第42話「化け物と呼ぶのです」

文字数 3,595文字

 今向かっているのは、案山(つくえやま)の家。

 二人の兄は、出かけていて今日は帰ってこないという。

 母親と対決するにはちょうどいい舞台が揃っていた。

「これからが本番だ。後悔しないな?」

 俺はもう一度彼女に覚悟を問う。先ほどの父親との対話とは比べものにならないほど、きつい状況になるはずだ。

 いちおうラプラスの予知を俺の予測として彼女に伝えてある。そして、結果がどうなるかは俺は知っている。

「……うん。自分の進路を自分で決められるのなら、私はあの人に捨てられてもいい」
「よし、言質は取ったぞ。あとで『あれはナシ』とかはやめてくれよ」
「わかってる」

 案山(つくえやま)がガチャリと扉を開けて中に入る。続けて俺も入らせてもらった。

 病院経営者の大金持ちの家という外見からの予想通り、中に入るとそこは芸能人のお宅訪問で見るような煌びやかな内装が目を奪う。

「結子ちゃん! どこ行ってたのよ?」

 家の奥からは、40代くらいの痩せ気味の女性が駆けてきた。

「母さん……」
「あら……あなたは?」

 俺を見つけた母親が、訝しげな視線をこちらに向けてくる。

「ただのクラスメイトですよ。それ以上でもそれ以下でもありません。ただ、感謝してほしいなぁ、あなたのお子さんが、あなたに追い詰められて自殺しようとしたところを止めたんですから」

 案山(つくえやま)は顔をしかめ下を向き、母親の方は困ったような顔をしてこちらを見る。

「……」
「……」
「お子さんからお母さまにお話があるそうですよ」

 俺がそう促すと、案山(つくえやま)が顔を上げて母親に視線を向ける。

「あのね。母さん、私、進路を変えたいの?」
「進路ですって?」

 ぎょろりと母親の目が案山を捉える。「なにをバカなことを」とでも言いたげだ。

「私、工学部へ行きたいの。……私、医者は向いてないと思うから」
「何言ってるの結子ちゃん。あなたは成績が優秀なのよ。そんな頭がいいのに医者を目指さないなんてありえないわ」
「でも……」
「でもじゃありません。私は許しませんからね」
「なんで許してくれないの?」
「あなたに理由を言う必要があるのかしら? これは案山家の決定事項よ」

 少し前に父親と話し合ったのだ。それが嘘であることは彼女も知っている。

「それは母さんが勝手に言ってるだけでしょ?」
「あなたはおとなしく私の方針に従ってればいいのよ!」

 話しが通じないモンスターペアレントとはこういう人を言うのだろう。つくづく教師でなくて良かったと思う。だって、相手の顔色を伺う必要なんてないんだもん。

「知ってます? 親が子供に特定進路を強制するのって、立派な『虐待』なんですよ」

 まったく気を遣わず、俺は母親にそう話しかける。予定通り、案山結子の援護にまわった。

「なにあなた? 人の家の教育方針にケチをつけないでくれない」
「ケチ? 俺は『虐待』と言ったんですよ」
「わたしは暴力なんかふるったことはないわ」
「虐待にも何種類かありましてね。そのうちの『教育虐待』ってのに、あなたは該当します」

 家庭での子供虐待は根が深い。そもそも親が自分の行為を理解していない場合が多いからな。

「あなたには関係のない話でしょ? これは私……いえ、案山(つくえやま)家と結子の問題で」
「家ではなく、あなた個人の問題でしょう? 実は今日、案山(つくえやま)信司さんとお会いしまして、娘さんと進路のことで話合ったんですよ。ほら、これがその時の動画です」

 俺はスマホを取り出して、さきほどの案山(つくえやま)と父親の会話の場面を再生させた。

 しばらくスマホの画面見ていた母親が、ふに視線をこちらに向け目を細めて俺を睨む。

「あの人が許したところで、私が許しません」
「なるほど、あの二人の会話を聞いても、なぜお子さんが工学部を選んだのかもわからないのですね。いやぁ、無知は怖いな。恐ろしいな。しかも無知のクセに自信だけはおありだ」

