第70話「対決するのです」

文字数 5,208文字

 今日は、高酉と蒼くんが駅のホームから転落死する予定日。もちろん事故ではなく、仕掛けてくるのは斉藤たちだ。

 作戦会議の結果、高酉たちに囮になってもらうことにした。初めは厚木さんが反対はしたものの、俺が安全策を打ち出して、それで納得してもらうことになる。

 現在、文芸部の皆に協力してもらって、駅構内に待機してもらっていた。

 志士坂は気怠そうなギャル系女子を装い、黒金もお揃いのギャル系女子。案山は三つ編みにして眼鏡をかけ、知り合いに借りたという他校の制服を着ている。

 高酉と蒼くんは囮なので、変装無しであった。

 俺と厚木さんは、監視ではない別任務があるので、こちらもいつも通りの格好である。

「みんな聞こえるか?」

 俺は、耳に突っ込んだBluetoothのイヤホンマイクに声を載せる。スマホのグループ通話アプリなら離れた位置にいる仲間とのリアルタイム通話も可能だ。

「こちら志士坂。配置についたよ」
「涼々でーす。配置につきました!」
「配置についたよ。今、斉藤君とハナの姿が見えた」
「土路。本当に大丈夫なの? 蒼に何かあったらタダじゃ済まないんだからね!」

 高酉は当事者というのもあって、不安なのだろう。少し興奮気味に声を上げる。

「高酉、声でけーよ。周りに不審がられないようにもう少し声のトーンを落とせ」
「わ、わかったわよ。で、今はどうすればいいの?」
「適当に構内を歩いて時間を潰してくれ。俺が合図するまでホームには行くなよ」
「わかってるって」

 さてと、あとは斉藤たちが別行動を取り始めたら作戦開始だ。

 未来予知で実行役が誰かは見られなかったが、多聞か西加和かにやらせるつもりだろう。斉藤はあくまで失敗したときに能力を発動させる役柄だ。そして、今回の件の首謀者でもある。

 しばらくすると各々から連絡があがってきた。

「こちら案山よ。ハナは階段を上がったところの自販機の前に移動した。私は手筈通り彼女を見張るね」
「涼々です。現在、ホームにある北階段の前にいます。まゆみちゃんを監視中。彼女はアリスせんぱいたちを尾行しているようですね」
「よろしく」

 案山と黒金の報告に応答すると、今度は志士坂の声が聞こえてきた。

「あたしは打ち合わせ通り、他に不審な人がいないから見張ってるけど、今のところそれらしい人はいないかな」

 彼女には突発的な状況にも対応できるように動いてもらっている。敵が3人以外にもいる可能性は否定できないのだから。

「了解。何かあったらすぐ知らせてくれ」
「わかった」

 志士坂との会話を終えると、俺は隣にいる厚木さんに視線を向ける。

「じゃあ、行こっか」
「うん。なんか緊張するね」
「まあ、気楽に行こう。向こうの能力は、ただのリセットだけだからな」
「そうだよね。目からビームに比べたら、全然大したことないよね」
「大したことないけど厄介ではあるけどね」

 それは、ラプラスの未来視が使えない場合があるからだ。特にリセットを使われた未来では、演算がうまく機能しない。だからこそ、臨機応変に動いていくしかない。

 もちろん、それは即失敗を意味するわけではない。重要なのはリセットの発動条件と、できれば敵の目的を掴むことである。

 ラプラスの未来予知は、他人に間接的に触れるというのが条件だ。リセット能力者にもなんらかの発動条件があるはずである。

 だからこそ、能力者としてほぼ確定した斉藤を観察するのが本作戦の目的でもあった。

 彼の居場所は把握している。改札を抜けたところにあるトイレの入り口の横。右耳を右手の指で押さえつけるようにして、何か小声で喋っていた。

 こちらと同じく、グループ通話で仲間に指示を出しているのだろう。俺も同じように皆に指示を出す。

「少しのあいだ連絡がとれなくなる。各自で判断して対応してくれ。くれぐれも無理はするなよな」
「了解よ」
「了解です」
「了解」
「わかったわよ」

 俺たちは静かに斉藤に近づくと、偶然を装い声をかける。

「よっ! 斉藤。奇遇だな、こんなところで会うなんて」

 一瞬ビクリと奴の身体が動く。

「なんだ、土路か。それに厚木さんも。どうしたんだい?」

 やや顔がひきつっている斉藤。彼はまだ俺の予知能力については知らない。

「俺たちは部活の用事が終わって、厚木さんを家まで送りに来たところ」
「そうなんだ」
「斉藤はどうしたんだ? おまえの家ってこの駅の近くじゃないだろ?」
「そうだな……俺もトモダチと待ち合わせをしているんだ」
「トモダチ? それってもしかして厚木さんに似た女の子か」

