第10話「ライオンには勇気がないのです」
文字数 3,939文字
「あたし、このソフトクリームの載ったデニッシュがいいなぁ」
志士坂がメニューを指差して、嬉しそうにそう呟く
「言っとくけど、おごらないぞ」
現在は放課後で、駅前のコーヒーショップで作戦会議を行っていた。傍目はまるで二人がデートしてるように見えるかもしれない。
――『片思いの子がいるのに、あんたはいったい何をやってるのよ……』
そんな呆れた声が聞こえてきそうだったが、すべては厚木さんの為に行っている事だ。
「いいよ。逆にあたしが土路君の分も出さなきゃって」
「なんで?」
「ケガさせてるし……まだちゃんと償えてないかも」
俯いてしゅんとする志士坂。きちんと反省しているようだが、そんなことは当然の話。そもそも初めから悪事を働かなければ良いだけだ。
「そういう貸し借りはなしだ。金銭的なものは要求しねえよ。だから、俺の指示通りに行動しろってのが償いだ」
「それって償いなの? 土路君の指示って、朱里や陽葵からの嫌がらせに対応できるようにすることだよね」
「そうだよ。あの二人を退治するのが、俺の役割だからな」
「退治って……あの二人は妖怪か何かなのかな?」
中二病的に言えば強欲のマモンだよ。
「そういえば、志士坂って猫飼ってるんだっけ? 飼い主はペットに似るっていうもんな」
こいつ、外見だけは猫っぽいんだよな。性格は犬だけど。
「土路くん、それ逆だよ。ペットが飼い主に似るんだって」
わかっててあえて言ったんだけどな。
「今日は今後の対策会議を行うだけだから」
志士坂の反論はスルーして本題へと向かう。
「……まあ、あたしはそれに従うしかないよね。いちおう、なんか奴隷みたいだし……」
俺は白紙のノートに書き込みながら、イジメについての講義を開始する。これは、志士坂の現状を再確認にさせる意味もあった。
「イジメられた場合、何が一番キツいって、それは味方がいないということだ」
「うん」
「ぶっちゃけ、何かを隠されたり、陰口を言われたりしても、仲の良い友達がいればそれは愚痴としてストレスを発散できる。ダメージはわりと少なく済むんだ。何もされなくても、周りがすべて敵で全員から無視されるよりはマシだろ?」
「うん、それはわかる」
まあ、そんな状態をマシだと思うこと自体が異常ではあるのだが。
「イジメをひとくくりにする奴も多い。が、犯罪と同じで、その手法やイジメる側の性格も様々。だからこそ、解決にはイジメを行う側の感情を理解するのも大切なんだ」
「それで朱里と陽葵のことを調べていたのね」
「彼女たちは他人を見下し、その相手に訪れる不幸を笑う。そして、ときに自らで突き落とす。それが楽しみで楽しみで仕方ないってのが、俺の分析結果」
「あらためてそうやって聞くと酷いよね」
「そいつらのリーダーをやってたのは誰かな?」
「……あ、あたしです。ごめんなさい」
再びしゅんと身を縮こまらせる志士坂。その姿を見ると、それ以上は責める気を無くす。とはいえ、俺自身がこいつにイジメられていたら、こんな普通に会話なんかできていなかったかもしれない。イジメられた怨みというものは深いからな。
「まあ、いいや。で、他人の不幸を
笑うには二種類ある。本人も周りも楽しい笑いと、他人を一方的に見下す
「つまり自覚がないんだよね?」
「そう。だから、自分のやっていることが、どれだけ悪どいことなのかを自覚させればいい。そうすればあいつらの行動にも多少は変化が現れるだろう」
多少ってのが、すっきりはしないだろう。とはいえ、三つ子の魂百までといって、そいつ個人の本性はそうそう変わるものではないのだ。
影響があるのはわずか。俺の目標は厚木さんへの危険回避だから、そのわずかな影響で運命を変える必要がある。
「え? それだけ? てっきり陽葵や朱里たちにも復讐みたいな感じで、嫌がらせをすると思ってた」
「復讐が目的じゃないよ。小悪魔たちの牙を抜き取るのが最終的な目的」
「牙?」
【牙】って、ちょっと中二病っぽかったかな。ちょっと言い換えるか。
「彼女たちには【他人を陥れる】余裕をなくしてもらって退場してもらうのが一番だよ。あいつらを恨むかどうかは志士坂の勝手だけどさ」
まあ、かなり強攻策になるから見方によっては復讐になるのかもしれない。
「恨む……そうだね。あたしは弱さを利用されただけで、悪いのは自分だし」
いつまでもあの子たちに執着していては志士坂のためにもよくないだろう。そこらへんのことは彼女が決めれば良い。
