第59話「アクロバティックな策略を始めるのデス」

文字数 5,326文字

 図書室の貸出受付当番は夏休みでも回ってくる。といっても、まだ補習期間であるので利用者は普段の日より少ない。

 本日の当番は、厚木さんと俺。

 俺を実質的にフったあとも、厚木さんは前と同じように話しかけてくれている。マブダチ宣言がどこまで効いたかわからないけど、とりあえず一安心はしていた。

 とはいえ、こんな一時しのぎの方法で彼女を助けられるわけがない。だからこそ、俺は動くのだ。

「そういえばさ。厚木さんの弟って楽器できるんだよね」

 だいぶ前にそんなことを聞いたことがある。なので、これは確認のための問い。厚木さんを助けるために必要な前振りのひとつ。

「うん、わたしと一緒にピアノ習ってたからね。最近はギターにはまりかけてるみたい。今中一だけど、中二病発症してるみたいだし」
「ちょ、厚木さん、それ偏見持ちすぎだよ。全国のギタリストに謝らないといけないよ」
「あはは、冗談だって」

 相変わらず見惚れてしまいそうになるほど、彼女の笑顔は眩しい。

「弟くんの腕前はどうなの?」

 わざとらしくないように質問。厚木さんの未来視を通して、弟のことはかなり前からわかっていた。

「うーん、どうなんだろう。わたしは上手いって思うけど、プロの人とかに比べたらまだまだじゃないの?」
「そりゃ十代前半なんだから、プロと比べちゃダメでしょ」
「最近、顔隠して動画サイトにアップしたりしてるんだよ」

 はい。そのお言葉、いただきました。この彼女からこの話題を出せれば、話の誘導は容易くなってくる。

「再生数と登録者は?」
「うふふ、ぜんぜんだよ。再生数は最高で、1000ちょっとだったかな。登録者もおなじくらいかな」
「再生数と登録者がほぼ変わらないって、ある意味すごいけどな。再生した人が即行でファンになるってことじゃない?」
「そうなのかなぁ?」

 俺はスマホを取り出して「弟さんのチャンネル教えて」と問いかける。

 彼女は俺のスマホをタップして、検索から弟さんのチャンネル名である「暗黒の氷の刃」が入力される。

 うん……中二病発症ってのはあながち間違いでもないよな。

 検索から出てきたチャンネルに移動し、そこの動画を一つ再生する。内容は、とあるゲーム曲をアコースティックギターで演奏するというものだ。

 超絶技巧な演奏というわけではない。が、弟くんなりに原曲をアコギ用にアレンジしているので、独特の世界観が醸し出されていた。

「へー、うまいじゃん」
「うまいとは思うけど、プロには敵わないでしょ」

 厚木さんは、本人でもないのに少し照れていた。やはり身内のことなので褒められると恥ずかしいのかもしれない。

「曲のチョイスもいいよね。弟くんとは気が合いそうな気がするよ」
「ソウだよ」
「ん?」
「『弟くん』って呼ばせるのもアレだからね。弟はソウっていうの。漢字は空を表す『蒼天』の『蒼』って書くの」

 厚木さんは誇らしげにそう語る。彼女の話から想像できるのは、姉弟の仲が良いということだ。

「蒼くんの都合がついたときでいいんだけどさ、生で演奏聴きたいな」

 ようやく本題に入れる。これこそが、厚木さんを救うために必要な事前準備である。志士坂に説明するときも、なんでこの作戦が必要なの? と不思議がられてはいたが、俺の真意を知ってようやく納得した。

「えー、なんて言うかなぁ? あの子、わりと照れ屋だよ」
「そこをなんとか。たぶん、ゲームの話で気が合うだろうし、盛り上がりそうだからさ」

 弟の部屋の様子は、厚木さん経由で過去に何度かラプラスの演算で見ている。その時に、部屋の中にある物から彼の好みは把握していた。

 もちろん、ゲームなどの趣味だけではなく、今回の作戦の根幹に関わるある重要なことについても。

 まあ、趣味が合いそうだってのは嘘じゃないんだけどね。

「帰ったら弟に訊いておくよ」
「うん、よろしく」


**


 その日の夜、厚木さんからSNS経由で連絡が来た。

まりさ【明日暇?】
土路将【暇だよ】
まりさ【午後にうち来れる?】
土路将【いくいく】
まりさ【えっと 勘違いしてないよね? 自分で言ってて恥ずかしくなってきたんだけど】

