第60話「もうひとりの美少女(仮)です」

文字数 4,789文字

「お試しなら、かまわないっすよ。でも、どうせ、土路さんみたいに、こんなにかわいくなれないっすよ」

 結局、女装メイクを了承した蒼くんは、志士坂に小一時間ほど弄られて美少女へと変身する。

 そして、自分の顔を鏡で見た蒼くんの一言はこうだ。

「こ、これが自分っすか? 別人っすね」
「蒼、かわいい!」

 自分の欲望を抑えきれなくなったのか、厚木さんが蒼くんに抱きつく。

「マリ姉、やめてよぉ」

 なんとも羨ましい姉弟愛だ。まあ、俺も前に女装姿の時にハグされたから一緒か。

「で、でもっす。もしかしたらクラスの誰かにバレる可能性もあるっすよ」
「そうかなぁ、蒼のそれは完璧だと思うよ」

 厚木さんはすっかりテンションが上がっている。

「うん、あたしも今回のは自信があるよ。どう見ても完璧美少女だって」

 メイクをした志士坂もそう断言した。これは、打ち合わせしていた台詞というより、本心からだろう。

「ホントにバレないっすかねぇ?」

 蒼くんはまだ乗り気ではない。彼の反応は予定……予知通りであるので、次の手を打つことにする。

「蒼くんさ、そんなに心配ならちょっと試してみようよ」

 俺のその言葉に、少し顔を強張らせる蒼くん。

「今度は何を試すんすか?」
「蒼くんってさ、高酉(たかとり)とは顔見知りなんだろ?」

 高酉と厚木さんは小学校からの付き合いというのだから、彼にも会ったことはあるだろう。

「そうですね、アリ姉は僕がちっちゃい頃から知っています」
「じゃあ、厚木さん。高酉を呼び出してよ。この姿の蒼くんに会わせて、バレないようであれば完璧だって」
「あ、なるほど」

 厚木さんはぽんと手を合わせて納得するが、蒼クンはまだ俺の案に躊躇いがあるようだ。

「は、恥ずかしっすよぉ」
「クラスの奴にバレるかもしれないってよりはいいだろ? 今回はバレても笑い話で済む相手だよ」

 俺が強引に攻めると、蒼クンは半分納得がいかないような顔ではあるが、それでも肯定するしかない状況だ。なにしろ、俺以外の厚木さんや志士坂までも、それに同意しているのだから。

「まあ、そうっすけど」

 蒼クンが苦々しく反応したのを確認して、高酉は呼び出されることになった。計画は第2段階へと移行する。


**


「アリス、こっち来て」

 厚木さんが玄関から高酉を連れてくる。

「おじゃましま――」

 リビングに入ってきた高酉と目が合う。瞬間に、嫌な顔をされるが、隣にいる志士坂を見てどうにか笑顔を取り戻した。

「リオン来てたんだぁ。それはともかく、土路はなんでここにいるの?」
「なんだよ。いちゃ悪いのかよ!」
「あんたがこの家来るなんて初めてだからさ」

 高酉は相変わらずの不機嫌大魔王だ。

「厚木さんに招かれたんだよ。文句があるなら、厚木さんに言え」
「まりさぁ、本当なの?」

 高酉の奴、マジで聞きやがった。

「本当だよ。アリスはいい加減に土路クンに突っかかるやめたら? わたしといる時は、けっこう土路クンを褒めてること多いってのに」

 え? それは初耳だ。まあ、かといって彼女が俺に惚れているというわけではない、というのは理解している。それはラプラスの予知でも、そんな未来は見えないのだから。

「まりさぁ、それ言っちゃダメだよ。こいつ調子に乗るしぃ」
「あははは、いいじゃん。世話になってるんだから」

 と二人のじゃれ合いのような偽百合を堪能させてもらう。厚木さんは本気で高酉を愛しているが、当の彼女は友達レベルでしかないからな。

「あれ? そういえば、その子は?」

 高酉が女装の蒼くんに気付いたようだ。ふふふ、かかったな!