俺ができるのは、厚木さんへの危険回避。そのための、志士坂支援なのだから。
「とにかく、津田と南に志士坂への興味をなくしてもらえればいい。つまり、おまえをイジメるリソースを奪うのが勝利条件だ」
志士坂への興味をなくしてもらえれば、厚木さんが彼女に関わろうとすることもなくなるのだからな。
「そんなにうまく行くかなぁ」
「あまり被害のないイジメ。例えば物を隠されたり、陰口を言われたりは、あえて反応しないのがいいだろう」
反応すれば奴らは喜ぶだけだからな。餌をわざわざ与える必要はない。
「被害の大きいのは? 例えばスマホとか壊されたり、大けがを負ったり」
「犯罪に関しては告発する。それは最低限のルールだということを知らしめれば良い」
「あはは……強気だね」
「法治国家なんだから、法律は守ってもらう。それさえ破ろうとする奴は社会的制裁を受けさせるだけだ。現在においては、それにプラスして、ネットリンチが起こるだろうけどね」
そもそも犯罪と変わらないイジメが放置される事自体、おかしいだろう。犯罪者をイジメと矮小化して対応するのは、明らかに間違った答えである。特に学校側がこれをやるから、自殺者が後を絶たない。
「どうやってそれを防ぐの? されてからじゃ遅いよね?」
「例えばこのスマホ。こいつを貸してやるから、自分の所持物ってつもりでしばらく持っていろ。そして頃合いを見計らって机の上に忘れたフリをする」
「盗まれちゃうよ」
「スマホの動画撮影アプリを起動させたままで放置する。そのアプリも、ネットワーク経由で他のスマホでカメラの映像を見られる状態にすればいい。いわゆる生配信だ」
「なるほど、盗むときに顔もばっちり映っているから犯行現場の証拠を握れるってことね」
「そういうこと。もし相手がそれに引っかからなかったとしても、相手が『思うように志士坂をイジメられない』のが逆にストレスとなる。そんな状態ではイジメの行為自体を楽しく思わないだろう」
ラプラスの演算はこれからだが、この作戦に関しては失敗という結果が出てもいい。これは単なる布石に過ぎない。
以降、津田と南は志士坂へ仕掛けることを警戒するようになれば対策が練りやすくなる。奴らの行動を縛っていけば自ずと選択肢は狭まり、正解へと辿り着き易くなるだろう。
「だからこそ、おまえは毅然とした態度をあいつらにとり続ける必要がある」
「理解はできたけど……実際にやるとなるとキツいよぉ……」
志士坂が弱音を吐く。こいつに足らないものは、何事にも物怖じせずに立ち向かう気力だ。それを勇気という。
「奴らを放置しておけば、イジメは酷くなるよ」
「けど、1人で立ち向かわないとダメなんだよね?」
「そりゃイジメられてるのはおまえなんだから」
「無理だよ……そもそもあたしは群れないと何もできない人間だし」
「甘えるなよ」
俺はキツくあたる。そもそも俺は志士坂に優しくする義務はないのだから。
「だって……あたし、もともと勇気のかけらもない根性無しの甘ちゃんだから」
「ついこの間まで小悪魔キャラが似合ってたぞ」
「そりゃ、あたし高校デビューみたいなものだし、必死だったんだよぉ」
志士坂はせつせつと訴えてくる。今の彼女は素で弱々しい。弱さをさらけ出しても俺に通用しない、それでも彼女は弱音しか吐けないのだ。
「だから援護はしてやるって言ったろ? おまえは1人のように見えて1人ではない。それに、津田と南と絶縁したなら他の奴らとつるめばいいじゃん」
「そんなぁ……女子の世界はそれこそ甘くないよ。2年生で、しかも4月も終わって、クラスの子たちはそれぞれにグループが出来上がってるんだよ。そこに後から入り込むなんて無理なんだって」
「別に仲良し親友ごっこをやれって言ってるんじゃないんだけどな」
適度に距離を置いて付き合えってのは難しいのかな?
「そもそもあたしは人付き合いが上手い方じゃないのよ。入学したての時だって、朱里と陽葵が声をかけてくれたからなんとかなったんだし」
「わかったよ。その件も考えておくよ」
志士坂の心を折らないためにも、彼女の孤独を癒す環境を作るべきか。これもあとで、ラプラスと相談しよう。
「あ、ありがとう」
ほっとした顔でこちらを見上げる志士坂の顔。
べ、別にあんたのためにやってるわけじゃないんだけどね……と、こっちがツンデレになってしまいそうだ。
ま、最優先は厚木さんへの危険回避。そのために志士坂の心のケアも必要ってのが、なんとも……。
「めんどくせーな」
「土路くんが関わろうとしてるんじゃないかな?」