 つまり、まるで『恋人を誘うような言葉』だったと、送信してから厚木さんは気付いてしまったのだろう。

 ここは、変にからかわずに話を進めるべきである。俺の返答で未来予知が変化する、なんて事は御免だからな。

土路将【蒼くんの件でしょ?】
まりさ【うん】
土路将【生演奏楽しみにしているよ】
土路将【待ってるから】

 厚木さんとのメッセージのやりとりを終えると、トーク相手を切り替える。メッセージを送る相手は志士坂だ。

土路将【予知通り明日厚木さんの家に行くことになった】
土路将【打ち合わせ通り志士坂も付いてきてくれ】
凛音【どこで待ち合わせする?】
土路将【厚木さんの家の最寄り駅でいいか?】
凛音【いいよ】

 ほんの数秒で返答がくる。彼女には厚木さんからメッセージが来る時間も伝えておいたからな。

土路将【じゃあ9:30で】
凛音【り】

 俺は明日の準備の為に、鞄に蒼くんの好きそうなゲームや音楽データの入ったSDカードを用意する。

 今回の作戦の鍵はなんといっても蒼くんである。彼を籠絡することこそ、厚木さんを救う重要な任務なのだ。


**


 厚木さんの家は、ごく一般的な中流層の一軒家。住宅地にある、2階建ての建物だ。

 門をくぐって玄関の所にあるインターホンを押すと、厚木さんの声が聞こえてくる。

『どちらさまですか』
「こんにちは厚木さん。土路ですよ」
『あ、いま開けるね』

 その返答の数十秒後に玄関の扉が開いて彼女が姿を表す。

 ゆったりとしたピンクのTシャツに、同系色のホットパンツ。髪は後ろで軽く束ねた感じである。制服や普段着とは違う彼女に、少し鼓動が高鳴っていく。……まあ、落ち着け、俺。

 自宅にいる時の彼女に会うのは初めてなので、なにかとても新鮮に映った。

「いらっしゃい、土路クン……あれ? リオン?」

 厚木さんは俺の隣にいる志士坂に気付く。志士坂は打ち合わせ通りに受け答えをした。

「さっき、偶然に駅で土路くんに会って、厚木さんのところに行くからって誘われたの。迷惑だった?」

 もちろん嘘である。厚木さんがそんなことで苦言を呈さないのも知っていた。

「ううん。全然、オッケーだよ。観客は多い方が蒼も喜ぶかも、ささ、土路クンもリオンも入って入って」

 彼女に手招きされて俺たちは厚木家に入っていく。

 家の中はわりと生活感があって、ごちゃごちゃしていた。まあ、豪邸ってわけじゃないし、厚木さんも深窓の令嬢ってわけでもないから、わりと親しみの持てる感じではある。よくある中流の家庭ってところか。

 リビングに案内されて、俺と志士坂はソファーに座る。

「今、飲み物持ってくるね」
「気を遣わなくて良いのに」
「あ、お構いなく」

 厚木さんはすたすたと奥へと引っ込んでいった。

「志士坂さぁ、前から思ってたんだけど、厚木さんへの態度が固すぎないか。あっちは親しげに名前で呼んでくれてるのに、志士坂は未だに苗字で呼んでさ、他人行儀すぎるぞ」
「だって、あたしは昔、厚木さんに酷い事言ってたし」
「向こうは気にしてないって言ってたじゃん」
「でも……」

 心の傷は癒えない。それは加害者側も一緒か。というか、厚木さんは気にし無さ過ぎなんだけどね。

 こればかりは本人の問題なので俺が口を挟むべきではない。だけど、見ていてもどかしくなる。

「お待たせ」

 厚木さんは、トレーに載ったグラスを俺たちの前のローテーブルへ置いた。江戸切子の涼しげな容器に薄茶色の液体。たぶん、麦茶であろう。仄かに香ばしい香りが漂ってくる。

「ありがと厚木さん」
「ありがとう」

 俺たちが飲み物に口をつけると、厚木さんはこう切り出す。

「今、蒼を呼んでくるね。ちょっとぶっきらぼうだけど、実は今日の生演奏を楽しみにしてたのって、蒼自身なんだよね。あの子、恥ずかしがり屋のくせに妙に承認欲求が強いから」
「うん、よろしく」

 再び奥に引っ込む厚木さん。それを見送り、隣の志士坂に今回の作戦に関連したことを確認する。

「志士坂、アレ持ってきてるよな」
「ええ、言われたとおりね。その気になれば二人でしてもいいよ」

 と、彼女は愉しそうに笑顔を見せる。まあ、そのことは検討しておこう。というか、検討する時点で俺は志士坂の策略にハマっているような気がしないでもないが。

 しばらく待っていると、厚木さんが現れる。その隣には俺と同じくらいの背丈の少年がいた。厚木さんに似て、目鼻立ちの整った美少年でもある。

「紹介するね。弟の蒼だよ」
「……よろしくっす」

 弟くんはこちらに目を合わせずにぼそりとそう溢す。話の通り人見知りのようだ。

「蒼。こちらは前に話したこともある土路クン。その隣にいるのは、同じクラスのリオンよ」

 ちらりとこちらに視線を向けた蒼くんに、俺は笑顔で挨拶をする。

「今日はキミの演奏を楽しみにしているよ。そういやキミって、同人ゲームの西方プロジェクトのファンなんだよね。俺もあのゲーム好きでさ、音楽も神ってるよね」
「ええ、そうです! ZANさんはまさに神ですよね!!」

