第34話「嵐の予感なのです」

文字数 5,017文字

 中間テストが終わった次の週。

 うちの学校では、成績の順位が貼り出された。廊下の一角に1位から100位までが掲示される。それを参考にして今後の勉学に励めというのが、うちの学校の方針らしい。

 1年時の学期末試験の順位は、3位が俺で2位が厚木さん。そして1位が案山(つくえやま)結子だったと思う。

 俺の場合は、第一志望の高校を落ちて、滑り止めのここに来たためにそれほど勉強しなくてもこの程度の順位は獲れていた。だからといって、もう少し頑張って1位を狙いたいとは思わない。

 性格的に三番手くらいが似合っていると思う。

「さて、今回はどうかな?」

 そんな独り言を言いながら掲示板の所へと行こうとすると、向こうから女子の二人組がやってくる。その一人は厚木さんだった。

「土路クン聞いて聞いて! わたし1位獲っちゃった」

 右手でVサインを示しながら、いつものようなカラッとした笑顔をこちらに向ける厚木さん。

「マジか! やったじゃん」
「土路クンは3位のままだったよ」
「やっぱしな」
「土路クンって、あんまりガリ勉タイプじゃないのに、余裕で成績をキープしてるよね? 羨ましいよ」
「1位の人に言われるような台詞じゃないんだけど」
「わたし、今回はすっごい頑張ったんだって」
「ま、厚木さんって、わりと努力の人だもんね」
「そ、今回はその努力が報われたって感じ」
「おめでとう」
「ありがと」

 いつものように気持ち良くニカッと笑う厚木さん。いいよなぁ、和むよなぁ。俺のすさんだ心はいつもこうやって彼女にリセットされるのだ。

「……マリサ、無駄話してないで行くよ」

 厚木さんの隣にいた高酉が彼女の袖をひっぱりながら、俺に対して敵意を向けるように睨んでくる。

 まるで「私のマリサを取らないで」と言いたげだ。いつものことであるが、友人にしては独占欲が強い。そのくせ、ノンケなんだよなぁ、この子は。

「あ、ごめん……じゃあね、土路クン」
「ああ」

 厚木さんは、そう言って去って行く。

 結果は聞いたとはいえ、自分の目で確かめたいというのもあって俺は歩みを進める。

 目の前には目的の掲示板があり、その前で喜怒哀楽の様々な表情を見せる生徒たちが群がっていた。さすがに合格発表と違って、泣いてる奴はほとんどいないが……。

 気になっていたのは自分の順位ではなく、去年1位だった案山(つくえやま)がどうなったかである。

「なるほどね」

 彼女は予想通りの2位。

 そして、特徴的な艶やかなロングの黒髪の後ろ姿を見つける。

 本人も掲示板の前で順位を見上げていたようだ。両手を握りしめた姿は、彼女の気持ちが手に取るようにトレースできる。

 といっても、俺がこれを確かめたかったのには訳がある。

 最近、案山(つくえやま)のグループが不穏な動きをしているからだ。はっきりとは聞こえなかったが、厚木さんへの陰口が増えてきたような気がする。

 もともとライバル視をしていたのだ、今回の順位の入れ替わりが、彼女の負の感情を呼び覚まし、厚木さんへと怨みの感情を向けかねない。

 今後、彼女たちの行動にはさらなる注意が必要だろう。

 もし何かあれば、放置などできはしない。例え厚木さんに振り向いて貰えなくても彼女を守るってのが、俺に架せられた使命であるのだから。

 見返りも期待できないのに、わざわざ苦労しに行くってのは、ちょっとドMが入ってそうだけど……。しかたないじゃん。俺は厚木さんが好きなんだし。

 まあ、案山(つくえやま)が要注意人物ってのも性格的な問題があるからな。

案山(つくえやま)ってプライド高そうだし……」

 思わず独り言をつぶやいたところを、後ろから肩を掴まれる。

「よう! ツッチー」
「なんだよ。びっくりしただろ」

 振り返ると富石がいた。

案山(つくえやま)はプライドは高くないだろ」
「は?」

 こいつはまた俺の見立てを否定する。

「あの子は真面目なだけなんだと思うよ。それに努力家じゃないか」
「そうかぁ? そんなガリ勉ってわけでもないし、塾行ってるって噂も聞かないぞ」
「おまえと同じで天才タイプって言いたいのか?」
「いや、俺は天才じゃないけどな。案山(つくえやま)は頭の回転が速いタイプだ。効率良く勉強しているんだと思うよ」

