第25話「ブリキの小悪魔に足りないのは心です」
文字数 4,219文字
次の日、俺はラッキーデイだった。
「おはくま! 土路クン」
「ああ、おはよう厚木さん」
なんと下駄箱のところで厚木さんに朝一で出逢ってしまったのだ。俺の心は踊り狂う。これはなんて幸先の良いスタートなんだ。
というか、本当はラプラスのおかげで知ってたんだけどね。
「おはくま」という挨拶さえ、もうかれこれ半年ほど耳にしているので、慣れすぎて違和感さえ抱かない。
「土路クン、なんでジャージなの? 今日一時間目体育だっけ?」
俺が制服ではなく、体操着姿だったことに疑問を抱いているようだ。
「いや、登校前にちょっとランニングしてたからさ」
「へー、土路クン鍛えてるんだ」
彼女に感心される。嘘だけどな。
俺が厚木さんと昇降口で出会ったのは偶然ではない。ラプラスの未来予知から逆算してこの時間を選んだだけ。
というのも、黒金が厚木さんの下駄箱にいたずらを仕掛けたからだ。
事前に取り除いても良かったが、この後の状況で黒金に貸しというか、こちらが有利に物事を運ぶためにはそのままの状態にしておくのがいいという結論になった。
もちろん、ジャージでいたのはランニングをしていたわけではない。
「あれ?」
厚木さんが驚いたように声を上げた。
俺が覗くと、そこにあるのは膨らんだ風船。それが邪魔で中の上履きが取り出せない。仕掛けはわかってるので、俺がそれを取り出す。
「なんだろうね。これ」
中身を知っているけど、まあ、これは彼女に取り出させるわけにはいかない。
下駄箱の中から出した瞬間、パン! という破裂音とともに水しぶき散る。というか、俺はそのほとんどを胸から下で被ってしまった。
「うわ、大丈夫!」
「ま、ジャージだし、着替えれば余裕でしょ。しかし、悪質なイタズラだよなぁ」
「……」
そもそも「着替えれば余裕でしょ」は、すべてを受け入れる天使の厚木さんが言いそうな言葉なんだけどね。
「俺、ちょっとトイレで着替えてくるから先に行ってて」
「う、うん。風邪ひかないでね」
厚木さんを強引に立ち去らせると、俺は遠方からこちらを見ていた人影に近づいていく。
「こら、悪ガキ」
俺は黒金を軽く叱る。
「な、なんのことでしょうか?」
「実はおまえが仕掛けているところを動画で撮っててな」
俺はスマホを取り出して黒金が厚木の靴箱の前で何かをしているシーンを再生する。ラプラスの未来予知で事前にわかっていたから撮影していた。
「知ってたんですね。どうする気ですか? あたしをゆする気ですか?」
「そうだな。おまえは俺の言いなりになれ」
「せんぱいって、やっぱそういう人だったんですね」
「ヤらしい」とでも言いたげに彼女は目を細める。
「そうだよ。これをバラされたくなかったら、なぜこんな行動に出たかを言え」
「へ?」
Hな要求をされるとでも思っていたのだろう。予想外の質問に一瞬、彼女の表情が固まる。
「だから理由を言え。拒否権はないぞ」
「あたしをゆするんじゃ?」
「だからゆすってるだろうが。拒否権はないって」
「……ぷぷぷぷ」
黒金が突然吹き出して笑い出す。おいおい、冗談なんか言ってないぞ。
「何笑ってるんだよ」
「いや、おかしくて……うふふふふ」
「まあ笑いたいだけ笑えよ。ただし、何が何でも答えてもらうからな」
俺はあくまで強気で行く。こいつの手玉に取られるのだけは勘弁だからな。
「あたし、あれからせんぱいのこと観察してたんですよ。それでわかっちゃったんです。せんぱいの好きな人」
まあ、わかる奴にはわかるよな。
実は昨日、黒金に「教えてください。誰かを好きになるってどういう気持ちなんですか?」ってこいつに聞かれたのだ。思わず「誰かを好きにならないとわかんねえよ」と回答しておいた。
それに対してこいつの反応は「せんぱぁいって、好きな人いるんですか?」だ。
俺は迷いもせず「そうだ。おまえなんかよりめっちゃかわいい美少女だよ」と即答する。
