんだろ? あいつのこと」

 俺は念のために持っていたICレコーダを取り出して再生する。そこから流れるのは一昨日、志士坂と話した時に出た案山(つくえやま)の悪口の数々。

「まんまハメられたわね」
「そもそも案山(つくえやま)と一緒にいるのがイヤだったんじゃないのか?」

 俺は彼女の核心を突く質問をする。

「フッ……ええ、そうよ。ユイコには嫉妬しか覚えない。顔も頭もすべて完璧なあの子にはどうやってもあたしは勝てない。けど、学年2位に落ちてちょっと親近感沸いたのよ。あの子が誰かを嫉妬する有様にね」

 自嘲気味に笑う多聞。だが、話しているうちに彼女の顔が歪んでいく。それは心の醜さが現れるように。

 彼女は話を続ける。

「いいわ。あの子を地獄に落としてくれるならあたしは協力する。あたしはあたしなりにいろいろ企んでいたんだけどね」
「企む?」

 彼女の口もとが非対称的に歪んだ。



◆次回予告

ついに始まったパージ計画。

「これで案山(つくえやま)のグループはバラバラになる。ふははははははは」
『あんたの方が悪役っぽいんだけど』

第39話「これはいわゆるドッキリです」にご期待下さい!


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