第7話 安息
文字数 3,134文字
永瀬家は千葉県船橋市の郊外に存在する一戸建て住宅であり、我が家は13年前に埼玉の大宮から引っ越し、この建て売りの新興住宅を新たな住まいとした。両親をここを終の住処にするつもりなのか知らないが、俺が生まれて埼玉から引っ越して以来ここから何処かへ移ると言った話は出ていない。
そんな愛する我が家の玄関の前までたどり着く。 酷く長い道のりに感じた、特に一人になってからは。
俺は周りに人がいないことを入念に確認して、ポケットから取り出した鍵を素早く鍵穴に差し込み扉を開ける。
玄関から漂う家庭独特の匂いがこうも安心感を与えてくれるとは思わなかった。
靴を脱ぎ少し立ち止まり、携帯電話を確認するとSNSのグループに数件のメッセージが来ていた。
炭焼き小屋のメンバーのグループに各自が帰宅報告をしていた。片桐もほぼ同時に家に着いていたようで、『生存!』とだけメッセージが届いていた。
俺も安息の地で満を辞して仲間たちに無事を告げる。
メッセージを送信し終えると洗面所に向かい手を洗いながら、俺は少し帰宅が遅くなった言い訳を考えた。森で遊んでいたとは言えるはずもなく、大女を見かけたことを話すつもりもなかった。信じてもらえないと思っていたことも勿論だが、夏休み最後の日に俺は図書館で受験勉強をしていることになっていた。
洗面所を出てすぐ隣にキッチンとリビングが繋がっている。リビングのドアを開けると夕食の匂いとクーラーの冷気が俺の身を包んだ。
「ただいま、遅くなっちゃった。今日の晩飯は何?」
後ろめたさや動揺といった複雑な思いを隠しながら、なるべくいつも通り俺が振る舞う。
キッチンで何か作業をしていた母親が俺をチラリと見て答える。
「おかえり、今日は昨日の残りの有り合わせだよ。メインは野菜炒めとシュウマイぐらいかな。それより仁、帰ってくるの遅かったね。」
母親が俺の茶碗にご飯を盛りながら勘ぐるようなことを言ってくるので一瞬ドキッとするがすぐに取り繕う。一言メッセージでも送っておけば良かったか。
「まぁちょっと本腰入れてやってたからな、遅くなっちゃったんだよ。」
俺は母親から渡された今夜の献立を配膳しながら、引き続きいつも通りを装う。森で遊んでいて怪しい人間を見たなんて言うとどんな目に合うかわからない。これは他のメンバーも同じだろう。
「嘘じゃん絶対、だって図書館閉まるの夕方の5時でしょ?しかもあんた、虫刺されやばくない?外で遊んでたんでしょ。」
不意を突かれる、リビングのソファに寝転がりながら携帯電話を弄っていた姉の藍が、半袖から伸びる腕の虫刺されを指差しながら笑う。姉の下らない指摘はすべて的を得ていた。
「うるせぇな、今日は勉強終わった後ちょっと友達と話してたんだよ。外だから蚊に刺されただけ。」
「嘘だね、だってあんた友達いないじゃん。根暗だもん。」
「なんだと?電話一本で友達百人全員集合させるぞ。お前なんて簡単に拉致できるからな。」
俺と藍のいつもと変わらないやりとりを横目に母親がため息をつきながら言う。
「まぁあんたの人生だからさ、いいんだけど。でもお兄ちゃんもお姉ちゃんも中三の時はもうちょっと真面目だったのになぁ。」
兄の源は去年有名私大に合格し、神奈川県の藤沢市にあるキャンパスに通うために家を出て下宿している。俺も素直に感心する勤勉な男だ。
だが姉は大した勉強もせず、そこそこの学力を武器に推薦入学にて準進学校と呼ばれる高校に合格したクチだ。
「いや本当に勉強してたんだって!それに姉ちゃんも中3の時そんなに勉強してなかっただろ。」