その結果がこれである。
「じゃあ理由を言います! せんぱいの為に、厚木先輩の服を濡らしてその透け透けの姿を喜んでもらおうと思ったからですよ」
「嘘吐け」
予鈴が鳴る。くそ、タイムリミットか。
「本当の理由を知りたいですか? でしたら、一緒に授業サボりませんか?」
上目遣いのあざとさで、そんな誘惑をしてくる黒金。まあ、今後の処理にも影響してくるし、乗ってやるか。
こいつとはガチで話さないと、情報をもらえないから。
「よし、言い出しっぺの黒金のおごりで、駅前のコーヒーショップ行こうぜ」
「せんぱぁい。こういう時って男の人が出すんじゃないですか?」
「惚れた女の子なら出すぜ。けど、眼中にないからなおまえ」
「もう、せんぱいってなんかプチっとムカつきますね」
「ムカツクなら断ってもいいぞ。俺は授業に出るだけだからな」
「わかりましたよ」
不満げに唇を尖らせる彼女を見て、「よし。勝ってしまったな。がはは」と調子をこく俺なのであった。
**
駅前のコーヒーショップは、珈琲は美味しくないけどデザート類は評判の良い店だ。
志士坂なんかはデニッシュパンの上にソフトクリームの乗ったやつがお気に入りらしい。厚木さんもよく利用しているらしいが一緒に入ったことはないのが悲しい。
「ミルクコーヒー」
近くを通った店員に俺はすかさずオーダーする。
「せんぱぁい。オーダーするの早いですよ。仮にも女の子と二人で喫茶店に入って擬似デートみたいな感じになってるんですからぁ、少しは気を遣ってくださいよぉ」
「ダメです」
「なんだかプチっとムカつきますね。まあ、いいです。あ、店員さん。あたし、このケーキセットお願いします」
二人ともオーダーしたので、メニューを畳む。そして、向かい合った黒金の顔を見る。彼女はにっこり笑顔で俺を眺めていた。
「ムカついているくせに、めちゃくちゃ笑顔だな」
「そりゃ、せんぱいといるからです」
「そういうのいらないから。さっきの答えを聞こうじゃないか?」
「厚木先輩の靴箱にいたずらした理由ですか?」
「そうだ」
俺は彼女の表情の変化を見逃さないように見つめる。「嘘言ったらわかるんだからな、ゴラァ!」的な感じだ。
「うーん……嫉妬っていう感情がどんなのか知りたかったんですよ。せんぱい、あの人に惚れているみたいだし」
「で、わかったのか」
「わかるわけないじゃないですか」
と笑い出す。ツッコミ待ちか? いや、その場合は餌を与えてしまうことになるな。ちょいと変化球で返すか。
「そりゃそうだな。あれは好きな奴に対してじゃないと持てない感情だ。おまえがアホの子だということがわかった。おまえのことはアホ金と呼ぼう」
「やめてくださいよ。わかりましたよ。言いますよ。うーんと……今、せんぱいに説明したのはちょっと違うかな。せんぱいが好きな人がいるって聞いて、ちょっと羨ましいって思ってしまったんです」
俺から目を逸らし、本当は言いたくなかったのだと口を尖らせる。
「片思いの話なら周りの子に聞けばいくらでも出てくると思うぞ」
「あたしクラスの女子とまだ話したことないから」
「そりゃ、あんだけ男子をはべらかせて、オタサーの姫状態じゃねえ」
「男子はみんなあたしが好きみたいだし、せんぱいみたいな人初めてだったんですぅ」
ちょっと俯いて演技っぽく俺の顔色を覗う。
「……」
「なんですか?」
彼女の表情を確認し、確信する。
「ダウト! なにが『せんぱいみたいな人初めてだよ』おまえのあざとさはバレバレなんだよ」
「あー……なんかせんぱいには通じないなとは思ってたんですけどねぇ」
あっけなく白旗を揚げる黒金。
「あたりまえだ」
「けど、先輩の好きな人って、先輩のことなんとも思ってないんでしょ? あたしだったら、嘘でも先輩と付き合ってあげられますよ」
「誰得だよ?」
「あたしは楽しいんだけどなー、ゲームみたいで」
