第27話 現実

文字数 5,850文字

 翌朝、変な夢を見た割にはすんなり起床することができた。夢の中で渡は俺に何かを感謝しており、守ってあげるなんて言っていたが何のことか微塵も分からなかった。
 だが所詮夢は夢、記憶の整理をしている最中に起きた脳のバグだろうと特に気にも留めなかった。と言うよりもあまり考えないように努めた。

 リビングで朝食を食べながら朝のニュースを確認したり、母親に何か事件の続報があったか尋ねるも、それらしい情報を得ることはできなかった。

 7時55分、朝食を食べ家を後にするが外に出てまず昨日とは打って変わった日差しにたじろぐ。       
 晴れ渡った空は夏に引き戻すかのような気温を地上にもたらし、雨とは違った気怠さが身を襲う。

 待ち合わせ場所に着くとほぼ同時で片桐もやってきた。

「オッス、永瀬。今日はほぼ同じ時間だな。」

「おはよう、そうだな。それより結局あれから続報は無しか?」

「うーん、色々調べたけどニュースにはなってねえみたいだな。まあローカルもいいとこだからなぁ。」

「やっぱりそうか。今朝のテレビでも何もやってなかったしな。船橋駅前か津田沼の方で同じことが起きてたらもっと騒ぎになってるんだろうけど。」

 片桐も断片的な情報さえ入ってきていないことに、少し安心しているようだった。ここは田舎なので何か起きてもよほどの事でなければ取り立たされない。現に小学生が襲われた第一の事件のニュースも、扱いがすこぶる小さかった。


「そういえば俺、昨日変な夢見たんだよな。渡が出てきたんだけど。渡がなぜか炭焼き小屋にいたんだよね。」
俺はそう言って昨日見た夢の事を片桐に伝えるが、目が覚めてだいぶ時間が経っており記憶が曖昧だった。夢の内容はあやふやだったので、ただ渡が炭焼き小屋にいたとだけ話した。

「ちょっと神経質になりすぎなんじゃねえの?夢にまで出てくるとかもう恋だろそれ。」
と片桐は笑って俺を揶揄う。

「お前までそんなこと言うのかよ。辞めてくれ。それより今日出すんだろ?例のラブレター。」

「ちゃんと書いてきたぜ。こんなもん持ってるって未来にバレたら俺殺されるんじゃねえか。」

「大変なことになるだろうな。そうなったら地獄だろ。」
 俺がそう言うと片桐は肩からかけていた鞄を真剣な表情で強く抱く。昨日の一件で忘れかけていたが、俺たちは今日渡と対峙するつもりだった事を思い起こす。

 そのまま手紙を出す段取りの再確認などをしながら歩き続けていると、昨日渡と初めて対面した横断歩道まで来ていた。周囲を見回すが渡の姿はない、同じような格好をした中学生たちが一様に登校中だった。
 その代わり、横断歩道を渡っていると背後から小走りで幾田が駆け寄ってきた。

「おはよう二人とも。渡さんについて何か分かった?」
幾田の第一声は渡のことについてであった。よほど気がかりだったことが窺える。

 「おう、おはよう幾田。それが何も分からないままなんだよね。」
 肩を並べ歩き始めた幾田に対して、俺が答えるとそう、と彼女は残念そうな顔をする。

「でも今日俺らであいつを呼び出してちょっと話をしようと思ってんだ。」
片桐が得意げに話すと、幾田が不思議そうな顔で聞き返す。

「呼び出すってどうやって?と言うか昨日派手な動きはしないって言ってたけど大丈夫なの?」
幾田の疑問は当然だろう、片桐の大胆な提案に少々面食らっている。

 「大丈夫だ、昨日の失敗は教室って事と作戦が雑すぎた事と、佐野が暴走したのが原因だったからな。ていうかぜんぶ佐野が悪いんだけど。」

「はぁ、じゃあ今回はちゃんと考えがあるんだ。」

「そうだよ、手紙を渡の机に忍ばせて屋上の所に呼び出すんだ。これならクラスの奴らにやいやい言われないだろ。」
片桐が説明をすると幾田は驚いたのか閉口している様子だった。

「まぁ昨日よりはマシだとは思うんだけどな。幾田はどう思う?」
俺が少し捕捉しながら幾田に率直な感想を促す。

「うーん。そんなの成功するのかな。渡さんの性格とかよく分かんないけど、そういうの嫌いな人って手紙とか無視したりするかも。」

「ああ、その時はその時だ。もし奴が来なければ次の作戦を練る、とにかくダメ元でやるんだよ。」
 少し強引気味に片桐はそう言っているが、幾田はまだ引っかかるところがあるようだ。

「どうかなぁ、そもそも手紙っていう手段が結構古い感じがするけどね。あと友達とかに見せたりする人ならそれで作戦失敗になっちゃうよ。」

「昨日の様子を見るとちょっと心配だよな。誰と仲いいとかも分かんないし、その辺も聞きたいんだよなぁ。」
俺も昨日の渡の一件で慎重にはなっていたが、渡の周辺の中のいい友達のことも気がかりだった。