 彼の表情が一瞬、強張るのを見逃さない。

「……!」
「ほら、『どっぺるくん』の噂が流行ってたじゃん。厚木さんに似た人がいるって聞いてさ、その子が斉藤と一緒にいるところを見たって噂があったんだよ。その反応から見て、本当らしいな」

 少しカマを掛けてみる。この誘導に乗ってくれれば万々歳だ。

「そこまでバレてなら話さないわけにはいかないか。面倒だから黙っていようと思ったけど、その通りだよ」
「カノジョなのか?」
「違うよ。協力者だ」

 斉藤はちらりとスマホを見る。と、再びこちらへと顔を向けてこう告げた。

「どうやらトラブルがあったらしい。約束はキャンセルになった。どうだい? 一度キミや厚木さんと話がしたいと思っていたんだ。時間があればでいいが、ボクの知っている美味しい珈琲を出す店にいかないか?」

 待ち合わせ自体が嘘だというのはバレバレである。さらに、この誘いが罠であることもわかっていた。でも、斉藤の化けの皮を剥がすチャンスでもある。

「斉藤からそんな誘いを受けるとはな。けど、俺は何度誘われても将棋部には入らないぞ」
「そうじゃないよ。ちょっとした昔話だよ。ま……厚木さんは昔のことは覚えていないようだからね。思い出話に付き合ってくれよ。土路にも興味深い話だと思うよ」

 俺は厚木さんと顔を見合わせると彼女は小さく頷く。斉藤の罠かもしれない誘いに乗っても、かまわないということだ。

 駅を出ると斉藤の方からいろいろと話し出す。

「なあ、厚木さん。ボクたちがまだ小学校だった頃の話を覚えているかい?」
「……ごめんなさい。わたし、昔の記憶がところどころ抜けているの。お医者さんの話では記憶障害だって言われているの」
「そうかい。それは仕方ないね」
「ごめんなさい」

 厚木さんは俯くようにそう謝る。

「土路には少し話したことがあったよね。ボクたちはね。イタズラが大好きなリトルデビルって呼ばれていたんだよ。といっても、実行していたのは厚木さんで、ボクはほとんど尻ぬぐいだった。けど、楽しかったよ」

 彼は本当に愉しそうに話をする。その表情は無邪気な子供の笑顔のようにも感じた。

「前におまえから聞いたな」
「そうだったか? そういえばこんなエピソードもあったんだよ」

 教室にいるときの斉藤と違って、彼は別人のように饒舌だった。

 しばらく、ほとんど彼が一人で話しながら歩いて行く。向かっているのは住宅地の方向だ。

「厚木さんは全然覚えていないんだよね? でもさ、覚えていないんじゃなくて、そもそも今の厚木さんはニセモノだからじゃないの?」

 その瞬間、空気が変わる。ニヤリと(わら)う斉藤に背筋がぞくりとした。

「おい! 厚木さんに失礼だろ」
「記憶障害と言っていたっけ? 忘れてしまったとキミは思っているのかもしれないけど、本当は自分で経験していないから知らないだけでしょ」
「……」
「キミの中には人格が二つあった。主人格であるもう一人のキミと、今現在表れているキミだ」