「ゲームって喩えがゲスすぎるな。そもそもそんなに早くネタばらししていいのかよ?」
なんとなくこいつの行動原理がわかってきたな。あとはその闇を引き摺りだすだけか。
「もういいんですよ。あたしに残されたカードは本音を全部言って、それでせんぱいに興味をもってもらうことなんですから」
「ずぶといな」
「あたしは昔っから恋とかわからない人だったんですよ。それは物語の中でも同じ。マンガとか映画とか観ても、主人公たちが誰かに一生懸命に恋をしている心理状態が理解できなかったんです」
やや自虐で薄笑いしながら語る彼女は、なんとなく本性でてるかなと思えた。だって、こいつの今の顔、ぜんぜん可愛くないもん。あざとさを諦めたって感じかな。
「まあ、でもそういう子はめずらしくないよな」
「だって、誰かに恋するより、誰かに好きになってもらうほうが楽じゃないですかぁ。自分をチヤホヤしてくれて、悪意から守ってくれたり、貢ぎ物をくれたり。すっごい楽ですよ。こういうのストレスフリーって言うんですかね?」
言っていることは酷いけど、どうしてそういう思考に流れるかは理解出来る。ま、絶対、こんな奴のこと好きにはなれないけどな。
「おまえ。そのうち刺されるんじゃないか?」
「刺されそうになりましたよ。けど、他の男子に助けを求めたら、フルボッコにしてくれました」
怖!
「なんか、おまえと話してたらまともな女の子に会いたくなってきたよ。俺、学校戻るわ」
今日はこれくらいにしておこう。あんまり深入りすると、俺自身が毒にやられそうだ。それに、こういう会話は相手が物足りないくらいがベストだろう。
「えー、もう帰っちゃうんですか? 女の子ひとり、こんなとこ置いてくんですか?」
「仕方ない。ちょっとしたゲームするか?」
「ゲームですか?」
彼女の興味を惹いたのか、少し身を乗り出すような感じになる。
◆次回予告
気まぐれな小悪魔に、振り回される主人公ではない!
「ずっと俺のターンだ!!」
第26話「負けない賭けをするのです」にご期待下さい!
「おはくま! 土路クン」
「ああ、おはよう厚木さん」
なんと下駄箱のところで厚木さんに朝一で出逢ってしまったのだ。俺の心は踊り狂う。これはなんて幸先の良いスタートなんだ。
というか、本当はラプラスのおかげで知ってたんだけどね。
「おはくま」という挨拶さえ、もうかれこれ半年ほど耳にしているので、慣れすぎて違和感さえ抱かない。
「土路クン、なんでジャージなの? 今日一時間目体育だっけ?」
俺が制服ではなく、体操着姿だったことに疑問を抱いているようだ。
「いや、登校前にちょっとランニングしてたからさ」
「へー、土路クン鍛えてるんだ」
彼女に感心される。嘘だけどな。
俺が厚木さんと昇降口で出会ったのは偶然ではない。ラプラスの未来予知から逆算してこの時間を選んだだけ。
というのも、黒金が厚木さんの下駄箱にいたずらを仕掛けたからだ。
事前に取り除いても良かったが、この後の状況で黒金に貸しというか、こちらが有利に物事を運ぶためにはそのままの状態にしておくのがいいという結論になった。
もちろん、ジャージでいたのはランニングをしていたわけではない。
「あれ?」
厚木さんが驚いたように声を上げた。
俺が覗くと、そこにあるのは膨らんだ風船。それが邪魔で中の上履きが取り出せない。仕掛けはわかってるので、俺がそれを取り出す。
「なんだろうね。これ」
中身を知っているけど、まあ、これは彼女に取り出させるわけにはいかない。
下駄箱の中から出した瞬間、パン! という破裂音とともに水しぶき散る。というか、俺はそのほとんどを胸から下で被ってしまった。
「うわ、大丈夫!」
「ま、ジャージだし、着替えれば余裕でしょ。しかし、悪質なイタズラだよなぁ」
「……」
そもそも「着替えれば余裕でしょ」は、すべてを受け入れる天使の厚木さんが言いそうな言葉なんだけどね。
「俺、ちょっとトイレで着替えてくるから先に行ってて」