藍は現在高校二年生、これまで何不自由なくそれなりにやってきてそれなりにうまくいっているような人間の典型的な例である。
「あんた、推薦入試受けるのどんだけ大変か知ってる?」
藍が自らがどれだけ苦労したかを俺に語り始めるもそれを横目に、無視して晩ご飯にがっつく。
「足利のおじいちゃんが、仁もいい学校に入れたら兄弟三人全員エリートだぁって言ってたわよ。」
母親が俺の前の椅子に腰掛け、頬杖をつき俺に言う。なんだか居心地が悪い。
「爺ちゃんに言っとけ、人生学歴じゃねえってな。」
父方の祖父母は栃木に住んでいる。親父も元々足利生まれで、大学を出た後仕事の関係で埼玉の大宮に移り住み、そこで母と出会い結婚した。その後転職や異動が重なり、勤務地から程近い千葉に引っ越してきたと言うわけだ。
「まぁでもねぇ、今真面目にやらないと一生後悔するかもしれないからね。」
俺は母親の物言いが気にくわない。実際俺の成績は中の上から中の中ぐらいの振り幅を行き来しているのが現状であり、夏休み前の三者面談でも担任からそれなりの高校には行けてもこのままではそれ以上は無理だとはっきり言われた。
それは自分でも分かっており、夏休みの大半を遊びに費やした後悔は少なからずある。それでも一日中家に篭り勉強をする日なども設けていた事は事実だ。
「やっぱり今からでも塾行った方がいいんじゃない?」
母親が続けてそう言うが俺は塾で勉強するくらいなら家でやった方がマシだと一点張りである為、それは拒否したかった。
兄が私大に通っている上に姉も恐らくだが私立の女子大にでも行くつもりだろう、これ以上家計を圧迫させるのは中学生ながら気が引けたのが本心だった。
「大丈夫だって、自分でやってるから。」
正直今に限っては大女のことがあり、全く受験勉強のことなど頭にない。それ以上母親も追及はしてこなかった。
「そういえばさ、通り魔まだ捕まってないんでしょ?怖いなぁ、私か弱いから狙われちゃうかも。」
藍の発言に俺はぎくりとした、その通り魔らしきものを先ほど目撃したばかりだから当然敏感になる。
「お父さん車通勤だからあまり心配ないけど、あんたたちは早く帰ってきなさいよ。」
母親の心配とは裏腹に俺は外で遊び呆けその矢先、先程の出来事である。バレたら外出禁止は免れない。
「大丈夫だよ、逆に犯人を捕まえて市から感謝状貰うぐらいしてやるよ。ごちそうさま、俺明日の用意したいから部屋戻るわ。」
これ以上この場に居ても良いことはないと判断した俺は食器をキッチンに運び、自室に行こうとするもそれを母親が呼び止める。
「あら、あんた今日はおかわりはいいの?」
「いいよ、それじゃ。」
そう言うって俺は母の顔を一切見ずリビングを出て自室へ向かう。家の中に大女がいたりしたらどうしようと言う有り得ない妄想をかき消すために廊下と階段の電気を全てつけ、二階へ上がる。
自室のドアを開けて背負っていたリュックを床に投げ捨て自分の布団の上に倒れ込んだ。なんだか長い一日だったな、明日から学校か。
携帯電話を確認すると時刻は19時半を超えていた。仲間内のsnsのグループを確認すると、何やらメッセージが数件届いている。
『未来に言い訳しといた。寝てたことにしておいたよ。』
片桐はうまく彼女に言い訳をしたらしい。
その他は家の戸締りちゃんとやっておけだとか親に不審に思われないように注意しろなどと言った内容ばかりであり、特に変わったことは皆起こっていないようである。学校に行くのは気が進まなかったが、あんなことが起きた後なので早く仲間で集まりたい気持ちもあった。