 俺と同じで物事を俯瞰からみることができて、その分、悪知恵が働きそうだ。

「ああいうのは影で努力しているタイプだと俺はみたぞ。美人だし」
「美人は関係ないだろーが」

 とはいえ、志士坂の件では完全にこいつの読みは当たっていた。黒金もまあ、ある意味純粋な子であって、当たってはいる。

 案山(つくえやま)の努力家ってのは、その通りなのかもしれないな。表では涼しい顔をしながら、裏では死にものぐるいで努力ってのはある意味よくあるパターンだ。

 努力家イコール良い奴というわけでもない。もし厚木さんをイジメるようであれば俺は許さない。それが素であろうが志士坂のように操られていようが、俺は容赦はする気はなかった。


**


 3時間目の生物の時間は生物室への教室移動である。急なスケジュール変更があったらしく、その件が伝達されたの2時間目の休み時間だった。

 余裕を持って生物室を訪れたはずだが、忘れ物をしたために俺は一旦教室へと戻る。

 扉を開くと厚木さんが一人で不思議そうな顔をしながら席に座っていた。

「あれ? 厚木さんどうしたの」
「え? ああ土路クンかぁ、良かったぁ。なんか、みんないないからどうしたのかな? って」
「次は生物室に教室移動だよ」
「え? けど、増長(ますなが)さんが次は教室でやるって」

 増長ってたしか、案山(つくえやま)のグループの奴だったな。どう考えてもハメられてるじゃん。

「嘘教えられたんだよ。まったく、あいつらときたら……」
「そうかなぁ? たぶん、勘違いしてたんだよ。わたしだって間違えることあるし」

 厚木さんはそう言って、何事もなかったように持ち物をまとめると「行こっ」といつものようなカラッとした笑顔を向けるのであった。

 まあ、ミサイルを発射しても「一発だけなら誤射かもしれない」って言うもんな。俺は信じないけど。


 そして、俺が思ったとおり厚木さんへの攻撃……いや口撃は徐々に増していった。

 厚木さんはクラスでも人気があり、誰にでも分け隔てなく優しい。それは異性である男子に対してもだ。

 ゆえに、俺のように勘違いする男子もいる。というか、俺の場合は片思いという自覚があるからまだいいが、中には周りの見えない男子が、自分だけを好いているのではないかと愚かな期待を抱くことがある。

 前々から俺自身も思っていたこと。それでも、クラスのムードメーカーとなっているのだからと甘受していたところもあった。

「厚木さんって割とビッチだよね」

 休み時間、案山(つくえやま)のその一言で教室の空気は変わる。それだけではなく、取り巻きさえもが彼女の意見に同調した。そのせいで、皆の視線が厚木さんへと集中する。

「あー、あたしもそう思ってた」
「うんうん、厚木さんって男子にいい顔するよね」
「ひょっとして、クラスの男子全員食べられちゃっていたりして」
「それ、あるかもぉ」
「ああいうタイプは男子はころっと騙されるからね」
「厚木さんはね、男子に気を持たせて、それで人気をとろうとしているのよ」