「うん、土路クンの妹さんなの。アカネちゃんって言うんだよ」

 厚木さんが打ち合わせ通り、高酉にそう告げる。

 俺の妹設定にしたのは、黒金がよく茜の話題を出すらしい。厚木さんも一度見たいと言っていたのを高酉は覚えているはず。なので、俺が妹を連れてくるのも不自然にはならない。

「へぇー、土路の妹にしちゃ、めちゃくちゃかわいいじゃない」

 高酉が関心を持ったらしく、女装の蒼くんをじっくりと、舐め回すように観察をする。男だったらセクハラ扱いされそうな視線だ。

 喋ったらバレてしまうので、蒼くんは黙って俯いている。

「ねぇ、アリス。この子さ、自分に自信がなくて、男の子にモテないって言うんだけど、どう思う?」
「モテないわけないじゃない。こんなかわいい子、男どもが放っておくわけないよ」

 拳を握りしめて力説する高酉を見て、俺は思わず吹き出してしまう。

「……っぷぷぷ」
「なによぉ。あんたの妹なんでしょ? 身内だと、そういう可愛さとかわかんないのよね」

 今度は厚木さんが吹き出して笑い出す。

「……っうぷぷぷ」
「え? え? なに、まりさ、どうしたの?」

 困惑気味の高酉に追い討ちをかけるように、今度は蒼くんが笑い出した。

「っははは」

 そこで高酉の眉間に皺が寄る。

「え? 男の子? あれ? もしかして……蒼くん?」

 ここでようやく志士坂がにっこりと笑う。その笑顔は面白くて吹き出したのではなく、自分のやったメイクが見事高酉を騙せたことによる満足感からだろう。

「あ……なるほど、リオンが居たのはそういうことだったのね」

 高酉は大きくため息をつき、いつものジト目で俺を見る。そして、こう続けた。

「こういう小賢しい事を考えつくのは土路ね。まったくもう!」

 と静かに怒りを表す。

「まあ、考えたのは俺だけど、志士坂のメイクがどこまで通用するのか見てみたかったんだよ。おまえ、蒼くんの身内みたいなもんだろ?」
「そりゃ、あの子がちっちゃい頃から知ってるからね」

 高酉のその反応を確認してから、俺は蒼くんにこう告げる。

「蒼くんさ、これで自信ついたんじゃない? 誰もキミだってバレないよ」
「そ、そうっすね。これなら学校の奴にもバレないかもっす」

 と、蒼くんも動画サイトへの投稿に乗り気になってきたようだ。

「なんの話?」

 高酉が首を傾げてそう尋ねる。こいつ、さっきいなかったから状況を把握できていないのは当たり前か。

 俺は蒼くんの動画の件を丁寧に説明してやる。というのも、高酉を巻き込むことこそが、この作戦のメインディッシュなのだから。


**


「へぇー、なるほどね。面白いじゃん。蒼くん、その格好なら絶対チャンネル登録者数10万も夢じゃないって」
「そ、そうっすか、アリ姉」

 蒼くんは乗り気で、高酉は面白がっている。100万登録への道はそんなに甘くはないが、まあいいだろう。次の手はこれだ。

「でもさ、せっかくの女装なのに、声出したら男だってまるわかりだよね」

 俺のその言葉に、高酉が片手を口に当てて渋そうな顔をする。

「あっ」

 蒼くんもその重大な欠点に気付いたようだ。それは厚木さんも同じ。

「そうっすね」
「そうね」

 志士坂もそれに乗っかる。事前にそんなことはわかっていたので、これも台本通り。

「……それは困ったわね」

 そこで俺は次の一手を発動させる。

「でもなぁ、蒼くんのそのアレンジの才能とギターの技術は、動画映えすると思うんだよね」

 その言葉に蒼くんも苦い顔をしてアイデアを絞り出そうとする。

「今まで通りインストで演奏したほうがいいっすかね?」
「いや、それだと地味だな。それに蒼くんのアレンジは歌声ありきだと思う」
「そうっすけど……」
「俺にいい考えがある」

 満を持して俺は彼に提案をする。

「いい考えって、なにかな?」

 厚木さんが食いついてきた。俺が効果的な解決策を持っていることに気付いているのだろう。ニコニコと俺に笑いかけてくる。

「高酉が歌えばいい。蒼くんのアレンジにも高酉の歌声は最適だと思うよ」

 高酉が焦ったように顔を真っ赤にしてその提案を否定する。

「な、なに言ってんのよ土路。あたしは嫌だからね、つべで顔出しで歌うなんて――」
「そ、そうだよね。さすがにそれはマズいんじゃない?」

 厚木さんも高酉に同意する。顔を出すのが彼女以外であれば、手放しで俺の提案を賞賛していたのかもしれないが。

 だが、高酉が顔を出すのは、何かあったときにマズいということに厚木さんは気付いてしまったのだ。過去に高酉がいじめられていたというのも関係しているのだろう。心配性だと言ってたからな。

