第43話「門出を祝うのです」

文字数 4,326文字

「結子ちゃん! どうする気なの!?」

 興奮気味の母親は案山(つくえやま)の手首を握る。

「あなたとはもう縁を切る。あなたは病院を守ろうとしているんじゃない。自分を守りたいだけ、それがよくわかったから」
「待ってよ。なんでお母さんの言うことが聞けないの? それでも案山(つくえやま)家の人間なの?」

 その一言で案山(つくえやま)はぶち切れたのだろう。握られた手首を振り払うと彼女はこう叫ぶ。

「あなたはもう母さんなんかじゃない!」

 目には涙を浮かべ、怒りの形相で母への決別を宣言する案山(つくえやま)

「娘さんにこれだけの事を言わせるなんて最低ですね。でもまあ、これがお母さんの望んだことなんでしょうね」

 俺も捨て台詞を吐いて、案山と一緒に家を出る。

 もしかしたら、もっとよく考えれば母親を説得できるルートもあったのかもしれない。けど、それは相手が論理的に考えられてこそ通じる道だ。

 さて、ここまでは予知通り。

 俺の案山(つくえやま)へのアドバイスは、説得が失敗した場合は母親と距離をとることだった。父親も祖父も彼女の進路に文句を言わないのであれば、このまま家を出たとしても問題はない。

 大学に行ったら一人暮らしをするつもりだった案山(つくえやま)にとっては、それが少し早まるだけの話。

 一族で病院経営をしているのだから、それなりの金はあるだろう。案山(つくえやま)がすぐに一人暮ししたとしても、仕送りをできるくらいの余裕はあるはずだ。

「あー、なんかすっきりしたなぁ」

 案山の家を出ると彼女は伸びをする。

「これで取引終了だな」

 俺は左手を差し出して握手を求める。

「ちょっと斜め上すぎる展開だったけど、でも、これで私は私の道を歩けるようになった」

 案山(つくえやま)の手が俺の手に重なる。

 その瞬間に時の流れが緩やかになった。そして悪魔の起動。

案山(つくえやま)結子の自殺フラグは消えたよ」
「ふぅっ……良かったよ」

 俺は大きなため息を吐く。悪魔の予知通りの行動とはいえ、俺の微妙な行動の変化で運命は変わることがある。

 ちょっと、調子にのって毒舌吐きすぎたからな。

『母親はこれ以降、彼女の進路について文句を言うこともない。ま、精神科に通院するようになる未来が見えるけどね』

 ほとんど帰ってこない夫の代わりに子供たちに執着したわけだから、ある意味被害者でもあるんだよな。

「俺たちにできるのはこれが精一杯だよ。問題は、案山(つくえやま)が母親との決別を受け入れるか、だったからね」
『母親への愛情がどれくらいかは、あたしの未来予知では計ることはできなかったからね』
「なんにせよ。うまく行く未来が見つかって良かったよ」
『じゃあ、またね」
「ああ、また」

 そこでラプラスとの会話を切って通常時間へと戻る。

「ありがと土路君」

 穏やかな顔をした案山(つくえやま)が目の前にいる。なんか違和感というか、教室じゃ絶対見られないような表情だ。

「礼なんかいらないよ。成り行きというか、まあ取引だからね」
「とはいえ、あなた、いろいろと酷かったよね」
「なんのことかな?」
「私の母親に対する遠慮のない発言、いえ、ほとんど暴言だったわね」

 彼女は笑っている。怒っているのではなく呆れたような笑い。

「ひどいことが言えるのは、おまえとは赤の他人で思い入れがないからだよ。これが親しい間柄なら、なんとか母親を説得しようとするはず」

 だからこそとれた大胆な戦略。こちらは失うものはないんだ。これほど楽なことはない。

「そりゃ、私とあなたは少し前まではまともに話したこともなかったけど」
「俺は基本的に鬼畜路線なんで、優しくないからな」
「だからって『勉強にしか興味のない毒舌クラスメイトなんて好きになるわけない』って、よく本人の前で言えたわね」
「本当のことだもん」

 俺は即答する。

「あなたって、本当に性格悪いわ」
「お互い様だって」
「うふふ。それもそうね」

 お互いに笑いあう。そこには穏やかな空気が流れた。ここ数日で彼女の本質がいろいろと見えてきたような気がする。

「約束は守れよ」

 俺は念押しする。彼女を救済したのは厚木さんの為でもあるのだから。

「言われなくても守るわよ。そもそも、私のグループを壊したのは誰だったかしらね?」

 嫌味っぽく言われるが、それくらいで俺が気に病むわけがない。

「一人の方が身軽だぞ。群れるなら『必要な時に必要最小限の人数で組む』ってのが俺の戦略だ」
「あなたらしいわね。けど、私もしばらくはそれに(なら)ってみるわ」

 案山(つくえやま)の手が離れる。

「じゃあな。週末までは黒金の所にいるんだろ?」
「ええ、来週の日曜日にはたぶん父が……正確には父の友人だけど、その人が私の住居を用意してくれるから」
「まあ、頑張れや」