今日は風呂に入りもう寝よう、夏休みの最終日がこんな形で締められるとは予想していなかったが、思い返せば悪くない夏休みだったな。最後の最後に刺激的すぎた点を除けばだが。
そんな愛する我が家の玄関の前までたどり着く。 酷く長い道のりに感じた、特に一人になってからは。
俺は周りに人がいないことを入念に確認して、ポケットから取り出した鍵を素早く鍵穴に差し込み扉を開ける。
玄関から漂う家庭独特の匂いがこうも安心感を与えてくれるとは思わなかった。
靴を脱ぎ少し立ち止まり、携帯電話を確認するとSNSのグループに数件のメッセージが来ていた。
炭焼き小屋のメンバーのグループに各自が帰宅報告をしていた。片桐もほぼ同時に家に着いていたようで、『生存!』とだけメッセージが届いていた。
俺も安息の地で満を辞して仲間たちに無事を告げる。
メッセージを送信し終えると洗面所に向かい手を洗いながら、俺は少し帰宅が遅くなった言い訳を考えた。森で遊んでいたとは言えるはずもなく、大女を見かけたことを話すつもりもなかった。信じてもらえないと思っていたことも勿論だが、夏休み最後の日に俺は図書館で受験勉強をしていることになっていた。
洗面所を出てすぐ隣にキッチンとリビングが繋がっている。リビングのドアを開けると夕食の匂いとクーラーの冷気が俺の身を包んだ。
「ただいま、遅くなっちゃった。今日の晩飯は何?」
後ろめたさや動揺といった複雑な思いを隠しながら、なるべくいつも通り俺が振る舞う。
キッチンで何か作業をしていた母親が俺をチラリと見て答える。
「おかえり、今日は昨日の残りの有り合わせだよ。メインは野菜炒めとシュウマイぐらいかな。それより仁、帰ってくるの遅かったね。」
母親が俺の茶碗にご飯を盛りながら勘ぐるようなことを言ってくるので一瞬ドキッとするがすぐに取り繕う。一言メッセージでも送っておけば良かったか。
「まぁちょっと本腰入れてやってたからな、遅くなっちゃったんだよ。」
俺は母親から渡された今夜の献立を配膳しながら、引き続きいつも通りを装う。森で遊んでいて怪しい人間を見たなんて言うとどんな目に合うかわからない。これは他のメンバーも同じだろう。
「嘘じゃん絶対、だって図書館閉まるの夕方の5時でしょ?しかもあんた、虫刺されやばくない?外で遊んでたんでしょ。」
不意を突かれる、リビングのソファに寝転がりながら携帯電話を弄っていた姉の藍が、半袖から伸びる腕の虫刺されを指差しながら笑う。姉の下らない指摘はすべて的を得ていた。
「うるせぇな、今日は勉強終わった後ちょっと友達と話してたんだよ。外だから蚊に刺されただけ。」
「嘘だね、だってあんた友達いないじゃん。根暗だもん。」
「なんだと?電話一本で友達百人全員集合させるぞ。お前なんて簡単に拉致できるからな。」
俺と藍のいつもと変わらないやりとりを横目に母親がため息をつきながら言う。
「まぁあんたの人生だからさ、いいんだけど。でもお兄ちゃんもお姉ちゃんも中三の時はもうちょっと真面目だったのになぁ。」
兄の源は去年有名私大に合格し、神奈川県の藤沢市にあるキャンパスに通うために家を出て下宿している。俺も素直に感心する勤勉な男だ。
だが姉は大した勉強もせず、そこそこの学力を武器に推薦入学にて準進学校と呼ばれる高校に合格したクチだ。
「いや本当に勉強してたんだって!それに姉ちゃんも中3の時そんなに勉強してなかっただろ。」
藍は現在高校二年生、これまで何不自由なくそれなりにやってきてそれなりにうまくいっているような人間の典型的な例である。
「あんた、推薦入試受けるのどんだけ大変か知ってる?」