 まあ、これも想定内のこと。

「誰が顔出しして歌えって言った? あくまでも蒼くんの女装がメインだよ。で、高酉の歌声だけ編集して蒼くんが歌っているように被せる。もう、こうすれば完璧に蒼くんだってバレないし、高酉が顔出す必要もない」

 完璧だと自画自賛する俺の作戦に、厚木さんと蒼くんがほぼ同時に俺の意見に頷く。

「おおぉ」
「そ、それはいい考えっす」

 とはいえ、まだ高酉が乗り気ではない。

「え? いやいやいや、それでも恥ずかしいよぉ」

 こいつは基本的に目立つのを嫌うからな。その気持ちはわからないでもない。だが、ここは強引に攻めるのが吉だ。

「なんでだよ?」
「だって、自信ないし」
「大丈夫だよ。おまえ、歌上手いし」

 前にカラオケで地味に上手かったのを覚えていた。曲しだいでは化けそうな歌唱力だと思う。それを知っていた上での今回の作戦なのだから。

「へ?」

 高酉の顔が呆ける。俺が褒めるのが珍しいからかもしれない。

「そうだよ。アリス歌けっこう上手いし、蒼の代わりに歌うのもいいんじゃない」
「あ、オレからもアリ姉にお願いっす」
「あたしも高酉さんの歌声いいなって思うよ」

 と志士坂も打ち合わせ通り同調する。これで完璧だ!

「まあ、顔出しするわけじゃないし、そこまで言うなら」

 皆の賛辞に高酉もすぐに陥落。予定通りである。

「よし決まりだ」

 高酉が迷い始めないうちに既成事実を作るべきだろう。さっそく、その日のうちに女装した蒼くんの演奏と、高酉の歌声を収録することになった。

 これが作戦の序章。何を意味するかは志士坂には伝えてある。そして高酉と蒼くんはそれに踊らされるだけ。

 彼女たちは俺が用意した舞台で、操られていることも知らずにねじ曲げられた運命を進んでいく。


**


 蒼くんがアレンジした数曲の中から、もっとも視聴者数を稼ぐものを選び、さらに投稿する時間も考え、人目を惹きそうなタイトルをいくつも考える。

 実はサムネやタイトルだけでも100以上はラプラスに演算してもらった。動画の投稿時間で、再生数やチャンネル登録者数が変わるということもわかっていたので、これも演算してもらっている。

 今回の動画は、その厳選したすべてのものの集約で10万再生を超えるという未来が見えていた。とはいえ、人気を獲ることが目的ではない。


 動画を投稿した次の日、俺たちは厚木さんの家に集まる。

 投稿して一日でどれくらい再生数が行くかという賭けを皆でしたのだ。だから、厚木さんと蒼くん、そして高酉には動画サイトを覗かないようにしてくれと釘を刺しておいた。その方がドラマチックに盛り上がるからである。

 ちなみに蒼くんは、再生数2千くらいいけばいいだろうと言っていたし、厚木さんは、5千くらいかなと、それでも控え目。

 高酉は蒼くんの女装姿とギターの演奏を聴いているので実力は理解していた。なので1万くらいという予想。

 俺はネタ振りで100万再生とハズレるのはわかっていての予想を行う。

 そして志士坂は、自分のメイクに自信ありということで10万再生という予想……ではなく、俺の台本の台詞を告げていた。

 すでに未来を知っている俺は、次の計画への移行を準備する。

 そして、この序盤の作戦がかわいく思えるほど、最終的には冷徹で無常で残酷な策略へと変容していくのだ。

 それは厚木球沙至上主義。すべては彼女の為に!

 手段を選ばず無慈悲に、そして女神さえも生け贄に捧げる。それが俺のやり方だ。


◆次回予告

確実に次の手を打つ主人公。

しかし、志士坂凛音は彼の示す未来の危うさに気付いてしまう。


次回第61話「女神を欺くのデス」にご期待ください!

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