 予定通り蒼くんが食いついてきた。ちなみにZAN氏というのは、この同人ゲームを作ったサークル主である。商業に匹敵するほどの売上げとジャンル規模を持つ大手壁サークルだ。

 相手のテンションを上げるという意味でも、ゲームの話で盛り上げた。わりと有名なゲームなので志士坂も知っており、それらの話題を皆で話す。

 そして、話が一段落したところで蒼くんに生演奏を促した。

「そろそろ、蒼くんの演奏が聴きたくなってきたんだけど」

 俺のその言葉に彼は、はにかんで俯くと、持ってきたアコースティックギターを持ち直して演奏を始める。

「ちょっと恥ずかしいっすけど、聴いて下さい」

 ピックを使わず、指での軽やかなアルペジオで伴奏が始まる。生で聞くと動画で観るより心が動かされる。音楽に限らず芸術系の才能ってのは、10代で目覚めることが多いからな、そういう意味じゃ蒼くんにはかなりの素質を感じる。

 一曲目が終わって、俺も志士坂も感動していた。彼は続けて二曲目を弾こうと準備をする。

「あと、歌付きもあるんで聞いて下さい。動画じゃ身バレが怖いんで、人に聞いてもらうのは初めてなんすけど」

 そんな前置きと共に次の曲が演奏された。今度は蒼くんの透明な声がギターの伴奏に乗ってくる。

 それは聞き惚れてしまうほどに。インストもそれなりに良かったが歌があったほうが絶対ウケるだろう。

 ある一定の層の心に刺されば、それなりの人気が出るはずだ。

 演奏が終わり、リビングは拍手に包まれた。普段はスマホのカメラの前で、独りで演奏しているのだろう。だからこそ、彼の充実感はまったく違うと思う。

 俺の読み通りか、彼は何か嬉しそうに微笑んでいた。よし、ここは話の流れをさらに加速させるぞ。

「やっぱり生は違うね。歌もよかったよ。蒼くん、やっぱ才能あるよね」

 本心ではあるが、少し大げさに褒め称える

「うんうん。蒼くん、歌声も綺麗で中学生とは思えないよ」

 志士坂もその歌声には感心していた。

「そうでしょ、そうでしょ。蒼、すごいからねぇ」

 と厚木さんは自慢の弟を賞賛を送る。仲がいいのは羨ましいよ。

「蒼くんってさ、わりとイケメンだから、顔出ししたら、もっと登録者数増えるんじゃないの?」

 と、志士坂が切り出す。とはいえ、これは俺と事前に打ち合わせをした台詞だ。

「そうだよなぁ、歌うまいし、もっと多くの人に聞いてもらいたいよなぁ」

 俺も同調する。台本ありきとはいえ、これは本心でもあった。

「いえ、顔出しは恥ずかしいっす。クラスの奴らに見つかったら何言われるかわからないっすよ」

 提案に躊躇されるのも予定通り。だからこそ志士坂を連れてきたのだ。

「だったらさ、蒼くん、ちょっと化粧してみる気ない?」
「へ? なんすか? それ」

 志士坂の提案に、蒼くんは困惑した顔を浮かべる。

「女装すればたぶん、本人だってバレないよ。しかも蒼くん、化粧映えしそうだから、すごい美少女になるかも」
「……」

 黙り込む彼だが、厚木さんが立ち上がるとわくわくするような顔で蒼くんの側に寄り、こう告げる。

「蒼。似合うと思うよ。志士坂さんってメイクの天才なの。そうだ、ほらっ、これね。土路クンが女装したときの画像なんだけど、見てみ」

 彼女が取り出したスマホには、俺の女装姿が表示される。あれ? 厚木さんにいつの間に撮られてたんだ?

「……かわいい」

 スマホを凝視してそう言った彼の視線が、こちらへと向き驚いたような顔になる。

「別人に見えるでしょ? ま、よく見れば本人だって気付くのかもしれないけど」
「……うーん」
「つべにアップするかは置いといて、試しにメイクしてみる?」

 志士坂がそう提案する。

 これに彼が乗ってくれば計画の第一段階が進むのだ。


 さあ! 厚木さんを救う為に、アクロバティックな策略を始めよう!


◆次回予告

主人公の策略がゆっくりと静かに、そして確実に進んでいく。

彼の示す未来の方向とは?

次回、第60話「もうひとりの美少女(仮)です」にご期待ください!!


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