 俺は嫌味たっぷりにそう告げる。そもそも俺は部外者で、案山(つくえやま)とは仲良くない。なので、その母親に気を遣う必要なんてないのだから。

「何が言いたいの?」
「お子さんの目指す計数学工学科は科学の基本的な分野を学ぶところです。医者のような専門的な知識は身につきませんが、どの分野からも求められるようなエリートを輩出する学問です。もちろん、医療の分野でも必要とされるでしょう。病院で患者を直接診なくても、この国の医療分野を担う大事な人材を育成するでしょう」
「……」

 俺は一気にまくしたてる。

「そんな学問を学ぼうとするお子さんを、あなたは潰そうとしています。はっきり言いましょうか? 医療がなんたるかもわからない無知は害悪でしかありません」
「そもそもあなたは何者なの? まさか、ユイコちゃんの恋人とか言わな――」

 はあああああ????? 父親との会話でそれは否定しているだろうが!

「は? バカなの? 動画の内容をもう忘れちゃった鳥頭なの? こんな勉強にしか興味のない毒舌クラスメイトなんて好きになるわけねえよ! そもそも俺には他に好きな子がいるんだよ。事情がなきゃ、こんなとこまで来て他人の親に意見なんか言うわけないだろ!」

 隣にいた案山(つくえやま)がギョッとした顔で俺を見ている。ちょっと言い過ぎたかな。

「……」

 母親も母親で、予想外の俺の態度に口をパクパクさせながら反論の言葉が出てこない。

「無知とかいってすみません。言葉が適切ではありませんでした。そうですね、娘さんを追いつめ自殺に追い込み、それでもなお、まだ追いつめることを止められない。あなたは化け物ですね。人間の言葉がわからないとは思いませんでした。言葉を理解できない人間に学問を語る資格があるのでしょうか?」
「暴言よ! 訴えるわよ」

 ついには母親を怒らせてしまう。まあ、だからどうした? って感じだけど。

「ほほぉー、なるほどなるほど。訴えてもかまいませんよ。どうせ俺、18歳未満ですし、大した罪にはならないでしょう。それよりも訴えた場合のリスクを考えた方がいいですよ」
「どういうことよ?」

 10代の学生相手に「訴える」とか言う方がどうかしている。まあ、そんなんだから、想像力が足りなくて、自分の言動が何を引き起こすのかも理解出来ないのだろう。

「あなたが下手なことをすれば、あなたが守ろうとした病院がどうなるかわかります?」「どうなるのよ?」
「娘を自殺に追い込もうとした『教育的虐待』ってのが世間にさらされて、そうですね、SNSあたりで話題になりますね。それを嗅ぎつけたマスコミがあの病院に押し寄せます。他に大きな話題がなければ連日テレビで放送されるでしょう。結果的に病院は大打撃を受けますね」

 ちょっとだけ大げさに語る。ま、ハッタリなんだけど。

 逆に炎上しなければ意図的に火を放つというやり方もある。ネット民の好きそうな餌を与えればいい。ただそれだけのこと。

「な……」
「お母さまが望むのはこういうことなんですね」
「あなた、私を脅すの?」
「脅しではありませんよ。ただのシミュレートですよ。お母さんが行おうとした結果を演算しているだけの話。実際、あなたに金銭を要求していませんよ。そもそも訴えると言ったのはあなたなんですから」
「……」

 さすがに黙り込んでしまう。

「さあ、どうします? お母さんにはとるべき選択肢が二つあります」
「……」
「一つは、お母さんの本能の赴くまま、心が気持ち良くてぴょんぴょんしちゃうくらいの勢いで俺を訴えて自分の正義を貫くこと。でもこれは、さっきも言った通り、最悪、病院経営の破綻に至るくらい危険な行為です」
「……」
「もう一つの選択肢は、今後娘さんの進路には干渉しない。これでしたら、何も起こりません。平和な時間が今後も流れるでしょう。娘さんも医者にはならなくても、医療関係の仕事につくかもしれません。その恩恵をうけられるのは病院としてもありがたいんじゃないですか?」
「……」
「選んでくださいよ」
「……なのよ」
「はい?」
「自分の子供たち全員に医者になってもらうのが私の夢なのよ。私の夢を邪魔しないで!!」

 魑魅魍魎。これでは救いようがない。言葉が通じないのではどうにもならないのだ。

案山(つくえやま)どうする? 俺の予想通りだが」

 俺は隣にいる彼女に問いかける。こういう事態になるかもしれないという予想は、事前に彼女に伝えてあった。

「わかったわ。覚悟はできてる」




◆次回 第43話「門出を祝うのです」

ご期待下さい。

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