 そのまま立ち去ろうとする案山(つくえやま)が、途中でふと立ち止まりこちらを向く。

「あのさ」
「なに?」
「私、ひとりぼっちになってしまったから、引っ越しとかするのに手伝ってもらう友達がいないの」
「……」

 未来予知の能力は俺単体にはないけど、なんとなく案山(つくえやま)が言い出しそうなことはわかった。

「だから責任とってくれない? 私から友達を奪ったんだから、あなたが手伝いなさいよ」

 やっぱりなぁ……。

 俺にも多少の負い目はある。厚木さんのためとはいえ、好き放題に言いまくったからな。しかも、あいつから友達を奪ったのは俺自身だ。

 変なところで貸しは作りたくない。まあ、富石とか男手を誘えば俺の負担も減るし、楽になるだろう。

 よし、それでいくか。


**


 案山の新居自体はすぐに決まったが、引っ越し作業となるとその週の日曜日まで持ち越されることになる。

 集まったのは俺と富石と黒金。

 黒金にはしばらくの間、案山を泊めてもらっていた。

 俺の家に泊めるという手もあったが、彼女の親を警戒して女子の家を探していたところ黒金が二つ返事で了承してくれたのだ。

 見ず知らずの女子を自分の家に泊めるのは抵抗があるだろうと、いろいろと条件を提示しようと思ったのだが、ためらいもなく「いいですよ」と返ってきたのは拍子抜けである。

 彼女としては俺の家に泊まったという借りがあるから、それを返したかっただけなのかもしれないが。

 新しい案山のマンションでは、荷物と、新しい家具が運び込まれて、男手である俺と富石がそれをセッティングをする。

 ひとしきり作業が済むと、案山が頼んでくれたピザをみんなで分けて食う。さながら、小規模のパーティーのようだった。

 落ち着いて座った案山が皆に労いの言葉をかける。

「みんなありがとうね。助かったわ」
「これで貸し借りなしだからな」

 と俺は言う。責任は果たしたぞ。

「案山さん。またなんかあったら呼んでくれ。俺はいつでも駆けつけるぞ」

 テンションが一番高いのは富石である。そういえばこいつ、いつものように案山に惚れ込んでいるわけじゃないよなぁ? ちょっと前に黒金にフラれたと思うんだけど。

「涼々さんにも、お世話になったわね」
「いえいえ、楽しかったですよ。またせんぱいの悪口で盛り上がりましょう」

 おまえら、なんで俺の前でそんなこと言ってるんだよ。

「そういうのは俺のいないところで完結してくれ。わざわざ報告する必要ないだろ」

 黒金の台詞もわざとらしいからな。意図的に俺の気を惹こうとあれやこれやと仕掛けてくるのがちょっとウザい。

「あら、直接悪口を言われるのはいいのかしら?」

 予想外に案山が反応してきた。こいつもなんか楽しそうだな。

「別に構わないけど。おまえらに言われたところでダメージないわい」
「まあ、せんぱいの悪口っていうより、せんぱいがいかに不器用かって話なんですけどね」
「は? 不器用ってどういうことだよ。俺の問題解決能力を舐めるなよ!」
「そういうところが不器用なんですよ。余計な一言が多いというか、女の子をわかってないというか」

 クソムカつくな。

「はっきり言おう黒金」
「なんですか。せんぱぁい」
「おまえを理解する気はないからな。諦めろ」
「そうは行きません。あたしの魅力を理解してもらうって決めたんですから」
「おまえ、俺が拒絶してるってわかってるよな?」
「わかってますよぉ」

 きゃははと楽しそうにじゃれてくる黒金は猫そのものだ。

「ツッチーは黒金にモテモテだな」

 富石が空気を読まずにそう発言する。というか、こいつ黒金にフラれたくせによく平気でいられるよな。

「富石、おまえ、ちょっと前まで黒金に惚れ込んでたんじゃないのか?」
「そんなの昔の話だろ?」
「まだ二週間くらいしか経ってねえよ! それに黒金も黒金だ。よくフッった奴の前で、堂々としていられるな。普通は少しは気を遣うんじゃねえのか?」
「あたしフッてませんよ。特定の人と付き合う気はないっていっただけで」

 そういえば前にそんなこと言ってたな。

「俺の興味は今は案山さんに移ったからな。ある意味どうでもいい」
「あ、じゃあ、あたしもどうでもいいです」

 なんか二人とも、実は気が合うんじゃねえのか?

「わ、私なの?」

 急に名前を出されて驚く案山。こいつは富石のことはまったく把握していないだろうからな。

「案山さん真面目で努力家で、美人だし」

 そういえばこいつの女子の好みって統一性がないよな。志士坂に黒金に案山って……。全部タイプが違うじゃん。


**


 案山の新居からの帰り道、というか電車に乗っているので帰宅途中の車内でのことだ。
 すでに黒金と富石は方向が違うので別れてしまった。シートはわりと混んでいて空いてる席がないわけではないが、無理に座る気もなかったのでドアの近く背中を持たれながら外を見る。

 何駅か過ぎてターミナル駅に着いたとき、俺のすぐ近くの扉から知った顔の奴が入ってきた。クラスメイトの斉藤だ。

「あれ? 斉藤。どうしたんだ?」

 その呼びかけに彼は不思議そうな顔でこちらを見る。

「キミは誰だ?」



◆次回予告 

ただのクラスメイトである斉藤にとんでもない秘密が隠されていた。

それは主人公を驚愕させる。

第44話「まったく、小学生は最高デス!」にご期待ください。

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