 さすがにそれは言い過ぎだろと、頭に血が上って案山(つくえやま)に直接抗議に行こうと歩き出す。が、俺の前に志士坂が立ちふさがる。

「待って、男子のあなたが文句を言っても逆効果よ。いつもの冷静さはどうしたの?」

 彼女の顔を見てクールダウンした俺は「わかってるよ」と捨て台詞を吐いて自分の席へと戻る。格好悪いな俺。

 悪魔の起動があれば思考時間は無限に近いが、今の状況で即座に対策案を出せるほどの能力は俺にはなかった。

 あとで、何かしらのフォローをするしかないのか? ラプラスの能力があれば先手を打てるけど、予知のできないこういう突発的な状況に俺は弱い。

 ただ、俺と同じように厚木さんを庇おうとしたクラスの男子たちもいる。陣内と相良だ。二人も厚木さんにはフレンドリーに話しかけてもらっていた。

「おいおい、それは酷いんじゃないか案山(つくえやま)
「そうだよ。厚木さんはこのクラスのムードメーカーなんだからさ」

 その抗議に案山(つくえやま)がすっと立ち上がる。と、冷笑を浮かべて相手を見下したようにこう言い放った。

「ふーん。じゃあ、陣内君は厚木さんのことをなんとも思ってないの?」
「は?」
「あなた厚木さんと話せたことを友達に自慢してたことあったよね?」
「あ、いやその……」
「相良君は厚木さんと話すと興奮して声が高くなって早口になるよね?」
「い……」
「もしかして君ら、厚木さんのこと好きなんじゃない?」
「……」
「……」
「図星ね。じゃあ、私らの言ってたことって、当たらずといえども遠からずって感じでしょ? 気を持たせすぎなのよ、あのビッチは」

 こいつ良く見てるな。なるほど、志士坂に止められてなかったら俺も口撃されて、結局厚木さんに迷惑をかけることになっていた。

 だからといって、案山(つくえやま)たちに言いたい放題にさせておくのも癪である。ビッチはねえだろが!

 とはいえ……そもそも厚木さんの言動に勘違いするってのは否定できない。そこを論理的にひっくり返すにはどうすればいいか……。

「マリサ、急に呼び出してどうしたの?」

 教室の緊迫した空気を崩すように、後方の扉から1組の高酉が現れた。

「アリスは今日もかわいいね」

 そう言って、厚木さんは高酉に近づくと後ろから抱き締める。まるで大事な人形をかわいがるように。

「あ、あたしはいつもかわいいわよ」

 と、照れている高酉。彼女のこんな表情はレアだった。俺に対してはほぼ、機嫌が悪い顔しか見せないからな。

「ごめんねぇー、陣内クンも相良クンも。わたしの一番はこの子だから」

 といつものような天使の微笑みが炸裂する。

 それを見た神内と相良は顔を見合わせ、互いに頷くとこう叫ぶ。

「百合サイコー!」
「百合サイコー!」

 空気は一変した。教室は爆笑の渦。といってもこれは厚木さんを馬鹿にするような(わら)いではない。芸人を賞賛するような清々しい笑い。

 すげえな、やっぱ厚木さんは。

 本当なら……いや、彼女の言った言葉はすべて本当のことだ。

 一番好きなのは高酉であり、自分はこの子しか愛せない。それを逆に、場の空気を変えるためのエンタメに昇華したのだ。

 俺なんかが足元に及ばないほど人間的に出来ている。小賢しい策略とか、そんな姑息な手段はとらない。すべてを受け入れて、それから対応する。

 案山(つくえやま)とそのグループの子たちは、そんな厚木さんに何も言えず、訝しげに見つめていた。

 すぐにチャイムが鳴って教師が来る。その場は治まったが、あのグループがこれで止めるわけがない。

 厚木さんは、男子だけでなく女子ともそれなりにフレンドリーに話す。案山(つくえやま)たちのグループ以外はわりかし仲が良いとも言っていいだろう。

 彼女が朝登校して、「おはよう」と挨拶すればほとんどのクラスメイトから挨拶が返ってくる。厚木さんの好奇心を刺激するような話題があれば、そのグループに入り込み、一緒に話し込むなんてこともあるのだ。

 案山(つくえやま)たちにとっては邪魔な存在なのかもしれない。

 そして、テスト結果によって、厚木さんは個人的な怨みを案山(つくえやま)に抱かせた。理解はできるけど、その怨みを行動に移して相手を潰そうという考えには納得できない。

 もし、本格的に攻撃をしかけてくるならば、俺は絶対に許さない!



◆次回予告

 厚木球沙を助けるために再び主人公が動き出す。

 倍返しじゃ済まないからな!

第35話「やられてばかりはいられないのです」にご期待下さい!

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