「う、うん。風邪ひかないでね」
厚木さんを強引に立ち去らせると、俺は遠方からこちらを見ていた人影に近づいていく。
「こら、悪ガキ」
俺は黒金を軽く叱る。
「な、なんのことでしょうか?」
「実はおまえが仕掛けているところを動画で撮っててな」
俺はスマホを取り出して黒金が厚木の靴箱の前で何かをしているシーンを再生する。ラプラスの未来予知で事前にわかっていたから撮影していた。
「知ってたんですね。どうする気ですか? あたしをゆする気ですか?」
「そうだな。おまえは俺の言いなりになれ」
「せんぱいって、やっぱそういう人だったんですね」
「ヤらしい」とでも言いたげに彼女は目を細める。
「そうだよ。これをバラされたくなかったら、なぜこんな行動に出たかを言え」
「へ?」
Hな要求をされるとでも思っていたのだろう。予想外の質問に一瞬、彼女の表情が固まる。
「だから理由を言え。拒否権はないぞ」
「あたしをゆするんじゃ?」
「だからゆすってるだろうが。拒否権はないって」
「……ぷぷぷぷ」
黒金が突然吹き出して笑い出す。おいおい、冗談なんか言ってないぞ。
「何笑ってるんだよ」
「いや、おかしくて……うふふふふ」
「まあ笑いたいだけ笑えよ。ただし、何が何でも答えてもらうからな」
俺はあくまで強気で行く。こいつの手玉に取られるのだけは勘弁だからな。
「あたし、あれからせんぱいのこと観察してたんですよ。それでわかっちゃったんです。せんぱいの好きな人」
まあ、わかる奴にはわかるよな。
実は昨日、黒金に「教えてください。誰かを好きになるってどういう気持ちなんですか?」ってこいつに聞かれたのだ。思わず「誰かを好きにならないとわかんねえよ」と回答しておいた。
それに対してこいつの反応は「せんぱぁいって、好きな人いるんですか?」だ。
俺は迷いもせず「そうだ。おまえなんかよりめっちゃかわいい美少女だよ」と即答する。
その結果がこれである。
「じゃあ理由を言います! せんぱいの為に、厚木先輩の服を濡らしてその透け透けの姿を喜んでもらおうと思ったからですよ」
「嘘吐け」
予鈴が鳴る。くそ、タイムリミットか。
「本当の理由を知りたいですか? でしたら、一緒に授業サボりませんか?」
上目遣いのあざとさで、そんな誘惑をしてくる黒金。まあ、今後の処理にも影響してくるし、乗ってやるか。
こいつとはガチで話さないと、情報をもらえないから。
「よし、言い出しっぺの黒金のおごりで、駅前のコーヒーショップ行こうぜ」
「せんぱぁい。こういう時って男の人が出すんじゃないですか?」
「惚れた女の子なら出すぜ。けど、眼中にないからなおまえ」
「もう、せんぱいってなんかプチっとムカつきますね」
「ムカツクなら断ってもいいぞ。俺は授業に出るだけだからな」
「わかりましたよ」
不満げに唇を尖らせる彼女を見て、「よし。勝ってしまったな。がはは」と調子をこく俺なのであった。
**
駅前のコーヒーショップは、珈琲は美味しくないけどデザート類は評判の良い店だ。
志士坂なんかはデニッシュパンの上にソフトクリームの乗ったやつがお気に入りらしい。厚木さんもよく利用しているらしいが一緒に入ったことはないのが悲しい。
「ミルクコーヒー」
近くを通った店員に俺はすかさずオーダーする。
「せんぱぁい。オーダーするの早いですよ。仮にも女の子と二人で喫茶店に入って擬似デートみたいな感じになってるんですからぁ、少しは気を遣ってくださいよぉ」
「ダメです」
「なんだかプチっとムカつきますね。まあ、いいです。あ、店員さん。あたし、このケーキセットお願いします」
二人ともオーダーしたので、メニューを畳む。そして、向かい合った黒金の顔を見る。彼女はにっこり笑顔で俺を眺めていた。
「ムカついているくせに、めちゃくちゃ笑顔だな」
「そりゃ、せんぱいといるからです」
「そういうのいらないから。さっきの答えを聞こうじゃないか?」
