第40話「彼は優しさの欠片もない鬼畜なのです」

文字数 3,549文字

 Xデー。

 案山(つくえやま)が飛び降りる5分前。

 屋上の扉は鍵がかかっていなくて、すぐ開いた。彼女は何か理由を付けて借りたのだろう。

 そして、そこには案山(つくえやま)の後ろ姿が見える。まだ手すりの前にいた。

「志士坂。屋上に誰も入って来れないように見張っていてくれ」
「うん、了解」

 俺は気付かれないように案山(つくえやま)の背後へとそっと忍び寄る。

 そして、彼女が手すりを乗り越える寸前に、俺はその手を掴んで引き寄せた。

 その瞬間に悪魔が起動。

「聞きたいことが山ほどある」

開口一番でラプラスに問う。

『そうよね。なんでも聞いて。答えられることなら全部答えるよ』
「彼女の自殺の理由は?」
『母親との確執が原因かな。案山(つくえやま)結子が行きたかったのは工学部。母親が行かせたがってたのは医学部。多聞花菜(ハナ)が密告したせいで、話がこじれている』

 やっぱり多聞が絡んでいるか。今回の件、そもそもの元凶ってもしかしたら、あいつなのかもな。

「工学部に医学部か……同じ理系だけど将来の方向性が全く違うからなぁ」
『彼女の家は医者の一族なのよ。祖父も父も二人いる兄も全員医者。子供の頃から彼女は母親に進路を定められていたらしいね』
「それでどうして自殺まで追い詰められるんだよ」

 そこが一番の疑問である。

『学年トップを維持できるうちは余裕があったみたい。けど2位に転落したことで、母親の影響力が強まった。プラス密告により、好き勝手に勉強できなくなったのも大きいかな』
「今の話を聞いていても、なぜ自殺しようとしたかがわからないんだけど」

 母親が厳しいのはわかるが、死を選ぶのは解せない。

『だから、わたしは人の心までわからないって言ったでしょ。本人が目の前にいるんだから聞いてみればいいじゃない』
「それはそうだけど」
『あとはなんか質問ある?』
「この自殺を止めたところで、案山(つくえやま)はまた同じ事を繰り返すんだよな?」

 確認の意味も込めてそう質問する。もちろん、予想はついていた。

『そうね。問題は解決してないのだから当たり前よ。けど、次の自殺では誰も巻き込まない。厚木球沙は無事よ。放置するって手もあるけど』
「厚木さんへの影響が未知数なんだろ? 心まで読めないおまえは、案山(つくえやま)の自殺がどれだけ厚木さんの心に影を落とすかわからないと」
『そうよ。案山(つくえやま)結子の時間は自殺した時点で終わるから、未来で厚木球沙がどうなるかは見えないからね』

 俺の行動で未来は変わる。そして、それは何もしなかったという未来にも影響してくる。

 案山(つくえやま)を見殺しにすることが正解とは思えない。ならば、彼女を救済するってのも選択肢のひとつとして考えてもいいだろう。

 そのために必要なことは……。

 思考は加速する。

 最短ルートをたどるつもりで、ショートカットできる場所を見つけていく。それが俺の戦略だ。

「よし。じゃあ、ざっくりと策略を伝えるから、演算してくれ」
『本人に自殺の理由を聞いてからじゃなくていいの?』
「策略を組むのに、知りたい情報があるんだ。それはたぶん、おまえの演算で知ることができる」

 行動結果の演算(シミュレート)から意外な答えが見つかることも多い。失敗前提の演算は、実は得るものが大きい場合がある。

 もちろん、選択肢が無限にある状態でこれをやるのは至難の技だが、ある程度情報が狭められていれば、特定の方向を攻めることで見つかる突破口があるのだ。

『わかったわ』


**


「土……路君?」

 通常時間へと戻ると、目の前には案山(つくえやま)の姿が再び確認できる。

「はいはい、土路ですよ。お邪魔虫です。おまえの自殺を阻止しにきました」
「なん……で?」

 下を見ると、厚木さんが高酉とともに歩いて行く姿が見えた。間一髪だったな。

「おまえ、どうせ死ぬなら厚木さんを巻き添えにしようとか考えてたでしょ?」
「……」
「おまえが死ぬのはどうでもいいけど、厚木さんを巻き込もうとしたのは許せないね。というか、ここのところ厚木さんに嫌がらせをしてたでしょ? 逃げるのはズルいなぁ。俺はしつこいからあの世には逃がさないよ」