「それより呼び出して何を聞くの?そんなことして大丈夫なの?不審に思われると思うよ。」

「まぁ紳士的に?色々聴いてみようと考えてるけどそこは臨機応変にいこうと思ってる。」
 片桐が苦し紛れな返答をする。実際、呼び出したあとどういう風な話をするか個々で考えることにしていたので、この後ちゃんとすり合わせをしなければまた失敗に終わりそうだ。

「そうなんだ、終わったら聞かせてね。あんまり期待はできないけど。」

「この作戦、俺が言い出したんだけど正直俺もそうなんだよ。佐野のせいで絶対警戒されちゃってるからね。」
俺が言うと幾田が笑う。片桐はどこか自信に溢れている様子だったので何とかなるってと繰り返していた。肝心の手紙の方をまだ確認していなかったのでなんとも言えないが、昨日の通り書いてあるのであれば問題はなさそうだった。
 ただ呼び出せた後、昨日の一件宜しく号泣などされて騒ぎ立てられたら今度こそ一貫の終わりであった。致し方ないことではあるが、その場合は自分が企画の張本人であるが真っ先に退避しようと心に決めていた。

 二人と話しながら歩いているうちに学校の校門に到着する。上履きに履き替えて教室に向かう最中、直感だが何か違和感を感じる。教師たちが慌ただしく廊下を行き交っているのことも不安を煽る。

 「なんだろ、なんか騒がしいな。」
 片桐も唯ならぬ空気を感じ取っているようであり、忙しなく通り過ぎる教師たちをチラチラと見ながらそう言った。

 「何かあったんじゃない?」
幾田も不安げに辺りを見回している。直感が確信に変わった瞬間だった。やはり何かおかしい。

「まさか大女か?」

「大丈夫だろ、最近は地域の見回りも強化されてるらしいぞ。あんま気にすんなよ。」
片桐が俺を宥めるように言っているが目が泳いでいるのが分かった。

 そうこうしているうちに教室に着いた。幾田はそのまま仲のいい鈴木柚子のもとへ直行する。
俺たちも中に入るなり、辺りを確認すると生徒たちが各自小さな集まりを作りなにか話し込んでいる。いつもはもっと騒がしい我が三組だが、今日はどこか緊張感がある。
 それを傍に渡霞は相変わらず自分の席につき凛とした顔つきで小説か何かを読んでいた。次に炭焼き小屋のメンバーを探すと、俺たち意外はすでに登校しており工藤の席の周りに集まっていた。
全員が浮かない顔をしているのが一目でわかる。

 「おう、お前ら。どうしたんだよ、暗い顔して。それよりちゃんと手紙書いてきたから後で確認してくれよ。」
片桐がそう言って3人の元へ近寄るも、あまり元気のない様子で上野が調子の下がった口調で答える。

 「ああお前らか。いや、ちょっと待て。悪いけどどうやら今は大女のターンみたいなんだよ。今その話でクラス中持ちきりだぞ。」
大女のターン、その言葉を聞き俺と片桐が青ざめる。

 「それどう言うことだよ。なんかあったのか?」
俺が恐る恐る聞き返すと俺たち以上に青い顔をした工藤が小さく早口で答える。

 「昨日の俺んちの前で起きた事件、中学生が襲われたって噂になってる。」

「ほんとに言ってんのか?襲われたってその生徒はどうなってんだ?」

「分からない、俺も噂で聞いただけだから。」
片桐が食い気味に工藤に聞き返すが、工藤はわからない、知らないと連呼している。

 嫌な事ばかり当たる現実、俺たちが予想した中で最も最悪の事態が起きていたことに絶望を隠せない。

 「ウチの中学の生徒ってことだよな?それは。」
そう言って片桐も狼狽ている。
俺も昨日の津田病院前での騒ぎのただ1人の目撃者の佐野に話を聞く。正直今の工藤では話にならない。佐野もかなり怪しかったが、同じマンションということもあり何かわかったかと考えた。

 「佐野はあれから何か分かったか?マンションの周りに警察が来てた理由とかさ。」

「いや、分かんねーよ。でも中学生が襲われたってのは聞いたんだよ。」

「それはもうさっき聞いたんだよ。じゃあその噂は誰から聞いたの?」

「俺は山際から聞いたよ。」

 「そうか、ありがとう。」
俺はそう言ってその場を後にする。同じクラスの山際がちょうど視界の端に入ったので、そこへ急行する。片桐も一緒に来ていた。山際は自分の椅子に座り、同じクラスの朝倉慎吾と牧野翼と談笑していた。山際と朝倉はテニス部、牧野はバスケ部だが三人とも大体一緒に行動しているので今日も朝から仲良く話し込んでいた。

