第38話 追跡

文字数 1,993文字


「家を特定して何か変わんのか?」 

上野の言ったことの意図がまだ汲み取れていないのか、片桐が不安の顔を見せる。

「そうだよ、家を特定したところで裏切り者が誰かは分かんねえぞ?」
またしても工藤がその話を引っ張り、上野がそれを嫌うような表情で答える。

「だからさ、裏切り物の話はもう置いとけ。そんな生産性のない話より渡の正体を暴く方が先決だろ?」
工藤はまだ腑に落ちない様子だが、その通りだと全員が頷く。実際、存在しない敵と戦っているのはこの男ただ1人だった。

「でもバット持って尾行とか大丈夫なのか?色々ザル過ぎる気がするんだけど。」
 俺がこんな時に限ってバットを持参してしまったことを懸念する。またこの5人による尾行行為も決して適正な人数とは言えない、少し多過ぎるように感じてならない。

「一定の距離を置いてバレないようについて行けば大丈夫だ。佐野が変なことしたり工藤が奇声をあげたりしなければ問題ないだろ。」

上野がそう説明すると話を遮るかのように名前を出された2人がほぼ同時に口を挟む。

「おい!俺がいつ変なことをした。」

「奇声なんかあげてねえだろ!」

もし仮に渡を尾行するとなった時、懸念材料となるのは間違い無くこの2人だろう。だが、もうこの気味の悪い日常に嫌気がさしていた俺はなりふりかまっていられなかった。

「わかった、今日の放課後奴をつけるぞ。片桐はどうせ稲川送らないと駄目だろうから、終わり次第小屋に集合する感じでどう?」

「ああ、ご存知の通り今日も未来と帰る事になってるんだわ。そうしてもらえるとありがたい。」

片桐は予想通り、稲川と帰る約束を取り付けていたようだった。尾行する人数は少ないに越したことがなかったので、これは特に問題ではなかった。

「おっしゃ、じゃあ片桐抜きでいこう。帰りの会が終わったらバレないように渡をつけようか。」

と言って上野が話をまとめる。この数日、帰りの挨拶が終わると渡は足早に教室を後にする様子が確認されている。その為、俺たちも少し距離を置いて迅速且つ丁寧な追跡が求められた。

「うーん、でも家なんか見つけたところで何になるんだろ。言っとくけどそれでこの中に裏切り者がいるって話とは全く関係ないからな?」

なんども工藤が口にする裏切り者という言葉をもう誰もが聞き飽きていたので、話の後半部分には誰も聞く耳を持っていなかったが、家の特定の目的という点に全員の焦点が当たる。


「そりゃ、もし俺らや幾田が渡に関する記憶を失ってるっていうなら家を見たりすれば何か思い出すかもしれないだろ?」

片桐がやや苦しい弁解のようにそう語るが、俺はどちらかというと失った記憶という仮説よりも家というものを発見して渡という存在がこの世に確かに実在するある種の裏付けのようなものが欲しかった。

「それもそうだな。まぁ俺は記憶なんて失ってなくて、あいつは突然現れたと踏んでるけどな。」

上野がそういう、どうやら俺と同じように渡を忘れたのでは無く元からいなかった人間と捉えているような口ぶりだった。

「ストーキングしてる途中で見失ったりしないかな?」
佐野がそう言うと工藤が何か思い出し下のような顔をして、静かに呟く。

「渡の家って、いつも遊んでる森の近くだよな。幾田の家とも近いなら住宅地が入り組んでて見失っちゃうかも。」

「そういえばそうだったな。だからこその複数人での尾行だよ。探偵とかも何人かでやってるらしい、なんでかって言うと1人が見失っても他の奴が見ていれば追跡を継続できるからだ。」

どこで聞き齧ったのか、片桐が得意げにそう話すが、それは確かにと皆が頷いた。

「そうなのか、ならいっぺんに全員見失っちゃったら終わりだな。」
佐野がそう言うがそれも的を得た発言だと分かる。

「あくまで素人の探偵ごっこみたいなもんだろ、ちゃんと計画立ててかないとダメだな。」
そう言って上野が心配そうに顔を顰める。
ただ全員が前向きに真実を突き止めるための一致団結の結束がより強まっている事に俺は少し安心感を覚えた。あれほど裏切り者がいると騒いでいた工藤も、あれこれ意見を出しているがそうしているうちに休憩時間がどんどんと過ぎていってしまっていた。

「ああ、とにかく今日で何かわかるかもしれない。そろそろ休み時間終わっちゃうな、続きはまた後にするか。」

 俺がそういうと全員が不安げだが何か期待をするかのように頷く。そして、ほぼ同時にチャイムが鳴ったので俺たちは教室へと急いだ。
 昨日の手紙作戦よりも、さらにリスクの高い行動が求められる。尾行中に渡に感づかれないか、また家を発見したことで何かこの状況が変わるのか。分からないがとにかく今は行動を起こす事、それが先決だということが俺たちの共通認識だった。
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