 どっちが悪役よ、と志士坂に突っ込まれそうな台詞を吐く。

「……」

 彼女はぺたんと膝をついて座り込む。力が抜けてしまったようだ。

「おまえ、進路のことで母親と揉めてるんだってな?」
「ハナかシュリにでも聞いたのね。そうよ、あんたには関係のないことだけど」
「工学部へ進むのを反対してるんだってな。あくまで母親は医学部に進ませたいんだろ?」
「どうしてそれを知ってるの?」

 驚いたような案山(つくえやま)の顔。細かい学部の話までは、仲間には話してないみたいだな。
多聞は、自力で彼女の進路に気付いたようだが。

 というか、こいつは多聞の企みに気付いていなかったのか?

「おまえさ、自分の配下の人間くらい把握しておけよ。おまえの母親に密告したのって、多聞だぞ」
「そんな、ハナが……いえ、そうね、あの子ならやりそうなことかもしれない」

 最初は信じられないと言いたげな顔であったが、すぐに悟ったように諦めの顔となる。付き合いが長ければ相手の性格も察することができるのだろう。

「ひとつだけ聞かせてくれ。なぜ逃げようとした?」
「逃げる?」
「死は逃避だよ。あの母親から、あの一家から逃げたかったんだろ? この世に居場所がないなら、あの世に逃げるしかない。自殺の理由なんてそんなもんだろ?」
「土路君ってけっこう鬼畜ね。死のうとしている人間を前に、そんなことを言えるなんて……」
「きれいごとは嫌なんだよ。それに、他に逃げ道があるならそっちを使った方が楽だぜ」

 所詮、健康な人間の望む死なんて逃避でしかない。だったら、別の逃避先を見つけた方が効率がいい。

「逃げ道なんてないのよ。私にはもう居場所がないんだから」
「国立の大学にいけるだけの頭はあるんだろ? 将来的にはかなり安泰だぞ。それに病院を継がなきゃならない長男でもないだろうが」
「私は……案山(つくえやま)家の人間だから、医者にならなきゃいけないのよ。けど、たぶん私は医学部には入れない。ううん、そもそも医者という職業に向いているような性格じゃないのよ」

 彼女の悲痛の叫びは、優れた頭脳であるがゆえの弊害。それは、自分自身を客観視できるということだ。

 彼女が自分を分析した結果、医者になることがどれだけ不適格であるかに気付いてしまったのかもしれない。

 けどさ、そんなの思い込みだ。

「おまえさ、頭がいいのに自分が洗脳されていることも気付かないんだな」

 哀れむように俺は彼女の顔を見下ろす。

「どうとでもいえばいいわ。あなたにはあの家のことなんてわかんないんだから」
「じゃあ、取引しようぜ。俺には、おまえの心を癒してやろうなんて親切な気持ちは一切ないからな。説教したところでおまえが変わるとは思えない」

 そもそも説教や説得をするくらいなら、実力行使する方が好みだ。

「余計なお世話よ。それになに? 取引って」
「おまえがおまえのまんま生きられる方法を教えてやる。だから、厚木さんをいじめるな。教室ではおとなしくしてろ。それが条件だ!」
「……?」

 俺の言葉が予想外だったのだろう、呆けたように無言で口を開く。

「工学部行きたいんだろ? 医者に向いてないなら、そんなの選択肢からとっとと削除すればいい。おまえ、俺より頭がいいんだから、もうちょっと効率的に考えろよ」
「何をする気?」

 半笑いの案山(つくえやま)。「そんなに簡単に物事は運ばないわよ」とでも言いたげな顔。

「簡単だよ。おまえの母親の発言力を奪えばいい」

 こいつが工学部へ進むのを母親に説得するのは無理だからな。それはラプラスの演算で答えは出ている。何百回と方法を変えて説得してみたのだ。

 だからこその強引な手段。

 そもそも知識のない人間を説得するなんて無理ゲーなんだよ。地道に長い時間をかけて知識を植え付けるか、強攻策かのどっちかしかないんだ。

 だったら俺は後者をとるね。

 正義なんて関係ない。俺はもっとも効率の良い方法で案山(つくえやま)の自殺を阻止するまでだ。

 それは厚木さんの死亡フラグをぶっ壊すためにも、手段なんか選んでられないという、俺の強い決意でもあった。


◆次回、第41話「昨日から寒気と動悸がするんです」

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