「厚木先輩の靴箱にいたずらした理由ですか?」
「そうだ」
俺は彼女の表情の変化を見逃さないように見つめる。「嘘言ったらわかるんだからな、ゴラァ!」的な感じだ。
「うーん……嫉妬っていう感情がどんなのか知りたかったんですよ。せんぱい、あの人に惚れているみたいだし」
「で、わかったのか」
「わかるわけないじゃないですか」
と笑い出す。ツッコミ待ちか? いや、その場合は餌を与えてしまうことになるな。ちょいと変化球で返すか。
「そりゃそうだな。あれは好きな奴に対してじゃないと持てない感情だ。おまえがアホの子だということがわかった。おまえのことはアホ金と呼ぼう」
「やめてくださいよ。わかりましたよ。言いますよ。うーんと……今、せんぱいに説明したのはちょっと違うかな。せんぱいが好きな人がいるって聞いて、ちょっと羨ましいって思ってしまったんです」
俺から目を逸らし、本当は言いたくなかったのだと口を尖らせる。
「片思いの話なら周りの子に聞けばいくらでも出てくると思うぞ」
「あたしクラスの女子とまだ話したことないから」
「そりゃ、あんだけ男子をはべらかせて、オタサーの姫状態じゃねえ」
「男子はみんなあたしが好きみたいだし、せんぱいみたいな人初めてだったんですぅ」
ちょっと俯いて演技っぽく俺の顔色を覗う。
「……」
「なんですか?」
彼女の表情を確認し、確信する。
「ダウト! なにが『せんぱいみたいな人初めてだよ』おまえのあざとさはバレバレなんだよ」
「あー……なんかせんぱいには通じないなとは思ってたんですけどねぇ」
あっけなく白旗を揚げる黒金。
「あたりまえだ」
「けど、先輩の好きな人って、先輩のことなんとも思ってないんでしょ? あたしだったら、嘘でも先輩と付き合ってあげられますよ」
「誰得だよ?」
「あたしは楽しいんだけどなー、ゲームみたいで」
「ゲームって喩えがゲスすぎるな。そもそもそんなに早くネタばらししていいのかよ?」
なんとなくこいつの行動原理がわかってきたな。あとはその闇を引き摺りだすだけか。
「もういいんですよ。あたしに残されたカードは本音を全部言って、それでせんぱいに興味をもってもらうことなんですから」
「ずぶといな」
「あたしは昔っから恋とかわからない人だったんですよ。それは物語の中でも同じ。マンガとか映画とか観ても、主人公たちが誰かに一生懸命に恋をしている心理状態が理解できなかったんです」
やや自虐で薄笑いしながら語る彼女は、なんとなく本性でてるかなと思えた。だって、こいつの今の顔、ぜんぜん可愛くないもん。あざとさを諦めたって感じかな。
「まあ、でもそういう子はめずらしくないよな」
「だって、誰かに恋するより、誰かに好きになってもらうほうが楽じゃないですかぁ。自分をチヤホヤしてくれて、悪意から守ってくれたり、貢ぎ物をくれたり。すっごい楽ですよ。こういうのストレスフリーって言うんですかね?」
言っていることは酷いけど、どうしてそういう思考に流れるかは理解出来る。ま、絶対、こんな奴のこと好きにはなれないけどな。
「おまえ。そのうち刺されるんじゃないか?」
「刺されそうになりましたよ。けど、他の男子に助けを求めたら、フルボッコにしてくれました」
怖!
「なんか、おまえと話してたらまともな女の子に会いたくなってきたよ。俺、学校戻るわ」
今日はこれくらいにしておこう。あんまり深入りすると、俺自身が毒にやられそうだ。それに、こういう会話は相手が物足りないくらいがベストだろう。
「えー、もう帰っちゃうんですか? 女の子ひとり、こんなとこ置いてくんですか?」
「仕方ない。ちょっとしたゲームするか?」
「ゲームですか?」
彼女の興味を惹いたのか、少し身を乗り出すような感じになる。
◆次回予告
気まぐれな小悪魔に、振り回される主人公ではない!
「ずっと俺のターンだ!!」
第26話「負けない賭けをするのです」にご期待下さい!