藍が自らがどれだけ苦労したかを俺に語り始めるもそれを横目に、無視して晩ご飯にがっつく。
「足利のおじいちゃんが、仁もいい学校に入れたら兄弟三人全員エリートだぁって言ってたわよ。」
母親が俺の前の椅子に腰掛け、頬杖をつき俺に言う。なんだか居心地が悪い。
「爺ちゃんに言っとけ、人生学歴じゃねえってな。」
父方の祖父母は栃木に住んでいる。親父も元々足利生まれで、大学を出た後仕事の関係で埼玉の大宮に移り住み、そこで母と出会い結婚した。その後転職や異動が重なり、勤務地から程近い千葉に引っ越してきたと言うわけだ。
「まぁでもねぇ、今真面目にやらないと一生後悔するかもしれないからね。」
俺は母親の物言いが気にくわない。実際俺の成績は中の上から中の中ぐらいの振り幅を行き来しているのが現状であり、夏休み前の三者面談でも担任からそれなりの高校には行けてもこのままではそれ以上は無理だとはっきり言われた。
それは自分でも分かっており、夏休みの大半を遊びに費やした後悔は少なからずある。それでも一日中家に篭り勉強をする日なども設けていた事は事実だ。
「やっぱり今からでも塾行った方がいいんじゃない?」
母親が続けてそう言うが俺は塾で勉強するくらいなら家でやった方がマシだと一点張りである為、それは拒否したかった。
兄が私大に通っている上に姉も恐らくだが私立の女子大にでも行くつもりだろう、これ以上家計を圧迫させるのは中学生ながら気が引けたのが本心だった。
「大丈夫だって、自分でやってるから。」
正直今に限っては大女のことがあり、全く受験勉強のことなど頭にない。それ以上母親も追及はしてこなかった。
「そういえばさ、通り魔まだ捕まってないんでしょ?怖いなぁ、私か弱いから狙われちゃうかも。」
藍の発言に俺はぎくりとした、その通り魔らしきものを先ほど目撃したばかりだから当然敏感になる。
「お父さん車通勤だからあまり心配ないけど、あんたたちは早く帰ってきなさいよ。」
母親の心配とは裏腹に俺は外で遊び呆けその矢先、先程の出来事である。バレたら外出禁止は免れない。
「大丈夫だよ、逆に犯人を捕まえて市から感謝状貰うぐらいしてやるよ。ごちそうさま、俺明日の用意したいから部屋戻るわ。」
これ以上この場に居ても良いことはないと判断した俺は食器をキッチンに運び、自室に行こうとするもそれを母親が呼び止める。
「あら、あんた今日はおかわりはいいの?」
「いいよ、それじゃ。」
そう言うって俺は母の顔を一切見ずリビングを出て自室へ向かう。家の中に大女がいたりしたらどうしようと言う有り得ない妄想をかき消すために廊下と階段の電気を全てつけ、二階へ上がる。
自室のドアを開けて背負っていたリュックを床に投げ捨て自分の布団の上に倒れ込んだ。なんだか長い一日だったな、明日から学校か。
携帯電話を確認すると時刻は19時半を超えていた。仲間内のsnsのグループを確認すると、何やらメッセージが数件届いている。
『未来に言い訳しといた。寝てたことにしておいたよ。』
片桐はうまく彼女に言い訳をしたらしい。
その他は家の戸締りちゃんとやっておけだとか親に不審に思われないように注意しろなどと言った内容ばかりであり、特に変わったことは皆起こっていないようである。学校に行くのは気が進まなかったが、あんなことが起きた後なので早く仲間で集まりたい気持ちもあった。
今日は風呂に入りもう寝よう、夏休みの最終日がこんな形で締められるとは予想していなかったが、思い返せば悪くない夏休みだったな。最後の最後に刺激的すぎた点を除けばだが。