 「おはよう、ちょっと聞きたいんだけど昨日通り魔があったって話知ってる?いきなりで悪いけど。」
突然俺が話しかけたので3人は少し驚いたようだが、佐野に噂を伝えた当事者の山際が答える。

 「おお、おはよう。そうらしいな。俺も詳しく知らないんだけどよ。」

 「そうらしいなって、山際が直接現場で見た訳じゃないのか?」
横から片桐が現れてそう聞き返すが、山際はきょとんとした顔で答える。

 「いや、俺は全然見てねーよ。てか通り魔が出たって話も朝倉からさっき聞いたし。」

「ちょっと待ってくれ、通り魔の話は翼が言いだしたんだろ?うちの生徒が襲われたって。」
話を振られた朝倉が慌ててそのまま牧野に受け流す。混乱が加速するのが手に取るようにわかる。

「えーでも俺もその現場を直接みた訳じゃねえぞ。それにこの話は松島から聞いたし。」
牧野が頭を掻きながら困ったような顔をしている。どうやら同じクラスの噂好き女子の松島瑠衣からの横流し情報だったようだ。

「それって伝言ゲームみたいに噂にどんどん尾びれがついてるパターンなんじゃないのか。」
片桐は少し気の抜けたような顔で聞き返す。そうであることを信じたかった。

「案外そうかもな、まぁ詳しくは松島に聞いてみるといいよ。どこまで本当か分らないけどさ。」
牧野が責任転嫁をする如く松島の席の方向に顎をしゃくるが、そこに松島の姿はない。

「そうか、分かった。色々ありがとう。」
俺が3人に礼を言っているとほぼ同時に松島類がトイレから帰ってきたのか、教室の扉から入ってくる。

「あ、松島来たぞ。話聞いてこいよ。」
朝倉が少し大きな声でそう言ったので、松島がそれに気づきこちに視線を送るので俺と片桐が松島の元へ詰め寄る。

「おはよう、松島。いきなりなんだけどさ、通り魔の話何か知ってる?」
 少し不躾な気もするが、俺が単刀直入に松島に尋ねると松島がその話か、と気づいたようにハキハキと話し始めた。

「おはよ、その話なんだけど私が直接見た訳じゃないんだよね。お兄ちゃんが野次馬しに行ってたから話聞いただけだよ。ウチの生徒が襲われて近くにいた人が通報したんだってさ。」
 饒舌に語る松島だったが、またも確証を得る証言では無くまだ噂の域を出ない話だった。

「そうなんだ、松島の家は津田病院の近くだもんな。その生徒がどうなってるかわかるか?」
最も気がかりな点を片桐が質問して、松島が少し考え込む。

「うーん、それは分かんないな。ウチの生徒って話もそこにいた人が言ってただけらしいし。でも不審者が出て通報して騒ぎになったのはほんとだよ。」
 
「そうか。結局又聞きの又聞きみたいな感じか。その生徒がどうなったのかも、犯人がどうなったのかも詳しく分かんないかぁ。」
 勝手に期待していたとは言え、少々ガッカリした返答に俺は落胆した。ただ人が殺されたと言う話が一切出てないことに少し安心できた。

「でも学校中その話で持ちきりだよ。なにが本当かわかんないけどね。不審者が出たって話だけは本当だけど。」

「うん、とりあえず教えてくれてありがとな。」

 松島にも礼を言って俺たちは工藤達の元へ戻ると上野が何かわかったかと尋ねるので、こちらも首を横に振るしかなかった。

 それから程なくして、チャイムが鳴りそれと同じタイミングで岸田が教室に入室してくる。それを見て俺たちも解散となり、それぞれの席へ着く。

「みんなおはよう、これから緊急の全校集会があるからすぐに廊下に並んで。1時間目は全校集会になったから。」
その声に一切の余裕がなく、クラス一同もが何かあったのかと岸田に疑問の声をぶつけるが、とにかく体育館への一言で片付けられてしまった。

「なんだろうね、通り魔の話かな。」
前の席の水間が俺の方を向いて不安げな視線を送ってくる。

「さぁな、緊急って言ってたからそうなのかもな。」
あまり考えたくはないが十中八九そうなのだろうと言う気がした。

 それから渡も含めた全校生徒が体育館に集められた。そこかしこから通り魔の話では、と言う声が聞こえてくる。

「絶対通り魔の話だぞ。下手すると襲われた奴が死んだとかなのかもな。」
 列の後ろの片桐がゾッとするような事を耳打ちしてきたので体が強張る。

「怖いこと言うなよ、工藤は倒れそうになってるし。」
前に立っていた工藤は俯いてフラフラとしていた。

「まぁそうだとしても俺たちの責任だとかは思わねえようにな。」
片桐が俺の肩を二回叩き、こちらを元気付ける。

「そうだな、それは間違いない。」

 小声で話していると、昨日よりも疲弊しきった様子の箕輪校長がゆっくりとした足取りで壇上に姿を現した。
ここからどんな話が飛び出るのか、緊張が蜘蛛の糸のように俺の体にまとわりついていた。
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