 前に斉藤の話を聞いたとき、俺もその可能性を考えたことがある。とはいえ、俺は今の厚木さんこそが主人格だと思っていた。

「……」
「……」
「ボクはある存在に教えてもらったんだよ。どうすれば昔のキミに会えるのかを。答えは簡単だったよ。今のキミを追い出せばいいんだと」

 斉藤の顔が狂気じみてくる。何か危険を察知し、俺は厚木さんを庇うように間に入る。たぶん俺は、奴の目的にうっすら気付いていたのかもしれない。

「おまえ正気じゃないだろ?」

 俺の問いに、斉藤は両手を広げてこう告げる。

「あはは。勘違いしないでくれよ。ボクは厚木さんの身体を傷つけるようなことはしないよ」
「おまえは何がしたいんだ?」

 斉藤を睨み付ける。奴の能力がそれほど脅威でないとはいえ、厚木さんへ危害を加えたら許さない。

「何って。ボクは昔のマ……厚木さんに戻って欲しいだけだ」
「……」

 斉藤の顔がさらに歪む。こいつが何かよからぬことを企んでいるのはわかっている。だからこそ、今回の作戦でこいつの化けの皮を引っぺがすわけだが。

「方法は簡単なんだよ。今の厚木球沙の心を壊せばいい。そうすれば昔の人格に戻る」
「おい、おまえ、何を言ってるか理解してるのか?」

 そのために、厚木さんの友人を排除しようとしてるのか? 動機が狂っている。

「ああ、理解しているよ。そして、必要なこともわかっている」

 斉藤は右耳を右手の指先で押さえると背中を向け、続いてこう叫ぶ。

「花菜。実行しろ!」

 奴もグループ通話アプリで仲間に指示をだしたのだろう。高酉と蒼くんに何かを仕掛ける予定だったのかもしれない。

 だが、それは阻止される。

 なぜなら、俺が持ってきた電波妨害機で半径5メートル以内の携帯電話の電波を遮断しているからだ。彼の指示は伝わらない。斉藤が司令塔であることを読んでの対策だ。

「高酉と蒼クンを殺して厚木さんの心にダメージを与えるつもりだったんだろうが、実行はされないぜ」
「おい……応答しろ……花菜。くっそ、……まゆみ聞こえるか?」

 斉藤は右耳のイヤホンマイクに向かって必死に話しかけている。だが、それも無駄に終わるだろう。

 あとは、奴がこの失敗を嘆いて、リセット能力を発動するかだ。

「斉藤くん、こんなことは止めよう」

 厚木さんが俺の後ろから奴に声をかける。

「止める? 何をだい? 俺はキミをキミの中から追い出すまで何度でも繰り返すからな」

 イキってるものの、斉藤にとって今回の失敗はかなりの痛手だろう。

 俺の予知能力は知られていないし、こちらは彼が能力者であることを突き止めている。あとは、リセットの発動条件さえわかれば千日手に持ち込まれずに、状況を突破できるのだ。

 さて、チェックメイトまであと数手。さあ、リセットをかけるがいい!

 だが、斉藤はニヤリと笑みを浮かべる。

 まだ何かあるというのか?

 彼が近づいてくる。強引に厚木さんを奪おうというのか?

 少し前にあったストーカー事件が頭を過ぎる。どいつもこいつも厚木さんを物扱いしやがって!

 そうはさせまいと、ポケットから特殊警棒を取り出して遠心力を利用し先端を伸ばす。長さは16インチほど。カスタムスチールの高強度の警棒だ。当たれば痛いぞ!

 これで奴が躊躇して近づいてこなければいい。

 さっさと失敗を認めてリセットしろ!

 俺の心の声が伝わったのかは不明だが、斉藤の足が止まる。距離としては1メートルくらいだろうか。

 そんな彼がポケットからナイフのようなものを取り出し、両手でそれを持って切っ先をこちらに向ける。

 まあ、こちらも素手じゃないから対応できないことはない。特殊警棒でたたき落とせばいいのだ。

 一瞬の対峙のあと、風切り音とともに俺の腹部に焼けるような痛みが走る。

 よく見ると、斉藤のナイフの切っ先がなくなっていた。

 スペツナズ・ナイフか?!

 刀身が射出可能なナイフは、日本どころか他の国でも違法だったはず。くそっ、どこで手に入れたんだよ。

「ぐはぁ」

 口の中に鉄の味が広がると同時に、真っ赤な液体を吐き出す。夏場で薄着だったのが災いしたな。刃は内臓まで到達している。

「土路クン!!!」

 マズったな……厚木さんの心を壊すなら、俺でも十分というわけか。

「残念だったな、土路。お前の死は無駄にしない。マリさんを復活させる贄となれ」

 その時の斉藤の顔を忘れないだろう。何かに取り憑かれたような……というか、中二病発症してるだろ、おまえ。

 そんな奴の手に、まんまとのっかる必要はない。

 いつもならラプラスの力を借りて、停止した時間の中で無限の思考を得るのだが、なかなか悪魔は起動しない。このままじゃ、ラプラスを呼び出す前に出血多量で俺が死ぬ。

 思考を加速させた。

 考えろ。この状況を打破するにはどうすればいい?

 俺が死んでゲームオーバーじゃない。死ねば厚木さんの心が壊れる。奴の思い通りになって、リセットは行われない。

 だったらどうする?

 方法は一つ。斉藤にリセット能力を強制的に発動させることだ。

 このまま逃がしたら完全に詰む。

 奴が『取り返しの付かない失敗をした』と考え、リセットをかけたくなる条件とは何だ?


◆次回予告

文字通りの『起死回生』を狙い主人公が打つ次の手とは?!!

次回、第71話「手段なんて選べないのです」にご期待下さい!!

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